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花火

全体公開 1 1 3000文字
2024-09-03 12:04:39

遠征先で花火を見るくりつる

Posted by @mito_0504

 ヒュルヒュルヒュル、ドン。
 月のない夜を、星よりも明るく照らす光。僅かな時間、鮮やかに輝き燃えて、散る。次々と爆ぜる打ち上げ花火は、この国では夏の風物詩として長く人々を楽しませている。大倶利伽羅が鶴丸国永と共に遠征任務で訪れたこの令和の時代でも、大勢の人々が河原や公園に出かけて夜空を見上げていた。
「異国の言葉では、炎の仕事というらしいぜ」
 任務中の滞在先に選んだ民宿は花火大会の開催地から少し離れていたものの、ベランダに出れば運良く花火を見ることができた。音に気づいた鶴丸が大倶利伽羅をベランダに連れ出して、早十数分。涼しげに結った髪も、肌も着物も次々と様々な色に染めて、轟音と共に黄金が幕を作る夜空をじっと見上げる、そんな鶴丸の瞳がきらきらと輝くのをそっと見やった大倶利伽羅は、再び空に目を向けつつばたぱたと団扇を扇いだ。
「あれはまさにドーンといってバーンってやつだな。そうしてひとの目を楽しませるのを仕事と捉えるなら、まぁ少しばかり味気ないような気もするが、そう名付けられるのも頷ける」
 闇の中に光の花が咲き、散って、それから破裂音が届く。光と音では届く速さが違うということを大倶利伽羅が初めて知ったのは、きっとこんな夏の夜だった。どん、どんと地面からも伝わってくる音に気づいたその時にこの白い男に手を取られ、外へ、高いところへと連れ出された。奥州にいた頃だろうか、そんなことがあったような気がする。
「きみはもう知っているだろうか。あれは金属を火薬と混ぜて燃やして生み出す光なんだそうだ。何を燃やすか、どう燃やすかで、あの花の色やら形やらが決まる……なぁ、例えば俺があんなふうに燃えたら、何色になると思う?」
「は?」
 それまでの話をずっと曖昧に頷いて聞き流していた大倶利伽羅が、勢いよく鶴丸に顔を向けて目を丸くした。対する鶴丸は一瞬だけ大倶利伽羅に目を向けると、すぐに空に視線を投げてしまった。ベランダの柵に肘をついて寄りかかる姿は危なっかしいが、触れたら触れたで幻のように消えてしまいそうな、薄寒い予感を抱かせる立ち姿だ。
 空を彩るのは一つずつ打ち上がる大輪の花。赤、青、緑、桃色、黄、様々な色の光の花が咲き、ぱらぱらと音を立てて、次々と散っていく。
「はは、この時代の花火は面白いな。途中で色が変わるのがあるぞ。それにちょこまかと動くのまで……伽羅坊?」
 団扇の風がぴたりと止んでいることにようやく気づいた鶴丸は、柵に両肘をついたまま恐る恐るといった調子で大倶利伽羅を見上げた。そして、己を見つめる瞳が確かに孕む静かな怒気に身を竦ませた。
「伽羅坊……大倶利伽羅さん……?」
「刀は燃えても黒く脆くなるだけだ。知らないとは言わせない」
 本丸では本体が焼けた刀も顕現している。大倶利伽羅と鶴丸の双方に深い縁のある刀にも、焼身となっている者は存在する。大倶利伽羅が言い聞かせるように告げた言葉に、鶴丸はゆっくりと深く頷いた。
「ああ……悪いな、こんなことを言ってはきみが気を悪くすることはわかっていたんだ。けどなぁ……
 どん、と腹の底に重低音が響く。その中で鶴丸の声は、弱々しくありながらも不思議と明確な輪郭を伴って大倶利伽羅の耳に届く。爆ぜて輝き消える、その明滅の中に浮かび上がるのは、移ろいゆく景色の中にあり続ける、白。
「燃えるとああして美しく輝く金属がある。それを知った時、俺が刀ではなくあれに使われていたら一体何色になっただろうかと、ふと思っちまったんだよ。ほら、刀はみんな、金属だろう」
