神無さん誕生日記念
カルみと シナリオネタバレあり
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カーテンの隙間から差し込む朝日と爽やかな鳥の鳴き声に促されて、神無はゆっくりと意識を覚醒させた。
「ん、んー……」
起き上がって腕を伸ばした神無は、寝癖で跳ねた髪を撫でながら欠伸を漏らす。
昨晩は結局ディーノに相談をした上で、更に過去の世界を生きる刑事たちに秘密通信を送って服を選ぶことになった。
私情に秘密通信を使うなと帰代には怒られたが、面白がった聖が彼を宥めて相談に乗ってくれたおかげで事なきを得たのである。
「ふふ、」
ハンガーに吊るされた服を眺めて笑みを浮かべた神無は、朝食をとって支度を始めようとサイドテーブルのサングラス型コンピュータを装着した。
電源を入れればいくつもの文字列が浮かび上がり、デフォルトに切り替わった画面の右隅に時間が表示される。
「…………ん?」
8時30分である。
ぽやぽやとまだ覚束ない頭の神無は、ぱちりと瞬きをしてまじまじとその数字を見つめた。
「はちじ…さんじゅっぷん……?」
待ち合わせ時間まで、30分を切っている。
何度見ても数字は変わらないどころか、神無がそうしている間にまた1分が経過してしまった。
「わーーーーっ!?!い、っゔ〜〜…!?」
悲鳴を上げてベッドから転がり落ちた神無は、床に額を強かに打ちつけて悶絶する。
じんじんと痛み揺れる頭を抱えていた彼ははっと我に返ると、慌てて寝間着を脱ぎながら縞斑に通信を繋いだ。
『おはよ神無ちゃん。どうし、』
「ごめん先輩っ!!今起きた!!!」
尋ねる縞斑の声より先に慌ててそう叫んだ神無は、ハンガーに掛けていた服を手に取って袖を通していく。
『ありゃ、寝坊なんてめずらしい』
「ほんとごめん!今から支度して急いで向かうから!!どっか入って待ってて!!」
これから急いで支度をして向かっても、待ち合わせをしている駅前に到着するのは一時間以上後になるだろう。
脱いだ服を抱えて階段を駆け降りた神無は寝間着を洗濯機に投げ入れると、通話をスピーカーモードに切り替えてサングラスを外し顔を洗う。
どたどた、ばしゃばしゃと聞こえる賑やかな音を聞いた縞斑は思わず楽しげな笑い声を上げた。
『大丈夫?家まで迎えに行こうか』
縞斑の自宅から神無の自宅まで移動するには、当初の待ち合わせ場所である駅前より時間が掛かるはずだ。
待ち合わせ場所を変えることで時間に余裕ができるという縞斑の助け舟は心底ありがたいが、元々彼らが待ち合わせ場所を駅前にした理由は目的のカフェがその近くにあるからだった。
縞斑の手間をこれ以上増やすわけにはいかないと思いとどまった神無は、タオルで濡れた顔を拭って首を横に振る。
「大丈夫!先輩二度手間になっちゃうし!!」
『それは別にいいけど……』
「俺がいやなの!!急いで行くから待ってて!!」
『はいはい、慌てて転けないでよ』
よりにもよっていつもよりひどい寝癖にわなわなわと震えた神無は、縞斑にそう告げると彼の返事を待って通話を終了させた。
「あーもう!!急げ俺!!!」
アラームを掛けずに寝落ちた昨晩の自分を小一時間問い詰めたい気分だが、悲しいことに現在の神無にそんな時間は残されていない。
一刻も早く支度を済ませて待ち合わせ場所に向かわなければ。そう改めて決意した神無は、手始めに頑固な寝癖と格闘することにしたのだった。
※
閉まる扉にご注意くださいという放送を無視して電車に飛び乗ったおかげで、神無は予想よりも早く待ち合わせ場所に辿り着くことができた。
「はぁ……はぁ…あっつ……」
家から全速力で走ったせいで息は上がり、秋風爽やかな気候にも関わらず額には汗が滲んでいる。
ディーノと聖のアドバイスで選んだゆったりとしたニットのカーディガンは、今の神無にとって拷問でしかない。
本来神無が思い描いていた予定では、早くに目を覚ましてのんびり朝食を取ってから支度を済ませ、余裕を持って待ち合わせ場所に着いて彼を待つ予定だったのだ。
デートが楽しみでなかなか眠れなかっただなんてまるで遠足前夜の小学生じゃないか。真っ赤な顔を仰いで熱を覚ました神無は、きょろきょろと辺りを見回して縞斑を探す。
