1〜2p 大和守安定編
3p おまけ
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時の政府が治めるこの国において、審神者適正試験は、国策および義務となっている。
審神者として著しい才能がある場合、もれなく未成年の内に『保護』という名の職業制限と軟禁を受ける仕組み──なのだが、ごく稀に、行政の検査を完全にすり抜けてしまう者がいる。
そういった場合、歴史修正主義者に速攻で誘拐されてしまうため、見つかった時には大概行方不明、手遅れとなってしまう。この法は、それを防ぐための仕組みである故に義務なのである。
────はず、なのだが。
さらにごくごく稀に。
歴史修正主義者にも政府にも発見されず、けろっと元服する──などという、道理に合わない、とんでもない〝すり抜け〟がいるのだ。
「おいおいおい、ついに出たらしいぞ!」
「出たって?」
「まさか、〝すり抜け〟か!? どこのサーバーだ!?」
「聞いた話じゃ、新設されたばかりの××国だそうだ」
「嘘だろ!? 俺異動したばっかなのに!!」
政府の対策室は騒然として慌ただしかった。
政府に所属し働いてる山姥切長義は、ついに所轄内で『すり抜け』が出たと聞き、頭を抱えた。同僚の若手役人も頭を抱えている。
「いったいどうして……? 何度もチェックしてるはずなのに……」
「勉強不足だね。こういうのは大概、代々続くキリシタン家系だよ。外つ国では洗礼名と通名が同じだから問題ないが、この国ではキリシタンの子らは生まれたての頃に付けられた真名を隠したまま戸籍通名で成人するんだ」
山姥切長義は管轄部署に重要書類の閲覧申請をしながら、若手役人にそう教えた。
「この国におけるキリシタン人口は1%。その内、生来から真名と戸籍通名が不一致なのは6人に1人程度、0.16%だね。つまり1000人に1人か2人は、現代でも真名を隠して生きているんだよ。この国の人口を1億とすれば、この類いの子らは16万人もいる」
「そ、そうなんですか…!?」
「そう、特別なことではなく、当たり前のようにね」
持てる者ほど与えるべし、を口癖とする山姥切長義は、その信条に相応しく、新米に近い役人にわかりやすく知見を説き与えた。
「そういう子らは、真名を呼び合う無防備な子らと比べて、護りが物凄く強固だ。一例ぐらいすり抜けが発生してもおかしくない。だが、できれば他の管轄で発生してほしかったね」
ため息が響く。若手役人は膨大な量の書類に埋もれながら、追い付かない事務処理の手を思わず止めて目を丸くするばかりだった。長義は視線を外し、仕事の手を止めずに続けた。
「キリシタンの子らは生涯神社仏閣の鳥居を潜らないことも稀ではないし、御守りや占いの類いも避けるよう教わって育つ。これでは縁を辿って見つけようがないだろう? 臨時検査で拾えないんだよ」
「で、でも、一定の年齢で必ず全人口で検査するはずですよね!?」
「名目上はね。でもね、こういうのは人が取り仕切っている以上、必ず一定の割合のヒューマンエラーがある」
長義はまだ若い役人に優しく問いた。長義は「いいかい、書類上の全数などというものを信じるのは危ういことだと、若い内に早く理解しておいた方がいい」と警告した。
「彼らは幼い頃から毎日三回の祈りの習慣に加えて毎週教会で祝福があるからね、とにかくあらゆる場面で護りが強固で、時に驚くほど幸運なんだ。本人に不利に働く行事や検査なんかは、なぜか急に機材が壊れて中止になったり、書類のリストから偶然名前が漏れたり、本人が原因不明の熱を出したりして、上手くすり抜けてしまうんだよ。政府の共通審査には呪術を使うし、どうしても弾かれやすいんだ」
パソコン上で申請が通り、重要書類の閲覧パスが開放される。長義は今回の『すり抜け』の該当者を確認し、「ああ…これは」と深いため息を吐き出した。
「多重加護者だね。恐らくキリシタンの洗礼を受けるずっと前から、この家系を代々守護していた『尊きもの』が居たんだろう。見つからないわけだ。これだけ祝福を受けている者を見るのは俺も初めてだよ」
「え、そ、そんなにですか…?」
「そうだな、もしこの子が幼少から審神者として訓練を受けていたとしたら──……彼女は初鍛刀で三日月宗近を呼んだだろうね」
「はあ!?」
愕然とした若手役人は書類束を取り落とした。ザラザラと彼が落とした書類を拾い上げ、長義はぺらり、と一枚、顔の前に掲げた。
