ピクスク様のドラヒナ童話パロイベント、『オカシなどら×ひな寓話集』に参加した2作目です。
反転ドラヒナに、グリム童話版の『青髭』と『人殺し城』を混ぜたお話を演じて貰いました。
個人的に、幼い頃『アニメ グリム名作劇場』で見た青髭の、ドクドクと鍵から血が湧き出て来るシーンが印象的で、怖かったのを覚えております。
人殺し城は、ほぼ青髭と同じ話ですが、
・入ってはいけない地下室に、死体の腑分けをしているお婆さんがいる。
・逃げる手助けをしてくれる。「もう捌いたから、問題ない」と、虚偽の報告をしてくれる。
・隠れた馬車は、他の貴族の元に辿り着き、そこで事実を訴え、犯人は法的に裁かれる。
点で違います。
そのままだと、バッドエンドルートになりそうだったので、お婆さんに活躍して貰っております。
言葉遣いで、正体はバレバレだと思いますが(笑)
三人目が、頑張るのでハッピーエンドです。話を2つ繋いだので、ものすごく長くなってしまいましたが、安心してお楽しみください。
これまでの反転ドラヒナのお話は、こちらから読めます→ https://privatter.net/category/50931
@kw42431393
むかし、むかしのお話です。
ある国に、氷の様に冷たい風貌とは裏腹に、評判のいい領主がいました。
彼が治める国は平和で、戦場に立てば百戦百勝、立ち振る舞いは優雅で…何より、全ての女性に敬意を表する事を信条としておりました。
気になる所と言えば、彼は夜しか人前に姿を見せず、近づけば鳥肌が立つぐらい寒気がし、見事な青い髭が目立つ事ぐらいでした。
領民達は彼を信頼し、文句を言う者はだれ一人として、『いなかった』ものでした。
いつからでしたか…元々、彼が女性好きであったのは間違いありません。
それが、度を超す様になったのです。
初めに声がかかったのは、由緒ある血筋の、適齢期である令嬢達ばかりでした。
それがいつしか、領民の少女達にも手が伸びていきました。
彼に声をかけられた少女達は、驚き、感激し、幸せな公爵夫人を夢みながら、豪奢な黒壇の馬車に乗せられて行きます。
家族には膨大な身代金、あるいは地位が約束され、誰一人として文句を言う者は、いなかったのです。
その後の少女達を、『誰一人として、見た者がいない』という、事実が知れ渡るまでは…。
そして、今宵も…
「こんばんは…美しいお嬢さん。今宵の月の様に清らかな瞳をもって、私の恩人家族を救う為に、ある男の心を縛る、金の枷となってはくれないだろうか?」
「ひっ、貴方様は…ッ!?…喜んで、公爵様…どんなお言いつけにも従います。」
月が明るい夜に、青髭の公爵様に目をつけられたら、もう二度と戻れない…
いつしか、そんな戯れ唄が隠れて流行るほどに。
「人間共との抗争は、ますます激しくなってくる。人間同士の争いにも、巻き込まれざるを得ない我々の身は、安寧ではない。竜の血族を絶やしてはならない…竜の血族の末は、あの馬鹿弟子だけだ。今度の娘ならば…今度こそ。」
「暇なんですか、師匠?私は、忙しいのです。帰って貰えませんかね?」
「忙しい?忙しくしているだけだろう?不出来な弟子よ。」
灯りのない暗闇で、コトリコトリと音がします。
夜目が利く夜の者達には、不機嫌な顔をしている青髭公爵の前で、白髪の男性が地図の上にボードゲームの駒を並べている風景が、見えたはずです。
見た目は30代と言ったところでしょうか、暗闇に目立つ白髪と、不自然に黒い右目が、不気味な雰囲気を醸し出していました。眉から頬にかけて走る傷痕から察するに、義眼を嵌めている様でした。
「今度のオスマン軍にしたって、本来攻めて来る予定はなかった。わざわざ、情勢の悪い方につきおって。援軍要請してきた方は命を繋いだが、オスマン軍は、報復にこちらに向かってきたではないか。」
