みずいこお題部第十八回より『半分こ』【浅葱色】
関西弁非ネイティブのため口調は勘頼り
@a_yuuzora
作戦室のテーブルは時々各々の宿題をこなすデスクになる。他にメンバーがいるときは一緒にゲームしたり喋ったりログを見たりすることが多いから、勉強机として使われるのを見ることはそんなにないのだが、テスト前はみんなでまとまって勉強することもある。
そんなわけで、作戦室で水上がひとりで勉強しているのを見た生駒は「テスト前でもないのに珍しい」と思った。
「おつかれー、みんなは?」
挨拶をすると、水上はイヤホンを外し挨拶を返す。
「おつかれさんです。海はソロブース行きました。隠岐とマリオはまだ見てないっす」
「そんで水上は宿題か、えらいな」
「別になんもえらいことないでしょ、普通ですよ普通」
「俺はよぉ忘れとったからなあ……」
「あー……言うてましたね」
ボーダー隊員は任務で午後から授業を抜けたり夜勤で翌日学校を休んだりということがあるため、予習範囲を聞いてないのに次の授業で当てられるとか宿題の提出期限がいつの間にか迫っているというトラブルがしばしば起こる。それを見越してクラスメイトと予習や提出課題についての連絡を密にしておけばトラブルは防げるのだが、生駒は結局高校を卒業するまでそんなことはできなかった。友達と会ったら難しいことより楽しいことを話したい。
そんな生駒とは真逆で、水上は勉強をこまめにこなすタイプだ。生駒が彼を尊敬してやまない部分のひとつである。
「別にこんなん今やらんでもいいんですけどね」
「そうなん?」
「この古文の訳とか、授業のペースでいったら来週か再来週の授業で使うやつなんで」
「すごっ。なんでそんな先のやつやっとるん」
「時間あるうちにやっとけば後々楽になるし、シフトずれて授業でやる範囲わからんようなっても安心でしょ」
「めっちゃえらいやん……お、何聴いとったん」
水上が外したまま手に持っていたイヤホンのコードの先をたどり目に入った音楽プレイヤーの画面には、浅葱色のツインテールがトレードマークの世界一有名なボーカロイドのイラストが映っていた。水上の趣味は良くいえば昔から色褪せないもの、悪くいえばジジ臭いところがあるため、随分と意外に思える。
「へえ、こういうの好きなん?」
「音楽は別にこだわりとかないですよ。なんか最近よぉ売れてるアーティストってこういうの使って作曲してた人が多いって聞いて、ほんならインディーズの頃の曲ちょっと聞いてみよかと思って作業用BGMにしてただけです」
「そこで売れてる曲そのものやなくてインディーズから聴くあたりおもろいよな、お前。俺も聞いてみてええ?」
「ええですよ、どうぞ」
水上はイヤホンを片方生駒に渡し、もう片方を耳にはめる。スピーカーにするのかと思っていた生駒は一瞬驚いたが、スマホではなく音楽プレイヤーだからスピーカーがないことに気付いて素直にイヤホンをはめる。水上はプレイヤーも生駒に渡して「適当にザッピングしてええですよ」と言った。
「え、曲コロコロ変わったら気ぃ散らん?」
「その程度で集中切らすほどヤワじゃないっす」
「そう? ほんなら遠慮なく」
使い慣れない音楽プレイヤーをぽちぽちといじって耳慣れない音楽を聴く。
これあの有名曲の人のか、確かに雰囲気近いな。あ、前カラオケで海が歌ってたやつやん、元々女性ボーカルだったんやな。うっわコード進行えっぐ、初心者には絶対弾けんやつや。これテレビで聞いたことあるわ、セルフカバーしてたんやな。おんなじツール使っとるはずやのに作曲者が違うだけでこんなに雰囲気変わるんや、おもろ。
内心は騒がしく、ただし口には出さず楽しく音楽を楽しんでいると、生駒の肘と水上の腕がこつんとぶつかった。ペンがノートの上に歪な曲線を描く。
「あ、スマン」
「いえ」
水上が消しゴムに持ち変えるのをなんとなく目で追って初めて、今かなり近い位置に、ほとんど触れ合うような距離に座っていることに気付いた。本来一人でつかうイヤホンを二人で半分こしているから、そのコードの短さのせいで近い位置にいないと外れてしまうからだ。距離の近さに気付いてしまうとなんとなく気分がそわついて、再びノートに何かを書いている水上の横顔を眺める。
水上はいつも生駒が何かを話すとき作業の手を止めてこちらを向いてくれるから、案外横顔を見ることは無いなと気付く。お互いに視線を向けているか、任務中などは同じ方向を見ていることが多い。そう思うとなんとなく貴重なものを見ている気分になる。
細く真っ直ぐ通った鼻筋、俯き加減なせいでいつもより重たく見える瞼、こちらを向かない小さな瞳。薄い唇は時々ペンの頭で押さえられてむにっと形を変えるのが、なんだかおもしろいような可愛いような。その唇がきゅっと引き結ばれて、ペンの頭が眉間をこつこつと叩く。何か難問に当たったのかなと思っていると、顔の向きはそのままに、小さな瞳だけがこちらを向いてぱちんと目が合った。
「あの、イコさん」
「え、んん、何?」
「何、やないですよ。音楽飽きたんすか? そんなまじまじ見られたら流石に何も手に着かんくなりますわ」
そう言って水上はぱたんとノートを閉じる。
「あ、邪魔してもーた? ごめんね」
「いや、ええです、別に今やらなあかんもんやないし。暇なら一緒にログでも見ましょか」
「お前がええならそうしよか」
そう答えると水上は音楽プレイヤーとノートを片付け始めた。イヤホンを外した耳はいつのまにか赤く染まっていることに気付く。耳元で曲がころころ変わるのには平気な顔ができるのに、生駒の視線に気付いた途端耳が赤くなるし勉強に手がつかなくなる、らしい。
そんな後輩の姿に胸がそわついて仕方がないのに、その感情にまだ名前をつけられないでいた。