X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

そして誰もいなくなった(羂髙?)

全体公開 13 11095文字
2024-10-19 11:13:00

・モブ視点
・微ホラー?
・原作軸でラス2話の彼が羂索ではなかった世界
・羂髙要素は薄いというか殆ど二人は出ません。彼らが出てるテレビを見てるだけ。

Posted by @kisaki220

 液晶画面に映し出された番組表の下部に記された文字を見て、自然と眉間に皺が寄っていくのが自分でもわかった。
 一番上に太字で記されている番組名は私の大好きなお笑い番組である。面倒臭がりで気分屋な私が毎週欠かさずにリアルタイムで観るくらいハマっている番組であるのだが、今日の放送は観るのをやめようかという考えが頭を過る。
 そんなことを考えてしまうのは、出演者名が連なる場所の末尾にある名前のせいだ。
 そこに記されているのは〝ピンチャン〟という名前。ここ最近、テレビでもよく目にするようになったお笑いコンビの名前である。
 私はこのピンチャンというコンビを観るのが怖いのだ。人を笑わせるのが商売であるお笑い芸人を怖いと思うなんておかしな話だ、と自分でも思うのだが、怖いものは怖いのだから仕方がない。
 苦手だとか嫌いだとか。そういう感情からなら、まだだから見ないでおこう、と諦めもつくところなのだが、怖い、という感情は大好きなものに諦めをつけるのには少しばかり決め手というかパンチというか……何かしら、そういうものが足りない。未練が残るから困る。
 ピンチャンというコンビについては、見るのが怖いだけで、好きか嫌いかで言うと、好きに寄る、というところも未練が残る一因である。
 ピンチャンのネタや、トークなどは(主にツッコミがスベリ倒すことも多いが)面白い。まだテレビへの露出は少ないが、ネットや劇場では次にくる芸人としてよく名が上がっている。
 ツッコミの髙羽史彦は十数年前、今の相方とは別の相手とピンチャンを結成し後に解散、ピン芸人として活動した後、今の相方とコンビを組んでいる。
 実を言えば、ピンの頃から私は髙羽史彦という芸人を認識していた。六年ほど前、私は自分と同じくお笑い好きの彼氏と付き合っていた。彼は人気芸人よりこれから売れるであろう芸人を発掘するのが趣味なお笑い好きで。二人してよく劇場に通ってきたのだ。
 小さな劇場では客が片手で足りることも少なくはない。私が初めて髙羽史彦を認識した劇場もキャパは最大でも三十程度しかない小さなハコだった。出演者も少なく、その時も客の数は私と元カレを含め、六人かそこらだったと思う。
 その頃は知らなかったが、当時の彼はコンビを解散してピンになったばかりで。一番迷走していた時期だったようで。披露したネタはまぁ……なんというか、その、意味不明だった。笑いにしたい箇所がぼんやりして不明瞭で。そんなだから勿論、小さな劇場に通うほどお笑い好きの面々には一切ウケることはなかった。元カレなどはどうしてあんなのが芸人をやってるんだ、と憤慨していたほどだ。だが、私は、と言えばネタ自体はアレだが、一生懸命お笑いをやっている彼の姿に好感を覚えていた。
 私は彼には成功してほしいと願っていたが、元カレは逆で。あれは絶対売れない。あんなのが売れたら日本のお笑い界は終わりだ。早く芸人辞めてほしいとまで扱き下ろしていた元カレは髙羽史彦の今の活躍を見てどう思っているだろうか。気にはなるが、笑いのポイントが合わないことが決定打となり、別れてしまいそれきりなので今や確認する術はない。
 ピンでやっていた頃より、今の髙羽史彦のネタは格段に面白くなっていた。そんな、密かに応援していた彼を見るのが怖くなったのは、皮肉にも彼が売れ始めてからであった。
 暫くピンとして活動していた彼が、今の相方、ボケ担当の〝K〟とコンビを組んだのは二年ほど前のことだ。東京で大規模テロが起きて、日本が若干混乱に陥ったすぐ後の頃のことである。
 昔から知っていた髙羽史彦とは違い、Kの経歴は謎だ。私も芸人をすべて把握しているわけじゃないのでハッキリとしたことはわからないが、少なくとも東京近辺の劇場では見たことのない顔だった。
