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ブランチはパンケーキで

全体公開 神無三十一受け 10 36 4504文字
2024-10-01 16:52:18

カルみと
シナリオネタバレあり

 

 窓の外には、まるでバケツをひっくり返したような豪雨が広がっている。
 少しでもその雨音を遠ざけるように、縞斑は換気のために開けていたキッチンの小窓をぴったりと閉めて鍵を掛けた。

 「はぁい、てて……

 腕を伸ばしたその拍子に、ずきりと腕の付け根が痛んだ縞斑は小さな呻き声を上げる。
 鈍く痛み続ける患部を手のひらでさすって細く息を吐いた縞斑は、しゅんしゅんと沸騰するケトルの存在を思い出してコンロの火を消した。
 マグカップの中のスープの素を溶かすようにゆっくりと湯を注いだ縞斑は、スプーンをかき混ぜながらキッチンを後にする。
 出来る限り音を立てないように廊下を歩いて寝室へ続く扉を開けば、部屋の奥に置かれた大きなベッドの上にはこんもりと膨らむ毛布の塊があった。

 「神無ちゃん、」

 ひそめた声で名前を呼べば、毛布の塊がもぞもぞと動く。やがて塊の中からそろりと顔を出したのは、青白い顔をした恋人の神無三十一だった。

 「せ……んぱ、い
 「スープ作ってきたから」
 「すーぷ……?」
 「薬飲む前に何かお腹に入れた方がいいよ」
 
 縞斑がベッドに居なかったことにも気が付かないほど弱っていたらしい彼は、努めてゆっくりと語り掛ける縞斑の言葉をどうにか理解するとこくりと頷いた。
 よろよろと身を起こした神無は、その間も頭を締め付けられるような重い痛みに顔を顰めて俯く。

 「う"ー
 「今日はいつもよりひどいね」
 「きのうはれた、から……

 気圧の大きな変化に弱い神無は、時々体を起こすことすら難しいほどの重い偏頭痛に悩まされることがあった。
 こうなってしまうと薬を飲んで安静にする以外に解決方法はなく、吐き気や眩暈を堪えた神無は縞斑に支えられてカップに口をつける。
 神無が好きだと言っていたコーンスープは、ミルクの風味が強く優しい甘さを感じる味わいだ。体調の悪い神無にその柔らかな味と温度は心地が良いのか、ほっと息を吐いた彼はカップを傾ける。

 「おいし……
 「他に食べたいものある?」
 「………ぷりんとみかんぜりー……
 「ん、あとで買ってくるね」

 時間を掛けてスープを飲み終えた神無に薬を飲ませてベッドに寝かせようとした縞斑だが、神無はそんな彼を見上げると不安げに眉を寄せて弱く袖を引いた。

 「せんぱい、どっかいたいの?」
 「……なんのこと?」
 「とぼけても……だまされないから」

 体調の悪い今なら隠し通せると思われたことが不服らしい神無は、にっこりと笑みを浮かべる縞斑を前に唇を尖らせて見せる。
 じっと問い詰める視線に押された縞斑は、やがて観念したように苦笑いを浮かべてひらりと両手を上げた。

 「先に言っておくけれど、別に新しく怪我したわけじゃないよ」
 「………なら、」
 「どうにも……こんな天気だと昔の傷が痛んでね」

 腕の付け根や脇腹に手を当てて、縞斑はそう苦笑いを浮かべた。
 ぱちりと目を瞬いた神無はふと、いつかの夜に目にした部屋の弱い明かりに照らされる縞斑の体に残されていたいくつもの傷の存在を思い出す。
 あの夜も、じっと目で辿る神無の様子に気がついた彼は困ったように笑って、昔はかなり無茶をしたから、と打ち明けたのだ。

