さめしし。ワンドロのお題「お土産」「キッチン」で書きました。さめ→→→(←)ししで、片想いを拗らせかけているさめ先生が距離を詰めようとするお話です。瓦そば、ししさんはきっと肉多めで作ってくれています。
@5_bluedaisy
醤油のボトルを握った獅子神が、フライパンに向けて中身を振り撒く。
じゃっ、と景気の良い音がして、芳しい匂いが漂ってきた。沸き立つ肉の脂に加わる、焦げた醤油のニュアンス。読みかけの論文に戻る気がせず、どうしたってキッチンのほうを眺めてしまう。
獅子神は今、私が学会の土産で持ってきた『瓦そば』なるものを料理してくれているところだった。茶そばという緑色の麺を炒め、牛肉や錦糸卵、小葱や海苔などの具をのせて、温かいつゆに浸けて食べる。これを元々は熱い瓦の上で作ったので瓦そばと言うらしく、土産の箱の写真でも、黒光りする瓦の上に茶そばと具が小綺麗に盛りつけられていた。
ただし、ご当地名物料理の土産物の常として、箱に入っているのは半生の麺とつゆのパックだけだ。具は全て自分で準備して、調理しなければならない。
であれば、ここへ持ち込む以外の選択肢は、私にはあり得なかった。
「オメーこういうの好きだよな……前に持ってきたやつも、調理する系じゃなかったっけか」
「美味いものは、何度食べても美味い。あなたが調理してくれるのなら尚更だ」
それにあなたと食べたいのだから、と付け加えたかったが、その部分は胸にしまっておく。あまり押しすぎて警戒されるのは、得策ではない。
キッチンに立つ獅子神は、複数のフライパンや鍋を同時に火にかけて操り、かと思えば包丁を握り何かを刻み、手が空けば素早く調理器具を洗う。熟達したその動きは自信に満ちて小気味よく、程良い緊張感を伴っていた。
外科医と同じだな、とふと思い、その発想が気に入って微笑んだ。
手術場に立つベテランの術者は、次に為すべきことを知っている。複雑な工程を頭と体で把握しており、自分で流れを生み出しながら処理していける。
今の獅子神も、それと同じだった。
「なーんか御機嫌だな、村雨先生?」
目が合った獅子神が、からかうように言ってくる。
「まあ、そうだな」
「もう出来るから。テーブルの上、片付けろよ。持ってくぞ」
「わかった」
私は広げていた論文をかき集め、揃えて鞄の中にしまう。タイミングを合わせたように獅子神が料理を運んできて、私の前に置いた。
「ほぅ……」
木のプレートの上に、熱された鉄板。よくハンバーグやステーキを供する時に見かける類のものだ。そこに茶そばが盛られ、炒めた牛肉や細い錦糸卵、人参や小葱などの具が綺麗に載せられている。じゅうじゅうと焼けた鉄板から食欲をそそる音がして、白い湯気と共に肉や麺の香ばしい匂いが立ち昇っていた。
「さすがに瓦は無いから、グリル用の鉄板だけどよ。ま、イイ感じになったんじゃねーか?」
「……美味しそうだ。このような物まで持っているのか」
私が素直に感嘆すると、獅子神は横目でじっとりとこちらを見てきた。
「どっかのお医者サマがしょっちゅう肉を焼け、て言うからな。そのうち使おうと思って、買っといたんだよ」
思わぬ返しに、一瞬目を丸くしてしまう。それで気を良くしたのか、獅子神はにっと笑った。
私も負けじと、微笑み返す。
「では、次はこれでステーキを頼む」
「へーへー。とりあえず聞いとくぜ」
獅子神は肩をすくめると、自分の分のプレートも持ってきて、私の正面の椅子に腰かけた。
「んじゃ、食うか」
「いただきます」
両手を合わせてから、箸を持つ。肉と麺を合わせて箸で掴み、つゆの中に浸けてから口の中に入れる。つゆの絡んだ麺と肉の旨味が、いっぱいに広がっていった。
「……美味い」
「そりゃ良かったぜ」
獅子神も自分のぶんの料理を口にする。納得いく出来だったらしく、満足そうに笑った。
「しかし、この人参はどうしたのだ。確か、見本には無かったはずだが」
「アレンジだよ。彩りがイイし、野菜も食えるだろ? その辺の匙加減は作ったオレの特権だ」
