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儚く強い、その言葉

全体公開 Δドラヒナ 30 8738文字
2024-09-04 18:52:41

ピクスク様の『オカシなどら×ひな寓話集』に参加作品の1作目です。
Δドラヒナで、地元の昔話を演じて貰いました。
『鯛島と清暑島』で検索すれば、出て来ると思います。

元の民話 ざっくり説明
 ・海と川が接する岸辺で、幼い鯛の子と蛇の子が遊んでいた。いつしか、お互い恋心を抱くようになる。
 ・大きくなった鯛は、「大人になって皆と深海へ行ってしまうと、蛇は自分の事を忘れてしまうのでは?」と心配し、蛇は、「大人になった自分を、鯛が怖がって逃げてしまうのでは?」と心配する。
 ・ある梅雨の大水で、二人の逢瀬の場所が流されてしまう。蛇は運命を悟って上流へ、鯛は仲間と共に深海へ、分かれ分かれに。
 ・互いを忘れられず、恋しさから、蛇も鯛も岩となってしまう。
 ・二人を哀れんだ神様達が相談して、年に一度、鯛を船に乗せて、川を遡り、蛇に会わせてやる事になった。今も続く、河内祭りの由縁である。

 幼い頃から思い入れのあるお話で、蛇の子をΔ隊長に、鯛の子をヒナイチくんに、漁師をロナルドくんに演じて貰っています。ハッピーエンドですので、ご安心下さい。

これまでのΔドラヒナのお話は、こちらから読めます→ https://privatter.net/category/51192

Posted by @kw42431393

 むかし、むかしのお話です。
 お話の舞台は、ある川を下って下って、海と接する小さな中洲。

 夏の日差しを浴びながら、一匹の蛇の少年が、お供のゼニガメを連れてやって来ました。
 約束があるのです。大切な大切な、約束があるのです。
 野イチゴジャムを使った南蛮のお菓子を包んだ、竹の皮をしっかり抱いていつもの岩の上に腰かけます。

 パシャーン!!

 「あ、ジョン。あそこだ!ヒナイチくんったら、今日も元気だねえ。」

 待ちきれないヌね。仕方ないヌ、ドラルク様の作るクッキーは、世界一ヌもの。

 視線の先で、水面を赤い魚が跳ねました。
 よくよく見ると、それは鯛の少女なのでした。
 「ドラルク~、ジョ~ン!!クッキー!!」
 息を切らせて、泳いできた少女は、キラキラした目で少年を見上げます。
 「待ってたよ、可愛いお嬢さん。さあ、ここにおかけ。」
 そう言ってドラルクと呼ばれた蛇の子は、竹の皮を解きながら、自分の隣に座る様に勧めます。
 ヒナイチと呼ばれた鯛の子は、彼と並んで腰かけると、待ちきれないとばかりに、尾鰭をパタパタと振りました。
 「さあ、おあがり。山に美味しい野イチゴが、成ったんだよ。供物に砂糖もあったから、さっそくジャムクッキーを作ったんだって、もう。」
 「おいしい、おいしい。」
 
 待ってヌ。ヌンも食べたいヌ。

 ヒナイチとゼニガメのジョンが、競うようにクッキーを頬張ります。
 その様子を、ドラルクはとてもとても嬉しそうに見つめていました。
 「アハハ、二人共ご機嫌だね。」

 当たり前だヌ。ドラルク様のお菓子を、ここで皆で食べられるなんて、嬉しいヌもの。

 「うん!明日も、これが食べられるんだ。幸せだな!」
 ヒナイチは、今日も笑います。何も疑っていない、無邪気な瞳で。
 だから、さっきまで嬉しそうだった、ドラルクの顔が寂しそうに沈んでいくのを、彼女は気づく由もなかったのでした。