「すり抜け事案というのはそういうものなんだよ。この歳ではもう、政府の隔離処置による縁結びは不可能だな。おまけに、見たまえ。彼女は医療従事者のようだよ。人の生死に影響を及ぼす範囲が広すぎる。迂闊に生誕した時代から隔離したら、後で歴史にどんな影響があるか。こうならないように、適性検査に掛かった子らは未成年の内に職業制限を受けるのにね」
「つ、つつつ、つまり、あれですか? たまたま真名を隠して生活してた子が、たまたま全数検診から漏れて、たまたま歴史修正主義者にも政府にも見つからないまま無事に成人して、たまたま強制措置の対象外職種として働いてるから隔離もできなくて、たまたま審神者として桁違いの霊力の持ち主?」
「そうなるね」
「そんな……そんな馬鹿な……! そんな確率、ありえない…!」
「あり得るから今問題なんだろう。現実から目を逸らしてもきみの残業は無くならないよ。四ヶ月は帰れないね、ご愁傷様だが、諦めることだ」
「あああああああ」
えぐえぐと泣きながら崩れ落ちた彼は不憫だが、問題は山積みなのだ。あまり構ってばかりもいられない。
山姥切長義は書類を手に、嘆息した。
長義の手元には、始まったばかりの新たな制度。
通称『御伴散歩』という、審神者を条件付きで本丸ではなく現世に留め、刀剣男士を護衛に生活させる特例制度。
その許可証が、政府の正式な判子を押され、燦然と輝いていた。
「これはどう見ても、新制度の第1期生として最適な案件だ。本丸に隔離できず、仕事を辞めさせることもできない、だが野放しにも出来ないとなれば、刀剣男士が常に現世で警護するしかない。……各種機関と調整するのが自分たちでさえなければ大いに賛成したんだが」
深々と嘆息した長義は、気を取り直すように首を横に振った。
「まあ、確率的にはいつかは発生する事例だったんだ。諦めるしかないね。さあ、準備を進めよう」
《すり抜け事案のキリシタン審神者の話》
「えー、ごほん。この本丸の初期刀、教育番長の加州清光です。うちの本丸の体制はちょっと変わってるから、今からあれこれ教えるよ」
新たに鍛刀された練度1の大和守安定に、加州清光はそう伝えながら、本丸をぐるりと案内した。
「まず一番大事なところから。この本丸は基本的に主が不在です」
「え、そうなの?」
「うん、主は現世で生活してる。向こうで二十四時間、その日の近侍の刀剣男士の警護を受けてて、だいたい月に一度くらい帰ってくるんだ。それまでの間、内番、遠征、演練は当番決めて俺たちが自分でやります。出陣も行軍も、条件付きではあるけど、自分たちの裁量で勝手にやっていいことになってる」
「えっ!? す、すごいね…? そんなのアリなんだ…」
「詳しくは後で資料渡すから読んで。政府の新しい制度らしくてさ、山ほど報告書書くことになるから」
「うわぁ…」
「最初の内は、下手すると剣握ってる時間より筆握ってる時間の方が長いかもね」
「剣たこより先にペンたこできるとか嫌だな……」
実力が付いて手の皮が厚くなるのが本来先なのに、その前にペンたこができたらだいぶ不名誉だ。げんなりした顔の大和守安定に、加州清光は笑って言葉を継いだ。
「えー、なので、他の本丸に比べて、隊長および番長にかなり多くの権限が与えられてまーす。だから、隊長と番長の言うことは主の指示だと思って従うこと! ……主が普段いない分、不測の事態への対応がどうしても遅れがちなんだ。だから慎重に対応しないといけなくてさ。わかってくれよな」
「まあ、うん、その辺はわかるよ。りょーかい」
新撰組の変遷を見てきた大和守安定には、頭が不在の組織、というものを回す苦労を少し察することができた。
気心知れた加州清光ではあるが、少なくとも周囲の前では立てなければならないな、と認識を改める。だが、それはいささか、自分にとっては寂しいことだな、とも思った。
「で、そんな政府ぐるみで特別扱いしないといけない主って、いったいどんな人なわけ? どっかのお嬢様?」
「いや、一般家庭の生まれ育ちだよ。ただ、うちの主、鍛刀運が凄くて……政府の試算だと、初鍛刀で天下五剣を呼ぶ確率が75%だったって」
「は、あ!?」
「で、それを押し除けて実際に来たのが、今の近侍の鶴丸国永。物凄く面白そうな気配がしたんだって」
「そんなことある?」
思わず聞き返した安定は半信半疑だったが、そんな冗談みたいなことが揺るぎない事実なのだと、清光の遠い目が無言で物語っていた。
「え、ほんとに? 初鍛刀が鶴丸国永?」
「うん」
「それは、……………あー、初期刀が苦労しそうな話だね?」
「そうっっっなんだよ!!!!!!」
加州清光は崩れ落ちた。
「もう、もう、ほんと、あのびっくり爺さん!!!!! あれもこれもやらかして、うちの本丸今じゃ隠し通路だらけ!! あっそこ踏まないで、仕掛けあるから!」
