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全体公開 uneven 4676文字
2024-09-05 18:18:00
Posted by @otohitoe_



「もうベッドか?」
『うん。きみも?』
「とっくにな」
『毎日規則正しくてえらいよね』
「不規則な生活してそうなのに?」
『作家なのにって意味だよ』

クロウリーがわざと捻くれたように絡むと、いかにも誠意のある声色で弁明された。
その戯れ自体はともかく、言われた内容には若干複雑な気持ちにはなった。アジラフェルには自分以外にも担当作家がいて、自分としているようなやりとりや打ち合わせなんかをしているんだと感じたためだ。だってアジラフェルの言うことが本当なら、アジラフェルはおれのためにこの仕事をしているのに。

「ある程度のルールは決めておかないとすぐ体壊すからな」
『そういえばよく風邪引くって言ってたね』
「風邪っていうか、熱が出るだけだ。締め切り前とか筆が乗ってるときなんかは寝不足が続くだろ?そうなると大体」
『うーん締め切りはともかく、筆が乗ってるって言われたら何も言えないんだよな
「あと風呂上がりに髪乾かさないまま放ったらかしにした日が連日続いたときも」
『それもルールで決めておいて』

全く以て正論だ、とクロウリーは笑った。
正論だが、アジラフェルはあまり人のことは言えないと思う。気ままな在宅ワーカーとはいえ遅れがない限り仕事をする時間を決めているクロウリーよりも、会社勤めのアジラフェルのほうがよっぽど不規則で不健康な生活をしているのだ。朝は早くて夜遅いし食事の時間もてんでバラバラ。ただ、たまに少し早く終わった日にはジムなんかに寄って帰ったりしているようだ。本人はちょっと歩いたり走ったりするだけだよと言うが、それはそれでクロウリーからしたら信じられない話だ。働いたあとに更に疲れるようなことをするなんて。

「おまえは?最後に風邪引いたのいつだ?」
『いつだろう。わたしはめったに体調崩すことないからなあ』
「ふーん。不規則な生活してんのに」
『そこまで不規則でもないよ、意外とね』
「まあ、おまえ根が真面目だもんな」
『関係ある?』
「あるだろ」
『そうかなあ?』

通話越しにもわかるほど柔らかく笑った声に耳を擽られてなんとなくもどかしくなり、枕の横に置いているスマートフォンの画面に表示されたアジラフェルの名前を覗き込む。
アジラフェルは仕事でもプライベートでもかなりマメなほうで、毎晩必ず連絡はくれるし、こうして電話を掛けてきてくれることも珍しくなくなってきた。
大人になってからこんな付き合い方をするのは随分久し振りで勝手がわからず悩むことも多いが、その度に「結局は悩んだところでアジラフェルはこの世に一人なのだから、つまり答えはアジラフェルしか持っていないのだから一人で抱えていても無駄」だという結論に至る。どんなにくだらないことでも問えば優しく解消してくれるのはもう十分知っている。再会してからたった、いや、ようやく二週間経とうとしている頃だった。

「な、カメラつけろよ。顔見たい」
『えーとこれかな

ほら。顔が見たければ素直にそう言えばいい。すぐに叶えてくれるんだから。
ややあってスマートフォンの画面がぱっと切り替わり、ヘッドボードを背にしたアジラフェルが映る。

「お眼鏡フェル」
「掛けてるの忘れてた。さっきちょっとだけ読み物してて」
「おれの本?」
「よくわかったね」
「嘘だろ。すぐわかるんだからなアジラフェル」
「ふふふ。でもほら、本当にきみの本もある」
「いいよ見せなくて」
「見て。サイン本!」
「おれの?書いた覚えないぞ」
「いくつかの書店に数冊ずつ書いたろ?あれだよ。おっと!言っておくけどちゃんとお店に並んで買ったものだからね。大人の力は関わっていません」
「あのなあ

クロウリーは溜め息まじりに頬杖を突いた。

「何にでも書いてやる、おれの名前くらい。 そんなものが欲しかったのか?」
「そんなものじゃない。きみが作家として自書にサインを書いて、それが書店に置かれたんだ。価値のあるものとしてね。そして一般消費者であるわたしが購入した。実に正当な入手経路だ」
「だからこその価値もあるのは認めるが、それはただ依頼があって、単に本に名前を書いたというだけに過ぎない。誰の手に渡るかもわからない、不特定多数の“誰かさん”宛てだ。おまえのためだけに書いたサイン本は不要か?」
「わたしに宛ててくれるの?」
「“親愛なるアジラフェルへ”ってな。それとも“最良の友人”か?“この上なく信頼のおける有能な担当編集者”?」
「シンプルなのでいいよ」
「“マイディア・アジラフェル”?」
「それがいいかも」
「やだよ。あとから見返したときに恥ずかしくなるだろ」
「そんなことない」
「おまえはな。んんまあ考えとくよ
「楽しみにしてる」

アジラフェルは本を置くような仕草と同時に眼鏡も外してしまい、クロウリーはそれが少し残念だった。

「なんだ、掛けたままでよかったのに」
「眼鏡好き?」
「見たことないおまえだったからもう少し見ていたかっただけだ。眼鏡が好きなわけじゃない」
「きみのそのアングルも初めて見るよ。きみって下から見ても綺麗だね」
「やめろ、なんか恥ずかしくなってきただろ

ごまかすようにスマホを拾い上げ、ぼすんと勢いよく横になる。
こうしてるとなんだか一緒に寝てるみたいだと思うと余計に胸がそわそわしてしまいそうになる。

「なあそれより、週末どこか出掛けないか?買い物でも、映画でも、美術館でも、公園でも。行き先はどこだっていいんだが」
「デートのお誘い?」
「そう」
「ふふ嬉しいな」
「迎えに行くから、起きたら連絡くれ」
「普段通り起きてると思うよ」
「せっかくの休みなんだから朝はゆっくりしたらいい。金曜も仕事だろ?」
あ、そうだ。そういえば」