「それは、結構。勝てると分かっている戦なんて、つまらない。盤面をひっくり返すからこそ、面白い。愚かな領民共は、私の事を異教徒共を追い払った英雄だとか、ぬかしているそうで。度し難い。」
白髪の男性は、山岳を示す場所に白い弓兵の姿をした駒を並べます。
「うむ…川から回ってくる可能性もある。ここにも…しかし、そうするとこちらの村が手薄になる。」
「聞いておるのか!ドラルク!?」
怒声に、ため息をつきながら『ドラルク』と呼ばれた男性は、やっと青髭公爵に顔を向けました。
「お小言は、聞き飽きました。私に再生能力がないから、危険な戦場暮らしをやめ、家庭を築いて、本家を継ぐ用意をしろ、とおっしゃるのでしょう?保険として世継ぎを確保せよ、とも。」
「そうだ。現時点で、我々が吸血鬼である事は、人間共に知られておらぬ。だが、知れば手のひらを反して、粛清しに来るだろう。その上、好き好んで戦場にしゃしゃり出て来る愚か者が、我らが血族の次期当主とあっては、黙っておれん。オスマン軍は、私とドラウスで和平交渉をしてやる。大人しく、この城に籠っておれ。」
「次期当主は、お父様ですよ。それで、終わりです。ご存じの通り、私は不死身ではない。世継ぎを確保したいなら、お父様達に頑張って頂くか、直系に拘らずに、ご自身でされてはいかが?囲ってる女性達の誰かに産ませた男児に、お父様の血を…。」
「貴様!!言って、いい事と悪い事があるぞ!!」
その瞬間、周囲の調度品が全て凍り付きました。これが、この青髭公爵の側に寄ると寒気がする原因なのです。
特に、彼が持つ氷化能力には精神状態が影響するらしく、かなり気が高ぶっているのが見てとれました。
「月が明るい夜に、青髭の公爵様に目をつけられたら、もう二度と戻れない…アハハ。」
パキッと、足元で氷が割れる音がしました。
ドラルクが、立ち上がったのです。暗闇に緊迫した空気が流れます。
「夜な夜なご苦労な事ですな、師匠。弟子の『好みは知っているつもり』で、領地内でそれらしい娘を見繕っては、ここへ連れて来る。おかげで、名君だった貴方の評判は散々。甲斐なく、貴方が連れて来た小娘共は、どいつもこいつも約束の一つも守れぬ、綺麗なだけの人形ばかり。」
「どこの貴族も政略の為に、我慢しておるぞ。見た目だけでも、合せてやった事を感謝しろ。」
嫌悪感を露わにしたドラルクは、ポケットから取り出した物を、青髭公爵に投げつけました。
怪訝そうに彼は、手の中に受け止めた物を確認します。それは、小さな金色の鍵なのでした。
「手狭になってきたので、連れ帰って頂きたい。弟子の使い古しは失礼と思い、指一本触れておりません。貴方も見たのでしょう?その鍵が合う、金の扉を。私が席を外している間に…。」
そうこうしている間に、青髭公爵が嵌めている白い手袋が、ジクジクと赤く染まっていきます。
金色の鍵から、とめどなく血が湧き出て来るのです。約束を破った証として…。
「『その鍵が合う金の扉は、絶対開けてはならない』と、伝えてあったのに…最後の娘は、なかなか頑張りましたが、2週間が限度でしたな。湧き出て来る血を吸わせようと、干し草の中に隠して…言うに事欠いて、『私じゃない、ジョンがやった』と泣き喚き、無様な姿を晒してくれましたよ。」
空気が凍り付くパキパキという音に、キキキ…と何かが軋む様な音が、混ざります。
それは、彼の義眼から鳴っているのでした。そして、カシャっと腰に下げたレイピアが音を立てて…
ドラルク様、忙しい所をごめんヌ。国境警備隊から、応援要請が来てるヌ。早く、支度を…
突然、扉が開いてアルマジロが、顔を出しました。