 『今日も、あの中洲に行くのか?いい加減にしろ。』
 『うるさいですよ。ちゃんと、今日のノルマはこなしたのです。言われる筋合いは、ありません。』

 ここに来る前に、お小言を言いに来た師匠とのやり取りが、ドラルクの脳裏に浮かびます。
 「お前は、あのお方の血を引いた由緒正しい竜神の血筋なのだ。あの方亡き今、父親が一人でこの近辺の山々と流域一帯を守護しているのは知っているだろう?そろそろお前も竜神として、一部を受け持つ自覚を持てと何度言えば分かるのだ。』
 毎日遊びに行っている場合ではないと、口を酸っぱくして言われたドラルクは、自分の体を見下ろしました。少し濁った色に変わって来た青い鱗押すと、微かにぶよぶよとしています。

 幼い頃から体の弱かった彼は、強大な力を持った両親に、甘やかされて育ってきました。
 『全部、パパとミラさんが頑張るよ。お前は、そのままでいいんだよ。』
 実父はそう言いますが、現実、そうはいかないのも事実。見るに見かねた親友であるノースディンが、修行と称してここに連れて来たそういう経緯でした。
 「今日も行きます。約束なんです、あの子は私の命の恩人なんです。だから、毎日山の幸で作ったお菓子を、渡さないといけないんです。」

 春先の事でしたか。修行が嫌になった蛇の子は、ゼニガメのジョンだけを抱いて、川をさかのぼって、実家に帰ろうとしたのでした。
 その途中、虚弱で小さな体は、なすすべなく急流に流されて、下へ下へそして、海へと流されて

 『ぷはッ!?き、君は?』
 『ヌーヌ?』
 軽々と一人と一匹を抱え上げた、赤い小さな魚と出会ったのでした。
 『よいしょっ、と!青いウツボなんて、初めて見た。ウツボなのに、なんで溺れてるんだ?その亀も、ちょっと変わってるな。そんな足、初めて見たぞ?』

 彼らが毎日中洲でお茶会をしているのは、こういう事でした。
 命を救ってくれたお礼に、と最初は、そうだったのです。
 いつしか、頬を膨らませてお菓子を食べ、山の世界の話に目を輝かせる鯛の稚魚に、心惹かれたドラルクは、嫌だったカリキュラムも、進んでこなす様になりました。
 お菓子の材料を採りに行く時間を作る為に、彼女と会う時間を捻りだす為に。

 『フン、あの子か。バカを言え。』
 辛辣な師匠の声色に、ドラルクは顔を上げます。本当は、彼とて分かっていたのです。目を逸らしていただけでした。
 ほんの少しの間だけでも、この時間を続ける為に。
 『この前、その鯛のお嬢さんを見たがな。もう、あれは稚魚ではないぞ。秋には、仲間と共に沖の深い場所へ移らねばならん。そして、もう汽水で過ごす事は出来ん。諦めろ。』
 『ほっといて下さい!あんたなんかにっ!』

 現実を見ろ。住む世界が違うのだ。彼女とて、今度の脱皮を終えたお前の姿を見たら

 



 「なぁ、その目。どうしたんだ?」
 
 太陽の様に明るい声に、我に返ります。
 言わなきゃぶよぶよとしてきた、自分の鱗を撫でます。
 川面に映る、白く濁り始めた瞳に目を逸らす訳には、いかなくなったのです。
 「脱皮が、近いんだよ。」 
 「な~んだ、脱皮か。エビやカニ達もしているぞ。ドラルクもするんだな。」
 ホッした無邪気な顔に、彼はさらに続けます。
 「それでね今度の脱皮が始まったら、私はもうここには来れないかも、しれない。」
 「えっ?どうして?」
 自分と似つかぬ祖父と両親の姿を思い浮かべます。
 今は蛇の姿だけれど、師匠と違い、竜の血を引いた彼は、今度の脱皮を終えれば
 「今度の脱皮を終えると、私はもっと大きくて、怖い姿になるんだよ。もっと上流へ行って、神としてこの流域を守護しなければいけなくなるんだ。ヒナイチくん、そうなっても私と友達でいられるかい?」
 「怖い顔?なんだ、そんな事なんでもないぞ。」
 迷いのない顔に、少し拍子抜けするドラルクでしたが、もう一つ問題が残っています。
 「じゃあ、ヒナイチくんだって秋になったら、もっと深い所に移らなきゃいけないでしょ?」
 「皆はそう言うけど、私は行かないぞ。ドラルクこそ。」
 初めて、彼女は顔を曇らせました。
 姿が変わっても問題ない、皆とついていくつもりはないなら、何が彼女をそんな顔にさせるのでしょう。
 「なぁに?」
 「上流へ行って、神様の仕事が忙しくなったら私の事を、忘れてしまうんじゃないか?」
 「そんな訳、あるもんか!だって私。」

