カルみと
リクエストより 腰が抜ける話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
縞斑と付き合い始めて、早くも半年が経過した。
あんな騒動を切り抜けた上で丸く収まったこと自体が今でも信じられないが、神無としてはそれよりも、縞斑のあまりに清い付き合い方に驚いている。
「……いちゃいちゃしたい」
神無はひとりトイレで頭を抱えて呟いた。
仕事の都合で顔を合わせる機会は1ヶ月に一度あるかないか程度。手を繋ぐことはあるが、キスはいつも軽く触れ合うだけ。
神無が勇気を出して一緒に寝ようと誘ったときも、本当に一緒に寝るだけで朝まで快適に寝かしつけられてしまった。
もっと先に進みたい。恋人らしいことをしてみたいと思うのは、若さゆえの好奇心もあるのかもしれない。
「でもなぁ………うぅ…うーん……」
だからといって、自分から誘うのははしたないだろうかと神無は頭を悩ませる。
事件を追いかけることだけ考えて生きてきた神無にとって、縞斑は初めてできた恋人だった。
学生時代に友人から恋愛話を聞いたことはあるが、当時の同級生同士のカップルの方がよほど進展が早かったような気がする。
どれだけ探しても、高校生も驚きのレベルで奥手の13歳年上の恋人との上手な付き合い方なんて出てこない。
過去の世界で知り合った刑事たちに相談することも考えたが、なんだか無性に恥ずかしくなってやめてしまった。
「う"ーーー……」
「…神無ちゃん大丈夫?」
神無が頭を抱えて唸っていると、扉越しに控えめな声とノックの音が響く。
慌てて顔を上げた神無が外に出れば、心配そうな表情を浮かべる悩みの種の男が扉の前に立っていた。
「おなか痛いの?」
「あ…い、いや…そういうんじゃない、けど……」
「そう…?」
部屋着姿の神無の一方、縞斑はすでに支度を整えて黒のコートに袖を通している。
互いに非番だからと昨晩から共に時間を過ごしたふたりだったが、早朝縞斑は急ぎの仕事が入って呼び出されてしまったのだ。
縞斑の通信音で目を覚ました神無は、彼のことを見送ろうと目を擦ってベッドから起きてきたのである。
「じゃあそろそろ行くけど、好きに過ごしてていいからね。帰るときは合鍵使ってくれたらいいから」
「……待っててもいい?」
玄関先へ向かいながら話す縞斑の背におずおずと問い掛ければ、振り返った彼が少しだけ驚いたように目を丸くした。
家主の縞斑が出掛けるのに図々しかっただろうかと俯く神無の頭を、彼の大きな手のひらが優しく撫でる。
「…すごくうれしい。帰れそうになったら連絡するから待っててよ」
「…うん、いってらっしゃい」
言葉通り嬉しそうな笑みを浮かべて翡翠の瞳を蕩けさせる彼は、自惚れではなく自分のことが好きなのだろう。
優しい手のひらの感触に安堵の息を吐いた神無のことを愛おしげに見つめた縞斑は、そっと手を離すと靴を履いて鞄を手に取った。
その背を目にした神無は、はっと我に返り慌てて彼の裾に手を伸ばす。まだ少しだけ時間があるはずだと時計を確かめた神無は、振り返った縞斑に向けて唇を尖らせて上を向いた。
「せ、せんぱい、ん!」
「ん?…あぁ、そうだね」
その仕草だけで察しがついたらしい縞斑は、わずかに身を屈めると神無の唇に自らの唇を重ねる。
ちゅ、と小さなリップ音を残して離れていったそれを目で追った神無はいつもならそこで大人しく食い下がるが、今日は決意を固めてもう一度裾を引いた。
「もっかい!」
「なぁに?今日はやけに甘えんぼだね。」
嬉しそうにへらりと笑った縞斑は、神無の心境をつゆも知らずにもう一度唇を触れ合わせる。
先ほどより控えめなリップ音のあとに離れていった顔を見上げた神無は、思わず両手で彼の腕を掴んで声を上げた。
「ちがう!!!」
「えっ、ちがうの?」
「ちがわない!!けどそうじゃない!!!」
「えぇ…どっち?」
子供のように駄々をこねる神無の頭を撫でる縞斑は、困ったように笑って眉を下げる。
「なんで分かってくれないんだよ!俺だけばかみたいじゃん!!」
「いや…この場合勝手にキスだと思った俺の方が馬鹿みたいじゃない?」
「だからそれは間違ってないって!!もっと激しいのしろって言ってんだよ!!!」
勢いのままに叫んでしまった神無は、はたと動きを止めておそるおそる縞斑を見上げる。
縞斑は目を丸くして神無の顔をじっと見つめていた。そんな彼の明らかに動揺して立ち尽くす姿を見た神無は、ずきりと痛んだ胸を抑えて俯く。
「……先輩は思ったことないの?」
手を繋いで、キスをして、その先だって進みたい。もちろん好奇心もあるけれど、そうして互いの愛情を確かめ合えたら幸せだと神無は考えていた。
調べた当初は苦痛を伴うらしい行為に怯えて尻込みをしていたが、覚悟を決めた今は違う。
けれどひょっとすると、縞斑はそう思っていないのかもしれない。
びくりと肩を震わせた神無は相手がそこまでの進展を望んでいない可能性に今更思い至って顔を青くする。
「ご…ごめん、やっぱりなんでもない!」