アジラフェルは思い出したように「金曜日の夜に会食がある」という話をした。
それもクロウリーの家の最寄り駅近くで。

「会うか?」

思わず返した声が我ながら明らかに浮かれていてぎくりとした。
やば。露骨にテンション上がったのばれたかも。別にばれて悪いようなことはないのだが。

「うーん早く済んでくれれば会えたんだけど、いつもだいぶ遅くなるから」
ふうん」
「せっかく近くにいるのにね」
「んんん

また露骨に声のトーンを下げてしまった。と思いもしたがもうどうでもよかった。どうにか会う方向に持っていけないかの作戦が必要になり、頭のリソースがそっちに持っていかれたからだ。
手の力を抜き、ぱたんと上を向いて倒れたスマホに寄り添うように顔を寄せる。
理由が理由だし優しいアジラフェルの性格だ、会わないことを前提に話されるのは意外でもなんでもない。が、心外ではある。

「ふふ。おでこしか見えないよ」

甘やかすようなアジラフェルの声に胸がきゅっとなる。今すぐにだって会いたくなる。
何と説得しようか考えていたクロウリーだったが、まあいっか、とその気持ちの勢いのままぶつけてみることにした。

「どんだけ遅くなっても別にいいよ。連絡くれ。おれだっておまえに会えるならうれしい」
「ん

覗き込んだ画面に映るアジラフェルはほんの少し首を傾けて、この上なく柔らかく微笑んだ。

「なるべく早く終われるよう頑張ってみる」
「仕事だろ。無理しなくていい。けど、もし奇跡的に早く終わったらおれ達もどこかで一杯やろう」
「いいね」
ていうか泊まってけよ。そのまま」

言おうか言うまいか悩む余地もなく、それはクロウリーの口をついて出ていた。

「きみのとこに?」
「どうせすぐまた会うんだしさ。そしたら土曜の朝も一緒に寝坊できるし。この前資料リストに挙げてくれてた映画のどれかでも観て、一緒に夜更かししようぜ」
「うーんなるほど?」
「な、そうしよう」
んんそうだね」
「決まりだな?」

半ば強引だった気もするが、アジラフェルがうんと肯いたのを見てこっそりぎゅっと拳を握った。だってそれってつまり、そういうことだろ!

「その会食ってのが終わったらそのまま身一つで来い。おまえが使いそうなもの全部用意しとくから」
「それは大丈夫、いつでも一泊できる用のバッグを会社に置いてあるから」
「体壊すなよ、おまえ
「え?ふふ
担当のおまえに言ったんじゃない」
「わかってる。ありがとう」

アジラフェルが笑ったのは普通こんなこと言う立場が逆だからだろう。仕事とプライベートがなかなか切り離せないというのもなかなか厄介なものかもしれない。

不意に、スマホの画面が天井だか壁だかを映し出す。何かと思って少し驚いたが、横になったらしいアジラフェルの姿がすぐに戻ってきた。
アジラフェルの横たわる、真っ白ではないアイボリーのシーツと同じ色の枕。ウォールナットのヘッドボードとよく調和のとれた組み合わせで、落ち着いていて、安心感に溢れていて、如何にもアジラフェルらしいベッドだ。

「ふふ
「なんだ?」
「こうするときみと一緒に寝てるみたいだ」

さっきおれが言わずにおいたことをそんなあっさりと口にしてしまいやがって。
と、クロウリーは少し恨めしくすら思った。うちに泊まるって約束をした直後で、それがどういうことかわかっていないわけはないはずで、それなのにそんなふうに清純に微笑んだりしやがって。

「でも、きみには本当にそろそろ寝てもらおうかな。明日の執筆に響いたら悪いから」
「別に締め切り破ったりしてないだろ」
「わたしがきみに少しでも悪い影響をもたらすのが嫌なんだ。何も担当としてってだけじゃなくてね」
………
「それに睡眠は大事だし」
そりゃそうだ」
「今日夜更かししすぎると熱出ちゃうって聞いたしね」
「一日くらいじゃ出さない」
「夜更かしは金曜日のためにとっておいて」
………
「おやすみ、クロウリー」
おやすみ」

通話の終わりを告げる軽い電子音のあと、アジラフェルとのメッセージ画面に切り替わることがこの寂しさをほんの少し慰める。
毎度のことだがアジラフェルには名残惜しさみたいなものがなく、通話はいつもこうしてあっさりと終わる。
それに不満があるわけではない。人の考えなんて表面的なことだけで判断できるものではないのはわかっている。なんたってクロウリーは外見も性格も知らない人間のただの感想文に惚れ込めるくらいの性質を持っているくらいだ。
まあそれに、半分仕事だしな。
寂しさはありつつ間違いなく充足感も感じながら部屋の照明を落とそうとしたとき、枕元で低く鳴く小さな振動に目を向ける。
振動の主のスマートフォンを開くと、

“金曜日の詳細がわかったらすぐ連絡するね おやすみ”

とあった。すぐに開いてスタンプで返した。“既読”の文字にアジラフェルを確かに感じてうれしくなる。
クロウリーはぽいとスマホを枕の横に放り、手元のリモコンで照明を落として両手を大きく広げ、真っ暗の天井を仰いだ。

「やった

小さい呟きは闇に溶けた。
やった。やった!アジラフェルがうちに来る。アジラフェルが。
色んな感情でいっぱいだった。高揚感、期待感、緊張感ただ、ひとつ懸念として考えておくべきことがあるとすれば

「やっぱでかいのかな

そのことだった。まだ自信は全くない。









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