 「きず……いたい?」
 「少しね。でも、神無ちゃんが不安になるほどじゃないから、」

 姿を消した縞斑の相棒とその妹に再びめぐり逢うまでの10年間、彼は随分荒んだ生活を送ってきたらしい。
 警察組織に不信感を募らせて自暴自棄になっていた彼は、無理な戦闘や潜入を繰り返してその身に怪我を負っていった。
 その時の傷は未だに縞斑の体に居座っており、おそらくもう一生消えることはないのだろう。
 
 「それは、おれが決めることだろ」
 「あー……それもそうだ。ごめん」

 体調の悪い神無に心配を掛けないように言ったつもりだったが、壁のように感じたらしい彼はむっと小さく唇を尖らせてそう呟いた。
 素直に自身の非を認めて謝れば、小さく頷いた神無の手がくいと縞斑の服の裾を引く。

 「いっしょにねたい」
 「……でも、プリン買って来ないと」
 「あとでいい……そばにいてよ」

 縞斑が痛みに耐えたまま活動をすることをまっすぐな言葉で引き止める神無に、彼なりの心配や不安を正しく汲み取った縞斑は少しだけ罪悪感を抱えたままベッドに入った。
 捲った毛布の中に体を滑り込ませれば、神無が両手を伸ばしてそっと胸に寄り添う。そんな彼を肩まで覆うように毛布を掛け直してぽんと軽く背を撫でると、恋人の温もりに安堵した様子の神無がおずおずと顔を上げた。

 「なでてもいい?」
 「いいよ」

 縞斑の許可を得て、神無の手のひらがそっと腕の付け根に触れる。
 傷が直接痛むわけではないと分かっていながら、彼の手のひらは縞斑の体を刺激しないよう慎重に傷痕の上に重ねられた。
 毛布とスープに温められた手のひらが、傷痕を気遣うように何度も優しく撫でる。
 手当てとはよく言ったもので、まるで神無の手のひらに吸い込まれるように、それまで傷の奥深くに覚えていた鈍い痛みがすうと消えていくような感覚を覚えた縞斑は目を細めた。
 
 「……まだいたい?くすり、俺のやつなら
 「いいよ、鎮痛剤は神無ちゃんが使いな」

 眉を寄せた神無は、ちらりとサイドテーブルに置かれた鎮痛剤へ視線を向ける。
 偏頭痛の重い神無のためにレミが手配をして病院から特別に取り寄せた鎮痛剤は効果は強いが安価では取引していないらしく、犯罪組織のリーダーである縞斑には手に入れることが難しいものだ。
 縞斑たちに人間用の医療道具を譲る機会も少なくないが、彼はその提案を断って神無の頭を撫でる。

 「それに、俺のは自業自得の傷だから」
 「……そんなこと」

 自暴自棄の発言を見過ごせなかった神無が顔を上げれば、縞斑は悲しそうに眉を寄せて笑っていた。
 その表情に言葉を失った神無が静かに視線を合わせていると、彼はゆっくりと当時の記憶を振り返るように語り掛ける。

 「幼稚な考えだけど……大怪我をすれば、恭雅が帰ってきてくれるんじゃないかって思ってたんだよね」
 「………、」
 「お前が背中を守ってくれないせいだ、責任を感じるなら戻ってこいって言ってやろうと思ってたんだ」

 無茶をすることで、いつか相棒が心配して戻ってくるのではないか。その考えがどれほど愚かで薄い希望だと分かっていても、縋らずにはいられなかった縞斑の傷ついた心を思った神無は、鼻の奥がつんと痛み眉を寄せる。

 「……俺も大概ガキだったって昔の話ね」
 「そんなこと、ないだろ」

 顔をくしゃくしゃにして泣くのを堪えていた神無だが、ついにその瞳に滲んでいた涙がぽたりとこぼれ落ちる。
 浅く息を吐いて懸命に涙を止めようとする神無の顔を覗いた縞斑は、ますます困ったように笑って頬に手を当てた。

 「神無ちゃんが泣くことないよ」
 「……っ、ごめんおれが泣いても意味ないのに、」

 自分の同情や悲しみが縞斑を更に傷つけてしまうと思ったらしい神無は、何度も誤って両目を擦ろうとする。
 その瞼が赤く腫れてしまわないように手を取って宥めた縞斑は、腕の中に震える自分よりも小さな肩を抱いて穏やかに笑った。