「それは、その通りだ」
この場合は、彼に分がある。私はおとなしく人参をつゆに浸して、麺と一緒に食べた。
そうして、ある程度人参を減らして誠意を見せたところで、今日一番の案件を切り出す。
慎重に。且つ、そうと悟られないように。
「今夜は、このまま泊まってもいいだろうか」
獅子神は軽く眼を見開いて、何かを言いかける。が、自分が咀嚼していたものを飲み込んでから、改めて呆れたような顔を作って答えてきた。
「今夜は、じゃなくて今夜も、だろ。オメー先週来た時も泊まっていったじゃねーか。ウチのゲストルーム、もう殆どお前専用になってるぞ」
「迷惑だったか」
「……いや、そういう意味じゃねーよ。ただ、オメーはすげぇ忙しいのに、そんなにしょっちゅうオレん家来て泊まったりして、大丈夫なのかなって」
「どのみち食事はせねばならん。だったら、あなたと一緒に食べたほうが楽しいし、有意義だ。それに、あなたの料理はとても美味しい」
「これ、オメーが持ってきた土産だろ」
「具を作って調理してくれたのは、あなただ」
獅子神はぽっと頬を赤くすると、照れたのを誤魔化すように、がばっと麺を口に放り込んだ。
私はそんな獅子神を眺めながら、食事を進めていく。作ってくれた具はどれも——もちろん人参さえも——美味しいし、麺の茹で具合と炒め具合も素晴らしい。鉄板に触れた部分からパリパリに焼けていくのだが、そうなった麺の感触も新鮮で、焦げた風味が香ばしかった。きちんと温められたつゆに浸して口へ運ぶと、いくらでも食べられそうだと思えてしまう。
獅子神もまた、楽しそうに食事をしている。今日の出来事や筋トレの工夫などを、表情豊かに話してくれる。呼吸も脈拍も安定していて、動作もなめらかで、自然にリラックスしているのがよく分かった。
私と二人の時間を、寛いで楽しんでくれている。
そう思うと、いい気分だった。
獅子神は、実に真っ当で優しい。そして、ギャンブラーにしては信じられないほどのお人好しだ。
だから私は、堂々と其処につけ込んでいる。
こうして食べ物を携え、調理してほしいと言って訪れれば、獅子神は断らないと知っている。むしろ快く引き受け、共に夕食の卓を囲んでくれる。今のように。
私と同じものを食べ、同じ時間を過ごしてくれる。
獅子神の生活の中に、私がいる時間が、少しずつ増えていく。
私の存在が、当然のものになっていく。
どれだけ私を浸透させれば、確実になるだろうか。
何せ初めてのことで、勝手がわからない。もう拒絶されることはないと確信できるまで、慎重に見極めなくてはならない。
失敗することなど、あってはならないのだから。
「おっ、ちゃんと人参も食ったな。偉いぞ、先生」
「あなたの作ってくれたものだからな。当然食べる」
「じゃあ、もっとゴリゴリに盛っときゃ良かったぜ……」
「その時は肉も増やしてほしい。バランスは大切だ」
しゃーねぇなぁ、と言って、獅子神が笑う。
私の大好きな、その笑顔。
わけがわからない力で、惹きつけられた。
気づいた時にはもう、目が離せなかった。
これが恋というものだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
理不尽に心を動かす、強い力。止められない衝動。
私にそんなモノを与えたのは、あなただけだ。
「獅子神」
「ん? どーした、村雨?」
「……いや、何でもない」
オメーが言いかけて止めるなんて珍しいな、ひょっとしてもう眠いのか?、と獅子神が矢継ぎ早に言ってくる。私の弱みを握れそうな一幕と見てにやにやと口元を緩めてはいるが、その実、心配してくれているのが声にはっきりと透けていた。
「先に風呂わかしてくるからさ。食ったら入れよ。パジャマも、いつものやつでいいよな。ゲストルームに置いてっから」
「ああ。感謝する」
本当に、お人好しで、正直で。
腹立たしいほどに、愛おしい。
狂おしいほどに欲しくて堪らない。
——獅子神。私は必ず、あなたのいちばん傍に行く。
他の誰にも、渡しはしない。