 Kはお笑い芸人というよりも、アイドルや俳優にいそうな正統派イケメンだから、劇場などで活動していたならば、女子中心に話題になるはずである。けれど、超イケメンな芸人がいるなんて噂は一切聞いたことがなく。本当にポッと出てきた、という表現が一番しっくりくる。全くのド素人をそこそこ芸歴の長い髙羽史彦が相方として迎えた、と考えるのが自然なのかもしれない。
 閑話休題。世情に翳りがあると人々は笑いを求めるもので。お笑い界は第何次かは不明だが、ブームを迎えていた。数多くの新しい芸人がメディアへと出てくるようになり、ピンチャンの二人もその一つであった。
 私も最初、TVで髙羽史彦を観た時は、あの時の人だ! と喜んだものだ。が、その喜びも次第に薄れていく。その理由は、髙羽史彦の背後に変なものが見えるようになったから、だ。
 それは最初は本当に薄い、靄のようなものだった。漫才を披露する番組で。演者の入場時には下から煙が出る形式だったので、その時は何かしらの機械の不具合で、靄が残ってしまったものだと思っていた。しかし、その靄のようなものは、テレビで髙羽史彦を目にする度に濃くなっていった。
 最初は灰色だった靄は徐々に濃さを増し、最終的には漆黒になった。サイズも最初は髙羽史彦の肩に人の顔の大きさほどのモノが見えるという程度だったが、髙羽史彦より少し頭が出るほど大きくなっている。彼は背が低い方ではなかったはずなのでサイズ的に百八十センチは超えていそうだ。
 更に霞の塊のようだったそれは、次第に形がハッキリとしてきて。見え始めてニヶ月で人の形になった。それは、髙羽史彦の肩に顔っぽい部分を乗せ、手っぽい部分を胸のあたりにだらりと垂らしているように見えた。バックハグしているようだ、と表現するのが一番、わかりやすいかもしれない。
 ホラー映画でよく目にするような姿だったものだから、きっとそういう類のモノだと思っていた。
 心霊の類はお笑いと同じく好きだが、そういうモノを見る才能は私には備わっておらず、アラサーと呼ばれるこの年まで怪奇現象の一つも経験したことがなかった。心霊スポットにもよく足を運んでいたにもかかわらず、である。だから、最初は初怪奇現象にテンションが上がったのだが、この減少が見えているのが自分だけだと判明し、未知との遭遇の喜びは自分がおかしくなってしまったのでは? という不安に塗り変わった。
 こんなに毎回、見えるし、だんだん色も形も明確になっていっている故に、私以外の人もこれが見えているだろう、と思っていた。多分、霊感など全然ない私ですら見えているのだから、霊感のある人にはハッキリとした姿が見えているのかもしれない。と期待し、ネットで情報を漁ってみたが、ピンチャンの髙羽史彦に何かが憑いている、と指摘している人は一人もいなかった。SNSで誰でも情報発信ができるこの時代、少しでもおかしなことがあれば即発信、という世の中になっているのに、それを指摘しているのは自分しかいない、という状況だ。
 ネットだけではなく、リアルの知り合いにも訊いてみたが、皆一様にして「そんなモノは見えない」と答えるだけだった。終いには「大丈夫? 疲れているんじゃない?」と心配される始末で。私はこの件を人に訊く事を止めた。
 まぁ、そんなわけで何か病気かもしれない、という不安が生まれるのは自然なことで。先ず疑ったのは目の病気だったが、調べても一致する症例は出てくることはなく。念の為、病院にも行ってみたが、視力は落ちているが正常とのことだった。
 そこで、私は一つの違和感に気づくことになる。
 私は視力が悪い。それは子供の頃からであり、眼鏡無しでは生活できないレベルだ。
 それなのに、である。それなのにピンチャンがテレビに出ているのを偶然見た時、髙羽史彦に憑いている黒い靄だけは確りと縁がぼやけることなくその形を認識できたのである。憑かれている髙羽史彦も、その相方も。そして舞台のセットだってみんなぼやぼやなのに、あの靄だけが眼鏡を掛けている時と同じくらいクリアに見えた。
 頭がおかしくなったにせよ、それだけが綺麗に見える、なんてあるだろうか?