「苦労してるんだ…?」
「俺がバランス取らないと全然どうにもならなくて……」
「主止めないの?」
「うちの主、面白いこと大好きだから……鶴丸国永を諌めるどころか一緒にあれこれ始めちゃって…」
「苦労してるんだ……」
安定は苦笑し、「ねえ、主ってどんな人?」と清光に訊ねた。
「俺から見ると、かわいい人だよ。医者として仕事がんばってる時はピシッとしててカッコイイけど、その反動なのかな、仕事が終わるとふにゃって笑って子どもみたいにはしゃぐんだよね。俺たちの前で油断してくれるのがかわいいなって」
「ふーん。まあ、お前が主にゾッコンなのは分かった」
「まーね。主が嫌いな加州清光はいねーよ」
多分にからかいを含んだ安定の言にも、清光はさらりと返すばかりだった。
安定は、じっと清光の横顔を眺めた。
「なんか、思ったより落ち着いてるね。主、月一でしか帰って来ないんでしょ? 僕の知ってる加州清光だったら、もっとさ、自分を見てってギラギラしてるモンかと思ってた」
「あー、最初のうちはそうだったよ」
頬を掻き、少し照れくさそうにした加州は、安定の指摘をあっさりと認めた。
「けど、まあ、ちょっと、長く過ごす内に気持ちも変わってきたっていうか」
「ふーん」
「帰ってくるのは月一だけど、近侍になれば24時間一緒にいられるしね。大事にしてもらってる」
加州清光は、極めていることが分かる装いで、誇らしげに胸を張った。安定は「ふーん」と気の無い返事をした。
「まあ、悪い人じゃないってことはわかったよ。僕が顕現した時に居なかったから、なんかもっと、ドライで冷たい人なのかなって内心思ってたんだけど」
「あー、主も気にしてたよ。ちょっとタイミングが悪かったな。主が診てる人が急変したらしくてさ、慌ててすっ飛んでったよ」
「そっか。そーゆーことならしょーがないよね」
安定は、権限の最初に言祝ぎを受け取れなかったわだかまりを、自分の中で折り合いを付けて前を見た。
「じゃあ、僕の役目は、現世での警護が中心かな。いや、第一部隊の支援かな」
「そうだね、最初のうちは練度を上げながら遠征を中心に回ってもらって、練度が上がったら警護に回ってもらう感じになると思うよ」
「了解。他にはどの刀がいるの?」
「第一部隊の打刀は俺、千子村正、亀甲貞宗。脇差は物吉貞宗。勘定番長の博多藤四郎を筆頭に粟田口の短刀がだいたいみんないて、薙刀が静形と巴形、大太刀が石切丸だよ。第二部隊以降の遠征中心部隊は、古参刀の燭台切光忠が仕切ってくれてる」
だいぶ偏った編成だ。レア刀の中でもいささか癖の強い面子に偏りすぎているように思うが、まあ本丸ごとの個性だろうか。
「ちょっと物足りないと思わないの? あんまり戦に出られないんでしょ」
安定の問いに、清光は「まーね」と相槌を打った。
「オレたちさ、歴史を護るのが役目だけど、じゃあ『歴史ってなに?』って、俺の思う答えの一つが、今、主が過ごしてる生活なんだ」
「主が毎日一生懸命助けてるたくさんの人たち、これから歴史に名を残す人も残さない人も、善人も悪人も、みんなそこに生きてて、どこかの未来に繋がってて、主はそれを等しく助けてる。誇らしいことだと思う」
清光は遠くを見やるように、静かに目を細めた。
その視線の先に、清光の記憶の中の主がいるのだ、と分かった。
「誰かを助けるって大変なことだ。だから主には、その分幸せでいて欲しいって思う。主の笑顔が犠牲になって誰かが助かっても意味ないんだ」
「俺はそれを護りたい。誰かを助ける主を助けたい。斬るだけが戦いじゃない。護るのも救うのも助けるのも戦いなんだ、ってオレは思う。だから、」
「だから、俺たちはこれでいいんだ。そう思う」
「ふーん」
「ま、うちの本丸、ちょっと特殊だからね。根っから戦闘が好きなヤツには退屈かも。主に申し出れば刀解してもらって本霊に還れるよ。実際、ちょっと前に来た同田貫正国は還ったしね。しばらくぷらぷらしてからじっくり決めたらいいと思う」
「ふーん、まあ、そうしよっかな。時間はたっぷりあるみたいだしさ」
聞けば、ここに来た同田貫は、戦うより警護が大半なこの本丸について見聞きすると、最終的にこう言って本霊に還る選択をしたそうだ。
「あと数十年すりゃ、思いっきり戦えんだろ?」
「そうだね。主が定年すれば専属になる予定だよ」
「なら、その頃、次の俺を呼んでくれ」
竹を割ったように明朗な返答だった。
「たった数十年だが、その間も思いっきり戦いたいからな。その頃にゃ、もっとお前らと馬が合うオレがここに来るだろうさ」
そう言って、迷わず本霊に還っていった同田貫の選択もまた、この本丸では穏やかに受容されるそうだ。
