カルみと+アサみと(親子愛みたいなソレ)
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
警察病院の入院病棟の最奥からは、今日も元気な話し声が聞こえる。
声を聞いた見回りの看護師たちは少しだけ心配そうに顔を見合わせると、何も言わずにその場を離れた。
「そんな感じで、ディーノと無事に事件を解決したってわけ!すごいでしょ!」
病室のベッドの前に置かれた見舞い用の椅子に腰掛けた神無三十一は、いつもと変わらない明るい口調でそう話し掛ける。
ベッドに横たわるのは黒田矢代だ。神無の養父である彼は、あの事件で重傷を負って以来意識が戻る気配はない。
神無はあの日から月に一回、必ず早めに仕事を切り上げて面会の終了時間まで黒田と話をしていた。
それはなんて事のない日常の話だったり、解決した事件の話だったり、好きな人の話だったり。黒田のひんやりと冷たい手のひらを握った神無は、まるで彼から返事が返って来ているかのように話し続ける。
「それでね、今度の公休は先輩たちと一緒に……」
話し込んでいた神無はふと、病院内に鳴り響いた鐘の音を聞いて顔を上げた。
時計を見ればまもなく面会終了時間が迫っている。今日も目覚めることのなかった黒田の手をもう一度ぎゅっと握った神無は、祈るようにその手を額に押し頂いて呟いた。
「また来るから。大好きだよ、パパ。」
いつものように別れを告げて、荷物をまとめた神無は席を立つ。通りすがりのナースステーションに軽く会釈をした彼のことを、看護師たちは気を遣った笑みを浮かべて送り出す。
黒田矢代の治療を行っている彼らは、神無が彼の養子であり、唯一の家族であることを知っているのだろう。そんな悪意のない同情の眼差しを避けるように、神無は裏口を通って病院を出た。
「……あ、」
扉を開けて顔を上げた神無は、病院の門に寄り掛かる見慣れた男の姿があることに気がついた。
驚いて足を止めた神無の気配に振り返った縞斑狩魔は、吸っていた煙草を携帯灰皿に押し付けて消すと神無へ手を振る。
「こんばんは、神無ちゃん。」
「……先輩、病院内は禁煙だろ。」
「ここは敷地外だからギリギリセーフでしょ。」
「ちょっとくらい我慢しろよなー…」
神無の文句をへらりと笑って躱した縞斑は、当たり前のように俯く神無の手を取って歩き出した。
「家まで送るよ。」
「……うん。」
恋人である縞斑は、いつだったか神無が月に一回黒田の見舞いに行っていることを知ってから、必ずこうして病院まで神無を迎えに来るようになった。
咄嗟に可愛げなく文句を呟いてしまった神無だが、裏口を選んで出ている時点で彼が居ると信じているようなものだ。
そんな縞斑に甘えている自分がどうしようもなく情けないけれど、その優しさを失ったとき自分が真っ直ぐ前を向いて立っていられる自信がないことを神無もよく分かっていた。
「……せんぱい。」
手を引かれて自宅への方角へ歩いていた神無はその足を止める。歩調を合わせて隣を歩いていた縞斑は、合わせて足を止めると神無と視線を合わせて首を傾げた。
「なぁに?」
「………あの、もう少しだけ…その、」
「うん。」
「……………いっしょに、いたい。」
今日であの事件から一年が経つ。
黒田の病室には相変わらず、心電図の鳴らす電子音以外に音がない。
あの部屋の中で唯一の音である電子音だけが、彼が生きていることの証明だった。
その微かな音に縋る自分があまりにも情けなくて、いつか途切れてしまうのではないかという恐怖をかき消すように、いつもより気丈な声で近況を報告する。
そんな反動からか、神無はひとりきりの静かな自宅に帰ることが恐ろしくなったのだ。
「明日は休み?」
「…朝から行かなきゃだめ、だけど……」