 私に続く言葉は、喉でつっかえて出てきませんでした。
 その先を言ってしまうと、後戻りは出来なくなる気がしたのです。

 『ヌヌヌヌヌヌ。』
 心配そうなジョンの声で我に返ります。ささやかな逢瀬の時間が、終わりを告げようとしていました。
 潮が引いてきたのです。彼女は、海に戻らなければいけません。
 「じゃあ、また明日。」
 明日明日と簡単に言えないはずなのに、僅かな希望をそこに託そうとする彼の耳に、飛び込む水音と共に、力強い声が響きました。
 
 「分かった、ドラルクがそういうなら私も信じるぞ!また、明日な!」
 
 明日明日という言葉は、とても脆く、頼りないものでした。
 その明日は、儚い夢と消えたのです。

 



 「分かったなもう諦めろ。」
 「ヌッ!!」
 「。」

 目の前の惨状を見つめる、次世代の竜神の視線の先には、何もありませんでした。
 あの後、突然降り続いた大雨は洪水を引き起こし、二人と一匹が紡いできたささやかな逢瀬の場所を、消し去ってしまったからでした。
 「いくら、その鯛のお嬢さんが力強くても、この濁流を遡る事は出来ん。彼女も、諦めがつくだろう。広い世界を知れば、お前の事も忘れてしまうだろう。行くぞ。」
 「知ってたんでしょう、師匠。私に、諦めさせる為ですか?」
 恨みがましい弟子の瞳を、冷徹に見返したノースディンは、とどめを刺す様に告げました。
 海と山では、住む世界が違う。
 夢を忘れて、自身の使命を忘れるなそれを、突き付ける為に。
 「だったら、この濁流を止めてみせろ。お前が竜ならば、出来るはずだあぁ、まだ蛇だったなあ?私と同じで?」
 「ヌーッ!!」
 「いいよジョン。さあ、行こうか。」
 ジョンを抱いて無言で上流へ向かう弟子に、ノースディンは悪役の仮面を一時外して、安堵のため息をつきました。
 最悪、ヒナイチと共に駆け落ちする可能性を心配していたからです。
 蛇である自分には行けない、守ってやれない世界に行くかもしれない、そうなっては親友に申し訳がないそう心配していたからです。
 幼い頃から、彼の事は全て知っているつもりのこの蛇神は、次世代の竜の金色の瞳に宿る決意に気付く事は、ありませんでした。

 『竜になればお父様より、もっともっと強大な竜になれたなら

 明日それは、強い希望を持たせる言葉でした。

 『私も信じるぞ!また、明日な!』
 彼は、いつか来るその『明日』に、こんな希望を描いていたのです。

 この流域どころか海まで守護を任される、強い竜神となれたなら深い海に行ってしまった彼女に、会いにいけるはずだと。

 



 『諦めろ、ヒナイチと言っても、もう手遅れだろうな?』
 『あの人に、一目会いたいんだ。すまない。皆にも、よろしく。』
 『まぁ、いいだろう。その蛇が俺の予想通りならやるなら、死んでもやり遂げろ。とことんやれ。』
 『?』