 私が妄想で作り出した存在だとしたら、何の意味があって見えるようになったのか……全くもって意味不明すぎる。
 やはり、心霊の類い説が濃厚なのでは? と思ったりもするところだが、半年ほど前、ピンチャンが真夏のホラー特番に出演し、有名な霊能者と共に心霊スポットに突撃していたのを見たので、その説は限りなく低くなってしまったように思う。あの番組はそういうのが好きな人、見える人も多く見る番組なのに、SNSには私が見えなかったモノが見えた、という呟きしかなかった。
 友人の知り合いに呪術だか霊媒だかを生業にしている人がいて。その人にも訊いてもらったのだが、「髙羽史彦には悪いモノは憑いてないし、憑いていたとしても彼は祓えるタイプだから大丈夫」とのことで。そう言われて、そういえば髙羽史彦が心配、と言う気持ちが自分の中に一切無かったことに気づいた。知り合いではないのだから、それも当然と言えば当然なのかもしれないが、これにも少し、違和感を覚えた。
 その違和感の原因が判明したのはちょうど前述した心霊特番を観た後辺りからだ。その頃から、靄に変化があった。と言っても、また形が変わった、とかではない。靄が、髙羽史彦からKの方に、少しずつ移動していっていると気づいたのだ。
 この半年でじわじわと移動したそれは三週間前に見た時には完全にKの方へと移動を完了していた。しかし、髙羽史彦に憑いていた時とは違って、Kについたそれは後ろから抱きついている状態ではなく、完全にKと〝同化〟している感じなのだ。
 Kは髙羽史彦より少し背が高い。Kと同化してから、そのシルエットは完全にKと同じだったのだと気づいた。
 靄と同化したKの顔は私の目では見ることができなくなった。正統派イケメンであり、目の保養であった彼の顔は今や黒ペンで塗り潰されたようになっている。
 髙羽史彦に憑いていた時の靄に対しては、気味が悪いが、危険性を感じなかったのだが、Kに移動した靄にはそれを感じたことで、あの時の違和感はこれだったのか、と気づいた。
 Kに対しては心配という感情が湧き起こったのだ。どうにかして助けられないか、と思った私は、一週間ほど前にKのSNSにダイレクトメールを送った。
 ファンレターを送るかとも考えたが、ファンレターは事務所が一度、目を通すだろう。悪戯として処理されかねない。ピンチャンのSNSは本人個人がやっている、と言っていたのできっと届く、と思ったのだ。Kがダイレクトメール機能をオープンにしてくれていたのは幸運だった。
 頭の変なファンだと思われる覚悟で、ちゃんとネタの感想やら応援していることやらを記した上で、本題である靄の件を伝えた。
 結果から言えば、返信はない。まぁ、普通に考えればそうだろう。無視されて当然の内容だし、Kは顔ファンも多いから、女子から毎日大量のダイレクトメールをもらっている可能性だってある。私のダイレクトメールなんて埋もれてしまっていると考えるのが妥当だ。
 当然の結果ではあるし、自分から芸能人に絡みに行くようなことをしてしまったことを恥じて悶々ともしたが、やはり心配という気持ちが勝り、メッセージを削除する気にはなれず。
「せめて、既読未読がわかる仕様だったらなぁ」
 とボヤいたその時だった。
 膝の上に置いていたスマートフォンが震えた。反射的にそちらへと視線を落とせば、そこにはSNSに反応があったことを示すお知らせウィンドウが出ていた。
 知らせを受信したのはお笑い感想用に使っているアカウントで。ダイレクトメールを受信したことを示すアイコンが表示されており、心臓がドクンと大きく跳ねる。
