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駆け落ち訴え

全体公開 みずいこ・単話 1 1655文字
2024-10-28 00:14:55

お題部第二十一回ボツ小話
「今から悪いことしよ」【グレー】

Posted by @a_yuuzora

「今から悪いこと、しませんか」
「悪いこと? どんな?」
「誰にもなんにも言わず、スマホもトリガーも置いてどこか遠くに行くんです。誰も俺らのこと知らんし俺らも今までいったことのないところに」
それを一般に失踪、あるいは駆け落ちと言う。
鳩原が失踪する直前にボーダー外の男と一緒にいたという噂を聞いたとき、今の時代に駆け落ちとか珍しいこともあるもんやな、と水上は思った。
防犯カメラや車載カメラがどこにでもある今の時代、完全に失踪するのはなかなか難しい。探そうと思えば手がかりくらいは見つけられるものだ。特にボーダー隊員ならトリガーで位置情報がわかるから、居場所が分からないなら追跡機能を切ったか置いていったか追跡できない場所に行ったかしなければ必ずどこにいるか判明するものだ。
『組織の機密に関する重要規律違反』という処分が下っていたから、駆け落ちなんていう退廃的ロマンチズムな行動ではなかったのだろうけど、あの気弱そうな同い年の女子が自ら姿をくらますというガッツのあることをしたというのがなんだか面白くて、そんな面白い奴だったんならもっと話しておけば良かった、なんてことを少し考えたりもした。
そのときから、駆け落ちという行動は水上の中で「もしそんな選択肢が浮かぶような状況になったらやってみたいこと」に入った。そしてそれが、今この時だった。
「誰にも連絡せんで? それって結構迷惑かかるやつちゃう?」
「悪いこと言うたでしょ」
「そっか。そんで今から? だとちょっと嫌やなあ」
……まあ、そう言うと思ってましたよ」
自分は生駒に一緒に来てと言われたら一も二も無く頷くのに、生駒はそうしてくれない。こういうときに感情の質や大きさの非対称性が浮き彫りになって、水上は少し寂しい気持ちになる。別に同じになってほしいわけじゃない。こんな不健全な不健康な執着は生駒には似合わない。ただ、共有できないし共感してもらえないのだなあという空虚を感じるだけだ。
「ほら、もうちょいで遠征選抜試験あるやろ。俺あれ楽しみにしてんねん」
それがあるから、今から遠くに行ってしまいたいのだ。
十日も生駒から離れなければいけない。冗談も通じそうにないメンバーと一緒にクソつまらんことに従事しなければならないし、隊長として責任をもたなければならない。そして事と次第によっては生駒が遠征に行ってしまうかもしれない。
もらえるかどうかもわからないボーナス以外何一つメリットのない仕事をするには、十日間はあまりにも長すぎる。
「水上はあんま楽しみやない感じか。今回隊長やもんな」
「まあ……そっすね」
「ほんなら、今からは無理でも終わったら旅行しようや。おつかれさんパーティみたいな感じでな」
「打ち上げなら普通臨時部隊のメンバーとやるもんでしょ」
「え、でもお前俺と旅行したかったんちゃうん」
旅行のつもりでは言っていないのだけど。駆け落ちなんていう時代遅れの逃避行が微塵も思い浮かばない生駒の思考の健全さに少しだけ笑う。
だが、ふたりきりの旅行ができるなら全然悪くない。おあずけの期間は長いがそのあと独り占めできる期間がもらえるならプラマイ収支が相当釣り合う気がする。そう思えば胸の内でぐるぐると蟠ってた雨雲のような灰色の感情が、生駒の言葉でしゅわりと溶けて心が少し軽くなった。
「終わったあとの楽しみがあるなら、試験ちょっとは頑張れそうです」
「お、よかったよかった」
「試験中で対峙するときはお手柔らかに」
「あ、そっか。次会う時はライバルやで、ってやつやな。水上が敵に回るのちょっと怖なってきたな」
「さっきまで楽しみ言うてたくせに」
「共同生活が修学旅行みたいで楽しそうやなとしか思ってへんかったもん。よし、お互いがんばろな」
「はい」
生駒に握手を求められ、水上はそれに応えてにっと笑う。生駒は水上と同じ感情を抱いてはくれないけども、水上の感情を簡単に同じ場所に引っ張り上げてくれる。そういうところが愛さずにはいられないのだ。


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