だから安定の選択もまた尊重される、そこに遺恨は残らない、そういった本丸だということらしい。
充分な資材を注ぎ込んで呼んだ一振りを、刀解まで含めて自由意志に任せるなんて、この本丸の体制はずいぶんとおおらかだな、と安定は思った。
これも主の気性なのだろうか。
疑問に思って視線を向けると、清光は「主は鍛刀に不自由したことが一度もないから、凄く緩いよ」と少し目を細めた。
「俺たちの主はさ、審神者として物凄く才能があって、……ありすぎて、普通だったら、一生本丸から出られないところだったんだって」
加州は表情を暗くした。
「でも、いろんな偶然が重なって、元服終えて大人になって医者になるまで、時の政府にも敵にも見つからずに、ずっと『外』で幸せに生きてこれたんだって。毎日人を助けて、休日には思いっきり旅行して、たくさん友達と遊んで、幸せだーって思いっきり笑ってる主を見てたらさ、……この笑顔が無かったことになった方が良かったなんて、思えなかった」
加州清光は遠くを見ながら「主の幸せが犠牲になって生まれる未来って、誰のための未来なんだろうね」と静かに呟いた。
「だから、俺はたくさん主の幸せを見届けて、いつか本霊に還った時、他の加州清光に伝えるよ。俺たちが護ってる『歴史』って、こういう笑顔が犠牲にならない未来のことだって」
「え、主がどんな人かって?」
厨房に立っていた燭台切光忠は、料理の手を止めて振り返って、大和守安定の問いに目を丸くした。
「あ、そっか、タイミングが悪くて顕現の時に会えなかったんだっけ?」
「うん。だからまだ会ってない」
「そっか、それで聞いて回ってるんだね。みんなはなんて言ってたんだい?」
「清光は、子どもみたいでかわいい人だって言ってた。粟田口の短刀はみんな、自分たちより子どもみたいにはしゃいで笑う人だって言ってたよ」
安定は指折り数えて挙げていった。
なお、千子村正は「いいひとデス。脱いでも怒りまセン!」と答え、亀甲貞宗は「放置プレイ…イイ!」と答えたので、安定は「聞く刀を間違えた…」と無かったことにした。
「鶴丸国永はたくさん驚かせてくれるぜって言ってたし、静形薙刀は『幼子みたいに元気にまとわりつくのでうっかり壊しそうで気を付けている』って言ってた。物吉貞宗は『小さな子供のように純粋で、幸運で心配な方です』って言ってたな。博多藤四郎だけは『数字に明るくてお金にしっかりしたお人ばい!』って言ってたけど、まあ、総合すると子どもっぽい人って感じだったかなー」
安定の言葉をにこにこと聞いている燭台切光忠の穏やかさに背中を押されるように、大和守安定は少しもごついて不安を漏らした。
「僕、子どもの相手はあんまり得意じゃないから、上手くやれるかなってちょっと心配してる。他の本丸と違って戦闘にもあまり出られないって聞いてるし、……」
「そっか。それで迷ってるんだね。ここに残るか、刀解して本霊に還るか」
ずばり言い当てられて、安定は、気まずそうな顔をした。
「そこまで言ってないけど……」
「残るって決めた子は、加州くんがビシバシしごくからね。今のんびりしていられるってことは、迷ってる子ってことだから」
穏やかに微笑んだ燭台切は、棚から甘味を出してテーブルに置いた。ずんだ餅だった。
「良かったら食べて。口に合うといいんだけど」
「ありがとう、頂くよ」
手を合わせて、ずんだを口にした大和守安定は、口に広がるその絶品さに目を丸くした。
「美味しいね」
「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいよ」
燭台切は、隙なくにこりと微笑んだ。
「主もすごく気に入ってくれてね。いつも、これでもかってほど言ってくれるんだ。美味しい、世界一美味しい、みっちゃんのご飯は世界で一番美味しい、ってね」
大和守安定は顔を上げた。燭台切光忠は、笑みを崩して少し複雑そうな顔をした。困ったような、喜ぶような、相反する何かを内包した苦笑だった。
「僕から見た主、だったね。最初は僕も、子どものような人だと思ってた。どんな料理でもてなしても凄く喜んでくれて、おいしい、おいしいって、事あるごとに言ってくれてさ、そんな、苦労を知らない幸せな子どもみたいな人だなって、思ってたんだ。最初はね」
「……今は違うの?」
「うん。ほら、僕らの主は月に一度しか帰ってこれないだろう? だから、僕ももてなしには気合いを入れててね。主が帰ってくる時間には、いつも必ず間に合うようにご馳走を用意してたんだけど……」
記憶を辿るように少し遠くを見上げた燭台切光忠は、静かな声で続けた。