 あれから、1年が経ちました。
 ここにも、『明日』という言葉に希望を抱いている者がいたのです。
 あの洪水の後、ヒナイチは毎日通っていた、あの中洲がなくなっている事に気づきました。
 それでも諦めずに、ドラルクに会う為に、急流を遡ろうと毎日通っていました。
 もしかしたら、明日には流れが穏やかになって、満ち潮に乗って、彼がいる場所までいけるかもしれないそんな望みを抱きながら。

 そうこうしている間に秋になり、沖の深場に向かう仲間達を見送って、彼女はたった一人で冬を越したのです。中洲がなくなったその流域は、大人になった彼女にとって、住み心地のよいものではありませんでした。
 自分より年下の稚魚達の餌を横取りする訳にもいかず、ひもじい思いもしたけれどその決意は、ますます確固たるものになっていたのです。

 「あれ?あの光は、何だろう?」
 ある晩の事でした。水面をユラユラと、奇妙な灯りが揺れていたのです。
 周りのアユ達は怯えて、右往左往しています。よくは分からないけれども、『これ』が悪さをしているのだと思った彼女は、それを懲らしめる事にしたのです。
 「こら!!お前、皆を脅かすな!」
 水面に飛び上がって、その灯りの根本を掴みますそれは、竹の先につけた大きな松明なのでした。 
 「うわ!?アチチチ!!」
 「な、何だ!?何で、こんな所で鯛が?」
 そこにいたのは、火振り漁をしていた漁師の青年でした。キョトンとした無邪気な顔に、悪意がある様には思えません。
 彼は松明をかけ直すと、水面から顔を出しているヒナイチを覗き込みます。
 「なぁ、鯛のお前がここに来るって事は、地震でもくるのか?去年の洪水の後だ、勘弁してくれよ。」
 「地震?そんなの、知らないぞ。会いたい蛇がいるんだ。去年の夏に中洲が流れてしまって、会えなくなってしまったんだ。だから、毎日こうやって満ち潮の時間に、遡ってるんだ。」
 「あ~、あの時の大雨な。あれのせいで、去年はアユが流されちゃってさ。今年はどのぐらい戻ってきたのか、調べてたんだよ。そしたら、お前が飛び出してきて。」
 「そっか、すまん。初めて見たものだから。」
 彼女は、改めて青年を見返します。
 銀色の髪に、子供の様に澄んだ瞳一年間、ずっと一人だったせいでしょうか?お人好しが顔に出ている、彼に聞いてみる気になったのです。
 「なぁ。この流域に、蛇の神様を知らないか?」
 「いるぜ。髭を生やした、おっさんの姿をした奴だろ?」
 「う~ん、たぶん違うと思う。」
 ドラルクが脱皮を終えて、竜神になっている事を知らない彼女は、途方にくれてしまいました。
 でも、髭を生やした蛇神に心当たりがあったのです。ドラルクが、『あのヒゲ』『スケコマシ』と散々ののしっていた、師匠なのではないかと。
 「そこに行くには、どれだけかかるかな?」
 「ん~、無理じゃないか。もっと、上流だからな。鯛のお前には、行けねえよ。」
 「ダメで元々だ。その神様なら、ドラルクが赴任している流域を知ってるかもしれないだろ?」
 やっと、少しだけでも情報が入ってきたのです。ここで諦めるつもりは、ありません。
 「本気なんだなぁと、そうだ。」
 そう言うと、青年は、船に積んでいた桶の中身を川に空けてしまいました。
 「お、おい!?何をしているんだ?それは、今日のお前の稼ぎなのだろう?」
 「い~の、い~の。どうせ、本格的な火振り漁の前調査だったんだし!じゃあ、これに水を入れてと。」
 そうした上で、ヒナイチに手を伸ばします。太陽の様に、屈託のない笑顔で。
 「よし、乗りな。連れて行ってやるよ俺は、ロナルド。お前は?」
 「ヒナイチだありがとう。この借りは、必ず返すからな。」
 