こんなに可愛らしい姿でありながら、ドラルクの使い魔で、魂を共有した『半身』で、『主の盾』として幾多の戦場を駆けてきた、戦士でもあるのです。
「おやおや。派手に師弟喧嘩と、洒落こもうと思っていたのに…ねえ?師匠?」
「…。」
青髭公爵はため息をついて、件の鍵を机に置きました。国境警備隊と衝突が始まったのであれば、今更、和平交渉などと悠長な事は言ってられません。「説教は終わってない」と拘れる程、オスマン軍は悠長にしておれる相手ではありません。
それこそ、強大な力を両親から受け継いだドラルクが、前線に立たないと敵うべくもないでしょう。情勢が悪くなった時の為に、青髭公爵も準備しておく必要があります。
今回は、大人しく領地へ戻る事にしたのです。
「ジョン、敵兵は?」
報告によると、5万ヌ。
「フン、我が軍の倍か。まぁ、構わん。」
使い魔と共に、部屋を出ていく弟子を見送ると、青髭公爵は上を見上げました。
屋根裏で、微かにカサ…と、音がしたのです。
『ああ、これですか?ククク…近頃、屋根裏にリスがいるんですよ。懐いてきたと思って、クッキーを食べている所を撫でてやったら、引っ掻かれまして。え?元の場所に返せ?あれは、もう私のものです。どこにもいかせるつもりは、ありません。』
いつだったか…弟子から血の匂いがした時に、そう言っていたのを思い出しました。
再生能力を持たないばかりに、両親に甘やかされたドラルクは、幼い頃、気に入った生き物を持ち帰り、一方的に可愛がる悪癖がありました。最終的に、構い過ぎて死なせてしまうのです。
大人になってから、そういった行動は鳴りを潜め、気にもしていなかったのですが…
「まぁ、よい。思ったより続いているらしいが、そのリスもその内…。」
窓を開けると、念動力を駆使して、青髭公爵は飛び立ちました。
そのリスが本物のリスではなく、弟子が寵愛している、秘蔵の少女だと気づきもせずに。
「…ヒナイチさん、ヒナイチさん。お目覚めですの?」
「はっ!?すまない、おヒデさん!寝過ごしてしまって!」
下から控え目に鳴るノックの音に、その『リス』は飛び起きます。
ここは、その件の屋根裏部屋でした。窓から差し込む日差しから察するに、10時頃の様です。
普段は吸血鬼の棺桶で床を共にしているので、棺桶特有の閉塞感と、仇に抱かれている緊張感から、解放されたせいでしょう。
「…あいつが戦に行ってから、もう3週間か。すっかり、痕も消えてしまった。」
着替えながら、彼女は鏡に映った自身を見て、ため息をつきました。
喉、胸、手首、腰回り、首筋に…少し前まで、ここの主が付けた、吸血痕と情事の痕跡が付いていたのです。色白な肌に目立つそれらがなくなった事は、彼女に何故か喪失感を与えたのでした。
人ならざる者は、自分の所有物に対する執着が強いものです。両親から、濃い血を受け継いだドラルクは、その習性をかなり強く残していたのでしょう。
「少しでも薄くなると、すぐにつけ直すんだもんな。他に、一体誰が見るというんだ。」
『君が私と永遠を共にし、『約束を守れる、いい子』でいてくれるなら、他の者達は見逃してやっても構わない。これからも、無辜の者達は襲わないと約束しよう。心配は要らない。我々にとって、契約は絶対だ。』
半年前の事でした。
白い羊膜を被って生まれてきたヒナイチは、『神の祝福を受けた、吸血鬼殺し』として、市民を守る戦士として期待され、鍛練に勤しみながら育ってきました。
若輩ながら、吸血鬼と人間達の抗争に、毎度実戦投入され、数々の戦歴を上げ、大勢の人々を守ってきたのです。
白馬に乗った彼女が凱旋する度、人々は、彼女を『救世主』と呼び、尊敬と憧れの眼差しで見上げていたものでした。
『わかった!なんでもする!なんでもするから…たのむ、やめてくれ。』