「でも、あの日はちょっと違った。遠征の帰還時間がズレちゃってさ、仕込みが全然終わらないまま主を迎えることになっちゃって。かっこ悪いなって思って慌てて厨房に立ったんだけど、主がね、ことん、と小首を傾げて、僕に聞いたんだ。お料理、できるまで、そばで見てていい? って」
「僕は『もちろんいいよ』って答えた。主は一瞬だけホッとした顔をして、あとはずーーーっと厨房でニコニコ笑ってた。子犬みたいに僕の後ろをちょろちょろして、料理してる間中ずっと、楽しみだ、楽しみだ、いつも美味しいご飯をありがとう、って何度も何度も繰り返して、それこそ、小さな子どもみたいだった」
「僕はね、少し疑問に思ったんだ。最初はね、食いしん坊さんかな? って感じだったんだけど、少し違う気がしたんだ。月に一度のことだからね、本当ならやることは山積みだったし、その割に鶴さん…近侍の鶴丸国永が最後まで主を呼びに来なかったから」
「現に、その日の夜はなかなか仕事が終わらなかったみたいでね、ずいぶん遅くまで執務室の灯りが付いてたから、夜食におにぎりを握って持っていったんだ」
そうして声を掛けようと思ったちょうどその時、鶴さんと主が話し始めたのだと、光忠は言葉を続けた。
「そしたらさ、襖の向こうで、主と一緒に仕事してる鶴さんが言ったんだよね。随分と光坊にご執心だったじゃないか、ええ? 結局、夕餉までずっと一緒だったなあって、からかうみたいにね。僕も思わず立ち止まっちゃって」
頬を掻いた燭台切は、苦笑しながら言葉を継いだ。
「ほら、僕らは人が思ってるよりずっと、耳も良いし気配に聡いだろう? だから鶴さんは、最初から僕に聞かせるつもりで、わざと話を振ったんだよね。それが分かったから、僕もついつい聞き耳立てちゃって」
「……鶴さんがね、言うんだ。光坊に言いたいことがあるなら、背中を穴が開くほど見つめていないで、言葉にしてみたらどうだい? って。光坊はいいやつだから、きっとちゃんと聞いてくれるぜ、ってさ」
「少し迷って、主は答えた。嬉しかった、とても嬉しかったんだ。自分の母親はとても、とても自分を殴る人だったから、笑ってご飯を作ってくれる、それだけが、本当に嬉しかったんだ、って」
大和守安定は、ずんだ餅を食べる手を思わず止めて、言葉を発した燭台切光忠を穴の開くほど見つめた。燭台切光忠は、哀しみと憐憫に少しの喜びを混ぜたような顔で、淡く微笑んだ。
「本当に嬉しくて、嬉しくて、ありがとうって言いたかったんだ、って。でも、どうしていいか分からなかったから、ずっとそばにいたんだって」
燭台切光忠は切なげに、眉をへにょりと落とした。
「僕さ、胸を打たれちゃって。いじらしくて……」
「ああ、そうか、この子に与えられた、あふれるような幸運は、この子がこの子で居られるように、泣いてたこの子に最初に誰かがあげたんだなって、そんな気がして」
それで、苦労を知らない、幸せな子供みたいな人だと思っていた認識を改めたのだと、燭台切光忠は静かに言い添えた。
「主がどんな人か、だったよね。僕が知る主はね、何も考えてない子供みたいに笑うのが、すごく上手だ」
静かな声だった。厳かで、静謐な、様々な感情を飲み込んだ声音だった。
「だけど、寂しい顔をするのはとても下手だね。見せてくれる顔だけが全てじゃない。主は、子どもみたいな無邪気な顔はいつでも見せてくれるけど、……その下に隠した顔は、あまり見せてくれないんだよね」
「…………」
「きみがどんな道を選ぶとしても、できれば自分の目で見極めてみて欲しい。笑うのがとても上手な、僕らを呼んだ主のことを」
シン、と響いたその声に耳を澄ます安定に、燭台切光忠は真っ直ぐ顔を上げた。
「なんてね。少しお節介を焼きすぎたかな」
「いや、……ありがとう。参考になった」
「ならよかった」
燭台切光忠は、にこやかに笑って、指を一本、唇に置いた。
「主には内緒だよ」
主はまだ、上手く笑えてるつもりみたいだから、と。
安定は、燭台切にもう一つ、気になっていたことを訊ねてみることにした。
主のことを聞いて回った安定は、可能な限り多くの刀に声を掛けたが、その全員が極めていたことに関してだ。
「ここ、極めてる刀が多いよね」
「うちは少数精鋭なんだ。出陣する機会が少ないからね、近侍と第一部隊と遠征組で最低11振りいれば十分だから」
「ああ、そういう。道理で見かける刀が少ないと思った」
「現世で主を警護できるのは一振りだけだから、特付きだけじゃ心許なくてね。最低でもカンストか、極めてないと」
燭台切光忠はそう言って、極めていることがわかる装いでにこりと微笑んだ。