 鍛えられた、がっしりした手を握り返します。
 漁師ロナルドの船に乗って、彼女はとうとう一つ、願いに近づいたのです。



 「クソッ、あのヒゲめ。痩せても枯れても、今の私は竜なんだぞ!子供の頃の事をいつまでも、ネチネチと!」
 「ヌンヌン。」

 一方その頃、竜神となったドラルクは、何をしていたのでしょうか。
 無事に脱皮を終え、新米竜神となった彼は、『いつか彼女に会う為に、海をも守護する竜神となる』目的の為に、今日も一日赴任した流域の管理に追われていたのでした。
 「はぁジョン。君は、もうおやすみ。私はもう少し、この地域の作付け状況について、調べてみるよ。」
 
 ヌァ~。ドラルク様も、無理しないでヌ。急いだって、仕方ないヌよ。
 
 「まぁね。分かってはいるのだけど。」
 彼女と約束した、『また、明日』という言葉。
 竜神となった彼にとっては、『明日』を実行するのは、いくらでも時間があります。
 でも、彼女はどうでしょう?少しでも早くヒナイチが自分を忘れる事はないと思っていても、その命には限りがあります。少しでも、早くあの時の誓いを果たしたい。少しでも、早く綺麗になったその姿を見たい。
 それには、今担当している流域で、豊かな実りと暮らす者達の安寧をもたらし、畏怖と信仰を集めて、さらに神格を上げる必要があるのです。
 「今年は、梅雨が短かったね。もう少し、雨を降らせる様に上に上奏してあと、地崩れが起こった、隣村への道を修繕する必要があったっけ。人手をどう集めたものか。」
 
 そうヌねぇ。ヌーヌー

 うとうとし始めたジョンを寝かしつけると、ドラルクはフラッと外に出ます。
 彼の住まいは、川の真ん中に鎮座する小島にありました。
 長々と岩場に体を伸ばして寝ころぶと、煙管に火を入れます。
 いつしか仕事に疲れると、供物に捧げられたタバコを、一人でふかすのが習慣になっていったのです。

 『また、明日な!』

 脳裏に、あの時の少女の声が響きます。一瞬たりとも忘れた事がない、あの声が。
 「ヒナイチくん今のこんな私を見たら、どう思うのかな。」
 煙を吐き出しながら、水面を覗き込みます。
 それは、当時の彼女が「好きだ」と言ってくれた姿とは、似ても似つかないものでした。
 会うのが怖い、でも、会いたい相反する願いが、頭を埋めていきます。

 『おいしい、おいしい。ドラルクのクッキーが、一番おいしいぞ!』

 もう一度、頬を膨らませて、私のクッキーを食べて欲しい。
 当時と違って堂々と、自分に捧げられた供物の果物や、砂糖や小麦粉を使って、作ってあげられるのに。
 そう、考えていた時でした。
 聞きたくてたまらなかった声が、どこからか聞こえてきたのは
 
 


 
 『なぁ、ロナルド。あれは?』
 『そこは、去年の秋に生まれ変わったばかりの、竜神が住んでるところだ。お前の探してる奴は、蛇だろ?ノースディンの住まいは、もっと上流だぞ。』
 『なぁ、ちょっと着けてくれるか?何故か、分からないけど。』

 「ヒナイチくん?まさか、ここまで来れるはずでも。」
 その声に、ドラルクは飛び起きます。煙草を消すと、川に飛び込みました。
 そして、声がする方に泳いでいきます。
 「いる気がするんだ。ここに。私が好きな、お香の様な匂いがする。」

 聞きたかった声は、どんどん近くなります。
 この姿を怯えたりしないだろうか突然訪れた再会は、彼からその恐怖を忘れさせてしまいました。
 彼は松明をぶら下げた、その船の前に顔を出します。
 「そこにいるのは、ヒナイチくん?」
 「この匂いやっぱり、ドラルクだ!ほら、ロナルド。間違いないぞ。松明を貸してくれないか?」
 船から飛び出しそうな勢いのヒナイチに気圧されながら、親切な青年は、松明を一本、彼女に渡します。
 そこに浮かび上がった姿は
 「いいけどよって、うわ!!ガリだけど、でけえなぁ!!」
 「ガリは、余計だ君は、漁師のロナルドだな?私の大切な人を、連れてきてくれて礼を言う。」

