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飽和するまで満たして

全体公開 神無三十一受け 21 35 6523文字
2024-08-29 16:53:27

カルみと(+☀️)
シナリオネタバレあり(🎃関連)

 

 「君が好きだよ。」

 時間が止まったような錯覚を受けた。
 ロマンチックな雰囲気も準備も何もない、それはドロ課で報告書の作成をしていたときだ。
 ふたりきりの室内でデータを作成する神無のことを待っていた縞斑が、会話の途切れた瞬間に何の脈絡もなく口にした言葉だった。
 咄嗟に神無は弾かれたように顔を上げる。
 自分のことを真剣に見つめる翡翠の瞳と視線が絡んだ神無は、たったそれだけで彼が本気なのだと理解ができた。

 「冗談……だろ?」

 ぽつりと漏れたのは、そんな自分の中での確信を否定する言葉だ。

 「神無ちゃん?」
 「そう、そうだよ。でなきゃ俺のことなんか好きになるはずないし、俺は心ちゃんみたいに可愛くなんてないし……
 「神無ちゃんちょっと待って、」
 「だって俺なんかだらだら先輩も不釣り合いだし……あははだめだって先輩、俺で妥協してたら幸せになれないよ。」

 ぴくりと縞斑の肩が揺れる。
 だめだ。今すぐ訂正しろ。そう必死で自分に言い聞かせているのに、神無の意思を無視してその口はくるくると否定の言葉を吐き続けた。

 「あも、もしかしてドッキリとか?さすがに騙されな、ッい」

 へらへらと笑って振ろうとした手を縞斑が強い力で掴む。痛みに思わず顔を顰めて言葉を止めれば、想像以上に冷めた瞳で自分を見下ろす縞斑の姿があった。

 「俺の幸せを勝手に決めるな。」
 「っ、」
 「ごめん、やっぱりさっきの話は忘れて。」

 手を離した縞斑は立ち上がると、荷物を手に取って部屋を出ていく。

 「先に帰るね。」
 「ぁ……

 強張る喉では彼を呼び止めることも叶わず、黙っている自分を彼が振り返って気に留めるはずもなかった。
 ぴしゃんと音を立てて閉じられた扉を呆然と見つめていた神無は、ようやく自分の思い通りに動き始めた唇を強く噛み締める。

 「……やらかした、」

 そう分かっているのに、扉を開けて縞斑を追い掛けようと思うと足が震えて上手く動かない。
 それが更にこの問題を複雑に拗らせてしまったことに、神無はこのとき気がついていなかったのだ。

 ※
 
 「ぅ……

 ぱちりと重い瞼を開く。
 数度瞬きをした神無は、自分が自宅ではないが見慣れつつあるベッドの上に寝かされていることを確かめた。

 「ぁそっか、おれ……もどって

 あの一件の翌日、神無は縞斑と連絡を取る間も無く過去に呼ばれることになったのだ。
 その先で時間遡行犯罪者の取り締まりと引き渡しを行う予定だった神無だが、到着して間も無く神無は高熱を出して倒れてしまった。
 直ちに聖に診てもらったところ風邪などの特徴的な症状はなく、考えごとが重なりすぎて移動による疲労をきっかけに知恵熱を出したのだろうと診断されたのである。

 「またあのゆめ……

 熱暴走を起こした頭はぐらぐらと揺れて、少しでも多くの情報を整理しようと神無が眠る度にきっかけの記憶を再生し続ける。
 重たい体を動かすこともままならず小さな呻き声をあげていれば、部屋の扉が控えめにノックされて夕焼けの瞳がそろりと隙間から覗いた。

 「三十一、大丈夫か?」
 「あきらせんぱ、い
 「あぁ、冷えピタ交換しような。」

 回らない呂律でどうにか部屋を訪れた先輩の名前を呼べば、アキラは一言断って部屋の中へ足を踏み入れる。
 神無の眠るベッドの縁に腰掛けたアキラは、神無の額で温くなった冷却シートを剥がすと新しいものに張り替えた。
 きんと冷えた感触に小さく詰まった息を吐けば、乾いた涙に張り付く髪をアキラがそっと指で払う。