「だから手に入れた刀は、ほとんど顕現しないまま習合するか強化に回すんだ。集中的に強化を受けてもらって、一番新しい刀が極めたら、次の刀を呼ぶ形でずっとやってる」
「ふーん」
まだ練度1の大和守安定から見て、極めた燭台切光忠の練度は申し分なかった。穏やかな立ち振る舞いに見えて、隙がまるでみられない。
聞けば、刀同士の相性や疲労を考慮してシフトで長期遠征を回すので、厨番長として皆の疲労を回復しつつ、遠征シフトを作る役目の燭台切光忠は、なかなか本丸を出られず練度を上げる機会に恵まれないという。
それでいて、この練度なのだ。余程、この本丸は効率的に回っているらしい。
「なんていうか、結構、しっかり効率的にやってるんだね。じっくり考えられてるっていうか」
「あれこれ試行錯誤してみんなで決めていった仕組みだけど、骨組みは主が作ったものだよ。僕らの主は、有効な仕組みをゼロから考えるのがすごく得意なんだ」
「お医者さんなんだっけ」
「うん、普段の姿を見てると、とてもそうは見えないんだけどね」
笑った燭台切光忠の言葉には、主の手腕への信頼が滲んでいる。
月に一度しか直接差配を振るえないと聞いているのに、思った以上に主としての手腕の評価が高いことを、安定は不思議に思っていた。
なるほど、将が不在でも残された指揮に沿って動く仕組みが確立されていて、その仕組みそのものが評価されている、ということらしい。
「僕ら最初の三振りが、三つに役割を分けて司令塔をしてるんだ。現世警護の派遣を担当するのが近侍の鶴さん、新刃教育、内番、演練、出陣まで一貫して担当するのが教育番長の加州くん、そして遠征と回復を担当するのが厨番長の僕」
「へえ…」
安定は感心した。
この仕組みを確立したのがまだ見ぬ主というのが、安定には興味深く映った。
安定は、歴史に残る最たる剣豪ともされる、新撰組沖田総司の刀だ。
だから、優れすぎた剣の使い手ほど、剣術に特化した生き方をする者ほど。
それを腐らせず、効果的な場面や思想に自分を用いてくれる、組織という名の『剣豪の使い手』を切実に必要としているのだと知っている。
この本丸は、いわば要人警護本丸。
要人をただお姫様のように護るだけなら、刀を振るうのは安定でなくても良い、と安定は思う。安定は実践刀でありたかった。
だから、どれほど他の刀から人柄の評判が良くても、子供のような振る舞いを耳にするたび、安定の脳裏には刀解の選択肢がよぎった。
だが、この仕組みと役割は、とても、とてもよく、ここに居る刀たちの個性を引き出したもののように思えた。
この仕組みをゼロから組織できる主なら、安定自身も知らない安定の振るい方を、見つけてくれるかもしれない。
迷っていた安定の心は、すとん、と決まった。
「ありがとう燭台切、僕、行かないと」
「うん、いってらっしゃい」
燭台切光忠は、穏やかに微笑んで、安定を送り出した。
大和守安定は、軽装を改めて戦装束に着替え、改まって姿勢を正すと、加州清光にこう述べた。
「僕、ここでやってこうと思う」
「主にまだ会えてないけど、いいの?」
「うん」
清光の問いに、安定は迷いなく頷いた。
「せっかく主に会うまで時間があるんだし、少しでも強くなって、かっこよくなってから会いたい。それなら、最初に会えなかったのも、意味があることだって思えるから」
「そっか」
加州は穏やかに目を細めて、安定の決意を静かに見守っていたが、すくっと立ち上がると
「じゃあ、うちの本丸恒例! 新刃特訓始めまーす!」と拳を振り上げて宣言した。
清光が連絡すると、蔵番長だという物吉貞宗が、そら来たとばかりに、にこにこと大きな箱を蔵から出してきた。
「根兵糖、たくさん食べて!」
食べて食べて食べて、と口にしても口にしても次が湧いてくる無限ループに、うっぷ、と口元を押さえた安定は「これいつまで続くの」と呻いたが、加州清光は手心なく「特が付くまで」と申し渡した。
「特が付くまでぇ!?」
「特が付かないと、主不在での出陣や演練の参加が認められない仕組みなんだよ。後で内番と演練付き合ってあげるから、まあ、頑張って」
「うわー」
いいかげん腹が破けるかと思う頃、ようやく糖分一択無限ループから解放され、次に申し渡されたのは、函館の桜付け周回だった。
「あそこって霊的磁場が強いから、繰り返すとどうしても桜舞っちゃうんだよね」
とぼやいていた加州の言葉通り、自分の桜で足元が埋まりそうな頃になって、安定は「もう飽きたよ!」と悲鳴を上げた。
「僕もうちょっと別の戦場行きたいよ!自分の桜で前が埋まるの見るのもう嫌!」
「がんばって!もうすぐ主が帰ってくる時期だから!」