『ほう…何でも、と言ったね?お嬢さん?』
気紛れに、ある都市を凍り漬けにし、多数の市民を虐殺した、白髪の悪魔に敗北を喫するまでは…。
彼が、ヒナイチのどこを気に入ったのかは、分かりません。
『幼い頃から、誰か『会わなければいけない人がいる』と思っていた。ヒナイチくんと刃を交えている時に、その時の感覚を思い出したのだ。』
色々言ってますが、結局、一目惚れというものだったのでしょう。
確実な事は、『神の祝福を受けた、吸血鬼殺し』が、守ってきた者達の前で『悪魔に蹂躙され、堕落の啼き声を上げる魔女』となる過程を披露させられた、という事だけでした。
ドラルクは、『悪魔と交わった魔女』の烙印を押されたヒナイチを自分の居城に連れ帰り、屋根裏に鍵をかけて、閉じ込めました。構いたい時だけ部屋から出して、一方的な愛情を注ぎました。
幼い頃に、ペット達にやっていた様に…ただ違うのは、ヒナイチが人間で、鍛え上げられたトップクラスの戦士だった事です。
欲望をぶつけても壊れず、かつての使命感にしがみつく玩具に、ドラルクはますますのめり込み、執着心を募らせていきました。
以降、白髪の悪魔による被害者は、『戦場』以外では、出ていないのです。
ヒナイチが、ここに留まっている経緯は、そういう事だったのです。
「もう、昼の世界には帰れない。帰っても待っているのは、異端審問と火炙りだ。もう、ここしか居場所がない。たとえ、ここで何が行われていようとも…。」
だから、青髭公爵に連れて来られた少女達が、『タブー』を犯し、泣き叫びながら『あの部屋』に連れて行かれるのも、彼と青髭公爵との会話も、彼女はこの屋根裏で聞いていました。
正義感から、そして、自分でも度しがたい感情から、出陣前の彼に意見すると、彼は笑いながらこう言いました。
『あの髭め。連れて帰れと、言ったのに。じゃあ、この鍵も君に預けておこう。ヒナイチくん、君はこれをどうするのだろうね?』
力なくため息をつく彼女の首元で、件の金色の鍵が不穏に揺れていました。
「ヒナイチさん。お味の方はいかがです?」
「ん…おいしい、ぞ。」
「申し訳ございません。お坊ちゃまのお手料理に慣れてしまうと…あの方に敵う腕前は、お同胞達にもあまりございませんもの。」
着替えて、食堂に姿を現したヒナイチを、今日も上品な吸血鬼の婦人が、出迎えてくれました。
『さあ、どうぞどうぞ。お食べになって、お元気を出して下さいまし。』
引かれた椅子に座ります。前に並べられた料理の見た目も香りも、美味しそうです。
「分かる。ドラルクの料理…クッキーが、特に好きなんだ。」
なのに、目の前の料理は、『味だけ不味い』のです。
『君の身の回りの世話に、私の乳母だった女性を呼んでおく。比較的、私と料理の味が近いし、元々人間から転化した同胞だ。昼間でも、君の世話をしてくれるだろう。』
彼は、出陣前にそう言っていたはずでした。さりとて、残すのは失礼です。
彼女とて、戦場で野営経験はあります。全て綺麗に食べ終えて、ペコリと頭を下げました。
「ごちそうさま。おヒデさん。」
「いえいえ、どういたしまして。今日は、どこを回られますの?」
「う~ん、そうだなぁ。」
ヒナイチは、テーブルに置いてある鍵束を手に取ります。
『今回は、少し時間がかかりそうだ。屋根裏の鍵は、開けておく。いい子で留守番しておくれ。』
『ああ、さっさと行け。ゆっくり、眠れてせいせいする。』
『ジョンも連れて行く。正直、私だけでなんとかなるか、怪しいのでね。まぁ、そうこなくてはつまら…』
そこまで言って、ドラルクは、彼女の顔を覗き込みます。
人と会う事を禁じられた彼女が、心を許していた唯一の相手が、ジョンだったのです。不安が顔に出ていたのでしょう。
