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true Pride

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2024-10-27 02:18:39

越知

Posted by @uk_plus_



 夜更けの中。ここより離れた土地で違う時間を過ごす恋人のことを想い、私は言い表せない寂寞に襲われていた。そばに在った時でさえ彼の、月光の魅力から自分とは違う世界の存在のように感じて物寂しくなってしまう瞬間もあったが、今抱くこの感覚はそれ以上のものだった。一日や二日では飛んで行けない圧倒的距離。朝と夜、まるで同じ軸にいないように感じる時差的問題が、嗚呼彼は本当にこの国にはいないのだと痛感させる。住み慣れた国でない所にいるのだという心配もある中、私はそう簡単に来るはずのない連絡を待って何日も過ごしていた。
 最後に交わしたやり取りはなんだったろうか。この国を発つ前に送った、たった一言「頑張ってね」という私の言葉。そしてそれに対して返ってきた、たった一言「ありがとう」という月光の言葉だ。帰国の予定日はもちろんのこと、その際に私に対して連絡が間違いなく入ることもわかっている。それでもやはり心配で、そして何より――寂しく感じてしまった。
 自分に厳しい彼のことだから、本腰を入れなくてはならない時に気が緩むようなことはしないだろう。そんなことまでわかっているのに――わかっているというのに弱い私は寄る辺ない心のせいで、段々と眠れない夜を過ごすようになっていた。そんな折だった。
 息が、止まるかと思った。いや止まってしまった。私の息を詰まらせたのは、スマホが震えて明滅した画面に映る名前――越知月光。こんな時間に。どうして。何故。一体何が。何か悪いことでも――。喜びよりも先に大きな不安が襲って来る。それでもなんとか震える指先で、受話するマークに私は触れた。

つき、光?」

舌の全ても震えてしまい、久々音にした愛しい名前が転んでしまったようだった。耳に当たるスピーカーからは衣擦れのような音がして、そこから一拍の後、ひとつ息を吸う音がする。

「遅くにすまない」

起こしてしまったろうか、という気遣う言葉が染み入ると同時に本当に申し訳なさそうな声色が私の胸に刺さった。

「久しぶりどうしたの?何かあった?」

メッセージが来ることは元より、電話が来ることはしばらくないと覚悟していたから労いの言葉よりも先に杞憂を表すワードが口から飛び出してしまう。そんな私の感情を見抜いてか、電話の先の月光がいやと否定してから、ひとつ苦笑した。

「ただ単純に、お前の声が聴きたくなった」
「え

意外な彼の恐らく彼にとっては弱音のような返答に、私は少々当惑した。先ほど抱いた杞憂が私の中で大きくなる。

「本当に何もない?何か辛いことでも――
「いや本当にそんなことはない。本当に、ただ

――声が聴きたくなった。

二度繰り返された事実に、私は声を詰まらせる。そして同時に安堵した。彼も遠い場所で私と同じように想ってくれていたのだと。

「情けないことだとは自覚している」
「そんな、ことは」
「少しだけ声を聴かせてくれ」

感情が滲むことの少ない彼から発せられる声は珍しく色を含んでいて、どこか懇願するようだった。そんな月光の声音に、私の頬も自然と緩んでいた。

……丁度ね、眠れなかったところなの」
「何かあったのか?」
「ううん。月光のこと考えてたら眠れなかったの」
「それは――そう、なのか」

一言ぽつりと返した彼になんだか可笑しくなってしまい、私は小さく笑った。

「そうなの。やっぱりね、やっぱり、寂しいなーって」
……すまん」
「ああ違うよ、責めてるわけじゃないよ。すごいところで頑張ってる月光のことが本当に誇らしいっていうか、すごいなーって尊敬してるの。だからね、私も必要な我慢はしないとなって思ってたとこで」
「必要な我慢」

寂しさはあるが私の本当の気持ちだった。真剣に彼が取り組んでいることを何より応援したいと常々思っているし、そのためには自分自身の不安や寂しさで簡単に取り乱してはいけないと私は考えて自分を律していた。それはきっと彼の大事なことへの妨げになってしまう。私にとっては何より避けたいことだった。

「別に無理はしてないよ!全然。だって帰ってきたらちゃんと時間、作ってくれるでしょ?」
「もちろんだ」
「うん、だから寂しくても私は――
「ありがとう」

全然平気、そう続けようとした私の言葉を遮って月光が声を漏らした。人の話をしっかり聞く彼にしては珍しい行動だったが、そこからひとつ息を吸ったらしい月光が言葉を続けた。

「いつも思っている。寂しい思いをさせているだろうと俺が問えば、そうして気遣ってくれているからな」
「そ、そっかな?」
「ああ。だからこそまた思う、俺自身がたったひとつの我慢をできないことでお前との関係を台無しにしたくないと」

ひとつひとつ思案されて紡がれる月光の言葉はとても優しい慈しみの色をしている。きっと私以外の誰も、彼がこんな感情を露わにするなどとは知りもしないのだろう。

「月光の、我慢?」
「ああ」
「私何か我慢させちゃってた?」
「お前と離れている時間を俺が平気に過ごしていると思っているようだがそれは、買い被り過ぎだ」

慌てて聞いた私の言葉に返されたのは、苦笑交じりの彼の小さな弱音だった。

「いつだって声を聴きたいと思っている。顔を見たいと思う。しかしそんな堪え性のないことをすればお前の気遣いを不意にしてしまう。そうなったとしたら、俺は俺を許せない」

一通り渡された言葉にまた声を詰まらせていたが、嗚呼やっぱりこの人は私の大好きな越知月光なのだと実感した。言葉が少なくても奥底で思慮される彼の全てが、私にとっては愛おしいのだろう。

「つきみつ
「なんだ」
「ありがとう、大好き」

大きな情動に震えた声で私がそう応えれば、月光は俺もだと静かに口にする。たったそんな一言だというのに、先ほどまで胸中を占拠していた寂しさは一寸も私の中に残ってはいなかった。

「一つ区切りついた折にまた連絡する」
「うん、待ってるね」

ほんの数分でもこうして声が聴けて――彼の心を知れてよかったと思いつつ、そろそろ電話を切り上げなくてはならないと頭に過った時だ。ひとつだけ月光が小さく笑って、続けた。

「ただひとつ覚えておいてほしい」
「何?」
「俺にはお前が必要だ。これからもずっと」

今一度、また連絡するという声にぎこちなく返事をしてしまった私への苦笑が聞こえて、その電話は切れる。通話終了を映すスマホの画面を見つめて私は呆然としてしまった。そんなスマホを握ったまま、私はもう一度布団に体を収めて眠る努力をする。誇らしい恋人に恥じないために。



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