 松明に映るその姿は、全身を鮮やかな青い鱗で覆われ、長さは今乗っている船の5倍ぐらいありそうでした。
 尾を一振りするだけで、この船は転覆してしまうでしょう。
 裂けた口から覗く牙は、簡単に人間を切り裂き、飲み込む事も可能でしょう。
 彼女が好きだった、透き通ったボーイソプラノは低く、でもよく通る声になっていました。
 「な?約束しただろ?」
 彼女は迷う事なく、手を伸ばしました。
 その瞳に恐怖は、ありませんでした。
 「うん、先を越されてしまったね。私が竜神として、海も任される様になってから、君を迎えにいくつもりだったのに。」
 ドラルクは、大きな手で彼女の頬を撫でました。
 温かくて、柔らかい手触りは変わっていませんでしたが、少し痩せた様にも感じました。
 「アハハ餌が少なくてな。でも、大丈夫だ。慣れたから
 その時、『グー』とお腹が鳴りました。興奮のあまり、何も食べていない事を忘れていたのです。
 「好きな人との再会だろ?締まらねえ奴。」
 「うるさい!」

 そして、とても綺麗になったそう思いながら、ドラルクは、自分の住まいに二人を招き入れます。

 「さぁ、お入り。ジョンも、とても君に会いたがっていた。あと、いいヤマモモが、収穫できたのだよ。君が好きだった、クッキーを焼いてあげよう。ロナルドくんも、こちらへ彼女に会わせてくれたお礼を兼ねて、振る舞わせておくれ。」

 

 エピローグ

 「お~い!ドラルク~、ジョ~ン!!」
 「はしゃぎ過ぎだろ、ヒナイチ。しょうがねえな。」
 
 あれから、さらに時間が経ちました。
 あの事がきっかけで、鯛のヒナイチはロナルドの船に乗せて貰って、ドラルクの住まいに通える様になりました。もっとも、それだけではないのですが。
 「いらっしゃい、二人共。待っていたよ。」
 
 さあ、どうぞヌ。ドラルク様が、山で採れた栗を使って栗羊羹を作ってくれたヌよ。早く食べたいヌ。

 『また、明日』という約束は、果たされました。
 でも、『明日』は、それで終わりにはならないのです。
 ドラルクも、海まで守護を任される強大な竜神となり、ここ一帯を実り豊かな地域にするという意志は、変わりません。
 現在、ロナルドを介して人間達と友好を深め、ヒナイチを介して海の者達との理解を深めている最中なのです。

 「竜神達の昇進試験は、いつだったっけ?」
 「来週だよ、世知辛いものさ。でも、これをこなさないと、神格を上げて貰えない。仕方ないよね。」
 いい香りのするほうじ茶と、羊羹を並べながら、ドラルクが苦笑いをしました。
 「大変だな。神様になっても、査定も試験もあるなんて。」
 「でも、君達の協力が得られたおかげで、今年も豊作だったし、豊漁だった。査定も上々だったから、そろそろランクも上げて貰えそうだ。」
 「言ってたな。里山が実り豊かだと、海も豊かになるんだって。兄さん達も喜んでた。」
 「ん~、よく分かんねえけど。ここに来ると、俺は砂糖とか貴重品を使ったお菓子を食べられるし、お前達といるのが楽しいから、退屈しなくていいぜ。」

 ヌフフ、ロナルドくんらしいヌねぇ。
 
 小さな蛇と鯛の、違う世界故に引き裂かれた儚い初恋から始まったこの物語は、

 「じゃあね。また、おいで。」
 「ヌヌヌー!」
 「ごちそっさん、また明日な!!」
 「じゃあな!また、明日!」

 それぞれ違う世界の者達が、混ざり合い、栄えていく物語へと進んでいくのです。
 
 
 
 


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