『べ…別に、何でもない。』
『ふむ…寂しい思いをするかもしれんな。これを預けておく。』
そう言って、預けられたのが、この鍵束でした。この城にある全ての部屋の鍵が、そこにあります。
招かれないと入れない吸血鬼にとって、鍵を預けるという行為は、かなり重要な事のはずです。
その頃、既にドラルクの中で、彼女を愛贋物ではなく、伴侶として迎えたいという想いが、芽生え始めていたのでしょう。
この3週間の間に、ほとんどの部屋は見てしまいました。
中には、世界中の美術品や宝石、高価な装飾品やドレス、様々な分野と言語の書籍が並んでいます。
しかし、なにより彼女の目を引いたのは…
「また、武器庫に行こうかな。トレーニングもしたいし。」
「ウフフ…ヒナイチさんらしいですわ。」
彼女に笑いかけながら、ヒナイチは、食堂を後にしました。
「…優しい人だな。吸血鬼だからってのもあるけど、見た目も若い。あの人が乳母だったのに、どうして、あいつはひねくれ者になったんだ?」
人恋しさもあって、3週間の間に、ヒナイチは彼女に対して親近感を感じておりました。
仕事を手伝おうかとも思いましたが、元々家事は得意ではなく、彼女に迷惑をかける可能性も考えて、そのまま、武器庫に向かう事にしたのです。
「いつ通っても、ここだけ寒いな。」
武器庫に向かう、道すがら。件の金の鍵が合う、扉の前を通ります。
青髭公爵によって、弟子の妃候補として連れて来られた娘達が、必ず最後に犯すタブー。
今も持っている鍵束と、首に下げている金の鍵を見比べます。その周辺にある扉とも、見比べます。
材質も細工も見事な、件の扉を見ると…そこに、最も素晴らしい財宝が入っていると考えても、仕方がありません。ヒナイチも、ここで立ち止まりました。
彼女も、禁を犯すのでしょうか。
中に何が入っているのかを、知っていても…。
『君が、約束を守るいい子でいてくれるなら…』
この言葉と、初めて刃を交えた時に見た、血に狂ったドラルクへの根強い恐怖が、決定的な行動を止めていたのです。
そして…
「ここを開ければ、終わりになる。凍らされた者達を解放し、この半年間集めていた、あいつが吸血鬼だという証拠を持って、教会に駆け込めば…。」
『自分は、吸血鬼と戦う為に生まれて来た者』…肉体的には負けてしまったけれども、使命はまだ捨てていない。
『自分は、悪魔と何度も交わった魔女』…不本意だったとはいえ、共に暮らした半年間、ドラルクを間近で見ていた彼女には、また違う感情が芽生えつつあったのです。
「異端審問にかけられるだろうな…そして、私もあいつも、火刑に処せられる。」
審問官は、手を抜かないでしょう。何故なら、悪名高い『白髪の悪魔』を罰した名声と、これだけの財産を没収出来るのですから。
魔女として焼かれ、灰となった彼女は、天国に行けません。地獄で、また彼と会えるはずです。
そう考えると、火刑も悪くない気がしてきました。
「やらなきゃ…これが、最後の。」
金の鍵を、首から外します。鍵穴にそれを差して…
「それは、本当に貴女のご意志ですの?」
冷静な声に、飛び上がります。
後ろに、乳母のおヒデさんが、立っていたのです。
「あ…これ、こ…わたし…」
「お大丈夫です。お咎めているのでは、ございません。」
そっと、彼女は手を頬に当ててくれました。温かい手に包まれて、彼女の心も落ち着いていきます。
「…この中にいる者達の家族も、心配している。やらなきゃ…あいつに殺された者達の無念も晴らさなければ…」
「私が聞いているのは、貴女の『ご意志』です。お使命では、ありませんの。」
その瞳には、迷いがありませんでした。よく見ると、その瞳には綺麗な青色が透けて見えました。彼女が転化する前の…?