 「そうは言ってない。俺のことを想ってくれたんでしょ?」
 「それは、そう……だけど」
 「なら俺は嬉しいし、君のそんなところを愛おしいと思う」

 他人の痛みを受け止めて同じ感情を共有することができるのは、神無の一種の才能だろう。
 その感情に引きずられて神無自身の判断が揺らぐことは避けなければならないが、今回のようなプライベートの状況であれば自身の痛みを慮る優しい恋人に愛おしさと温かさを抱くばかりだ。
 そんな思いが少しでも伝わるように縞斑が何度も神無の頭を撫でていれば、彼の両手がそろりと自身の背に回されたことに気がつく。

 「……なれるかなぁ」
 「ん?」
 「おれは……先輩の背中を守る人に、なれるかな」
 
 締め切った窓の外の雨音がやけに大きく聞こえた気がするのは、きっと二人が互いの感情を推し量るために息を潜めたからなのだろう。
 言葉の真意を理解しようと縞斑が薄く開いた翡翠の瞳をじっと向けると、その視線と意図を汲み取った神無はゆっくりと言葉を選ぶように話し始める。

 「もちろん、キョウに代わるなんて烏滸がましいこと言うつもりはないよ。けど……先輩にはもう、怪我なんてしてほしくない」
 「……神無ちゃんは、代わりになんてならなくていいよ」
 「うん、」

 縞斑の言葉を聞いた神無は、分かってはいたけれど彼に背中を預けてもらえるほど自分はまだ強くないのだと痛感して眉を寄せる。
 しょんぼりと肩を落とす神無を見ていた縞斑は、また彼はきっと自分の言葉を重く捉えて勘違いをしているのだろうと小さく笑みを漏らした。
 両腕に力を込めて胸に神無を抱き寄せた縞斑は、彼に言い聞かせるようにそっと語り掛ける。

 「神無ちゃんとはね、並んで一緒に歩いていたいんだ」
 「いっしょに……?」
 「そう。だからこれからも隣にいて、俺がまた無茶しようとしたら止めて欲しいんだよ」

 背中を預けていては、相手が無茶をして駆け出してしまった時に気がつかないだろう。
 神無とはこの先も、違う立場でありながら対等に並んで前を向きたいと縞斑は思っていた。
 予想外の言葉を聞いてぱちぱちと目を瞬く神無の頬を撫でて目尻に取り残された涙の一粒を掬った縞斑は、愛おしげに眉を下げて笑う。

 「俺も、君がひとりで駆け出さないように見張っておくからさ」

 そう言って見せる彼の言葉は、すべて自分に向けた信頼の証だった。
 そんな縞斑からの感情を嬉しく思った神無は、くすぐったそうに頬を掻くと笑って涙を拭う縞斑の手のひらに擦り寄った。

 「そっか、なら安心だね」
 「でしょ?」
 「うん。先輩がだらだらしたときは、おれが引っ張ってあげる」
 「うーん、参ったな。仕事の逃げ道がなくなった」
 「あはは」

 気付けば雨足は弱まっていた。窓に遮られた室内には、ひそひそと話し合うふたりの穏やかな笑い声だけが満たされる。
 愛おしい温もりにそっとキスをして、縞斑は痛みのなくなった体から力を抜く。

 「ん、おやすみせんぱい」
 「……うん」
 「起きたらおれが、神無三十一スペシャルパンケーキ作ってやるからな」
 「…………それはべつにいいかな
 「えぇ……

 薬が効いてきたらしい神無が、腕の中で不服げに唇を尖らせた。くすくすと笑っていれば、彼の手が縞斑を寝かしつけるように何度も背中を撫でる。
 そんな彼の優しい手のひらに導かれるように、縞斑は今日を平和な朝にして眠りに落ちるのだった。



 


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