 このアカウントでダイレクトメールを使用したのはKへのメッセージが初めてのことで。アカウントを開設してだいぶ経つが、他の人からダイレクトメールを受信したこともない。つまり、返信がきた可能性が高い。瞬時にそう判断し、通知をタップした。
 表示されたのは予想通り、Kのアカウントとのダイレクトメール画面で。
 一体、どんな返信がきたのか、とドキドキしながら見てみれば、そこに記されていたのはただ一文だけであった。
「ありがとう。助かったよ。これからも応援よろしくね」
 ありがとう。これからも応援よろしくね。ならば、定型文とも思える。今回の私が送ったメッセージのように長文なものも多くもらうだろう。それに一々目を通すこともなく、無差別に無難なメッセージをコピペして全員に返信しているということも考えられる。が、〝助かったよ〟という一言が入っているのを見て、ちゃんと読んでもらえたんだ! という確信を抱く。
 助かった、と言うことは、もしかするとK自身は何らかの霊障に悩まされていて。それが解決したのかもしれない。否、私の指摘くらいで解決するとも思えないから、解決とまではいかないが、何かしらの動きはあったのかも。
「そういえば……
 と呟き、私はテレビへと視線を戻す。
 そこにはまだ番組表が映し出されていた。そして、件の番組の詳細を示す画面に記されている〝生〟の文字を確認する。
 そう、今日の放送は一部ではあるが、生放送なのだ。
 もしかすると、今日は何か変わっているかもしれない。靄が薄くなっているとか……なくなっていたら一番嬉しいな。
 現状のままでも相手からアクションはあったのだ。良い方向に動くかもしれない。そう考え、私は今日の放送を観ることに決めた。


 ダイレクトメールの返信があってから、一時間ほどが過ぎ件の番組が始まった。
 ピンチャン出演番組の開始をこんなにワクワクしながら待つのは久しぶりだ。
 時刻は午後八時。お馴染みのオープニング画面が始まり、MCであるベテランお笑いコンビが登場し、挨拶の言葉を口にする。
 そしてMCのオープニングトークが始まり、本日の大まかなプログラムが説明された。
「本日はですね、ゲストのピンチャンのKから何かしらの発表があるようです!」
「アイツの発表なんざ大した発表じゃないやろ」
「いやいや、わかんぞ。結婚発表とかだったりして……
「そりゃ、アイツのファンが阿鼻叫喚になって面白いやろうなぁ〜!」
「アイツ顔だけは良いから」
「そう、顔だけはな」
「口開くとやべぇ奴だけど」
「顔だけは良いから」
 MCがそんな会話を繰り広げていると、
「ちょっと、ちょっと〜!!」
 と第三者の声が乱入してきた。
 髙羽史彦の声であることはすぐにわかった。オープニングトークにピンチャンが乱入という形式らしい。発表とやらもこの流れでやるのかな。そんなことを考えながら見ていると、上手から髙羽史彦が姿を表した。
「うちの相方が顔しか取り得ないみたいに言うのやめてくれますぅ??」
 変顔でMCに詰め寄る髙羽史彦に、
「事実言ってるだけだろーが!」
 とMCが言い返す。
「Kって言ったら顔かエロネタのイメージやからね」
「オイ、オマエ散々言われてるぞ、なんか言ってやれ!」
 そのフリにカメラが髙羽史彦の左に移動する。
「どうも〜! ラーメン・つけ麺・僕、イケメンことKでーす!!」
 お馴染みの人気芸人の登場台詞を口にしながら、映し出された男を見て私はヒュッと息を呑む。
「人のネタ!! それ他の人のネタだから使っちゃダメッ!!」
 髙羽史彦をがツッコミを入れ、笑いが起きるがその笑いがどこか遠くに聞こえた。
「え〜、最初の頃あの衣装で出てた君がそれ言っちゃうんだ?」
「それはそう」
「ド正論やな」
 K……と思われる男のツッコミ返しにMCがうんうんと頷き同意する。