「わたし…は、あいつを…」
もう一度、金の鍵を見ます。
憎まなければ…自分から誇りも自由も奪った吸血鬼を。
殺さなければ…仲間と守ってきた者達を、嬲り殺しにした悪魔を。
「お憎しみとは、お心から涌いて出てくるもの。お奮い立たせて出すものでは、ありませんの。」
「わ、わたしは、あいつに…」
会いたい…時々見せてくれる、あの優しい笑顔に。
帰りたい…あの安心する、マントの中に。
「ご愛情も、お心から涌いて出てくるもの。お理屈では、ありませんの。」
幼子の様に泣き出したヒナイチを、おヒデさんは抱き締めました。母親が噛んで含める様に、囁きます。
「夜と昼のお世界の私達。今はお争いあっておりますけれども、貴女も選んでいいのです。私達は…」
そこで、彼女は誇らしげな笑顔で、こう締めました。
「お友達になっても、いいのです。お愛し合っても、いいのです。まずは、ドラルクさんが帰ってきてから、お話合いをなさいませ。」
ヒナイチくん、ただいまヌ。
「ジョン、おかえり!怪我はないか?」
ヌフフ…伊達に鍛えてないヌよ。
さらに、1週間が経ちました。
オスマン軍を追い返したドラルクは、ジョンと共に居城へ凱旋してきたのです。
「しばらく留守にしていて、悪かったね。」
低いドラルクの声に、ヒナイチの背に緊張感が走ります。
その深紅の瞳に浮かぶ色は、疑心?それとも…
「あ、ああ。なあ…ジョン。」
「ヌ?」
「ふ、二人っきりにしてくれないか?ドラルクと、話さなきゃ…。」
…ヒナイチくん?
「…た、たのむ。」
「ジョン、席を外しておくれ。」
忠実な使い魔は、心配そうに何度も振り返りながら、部屋を後にします。ガチャッという音が、妙に重く感じられました。
「ヒナイチくん、留守番ご苦労様。寂しかっただろう?」
「別に…。」
そう言いながら、ヒナイチは、ドラルクから預かった鍵束を手にします。この一ヶ月間、退屈を紛らわせてくれた鍵束を。
「部屋は見て回ったかね?珍しいものばかりに、しておいたが。」
「ああ。特に世界中の武器を集めた部屋は、凄かったな。」
その答えに、彼はニヤリと笑いました。他の少女達と、明らかに答えが違ったからです。
「ハハハ。宝石より、そっちかね。君らしい。」
「鍵を返す。」
ヒナイチが差し出した鍵束を、ドラルクは押し返します。
「その鍵束は、君にあげよう。部屋の中の物は、全て君のものだ。しかし…」
「ああ…。」
その視線は、首元に揺れる金の鍵を捉えます。不穏な色を帯びた、深紅の瞳で…
「…わ、わかっ…た。」
ヒナイチは、首から金の鍵を外します。その手は、微かに震えていました。
「どうしたのかね?顔色が悪いじゃないか?さあ、出し給え。君が約束を守る『いい子』でいたという、その証を。」
「…。」
荒々しく差し出された手に乗せられた、金の鍵には…微かに、血がついていたのです。
ドラルクは、ヒナイチをどうするのでしょうか?