常に桜が舞うのが当たり前になって、最低限の刀慣らしは終えたな、と安定が迷いなく思える頃になって、内番が入るようになった。
加州以外にもこの本丸にいる刀たちから、代わる代わる、みっちりと手解きを食らう。
ここは本丸全体を挙げて新刃教育をするらしく、長期遠征から帰った極たちが交代で安定の担当についた。変幻自在に舞う極短刀に翻弄され、護りの堅い極脇差を攻めあぐね、磨き抜かれた極打刀に叩き伏せられ、この速さで太刀とか嘘だろうと思うような機動の素早い極太刀の先制攻撃をぼこぼこに喰らいながら、避けようがない極薙刀の一撃に吹っ飛ばされ、極大太刀に重い一撃を喰らわされる。
未だ練度の甘い安定の装いは、絶えずボロボロだ。それでいて、軽傷以上の傷は決して食らわないように入念に手加減されている。安定のプライドはズタズタだった。
ここまで来ると安定の反骨精神は限界まで極まっており、連日の特訓は、安定に戦場に近いアドレナリンの出方を一瞬で引き出す術を教えてくれた。
後から思えば、こんなに練度の甘い内から、本来なら重傷を喰らうような実力者の相手ばかりできた、というのは、非常に貴重だったのではないかと思う。
本来なら、低難度の戦場を回りながら、勝利だけを積み重ねて強くなるのに、この本丸はまるで逆だ。敗北の数だけ強くなることを求められる本丸だった。
清光が言うには、ここはたった一振りだけが現世で近侍になる要人警護本丸だから、あらゆる最悪な不測の状況に一瞬で対応できる力が最も必要になるのだと。
だからこうして、練度の甘い内にこそ、圧倒的強者との戦いを叩き込むのだと。絶望的な戦力差を前にしてこそ、気骨で折れず主を護れるように、と。
はあ、はあ、はあ、と上がる息で、ようやく彼ら極の太刀筋を最低限追えるようになった頃、スパルタな清光は、パンッと両手を叩いて「おし、終わり!」と声を上げた。
「お疲れ!がんばったね!主もきっと褒めてくれるよ」
「ぜー…はー…」
「極槍の連中は手加減できないから、主が帰って来てから特訓しようなー」
「ま、まだあるの…!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、うっかり貫通して重傷になってもちゃんと手入れしてもらえるって」
「じゅ、重傷前提なんだ……」
自らの刀を床に突き刺し、杖のように縋りながら笑う膝を必死に立てている安定は、清光に口に一口団子を詰め込まれ、強制的に気力を回復させられた上で、「さ、そろそろ支度しないと」と肩を二度叩かれた。
「主がお待ちかねだよ」
はた、と安定は顔を上げた。
見上げた暦は、気付かないうちにあっという間に一つ巡って、安定の主が帰って来る日だった。
「ちょ、ま、僕、こんな格好…!!」
「分かってる分かってる。こんなボロボロじゃ会えないよな。特別に主の手伝い札使わせてやるから、可愛くしてこいって」
ぽん、と肩を叩かれた安定は、優しく笑う清光に背中を押され、大慌てで手入れ部屋に走った。
安定は、広間への入り口の前に立ち尽くし、緊張していた。
美しく金箔絵が張られたこの襖の向こう側に、まだ見ぬ主がいる。
隣で清光が「あるじ、入るね」と声を掛けた。
開かれた襖の向こう側、安定は慌てて頭を下げて、刀を自らの前に置くと
「大和守安定、ここに」
と頭を下げたまま、臣下の礼を尽くした。
上座の向こうから、とととと、とまっすぐ駆け寄る足音がして、頭を下げたままの安定の視界に、主の足が入って来る。
「はじめまして、大和守安定」
軽やかで、あたたかい声だった。
まるで積年の友に掛けるような、待ち侘びた声音だった。
安定はゆっくりと顔を上げた。
初めて目にした主は、綺麗な濡羽色の黒髪に少し赤を溶かしたような色合いの髪を流したまま
面布で顔を隠すことなく無防備に、どことなく幼い顔立ちの白い頬を喜びに赤く高揚させながら
光の加減で金にも見える、途方もない霊力の高さと幸運を示す不思議な色の瞳を、待ちわびた歓喜に染めていた。
ああ、この人が、僕の主なんだ。
誰から話を聞いてもうまく想像できないでいた安定の心に
その姿はどこか、ぴたりとハマった
「会いたかった」
一瞬、自分の口が勝手に喋ったのかと思った。
その声は、今まさに安定の想いだったから。
「会いたかった。すごく、すごく、会いたかったよ」
安定を迎えた主は、金瞳をとても優しく細めて
膝に置いたままの安定の左手を、両手で優しくすくった。
「すごく、すごく、会いたかった。すぐ会えなくてごめんなさい。わたし、ずっと会いたかったよ」
「……っ」
勝手に喉が震えた。
安定は、斜に構えていたはずの自分が
こんなに主に会いたいと思っていたなんて、と