 「ごめんなさい……
 「三十一が謝ることないだろ?」
 「でも……しごと、めいわく
 「そっちは俺たちで回してるから大丈夫だ。三十一が元気な姿を見せてくれたらそれでいいよ。」
 「でもでも……

 宿舎に運び込まれた神無は元の世界に戻る体力が残っていなかったため、そのままこちらの世界で療養することが決まった。
 熱を出して寝込む神無のことを宿舎の仲間たちは心配して、非番の刑事が交代で面倒を見ている。
 忙しいからと呼び出された自分が更に仲間たちの足を引っ張っているという罪悪感に、不安定な心が耐えきれず神無はぽたぽたと溢れる涙を両腕で拭った。

 「こんなこと、してるばあいじゃなくて、」
 「三十一
 「しごとしてはやくかえって、せんぱいと……せんぱいと、はなさなきゃなのに
 「狩魔と何かあったのか?」

 神無の不調の原因が知恵熱だと分かったとき、帰代を中心に仲間たちは熱を出すほど悩むようなことがあるのかと尋ねたが、今日まで神無は決して口を割ろうとしなかった。
 歳の近い流石が聞いても答えなかったため、今はそっとしておこうと聖の指示で尋ねることをやめた彼らだったが、アキラの兄のような振る舞いが神無の緊張を僅かにほぐしたらしい。
 慎重に聞き出そうと言葉を選ぶアキラに、涙を拭いながら神無はこくこくと頷く。

 「ひどいこと、いっちゃった
 「ひどいこと?」
 「おれもすきなのに……あんなこと、おもってないのに、せんぱいのきもちふみにじって、おれはおれのことばっかりで、」

 多くの人を傷つけ、元相棒まで奪った自分のことを縞斑が好きになるはずがない。
 両想いだったと浮かれそうになる自分に必死に現実を言い聞かせるように。これ以上自分の心が傷つくことのないようにと口にした言葉は、どれも縞斑の思いを無視して傷付けるものばかりだった。
 自身の気持ちや幸せを否定された縞斑が怒るのは当然のことで、せっかくの想いも伝えられないまま縞斑とはあれきり連絡が取れずにいる。

 「あやまりたいけど、なんていえばいいか……かんがえて、かんがえても、わかんなくてっ」
 「……それでこの熱か。」

 仕事を終えて未来に戻ったら謝ろうと考えていた神無だが、一体どう謝るつもりなのだろうかと絶望したのだ。
 あんな言葉を投げて、今更許してもらえるとは思えない。自分の価値を下げることで自分の身を守ることは勝手だが、その行動はそんな自分を愛してくれていた縞斑にどこまでも不誠実だった。
 朧げだが神無の事情を把握したアキラが小さく呟いて神無の頭を撫でる。
 泣いたせいで熱が上がってしまったらしく、汗ばむ額や頬を冷ますように撫でる手のひらに促された神無は弱々しい嗚咽を漏らした。

 「どうしようっ、ぇ……ゆるしてもらえなかったらっきらわれ、てたら

 涙を流す神無の体力がこれ以上奪われないように、何度も頭を撫でたアキラは彼の腹の上でぽんぽんと軽く手を叩く。
 幼い子供をあやすような動きだったが、今の弱りきった神無にその効果は絶大だったらしく、すんすんと小さく鼻を啜って一定のリズムに身を預けた。

 「今俺に教えてくれたこと、狩魔にもそのまま伝えてみな。」
 「でも、きいてもらえないかも……
 「聞いてくれるよ。ちゃんと三十一が真剣だってこと伝えて、まっすぐに謝ったら聞いてくれるさ。」
 「………うん。」

 優しくそう言い聞かせるアキラに、何度も頷いた神無はようやく泣き止んで目を閉じる。
 帰ったら真っ先に連絡を取って謝らないといけない。たとえ許してもらえなかったとしても、せめてここから先は誠実に縞斑に向き合って言葉を伝えたかった。

 眠りについた神無のシーツを掛け直したアキラは、彼の頭を最後にもう一度撫でるとベッドから立ち上がる。
 扉の向こうに立っていた仲間たちの気配がいつの間にか消えていることに小さく笑った彼は、知らないふりをして部屋を後にするのだった。