一番寵愛していた少女も、あの部屋に入れてしまうのでしょうか?
「…取れなかったんだ。何度拭いても。」
事情を説明しようとする彼女をよそに、ドラルクは、鍵をひねくり回して確認しています。
「…ドラルク。は、話を…」
「やはり…これは、君の血だね?」
軽く鍵を舐めると、彼は彼女の右手を取りました。そして、小さな傷痕が残る手のひらにキスをしました。
「何度も、あの扉の前で迷ったのだ。血が出る程、握りしめて…違うかね?」
疑惑の晴れたその顔は、彼女が初めて見るものでした。無邪気な子供の様に、晴れやかな笑顔をしていたのです。
「違わない…だ、だから…うわっ!?」
「アハハハ!あの髭め!だから、自分で探すと言ったのだ!ここにいたじゃないか!君だ、君だったのだ!」
ドラルクは、ヒナイチを強く強く抱き締めました。それこそ、折れるのではないか…と思うほど強く。
「あぁっ!ドラルク、く、くる…し!」
「ああ、すまないね。フフ、あの部屋を見なかったのは、君だけだ。本当は、あそこを開けて娘達を解放したかったろうに…。」
そう言って、彼女に深く口づけます。本人は、『会いたい相手に会えた』事が、嬉しくてたまらないのでしょう。
「そ…それ、は…あ、あう!?ま、まっへ!」
彼女は、説明しようとしました。
このまま解放すれば、教会に訴えた娘達によって、審問官がここに来るだろう事を。
当初は、市民を守る使命感と、彼への憎しみ、厭世感から、法的処置を借りた心中を考えていた事を。
しかし、今は他の選択肢を模索する決意をしたのだ、と。
ドラルクと話し合って、さらに、青髭公爵の被害も最小限に済む、解決策を探そうとしているのだ、と。
「ああ。溜めていると、そういう事もあるのか。一気に解放すると、混乱も起きる…最初の娘達に至っては、浦島状態かもしれんな。」
「の、呑気な事を言ってないで、真剣に…こら!その顔!また、つまらない事を考えてるだろ!?」
しかし、本人はそこまで危機感がない様でした。元々、スリルを求めて問題行動を繰り返す吸血鬼です。
教会の追っ手達との戦闘に、ジョンとヒナイチを連れての逃亡生活も楽しいかもしれない、そんな事を考えていたぐらいでした。
「バレたか…それにしても、少し痩せたようだ。ばあやの料理が、口に合わなかったのかね?」
見当違いな返答に呆れて、ため息をつきました。
彼女の事は好きでしたが、料理の腕に閉口するものがあったのは、事実でした。実際、少し痩せていたのです。
「別に、そんなこと。おヒデさんは、私によくしてくれ…」
「おヒデさん…誰かね?それは?」
予期しなかった言葉に、ヒナイチは顔を上げます。ドラルクの顔は、瞬時に険しいものへと変わっていたのです。
「だ、誰…って?お、お前の乳母だった女性だろう?」
その時、コンコン…と遠慮がちに扉がノックされました。おずおずと、アルマジロのジョンが顔を出します。
あの、ドラルク様。お客様だヌ。
「取り込み中だ、断っておくれ。」
それが…ご真祖様の紹介ヌって…あ!?応接室で待ってて欲しいヌ!
自分の祖父の紹介ともなれば、無下にする訳にもいきません。
ドラルクはヒナイチをソファに座らせると、不機嫌そうな顔で、応接室に向かいました。
ただ運命に流されて生きてきた、彼ら二人と一匹にとって、大転換期が起こるとも知らずに。
「君かね?お祖父様の紹介で来た、というのは。」
「お初にお目にかかります。私は、吸血鬼退治人のロナルドと申しますわ。青髭公爵様が、ここに連れてきたお方々について、そして、ご友人であるヒナイチさんについて…お話合いをしたくて参りました。」