もしもそうだとしたら、神無の行動は迷惑極まりないものではないか。
そう考えた神無が慌てて手を離そうとすると、その手を縞斑がぱしりと掴んで引き止めた。
「まって。神無ちゃん、たぶん勘違いしてる」
「な、ん……なにが、」
「このまま拗れるのは俺としても本意じゃないから、遅刻してでもちゃんと話し合うよ」
縞斑の声は真剣だが、決して神無のことを嫌悪している様子はない。おそるおそる顔を上げた神無の瞳をじっと見つめた縞斑は、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を続ける。
「結論から言うと、俺も神無ちゃんと同じ気持ち」
「え、」
「俺も君とめちゃくちゃにキスしたいし、セックスしたいって思ってる」
「せっ……」
「当たり前でしょ。男なんだから」
神無からまともな恋愛をしてこなかったと聞かされたことのある縞斑は、純真無垢なままの神無に自身の劣情を向けることで彼を怖がらせてしまうのではないかと心配していた。
けれどどうやらその考えは杞憂だったらしく、手を出そうとしない自分を見て神無はかえって不安を抱えてしまったらしい。
ぱちぱちと瞬きをしていた神無は、やがて縞斑の意思を受け止めると俯いて呟く。
「……俺だって男だし」
「それもそうだ。ちゃんと話し合うべきだったのに、不安にさせてごめんね」
素直に謝った縞斑は神無の手を引いた。
至近距離で見つめた縞斑の瞳に灯る劣情に気がついた神無は、思わずごくりと小さく生唾を飲む。
さっきまでの威勢は何処へやら、緊張して固まる神無を小さく笑った縞斑は腰を抱いて囁いた。
「俺はちゃんと止めたからね」
「へ、ん…っぅ、」
呆けて半開きになった唇を縞斑が塞ぐ。
いつもの口付けに慣れて肩の力を抜いた神無だったが、そんな彼の唇の隙間からぬるりと湿ったものが滑り込んだ。
「ふ……っ、ぁ」
驚いて縮こまる神無の舌を逃しはしないと追いかけた縞斑の舌は、くすぐるように窄めた舌先で突いて擦り合わせる。
粘膜が濃厚に触れ合う初めての感覚に、背筋から腰にかけて弱い電流が流れるような感覚を覚えた神無がびくりと大きく肩を揺らした。
「ぁ…っま、て…まっ…ん、ぅ……ひぁッ」
その感覚を快感だと自覚した神無は、顔を真っ赤にして咄嗟に与えられる刺激から逃れようとする。
ところが、そんな神無のことを縞斑が許すはずもなく、腰と後頭部に手のひらを回した彼は神無とより体を密着させると唇を奪った。
「ん、んん…っふ、ぁう…」
上顎を擽る舌先の感触に気を取られていれば、ぞわぞわと震える腰を引き寄せた縞斑の手のひらがするりと降りて尾骶骨の辺りを撫でる。
「んッ、ふ……ぁ、むっ、む"ーーーッ!!」
腹の底に熱が溜まるような感覚に襲われた神無は、息の仕方も忘れてしまったらしく、息苦しさに耐えかねて縞斑の胸を叩いて訴えた。
神無の意図を汲んだ縞斑が唇を離せば、ようやく自由に呼吸ができるようになった神無はかくんと膝から力が抜けて縞斑へと倒れ込む。
「ぷは…っはぁ……は、ぁ…はっ…」
「ちゃんと鼻で呼吸しないと倒れるよ」
「あんな…の、できない…って…!」
「驚かせてごめん、立てる?」
息切れをする神無を気遣って顔を覗き込む縞斑だが、俯いた神無は体に力が入らず縞斑に縋ったまま動かなかった。
「…むり、こしぬけた…たてない……」
「みたいだね、大丈夫?」
「ん……きもちよかったから、へいき」
望んで止まなかった縞斑の熱は、想像よりもずっと心地が良かった。自分を求めてくれたことが嬉しくてたまらない神無は、頬を赤らめてぽつりと呟く。
ディープキスひとつでぽーっと赤い顔をして熱っぽく息を吐く神無の純真無垢さ加減にめまいを覚えた縞斑は、同時に覚えた腹の底に燻る熱をため息で冷ました。
「…さっきも言ったけど、俺も男だからずっと我慢はしてらんないんだけどね……」
「うん…?」
「まぁ……うん、今はまだいいや」
首を傾げて頷く神無はきっと、縞斑の意図がわからないのだろう。もう一度噛み付くようなキスをして分からせてやりたい気持ちも湧くが、時間を掛けて自分好みに作り変えるのも魅力的だと思い直した。
「これからもこういうことをしてもいい?」
「う……うん、いいよ」
「ありがとう、少しずつ慣れていこうね」
こくりと頷いた神無の額に口付けを落とした縞斑は、彼の両足にようやく力が戻ったことを確かめると手を離す。
ちらりと視線を向けた時計は出掛ける時間をとっくに過ぎており、ポケットの中に放り込んでいた端末からは先ほどからひっきりなしにアサギリの催促が届いていた。
「じゃあ、いってきます」
「……うん、いってらっしゃい先輩」
名残惜しそうな神無の頭を撫でて、縞斑は扉を閉める。
緩んだ頬を到着までにどうにか宥めて、今日は一刻も早く仕事を済ませて戻らなければ。
「さて……目下すべきことは遅刻の言い訳かな?」
呟いた彼は腰に両手を当てて仁王立ちで待ってるであろう相棒の不満顔を思い浮かべると、苦笑いを浮かべて向かう足を早めるのだった。
終