 ※
 
 無事に熱が下がり、遅れを取り戻すように任された仕事を完璧にこなした神無は、報告書を書き上げるや否や2050年へと戻ってきた。
 メッセージ欄を遡ってあの日から開くことのできなかった彼の名前を見つけ出し、会って話がしたいと短い文章を打ち込む。
 無視される覚悟をしていた神無だったが、まもなく情報交換で時々利用している縞斑のセーフハウスの住所と時間が送られてきた。
 
 「……ちゃんと、謝らなきゃ。」

 何度もそう言い聞かせた神無は、そのメッセージに了解の返事を打ち込むと支度を済ませて歩き出す。
 指定されたセーフハウスに時間通りに辿り着いた神無がインターホンを押せば、部屋の中の家主は来訪者が神無であることを確かめて鍵を外した。

 「いらっしゃい。今日まであっちだったんじゃないの?」
 「あうん、報告書早く上げられたから。」
 「そう。ほら、上がりなよ。」

 普段通りの言葉だが、声色はどこかよそよそしい。大人である彼はきっと、あの宣言通り一件を無かったことにするつもりなのだろう。
 それは神無への気遣いであると同時に、これ以上蒸し返すなという威嚇のようにも思えた。

 「お、おじゃまします。」

 部屋に上がるよう促して歩き出す背中を追って、靴を脱いだ神無はぱたぱたとリビングへ向かう。
 縞斑はキッチンで二人分のマグカップを手に取ると、リビングのテーブルへことんとそれを置いた。
 コーヒーが注がれた縞斑のものと、ココアが注がれた自分のものを見下ろした神無は、思わず言葉を失ってその場に立ち尽くす。

 「神無ちゃん?話なら座って……
 「……ごめん、なさい。」

 椅子に座るよう促そうとした縞斑より先に、神無は縞斑へと深く頭を下げた。
 一瞬言葉が途切れて固まった縞斑だが、神無の話の内容を薄々想定していたらしい彼は目を細めて言葉を続ける。

 「それは何に対する謝罪?」
 「先輩の気持ち、疑って、否定して何が幸せとか、勝手に決めつけたこととか、」
 「それじゃ40点かな。」
 「俺が……俺のこと、愛される価値ないって、ぞんざいに扱おうとしたこと……
 「うん、ひとまず合格点。」

 拙い言葉で懸命に反省を伝えれば、理由も分からないまま謝りにきたわけではないのだと理解したらしい縞斑は小さく頷いて改めて神無を席に促す。
 すとんと腰掛けた彼は躊躇うように視線を彷徨わせていたが、縞斑に話を聞いてもらえる最後のチャンスだと自分を奮い立たせて意を決した。

 「俺はだらだら先輩のことが好きで、本当はあのとき飛び上がるくらいうれしくて……けど、素直に喜べなくて、」
 「恭雅や心ちゃんのこと?」
 「……………。」

 もしも二人が生きていたら、そんなあるはずもない例え話が縞斑への想いを抱く神無を罪人のように責め立てる。
 黙りこくる神無の俯いた顔を眺めていた縞斑は、コーヒーを置くと俯くその頭にぽんと手のひらを乗せた。

 「それは神無ちゃんが背負うものじゃないでしょ。」
 「でも、もしも」
 「もしもっていう言葉は、今を下に見て理想を語る言い回しだ。」

 縞斑に促されて言葉を止めた神無は、これ以上話すと再び縞斑の気持ちを傷つけてしまうのではないかと口籠る。
 上手く言葉が整理できない神無を見守っていた縞斑は、頭を撫でる手を止めないまま小さく息を吐いて言葉を続けた。

 「俺もこの前の件は、神無ちゃんがテンパって口にしたことだって分かってたのに苛立って大人気ないことしたと思ってる。ごめんね。」
 「い、いやそれはそもそも俺の言葉選びのせいだし、今までずっと謝らないままで
 「後者の問題は仕方ないでしょ。青木ちゃんから過去にいるって聞いてたよ。」

 音沙汰のない神無の様子を見た縞斑は縞斑で、慌てた神無の言葉を間に受けて冷たい態度を取ってしまったと反省していたらしい。
 遠回しに神無の様子を探ろうとドロ課の係長である青木に話を聞いたところ、彼から神無は2024年に仕事で移動していると聞かされたのだ。
 仕事を優先したことは責められることではないだろうと褒める縞斑に、神無はますます言いにくそうに言葉を濁らせる。