「俺のはリスペクトがあるからいいんだよ!」
「私だってリスペクトはありますぅ〜!!」
「どっちも許可は?」
『取ってないです』
 綺麗に声をユニゾンさせ答えたピンチャンの二人に「目くそ鼻くそだろ!」とツッコミが入り、場がまた沸くが私はパニック状態であり、クスリともする余裕がない。
 あの靄が消えたのではないかと期待して番組を観た結果としては、期待通りの結果であった。が、良かった、と安堵できない光景が、そこには映っていた。
「誰……これ」
 思わず呟きが漏れる。
 Kと名乗った男の顔は、私の知るKの顔ではなかった。Kの顔が靄に覆われ、見えなくなって数ヶ月経つ。見えない間に顔を忘れた、なんてことはない。というか、ちょっと雰囲気変わった? というようなレベルの変化ではないのだ。
 私の知っているKは正統派イケメンだ。老舗アイドルグループに一人はいる顔で。その中でも昔で言うところのソース顔、とされる部類に入る顔をしていた筈なのに。今、テレビに出ているKは塩・オブ・ザ・塩といった感じの顔だ。顔が整っている部類であることは間違いないのだが、ジャンルが対極にある。髪型や体型に変化はない。まるで顔のパーツだけを取り替えたような感じだ。
 もしかして、発表とは整形の発表だったのだろうか? と思ったが、それだと出オチで終わる流れになるはずだ。それに、変わった顔には一つ大きな特徴があった。おでこにくるりと横一線にまるでそこを切られたかのような傷跡があるのだ。もし整形なら明らかに失敗。というか、顔面整形で切るような場所でもない。怪我をしたのかと思ったが、見た感じ新しい傷ではなさそうだ。私の知っているKにはそんな傷なかった。
 番組は恙無く進行しているが、変わってしまった顔と、突如できた額の傷跡にMCが触れる様子はない。あんなに変わっているのだから、真っ先に「何があった?!」とツッコんでよさそうなものだし、観覧に来ている客が戸惑いの声を上げていてもよさそうなものだ。なのに、そういうのは一切ない。まるでKの顔は最初からこれでした、というような体で番組は進行している。
 どういうことなんだ。靄の次は顔が違って見える? やっぱり私、おかしくなっちゃった??
 私が大混乱している間にもMCとピンチャンのやり取りは進んでいる。
「で、何やねんKの発表って」
 と、わちゃわちゃが一段落したところで、MCが訊く。
「それは……
 とKが神妙な面持ちで溜めに溜めてから、
「番組の後半で!」
 そう続け、MCをズッコケさせる。
「そんな段取りはありませーん」
「お前らに割ける時間は今この瞬間まででーす」
「これでしょーもない発表やったらシバくぞ」
 MCの言葉をうけ髙羽史彦が、
「骨はちゃんと拾ってやるからな!」
 と相方にアムズアップなどしつつ言う。
「よし! シバかれないような内容じゃないんやな!」
「なら引っ張ることもないな。さっさと行って下さーい。番組始められないんで」
 とMCが促す。
 顔のことには一切触れず、発表後にみんな一斉にツッコんだり驚いたりする演出なのかもしれない、とその可能性に掛け、私はジッと液晶画面を見つめる。
「はーい、わかりました。じゃあ、発表なんですけど。私、改名します!」
「改名かーいっ!」
「よ〜し、シバくか!」
 と良い笑顔で腕をぐるぐると回し始めたMCからKを庇うように髙羽史彦が割って入ってきた。
「やめてください! こんなんでも俺には大事な相方なんです!! コイツの顔ファンだって愛おしいんです!! だから、顔はヤバいよ、ボディやんな、ボディをッ!!」
「古っ!! お前生まれてへん時代やろそれ」
「てか、お前も結局、顔やて認めとるやん!」
 最初のアレは何やったんやとツッコまれ、笑いが起きる。