縞斑の言葉は、明日の仕事に支障は無いかという確認なのだろう。
明日も変わらず仕事に行かなければならないため、あまり遅い時間まで出掛けるわけにはいかない。
それでも今はただ、少しでも長く誰かの音を聞いていたかった。
「…よし、わかった。」
しばらく考え込むようにじっと神無の顔を見つめていた縞斑は頷くと、端末を取り出して耳に当てる。
首を傾げる神無の肩を抱いた縞斑は、まもなく通話に応答した相手へ軽い声を掛けた。
「やっほーアサギリちゃん、今料理中?」
「え、あ…あさぎり…?」
『分かっているのなら調理中に通信をしないでいただきたいですが…急ぎの用事ですか?』
スピーカーから漏れ聞こえるアサギリの呆れ声とフライパンで何かを炒めているらしい焼ける音に苦笑いを浮かべた縞斑は、不安げな神無の肩を撫でながら言葉を続けた。
「うん。急で悪いんだけれど、もう一人前追加ってできる?」
『…今からですか?』
「これから神無ちゃん連れて帰るから、お願い。」
「は…?!だらだら先輩なに言って、」
『……そういうことですか。かしこまりました。まだ間に合いますので、お腹を空かせて帰って来てください。』
「はーい。…だってさ。」
通話を終了した縞斑が神無の顔を覗き込めば、彼は青い顔で申し訳なさそうに眉を寄せてふるふると首を横に振る。
「い、いいよ、そんな…ちゃんと帰るから、」
「もう頼んじゃったし、食べにおいで。」
「けど、アサギリにまで迷惑かけたくないし……」
一人が寂しいと駄々を捏ねて家まで押し掛けた挙句、自分の分まで食事を頼むなど図々しいと顔を歪める神無だが、そんな彼を後押しするように縞斑の端末にメッセージが届いた。
表示される画像を確かめた縞斑はふっと笑うと、二人前の野菜や肉を煮込む鍋の写真を神無に見せた。
「ほら、アサギリちゃんもう作ってるよ。」
「はやすぎだろ………」
「シチューだから帰りにパン買って来てほしいってさ。神無ちゃん、この近くにオススメのパン屋さんある?」
とんとん拍子に進んでいく話は、すでに神無が家に行く前提のようだ。それまで必死に遠慮していた神無だが、やがて諦めて小さく息を吐くとこくりと頷く。
「…そこの通り出たとこ。」
「ありがとう。じゃあ寄って帰ろうか。」
縞斑は元気のない神無のことが心配だったのだろう。安堵するように微笑まれてしまえば、これ以上は跳ね除けることができない。
手を引いて歩き出した縞斑の後を追った神無は、礼の代わりに弱く彼の手を握り返して後に続くことにしたのだ。
※
「ただいま。」
慣れた様子で鍵を開けて中に入った縞斑は、部屋の奥にそう声を掛けながら靴を脱ぐ。
まもなくキッチンからぱたぱたと足音がして、エプロン姿のアサギリがひょっこりと顔を出した。
「おかえりなさい。」
「ただいま、アサギリちゃん。」
「あ…アサギリ、お邪魔します。」
縞斑のそばで申し訳なさそうに立っている神無を見たアサギリは、しばらく考えるようにその場で立ち止まると玄関まで二人を出迎える。
急に押し掛けたことに対して文句を言われて当然だと身構える神無の前で腰を落としたアサギリは、視線を合わせるともう一度口を開いた。
「神無さん、おかえりなさい。」
神無がぱちぱちと驚いたように瞬きをする。顔色を伺うように見上げた隣の縞斑は、嬉しそうに小さく笑ってそんな神無の背を軽く押した。
「…た……ただい、ま……」
「はい。」
「………ただいま…あさぎりぃ…」
「えぇ、おかえりなさい。」
家に帰れば当たり前のように口にしていたその言葉を、神無は随分長い間忘れてしまっていたらしい。
家に迎え入れてくれる誰かの存在が懐かしくて、哀しさと切なさが混ざり合った神無は思わずその場に泣き崩れる。
声を上げて泣き出してしまった神無を前にアサギリは動揺した様子で、おろおろと神無の頭や背を撫でていた。そんな彼らの姿を微笑ましく見守っていた縞斑は、助け舟を出すように神無の腕を引く。