…………
「任務を忘れたいわけでも燃えたいわけでもない。本当にただ、知りたくなっただけだ」
 鶴丸は語りながら徐々に視線を足元へ落としていった。ぱちぱちぱちと断続的に破裂音が聞こえるが、空には薄っすら残る煙にぼんやりとした光が吸い込まれていくのが見えるだけだ。花火の規模や種類が変わったのだろうか、先ほどまでと違って建物の影に隠れて低い位置で何やら光っているようだった。
「モノはいつか壊れる。それが明日か百年後か千年後かその先か、そんなことはわからないが遅かれ早かれいつか必ず朽ちる時がくる。俺もきみも例外ではない。だが、刀としての形をなくしても完全に無に帰すことはない。折れて粉々になったり錆びて溶け出たりしたとしても、綺麗さっぱり消えるわけじゃない。原子とか分子とかいう、目に見えない粒になるんだ。それが巡り巡ってああして空に打ち上がったとしたら、どんな色になるか。もはや刀でなくなった、俺だったモノが、どんな花になるか。少しだけ、想像してみたくなったんだよ」
 ドン。頭を殴られたような音がして、パラパラと燃え滓が空に散る。暗闇の中に薄らぼんやりと浮かぶ鶴丸の白い横顔を見つめながら、大倶利伽羅は絞り出すようなか細い声で告げた。
……あんたは花火にはなれない。あんたが朽ちるのは、この国が朽ちた後だ」
「ああ。きっとそうなんだろうな」
 反論するでもなくあっさりと頷いた鶴丸はまた空を見上げて目を細め、緩やかに口角を上げた。きらきらとまたたく無数の小さな光は像を残すこともできずに一瞬のうちに消え去っていくのに、それでも鶴丸はひたすら眩しそうにそんな光を見つめていた。その横顔がいつになく弱々しく見えてしまったから、大倶利伽羅は息を呑んで語気を荒げていた。
「ッ、それに!……あんたが輝くのに、花火になる必要もない。白く照らすんだろう。あんたは、あんたのまま」
……
 赤、青、金。大輪の花が咲き、数多の小さな煌めきを残し、それがぱらぱらと消えた頃にドンと一際大きな音が鳴り響く。勢いよく仰け反りながら視線を上げた鶴丸がそのまま背後にふらりと倒れそうになるのを、大倶利伽羅が咄嗟に手を伸ばして支えた。腕に感じた衝撃からは鶴丸があえて倒れようとしたようにも思えたが、大倶利伽羅は何も言わずに鶴丸の背を支えることに徹した。鶴丸は大倶利伽羅の腕にくたりと体重を預けたまま徐に瞼を閉じ、すうと鼻で深く息を吸って、吐いた。
……ああ、そうだな。ありがとうな、伽羅坊」
……花火、まだ見るのか」
「そうだなぁ。もう少し続きそうだし、せっかくだから酒でも飲みながら見ようぜ。一旦冷蔵庫を見てくるよ」
 ひょいと姿勢を正した鶴丸は「缶のをいくつか買ってあったよなぁ」と呟くと、ベランダから室内へと踵を返した。軽い足取りで部屋の奥へ向かう白い背を睨んで、大倶利伽羅は一つ、深いため息をついた。
「折れようと、錆びようと……そう簡単に、消せるものか」
 咲いては消える夜空の花。そんなものにあの鮮烈な白が、成れるものか。そんな舌打ち混じりの呟きは、次々と鳴り響く破裂音に紛れて消えていった。
 やがて戻った鶴丸がひょいと差し出した缶飲料を受け取った大倶利伽羅は、それを開ける前に鶴丸の頸にぴたりと押し当てた。不意をつかれた鶴丸はびくりと肩を震わせ、素っ頓狂な声をあげて目を丸くした。
「うぉっ、冷たッ?!」
「ふん。頭は冷えたか」
「は? 冷えたのは肝だ」
 ああ驚いた。伽羅坊が悪戯とは珍しいな。言いながらケラケラと笑う鶴丸をちらりと見やってから、大倶利伽羅はまた夜空を見上げた。
 二振りはベランダに並んで、ただ綺麗なだけの光を、咲かなくなるまで見上げ続けた。


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