「それはそうと、なんで改名? 占い師のババアに地獄に落ちるて言われたんか?」
「はい、実は、ちょっと死にかけた時に地獄でお会いしまして……
「いや、あの人、地獄へ落ちるわよとは言うてたけど、自身が地獄に堕ちるようなことはしてへんからな?!」
「そんで、お前も地獄行きやったんかいな」
 MCの指摘に、 
「あ、それは妥当だと思います」
 髙羽史彦が挙手しつつ真顔で言う。
「相方が酷いっ!!」
「事実だろ」
「うん♡」
「なんやこのやり取り」
「そういや、改名! なんて名前になるんかまだ聞いてないぞ!!」
「そう言われれば! 今日からなんとお呼びすれば宜しいんですか?」
 MCが改まっだように訊くと、
「羂索です。あみがしらに絹でケン、検索の索でジャク」
 と〝元〟Kは答えた。
「難しっ! なんや、地獄で占い師のババアにそうしろ言われたんか?」
「いえ、彼女のネーミングセンスはこう、ちょっとアレなので本名にしました」
「本名なん、ソレ?!」
「名前までかっこいいのムカつくなぁ〜」
「ははっ、お褒めいただきありがとうございます」
「そもそもなんで今まではKやったん?」
「イニシャルですよ。公衆の面前で個人情報を晒すのはちょっと抵抗があって……ほら、真名を知られるのってとっても危険なことだから」
「平安貴族の方ですか? もしくは悪魔かな??」
「どちらもありそうやな」
「てか、羂索って名字? 名前?」
「名前です」
「名字は何ていうん?」
「元々はないですね」
「やんごとなき身分のお方ですか?」
「だとしら俺は今頃ブタ箱の中ですね」
「髙羽のツッコミ、わりと暴力的やもんな」
「俺、暴力肯定派なんで!」
「つーか、元々はないっていうことは今は?」
「髙羽です♡ 相方の史彦のとこに婿養子に入りました♡♡」
「結婚発表って予想当たってたんかー!」
 態とらしく驚くMCに、
「ハイ嘘! ここは嘘ですからね〜!! コイツ、息を吸うように嘘吐くんで騙されないでくださ〜い!!」
 と髙羽史彦がオーバーリアクション気味に相方の言葉を否定する。
「死ぬまで胃袋吐くほど笑わせてやるから、一緒になってくれって言った、あのプロポーズは嘘だったの?! 結婚詐欺かい??」
「確かに言ったけども! それは相方としてって意味だよっ!!」
「あー、これは髙羽が悪いなぁ」
「その台詞だとどう考えてもプロポーズにしか聞こえんもんな」
「髙羽は責任とって、おもろい夫婦漫才見せてくれよな」
「と、言うワケでピンチャンの新婚夫婦漫才を含む、今週も今が旬のお笑い芸人のネタの数々、お楽しみ下さーい!」
「導入雑すぎません?!」
 と強引な導入に髙羽がツッコんだ時点で画面がCMへと切り替わった。

 
 ──結局、誰もKの、羂索の顔が変わったことには触れなかった。
 慌てて〝K 顔〟〝羂索 顔〟などでSNS検索してみたが、出てくるのは顔面を褒め称えるような呟きばかりだ。
 靄に包まれてから彼の顔が見えなくなっていた私にはいつ彼の顔が変わってしまったのか知る術はなさそうである。
 靄がやっと消えたというのに、私のピンチャンに対する……否、〝Kだったモノ〟に対する恐怖や不安はは消えない。というか、今回の件でましてしまったように思う。顔も名前も変わってしまえば、それはもう別人だ。
 先程、テレビに出ていた……羂索と名乗ったアレはきっとKに成り代わったのだ。根拠はないが、そんな確信があった。だってどうしたって〝同じ〟には見えない。
 そして、もう〝変わってしまった〟から、私なんかにどうすることもできないということが、何故だがわかってしまった。