ここに来てようやく、自分の本音に気付いた。
「わたしのところに、来てくれてありがとう」
「……っ、僕、こそ」
あいたかった。
あいたかったんだ。
安定は、主のあたたかい手に包まれながら
じわりと滲みそうになる視界を、必死に堪えて下を向いた。
「僕を、呼んでくれて、ありがとう」
扱いにくいけど、いい剣のつもりだから、と
震える声で告げた安定に、主は「あのね」と柔らかな声で、小首を傾げた。
「会えなかった間、たくさん、たくさん、会いたかったから、あなたに手紙を書いたんだ」
握られた温かな手から、無垢な祈りが込められた願いが流れ込んでくる。
それが、神座に連なる大和守安定には、確かに強く感じ取れた。
その人は、大和守安定という刀に心から、ただ、こう願った。
「大和守安定、お手紙、受け取ってくれる?」
ああ、この人が、僕をいちばん愛してくれるひとだ。
雪崩れ込んでくる優しい祈りに、安定は直感した。
「っ、もちろん」
その瞬間から、大和守安定は
本当に、この本丸の刀になった。
◇ ◇ ◇
「いいなー、いいなー、主からの手紙!!」
清光はことあるごとに、しきりに安定を羨ましがった。
「手紙を出したことはあるけど、貰ったことはないもんなー。いいなー、あるじー、俺も欲しいー!俺だけの手紙!!」
甘えるように肩に懐いた清光に、主はにこにこ笑って「もちろん」と応じた。
「けど、安定の手紙は特別なの。寂しい想いをさせちゃった分だから。だから、かしゅーだけじゃなく、みんなに書くね」
「……僕、寂しかったなんて、言ってないけど」
安定は素直になれずに、口を尖らせてそう言った。可愛くない安定の態度に、主はむしろ、嬉しそうに笑った。
「なら良かった」
小首を傾けて、安定の主はふわりと笑った。
「わたしは会えなくてすごく、すごく、すごく寂しかったから、安定がそうじゃなかったなら、嬉しい」
「……あーっ!!僕も!!寂しかったよ!!ずるい!!僕の主ずるい!!」
安定は悲鳴のように声を上げた。
「聞いてない!!僕らの主がこんなに刀たらしだなんて聞いてない!!!なんでみんな教えてくれなかったの!?」
「どうせ会ったら戻れないだろうと思ってたし……」
清光はやたらと確信のある声で遠い目をした。初期刀として何振もの刀の変遷を見てきた加州清光の諦観はあまりにも正鵠だ。
「ねえあるじー、何振りたらし込んでもいいけどさー、俺のこと忘れないでね」
「わたしの初期刀はかしゅーだけだよ」
「あ〜〜〜、安定、同意するわ。ほんと、俺らのあるじってずるいよな」
《大和守安定編.END》
<おまけ:現世の体制について>
現世での警護は、極めてるメンツを中心に交代しながらやってるんだ。主につけるのは一振りだけだから、いざって時を考えるとやっぱ極めてる連中の方がいいよねってことでさ。
主が仕事の間や一日中家にいる日は、刀種関係なく交代。
で、夜遅い日は短刀や脇差、打刀が担当してるよ。
まあ、そういう仕組みだから
やっぱみんな、できれば主のそばにいたいじゃん?
だから、修行道具は取り合い気味なんだけど、鶴丸国永はずっと「俺は後でいい、本丸を大改造する使命があるからな!」ってみんなに譲ってたんだよね。
初期刀が不在なのをいいことに、嬉々としてやらかすもんだからさ。
勝手に本丸改造するわ隠し通路やら罠やら増やすわ蔵にびっくり箱仕込むわ、最初はほら、もー、ちょっと目を離すとこれだ!って、俺がぷりぷり怒っても鶴丸国永は腹抱えて笑ってて
「本丸に驚きを増やすのが俺の使命でね」
って全然言うこと聞かなくてさあ。
でもさ、ちょっと前に、主、色々あって本丸に長く帰って来れなかった時期があってさ。
その間も、あのびっくり爺さん、ずっと本丸を騒がせるのは変わらなかったんだけど、……時々、死んだみたいな目をしてて。
みんなの前では笑ってるんだけど、ほら、やっぱりさ、一緒にいると、わかっちまうこととか、あるよな。
で、主が帰ってきた途端、誰より真っ先に修行を願い出てさ。ああ、これまでは気遣って譲ってたんだな、ってわかっちゃったもんだから、みんなも止めなかったよ。
「そんで、現世に出てった途端、もーーーー!!!
興味津々なのは分かるよ!? でもさあ!! 限度ってもんがさあ!!」
加州清光はテーブルに両拳をガンッと叩き付けて叫んだ。
「現世からの通信が三日ぐらい『驚きを味わってくるぜ!』だったと思ったら、無許可で勝手に顕現して主とスカイダイビングしてました!って後から聞かされた俺の気持ち!!!」
「苦労してるんだ…」
「おかげで政府に出す書類が十倍だったよ!マジ泣きするかと思った!」
「苦労してるんだ…」