二年後の真選組/山崎視点の真選組の飲み会の話/山崎、近藤、土方、沖田、原田、鉄之助が出ます
@bbbcde519
酒、酒、酒、酒、酒。山崎は目で壁際に寄せられた清酒の一升瓶の本数を数え、最初の一時間に耐えうる量の酒があることを確かめる。さりげなく部屋の隅に積まれた盥や布巾を目の端に捉えつつ、同じく壁際に寄せられた段ボールの中を覗く。
真選組の飲み会は乱暴だ。きちんと膳が出る本式の会もあるにはあるが、大抵は襖を開け放した机も何もないだだっ広い座敷で皆で酒をかっ食らう。段ボールの中身の三分の一は乾きもののつまみで、宴席の最後まではまず持たない。塩すらなくても酒が飲める連中が揃っているから問題はない。腹が減ったら誰かが宅配ピザを頼んでいる。ただ酒だけは絶対に切らさない。酒がなくなると暴動が起きるからだ。清酒だけは隊員たちが全員潰れるまで飲んでも絶対に余る量を買い揃え、別室に押し込んである。ちなみに段ボールの残り三分の二はラベルを剥がした一升瓶に入れた常温の水である。ここにある分だけでは足りないため、こちらも別室にしこたま積まれている。酒に弱い隊員はこっそりと、あるいは堂々と盃の中身を水に換えて潰れないように工夫をする。あるいは悪酔いしている奴に酒と偽って飲ませるために使う。状況を見て場に酒や水を追加するのは、監察を始めとする目端の効いた隊員の役目である。彼らは一様に酒が強く顔に出ない。昔から宴席の差配を一手に担っている山崎も酒はべらぼうに強い。戦が終わって取り戻した生身の体でも酒への耐性はそのままで安心した山崎である。
今日は新政権のもと、再始動する真選組の旗揚げを祝した宴だった。だから清酒はいつもよりもほんの少し良いものが選ばれている。二年も苦楽を共にした隊士たちは、生え抜きの真選組も元見廻組ももうすぐにはわからないくらいに馴染んではいるが、最近は戦や組織解体やらで宴席も少なかった。皆久々の酒を過ごさなければいいのだが、と山崎は思い、無理な注文かもしれないと一人で苦笑した。精々自分が気をつけていよう。
「まあ俺一人が気をつけても無理なんだよな」
山崎の独り言は誰にも拾われずにざわめきにかき消される。山崎も慣れたもので周りに合わせて笑いつつ、畳に落ちているチータラの袋を拾ってビニール袋に入れ、結露して水が滴る瓶を拭い、顔の赤い隊士の徳利と猪口にそっと水を注いだ。彼は中身が入れ替わっていることに気づかず水を煽る。どこからか「会議で話聞いてなかったのに副長に確認を求められた時の局長のモノマネやりまーす!」という大声と爆発するような笑い声が聞こえた。
乾杯から一時間半、すでに場は相当出来上がっていた。この場合の出来上がりとは完成ではなく破壊である。具体的に言えば、古参の隊員がぶつかって派手に外れた襖はすべて撤去されている。それでもぶつかった当人は怪我もなかったし、そして局長の近藤がまだ奇跡的に服を着ているので序奏と言ってもいいかもしれない。近藤は比較的新参の面々の中心になって何やら話している。佐々木鉄之助もその輪にいて、大きな目を輝かせて誰かの話に相槌を打ちつつ、近藤の空いた盃に酒を注いでいる。監察のような目立たなさはないがいつもは土方に向けているまめまめしさを存分に発揮しているようだ。
山崎と同じ副長付きだった鉄之助は、出自と職務故に親しい同僚がなかなかできなかった。それを気にした土方が宴の時くらい他隊の同僚と交流しろと彼に命じたのも、大分昔のことになる。
今では鉄之助も場の話題を回し、元見廻組の隊士と局長との間を取り持てるまでになった。江戸を去った後、佐々木に裏切られたと言っても過言ではない元見廻組と、その弟である鉄之助の関係性は、傍目から見れば緊張感を孕んでもおかしくないように見えた。山崎も土方も船での生活が始まったばかりの頃は何か起こらないかと冷や冷やしたものだった。だが鉄火場で助けられた近藤への忠誠心が優ったか兄と似ても似つかない鉄之助のつぶらな瞳に毒気を抜かれたのか、びっくりするほどに上手くやっていた。山崎は、船で行われた宴席で、佐々木の愚痴混じりの思い出話をしながら涙をこぼす隊員と、その背をさする鉄之助を見たことがある。その光景を見て、ああもう大丈夫かもしれないと思ったものだ。山崎が少し気を逸らしたその時、部屋の反対側にいた原田が吼えた。
「相撲取ろうぜ!」
なんでだよ。ていうかお前みたいな力自慢の大男、しかも幹部と相撲取りたい隊員はいねーよ、山崎はそう内心つぶやく。だがなぜか局長が受けた。
「おう、やるか!」
そこからは早かった。二人が着物を脱いでいる間に座敷の中央から物が撤去され、のこったのこったとやりだした。昔から上座の方が脱ぐのが早い組織だった。周りを取り囲んで応援している奴らはともかく、そこから外れている方が心配だ。具合の悪そうな奴はいないな、とさりげなく座敷を見回して、あ、と思う。