 相方があんなに変わってしまったというのに、一番側にいるだろう髙羽史彦が全く気づいていないことにも言い知れぬ不安感を覚える。本当に気づいていないのか。はたまた、気づいてないふりをしているのか。否、でもあれが気づいていないふりだとしたら彼はそうとうな役者だ。
 この世界で、〝元〟のKを知るのは私だけだとするのなら、私だけはそのことをずっと覚えておかなければならないのでは? なんて考えが頭を過る。その瞬間、使命感のようなものが芽生えた。
 本当の死とは、その存在が他人の記憶から消えた瞬間に迎えるものである、とどこかの誰かが言っていた。Kを知る者が私しかいないのであれば、せめて私だけでも彼を覚えていてあげよう。
 そう、心に誓った時──また、スマートフォンが震えた。画面を確認してみれば、またSNSのダイレクトメール受信通知で。心臓が大きく高鳴った後に、ドクドクと早鐘のように脈打ち始める。
 助かった、というメッセージを受信したのは二時間ほど前。その時はKはKだったのか、それとも既に羂索だったのか……判断できる要素はない。
 震える手で画面をタップし、ダイレクトメール画面を開く。と、一時間前までは〝ピンチャンK〟〝@pinchan_K〟となっていた名前とIDが〝ピンチャン羂索〟〝@pinchan_Kenjaku〟に変更されていた。CMに入ってから変えたのだろう。仕事が早いことだ、なんて、感心している場合じゃない。
 一体、なんというメッセージがきたのか。と焦りつつ、追加されたメッセージ読む。
 〝君のおかげだ。でも、忘れるよ。その方が面白いからね〟
 と一文を読んだ瞬間、それがわかっていたかのようなタイミングで、
 〝じゃ、これからもピンチャンの羂索と髙羽史彦の応援を宜しくお願いしまーす〟
 と新たなメッセージが入ってきた。
 一時間前、返信を受け取ってから、私は返事を送っていない。本番前だろうし、助かったよ、だけでは状況把握はできていない状態だから番組を観て確認してから返信しようと思っていたのだ。
 これまでのやり取り……というか、前に私の送ったメッセージへの返信として〝でも、忘れるよ〟という答えはまったく脈絡がない答えに思えた。
 そこで私はくらりと目眩を覚え、一旦、スマートフォンから目を離す。
 あぁ、貧血かな。最近、ハマってる深夜ラジオ番組があって毎日遅くまで聞いてるせいかも。今日はちゃんと寝よう。
 それで、えっと、何だったっけ? あ、そうそう。ピンチャンの羂索にダイレクトメールで漫才の感想を送って返事をもらったんだった。
 本当は髙羽の方に送りたかったんだけど、彼はダイレクトメール閉じてるんだよね。なんか前に酷いアンチからの嫌がらせがあったらしくて。その件は解決してるらしいけど、またあって髙羽かさのメンタルがやられるのが嫌だからって羂索が何かあった時は私にダイレクトメールください、と言ってたから、ピンだった頃から応援してたことと、この前テレビでやってたネタが凄くツボで面白かったことを髙羽に伝えてほしいってメッセージを送ったんだったっけ。まさか、返事が返ってくるとは思わなかったなぁ。定型文ぎみな返信だけど、大好きな芸人さんだから反応があっただけでも嬉しい。勇気出して送った甲斐があったー!! 取り敢えず、画面スクショして保存しとこっと!


そして誰もいなくなった
 (彼を知る者は、誰も)
 (小さな画面に表示された文字は本来のものから別のものへと書き換わっていたが、彼女がそれに気づくことはもう、ない)







 解明編のなる羂索視点を考えているんですが、小説にはできそうにないんで。いつかネタバラしだけでもしたい。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.