「ほら、手を洗ってご飯にしよう。」
「うん……うん…」
縞斑に案内された神無は、泣きべそをかきながら手と顔を洗ってリビングへ向かった。
温かな湯気を上げるシチューと焼きたてのパンが並ぶ食卓を前に神無はもう一度泣き出してしまい、アサギリが再びわたわたと歩き回ることになるのだった。
※
すやすやと膝の上で穏やかな寝息を立てる神無の頭をアサギリが撫でていると、脱衣所の扉が開いて髪を拭いながら縞斑が顔を出した。
「ありゃ、寝ちゃったか。」
「はい。さっきまでは話していたのですが、お疲れの様子でしたので。」
「だろうね。ベッドまで運ぶよ。」
縞斑が風呂から上がるのをアサギリと待っていた神無だが、心地よい満腹感と風呂に温められてぽかぽかとした意識はあっという間に微睡みへ溶けてしまったらしい。
眠る神無を抱えた縞斑は、自身の寝室のベッドに彼を下ろしてシーツを掛ける。
僅かに眉を寄せて身じろいだ神無は、やがて落ち着く姿勢を見つけた様子で再び寝息を立て始めた。そんな彼の頬を突いて微笑む縞斑に、アサギリは声を潜めて話しかける。
「…今日は病院の日でしたか。」
「そう。いつも帰りたくなさそうな顔はしてるけど、口にしてくれたのは今日が初めてかな。」
神無がひとりきりの自宅に寂しさを覚えていることは縞斑も良く知っていた。
出来ることなら共に暮らしてやりたいが、犯罪組織という縞斑の職業柄あまりにリスクが大きすぎるのだ。自身のせいで神無の立場が危うくなることは縞斑も本意ではない。
「……アサギリちゃんは、俺と神無ちゃんは付き合うべきじゃないって思う?」
「…私は今も、貴方の相棒と彼の友人のどちらもの視点で反対をしていますよ。」
アサギリは、神無と縞斑が恋愛関係になることをあまり良く思っていないらしい。
大切な存在を失う苦痛や、上層部の指示ひとつで対立する可能性のある立場、二人の関係が外部に漏れたときのリスク。どの視点から見ても、二人が付き合うことは不幸と隣り合わせの選択であるとアサギリは考えていた。
ところが、納得して頷いていた縞斑の顔をじっと見つめたアサギリは静かに言葉を続ける。
「…ですが、私の反対意見を聞いてあっさり神無さんを手放すと貴方が言ったら……私は貴方を心の底から軽蔑します。」
「……それはどちらの視点で?」
「どちらもです。」
「…そっか。」
アサギリがここまで自分や神無のことを気に掛けている事実に、縞斑は驚いて目を丸くする。
アサギリ本人も慣れていないのか、珍しく落ち着かない様子でそわそわと視線を彷徨わせた。
「……明日の朝、パンケーキを焼いたら神無さんは喜んでくれるでしょうか。」
彼はどうやら、玄関先で神無を泣かせてしまったことを気にしているらしい。
あえて神無に対して「おかえり」という言葉を選んだのは、今日が何の日で縞斑が何故神無を連れて来たのかを理解した上でとった彼なりの気遣いだった。
泣かせてしまった神無への謝罪の方法を探すアサギリの肩に手を置いた縞斑は、穏やかに笑って視線を合わせる。
「いいんじゃない?きっと喜ぶよ。」
「そう…ですよね。そうします。」
積まれたパンケーキを前に目を輝かせる神無の姿を想像したアサギリは、安堵したように小さく笑うと頷いた。
まもなく時刻は日付を回る。
出勤する彼をこの家から見送るためにも、明日に備えて眠らなければならない。
そうアサギリは立ち上がると、部屋の前でぺこりと頭を下げていつもの挨拶を口にした。
「それでは…おやすみなさい、マスター。」
「うん。おやすみ、アサギリちゃん」
家の明かりが静かに落ちる。
それでも人の気配を保つ家の中で、大好きな人の腕に抱かれた神無は微睡みの底で穏やかに笑った。
終