 「やえっと……その、」
 「なぁに?」
 「……笑わないで聞いてほしいんだけど
 「真剣に話してる神無ちゃんのこと笑うわけないでしょ。」

 むしろこの状況でどう神無を笑うのかと縞斑が首を傾げて言葉を促せば、うろうろと視線を彷徨わせていた神無は俯いたままぽつりと呟いた。

 「あっちに行ってすぐに、考えすぎで知恵熱出して……仕事が長引いて、ようやく今日戻ってきたんだよね。」
 「……………ふ、ぐぅ」

 噛み締めた縞斑の唇から息が漏れる。それまでしおらしく俯いていた神無がぐるりと顔を上げると、彼は縞斑の胸倉を掴んだ。

 「今笑ったよな?????????」
 「いや……っ、知恵熱……わらってな、」
 「肩震えてんだよ!!!!隠せよ元公安刑事だろ!?!?!?!!」
 「ごめんごめんね、流石に知恵熱は想定外だったからつい……
 「あああぁあぁあもぉおお!!だから言いたくなかったのに!!!!」
 
 縞斑の体をがくがくと揺さぶって泣きべそをかく神無の一方、縞斑は先日届いた帰代から届いた呪詛のようなメッセージの意味をようやく理解した。
 あれはおそらく、あちらの世界で神無の熱の原因を知った帰代の怒りだったのだろう。この後に待ち受ける過保護な母親の説教を思うと少しだけ頭が痛かった。

 「熱が出るくらい悩んでくれたんでしょ?」
 「そ、それはどうやって謝ったらいいかとか嫌われたらどうしようって……色々

 ぼすぼすと縞斑の胸を叩く神無の手を取って尋ねれば、彼は正直に知恵熱の詳細を打ち明ける。
 先ほどの会話の流れで、神無も同じ感情を抱えているという告白を聞き漏らしていなかった縞斑は、笑みを浮かべると彼とゆっくり視線を交わらせる。

 「もう一度だけ伝えるから、答えを聞かせてくれる?」
 「……、」
 「神無ちゃん、君のことが好きです。」

 きっとこれが縞斑が与えてくれたチャンスだ。小さく息を呑んだ神無は躊躇うように一瞬身を引いたが、逃がさないというように縞斑はその手を掴んだままだった。
 良いのだろうか。そう迷うようにちらりと縞斑を見上げれば、静かに神無の返事を待っていた彼が口を開く。
 
 「俺の過去とか、君の過去とか複雑なことはとりあえず置いておいてさ。神無ちゃんが目の前の俺という人を好きか嫌いかだけ教えてよ。」

 複雑に拗れようとした神無の思考に助け舟を出す縞斑に、鼻の奥がつんと痛む。あぁ、好きだなぁと心の内で呟いてしまえば、口にするのは簡単だった。

 「おれもすき。」
 「うん。」
 「……先輩のことが、好きです。」
 「うん。」

 神無の言葉を聞いた縞斑が、嬉しそうに繋いだ手のひらを絡めて笑う。

 「ありがとう、神無ちゃん。」
 「許してくれる?」
 「うーん、許してはいないかな。」
 「え、」

 おずおずと尋ねた言葉に返された言葉を聞いて、神無は青い顔でじわりと涙を滲ませた。
 言葉が足りなかったと反省した縞斑は、すぐに神無の手を握ったまま言い聞かせるように言葉を続ける。

 「神無ちゃんが自分のことを軽んじてるのは前々から気になってたことだし。」
 「う……
 「他人の間はとやかく言えなかったけど、そこはこれから一緒に直していきたいなと思うよ」

 好きであるだけではどうにもならないことがあることを縞斑は良く知っていたが、それでもふたりの関係は互いの想いを確かめ合わなければ始まらないのだ。
 ここからは自分の技量次第だと縞斑は笑う。

 「そんなこと思わなくていいくらい、めいっぱい愛してあげるから覚悟して。」
 「お、お手柔らかに……?」
 「善処はする。」

 いつか彼が自分の価値を自覚するその日まで、飽和するまで愛で満たし続けてみせよう。




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