盛り上がっている男たちとは裏腹に、沈んでいる二人がいる。土方十四郎と沖田総悟だ。部屋の一番奥まった隅の隅で、ふたり斜向かいになって飲んでいる。喋りもせず、平時の騒がしさからいえば信じがたいほどに静かに、一本の鬼嫁を挟んでお互いに手酌でくいくいと杯を傾けている。しばらく目の端で眺め、邪魔をすべきじゃないとも思ったが、結局山崎は未開封の焼き貝ひもを手に持ち、そっと二人の方にいざり寄った。土方も沖田も酒に強い方ではない。
声をかけずに済まそうかとも思ったのに、気配に強い二人は近寄る山崎に早々に気づき、同時にこちらを見た。警戒心の強い雀のようだ。山崎は内心で苦笑する。こうなったらもう声をかけざるを得ない。
「つまみは足りていますか」
手に持った貝ひもを差し出すと目元を赤くした沖田は「お、美味そう」と言いながら受け取った。煙草があればつまみは要らないと豪語する割に酒に弱い副長は「ご苦労なこったな」と一言呟いた。山崎はその場に居座ることを許されたと判断して、土方とも沖田とも等距離になる位置に腰を下ろす。二人とも顔は赤いが受け答えははっきりしていた。
「水も飲んでくださいよ」
「わーってるよ」
気のせいでなく土方の声にはいつもの張りがなかった。例えるなら、そう、行くあてのない迷子のような声音に聞こえた。山崎ができるだけ軽やかに「どーしたんすか、飲み過ぎたんですか副長」と尋ねると、沖田は「聞けよ山崎、この人柄にもなく怖がってんでィ」と口の端から貝ひもを覗かせながら言った。
「真選組は再結成したけど、今後攘夷浪士は減るだろうし前みてーに仕事はねーんじゃねえかとか、そうなると組織としてもいつまで持つかわからねえとか、色々思うところがあるようで」
土方は短くなった煙草を灰皿に押し付けながら深く煙を吐いた。
「うるせえよ。まだまだ治安は悪ィしな。新時代にも警察は必要だろ」
「悪党ぶった斬る機会も減るなら俺たちの出番もねえでしょうね」
飄々と言ってのける沖田もいつもとはやや違う、と山崎は気づく。土方と同じ、迷子の声だ。真選組を誰より愛する二人だからこそ不安なのだ。珍しい姿を見せられると、滅多にない年長者らしい気持ちが沸く。
ふと思い出した光景が、口をついて出た。
「江戸から離れてた頃、局長に訊いたことがあるんですよ。戦が終わったらどうすんのかって。そしたら局長、なんて言ったと思います?」
二人は山崎の顔を見た。相槌は期待してなかったのでそのまま続ける。
「また江戸でお前たちと真選組やれんなら、それ以上の望みはねえ、って」
赤と青の目が見開かれた。沖田の唇が僅かに動く、だが声は聞こえなかった。煙草を取り出しかけていた土方の指は凍り付いたかのように動かない。
宴の喧しさから切り離されたような静寂が三人を包む。その一瞬、山崎は二人の顔つきが揃って変わるのを確かに見た。途方にくれた迷子から江戸を守る警察官へ。
畳が揺れる重低音。同時に歓声が上がる。相撲の決着がついたらしい。そのざわめきにつられたように二人はふっと肩の力を抜いた。
「……あの人らしいな」
「そーですね」
土方と沖田は、それきり何も言わずに近藤を見つめていた。近藤は自分で転がした原田を抱き起こし、肩を組んで酒を飲み始めている。
幸福はここにあるのだと、ここにいられることが最大の幸せなのだというように男は笑っていた。男の周りにいる面々も皆、大口を開けて破顔している。その横顔を少し離れて眺めている二人の口の端に浮かんだ微笑みは、なぜだかよく似ていた。
輪の中にいたはずの近藤が、急にこちらを向いて大声を上げる。
「トシ、総悟! 山崎! なんでそんな隅っこにいるんだ。こっち来いよ」
土方と沖田は少しだけ目を見交わし、同時に返事をした。
「あんたらの相撲に巻き込まれちゃ敵わねえと思ったんだよ」
「ムサくてなんねーから避難してたんでさァ」
そう言いながらも近藤の方に歩いていく土方と沖田の背を追いかけるべく、山崎は慌てて腰を浮かせた。
新生真選組が始まる、前夜のことである。
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近藤さんとザキさんが船で会話するシーンが好きすぎて書きました。近藤さんの言葉は隊士の誰にとっても殺し文句だと思うし、新時代にちょっと不安になっている土方沖田にさらりと教えてくれる山崎はかっこいいなという萌えです。
新時代の真選組がどうなるかは分からないけれど、山崎も土方も沖田も、近藤さんの言葉をずっと大事に、みんなで生きていくと良いなという気持ちを込めました。
真選組をたくさん書きたくて試行錯誤してたら書くのに時間がかかりました。真選組に元見廻組が入ったら鉄はやや微妙な立場なんじゃないかとも心配していたのですが、つぶらな瞳の彼はいい感じにやっていると勝手に思っています。