みずいこお題部第十四回より「怒らん?」『けんか』【シルバー(銀色)】
関西弁非ネイティブのため口調は勘頼り
@a_yuuzora
最近生駒が不思議なことをするようになった。いや、時折奇行に走るのはいつものことだけど、端的に言えば「らしくない」ことをするようになった。
例えば、水上が鞄にいれていたお菓子を勝手に食べていたりだとか。その時は「腹減ってるんすか?」と言って普通に譲ったし他にも入っているものをあげた。飯を食いそびれた時の糖分補給用なので、別に惜しくもなかったし。
例えば、食堂で食べていた定食のウィンナーをひとつ取られたりだとか。そのときは生駒のカレーに乗っているナスをひとつ取って交換みたいな形にした。ナスを取られた生駒が口をへの字にするものだから、なんだかおかしくて思わず笑った。
例えば、音楽プレイヤーが見当たらないと思って探していたら、生駒がいつの間にか使っていてイヤホンをしたままうたた寝していたとか。あまり穏やかとは言えない寝顔だったのは、水上が開いたまま放置していたリストが怪談落語だったからだろう。起きた後生駒はなんか怖い夢を見たといっていた。
例えば、いきなり水上の太腿を掴んで「ほそもも……」と呟いていたりだとか。何の話かと思って聞いてみると、水上の私服のジーンズを穿こうと思ったら太腿でつっかかって穿けなかったと白状した。確かに水上はあまりゆったりした服を選ぶ方ではないし、生駒は大地をしっかり踏みしめ鬼の体幹を維持するたくましい脚を持っている。入らないのも道理である。
こういったひとつひとつが他愛無いイタズラのようなものが繰り返される。生駒は奔放な性格ではあるが案外きっちりと道理を通すので、相手に対して勝手に何かをするだとかはあんまりなくて大抵何か断りを入れる方だから、「らしくない」と感じるのだが、まあ別に害はないのでするがままに任せていた。構ってほしくて人間にちょっかいを出す犬猫のようでもある。もしかしたら生駒は恋人に対してはこういう甘え方をしてみたいのかもしれない、と思えば害があるどころか随分可愛いものとすら思えた。
そんな日々が二週間ほど繰り返された後、生駒が声を張り上げた。
「お前はホンマ甘すぎひんか!!」
癇癪のようにも聞こえるそれは、どちらかといえば「参りました」のニュアンスの方が強いようでもあった。そして、勝負をしていた自覚のない水上は目をぱちくりさせる。
「何の話です?」
「何って、俺お前にいろいろしたやろ! 勝手にお前の飯食ったりとか、勝手に物借りたりだとか」
「ん? ああ、あのえらい可愛らしいやつ」
「かわ……え、お前にはそう見えてたん? 俺が?」
「そりゃあ恋人が可愛く見えるのって当たり前やないです?」
「まあ、そう、そうか……そうやな」
「でも俺がイコさんの望むリアクションせんかったってことですよね? 一体何がしたかったんですか」
「怒らん?」
「それは聞いてみるまで分かりませんけど、多分大丈夫っすよ」
「……喧嘩」
「けんか?」
理由を聞いてみれば、ごくごくくだらないことがきっかけだった。
諏訪と風間がよくロビーで喧嘩をしているのはボーダーの日常風景だが、ああもしょっちゅう言い合いの種に事欠かない物だと思っていたら一緒にそれを見ていた嵐山が「喧嘩するほど仲がいいって言うしな」と言ったのだという。実際嵐山の弟妹たちはしょっちゅう小競り合いをしているが仲はいいのだそうだ。
喧嘩するほど仲がいいなら、喧嘩のひとつもできてないうちは仲がいいとは言えないのでは!? と思い至った生駒は、ひとつ水上と喧嘩をしてみるかと行動を起こしてみた、ということだった。
あまりに突飛で短絡的な思考回路に、水上はひとつため息をつく。
「そこで俺をターゲットにした理由は敢えて聞かんときますけど」
「お前と一番仲良くしたかったからやな」
「聞かんといたのに。あのねイコさん、イコさんはタメの人らとめっちゃ仲ええですけど、喧嘩したことあります?」
「言われてみれば、無いな」
「他の友だちとか、隊の奴らと喧嘩したことあります?」
「無いな! あ、弓場ちゃんと外で話しとったらヤクザの揉め事やと思われて警察呼ばれたことならあるで」
「どうせランク戦の話で殺すとか潰すとか死んだとかそんなワード使ってたんでしょ。ボーダー外でそういうのやめえ言っとるのに。それは置いといて、俺の知る限りイコさんは一番喧嘩に向かんタイプですよ」
「え、そうなん?」
「イコさん自身怒るとか変な意地張るとかあんませえへんでしょ」
「確かに、あんませんかも」
「悪いと思ったらすぐ謝るし、不機嫌そうな相手にでもフレンドリーに話しかけにいって毒気抜くし」
「前半はともかく後半、俺そんなことしとる?」
「してますよ」
かくいう水上もあまり人と諍いを起こす方ではない。身内に対しては相当甘く、他人に対してはどうでもいいと思っているので、沸点はそう低くはない。一部の事象に関して以外は。
「俺が喧嘩に向くか向かんかは横にのけといて、水上がキレるようなことってあるん?」
「俺の目の前でイコさんのこと馬鹿にするようなことぬかるドアホウがおったら積極的に脅しにいきますけど」
「怖」
「俺自身のフィジカルがどんだけ雑魚でも、そこそこあるタッパで声低くしてキツめの大阪弁使えば大抵の奴らはビビってくれるんで楽っすね」
「いやいや別に俺のことで人様に喧嘩売りに行かんでええねん。俺にされて嫌なこととか怒ることとかないかって話やねん」
「されて嫌なことって、実際されてみるまで分からんことないです?」
「それはちょっとわかる」
「ただでさえ俺イコさんにめちゃめちゃ甘い自覚あるんで。仮に財布の中身抜かれても、イコさんならまあええかって言いそう」
「そこはちゃんとせなあかんことやで!? そもそも俺そんなことせえへんよ!」
「わかってますって」
されて嫌なことなあ、と呟きながら水上はしばし考え、ひとつ思い当たって、ふっと笑う。
「浮気なんかは、確実に『されて嫌なこと』ですねえ」
「……それ、怒る通り越して愛想尽かして離れてくやつやろ」
「よくご存じで」
正確に言えば愛想を尽かすというより、生駒にとって不要になった自分に存在価値を見出せなくなって姿を消すという方が正しいのだが、そのニュアンスが生駒に伝わるとは思えないし、どう表現しようと結末は一緒である。
「言っとくけど、浮気なんてせえへんからな」
「知ってますよ。でも、ここに――」
水上は生駒の左手を取って、薬指に指を絡ませる。
「銀の輪っか嵌めて俺のもんやって主張できひんうちは心配になるんです」
古くから給料三か月分と称されるようなものは、まだ学生の身では手が届かない。代わりにと指輪が嵌る場所に口づけを落とすと、生駒の頬が赤く色づいて、水上はにんまりと笑む。
「それは……俺もおんなじのプレゼントしてええやつやな?」
「ええ、是非」