「いた…!」
縞斑が神無を待っていたのは駅前近くの路地だった。
路地の柵にもたれてコーヒーを傾けている彼はおそらく、長時間人の多いところをうろつくのはリスクが高いと判断したのだろう。
そういった面でも先に到着しておきたかったのにと悔しさに唇を噛んだ神無は、ぱたぱたとそちらへ駆け出した。
「だらだら先輩っ!」
声を聞いた縞斑は、顔を上げるとひらりと手を振って笑う。息を切らして駆け寄った神無の赤い頬を見た縞斑は楽しげな声で挨拶をした。
「おはよ、神無ちゃん」
「お、おはよ……待たせちゃってほんとにごめん…!!」
「大丈夫だよ。こういう待ち時間は嫌いじゃないから」
近くの店で買ったらしいコーヒーを揺らして見せた彼は、神無に歩み寄るとそっと頭を撫でる。
鏡からは死角だったのであろう後頭部にぴんと主張する跳ねた髪をいじった縞斑は、ふっと穏やかに笑って神無と視線を合わせた。
「仕事じゃないんだし、予約の時間にも余裕があるんだから、ゆっくりおめかししてきて良かったのに」
「で、でも…だって、」
根が真面目な神無は、これまで待ち合わせ時間に間に合わなかったことなど一度もない。
縞斑を待たせてしまったことを気にしているらしい彼は、しょんぼりと眉を下げて俯いてしまう。昨晩の楽しそうな声とは一転して、捨てられた子犬のようにたらりと下がった尻尾が見えるようだ。
そんな神無の様子を笑った縞斑は、手に持っていた紙袋の中から蓋のされたカップを出して彼へと差し出した。
「はい、ハニーラテ好きだったよね?」
「えっ…な、なんで?」
「その調子だと朝から何も食べてないでしょ?空きっ腹にスイーツ詰め込んだら胃がびっくりするから飲んでおきなよ」
そう言って手渡されたカップからはふわんと甘い蜂蜜の良い匂いがする。
縞斑と話をするうちに汗は秋風に吹かれてすっかり乾いてしまったため、冷えた両手をじわりと温めたそれに神無はほっと眉を下げた。
「…あったかい」
「俺もまだ残ってるから、飲んでから移動しようか」
そう言って柵を半分譲る縞斑に甘えて隣に並んだ神無は、人心地着いたことでようやく空腹を自覚してそっとカップを傾ける。
少し前に買ったためか、飲みやすく適温のハニーラテの優しい甘さに神無は肩の力を抜いてひとつ息を吐いた。
「……ありがと」
「コーヒー買ったついでだよ」
「うぅ……なんでそんなあんた手慣れてんだよ……」
「そりゃあまぁ…神無ちゃんより一回りも歳取ってるからねぇ」
待ち合わせ時間に遅れたにも関わらず責めることもなく、慌てて来た神無に朝食代わりを買っておく上にカップを持って持ち歩かなくて済む配慮まで欠かさない縞斑の大人な振る舞いに神無は思わず舌を巻く。
一方縞斑はというと、残りわずかなコーヒーを神無に気取られないように傾けて軽く笑うのだから敵わない。
「なんか……負けたって感じする」
「勝ち負けあるの?」
「あるよ。俺はこういうの浮かれてるのに、先輩ばっかり大人みたいでくやしいじゃん」
当たり前のことだけれど、どれだけ背伸びをしてもふたりの年齢差は縮まることがない。
せめて振る舞いだけでも縞斑の隣を歩くに相応しくなろうと昨晩は意気込んでいた神無だが、結局寝坊と遅刻によって台無しになってしまった。
カップの縁を噛んで俯く神無の言葉を聞いた縞斑は、目を丸くしてごくりとコーヒーを飲み込み首を傾げる。
「俺も浮かれてるよ?」
「え、」
「神無ちゃんが喜んでくれることってなにかなって一ヶ月以上前からずっと考えてたし、今だって結構ドキドキしてる」
縞斑がデートの提案をしたのは昨晩のことだったが、曰くこの計画はずっと前から練られていたことらしい。
彼の言葉を聞いてぱちぱちと目を瞬いた神無は、試しに縞斑の服の上から胸に手を当てる。
走ってきた神無と同じくらいの速度でばくばくと脈打つ鼓動を聞いた彼は、怪訝な表情でいつもと変わらない恋人を見上げた。
「……表情に出ないってよく言われない?」
「元刑事ですから」
けろりとそう言ってのけた縞斑は、神無がカップの中身を飲み終えたことを確かめると紙袋に二人分のカップをまとめてゴミ箱へ捨てる。
そうして胸に触れていた神無の手を取った彼は、神無が前言を撤回したくなるほど甘く柔らかに笑った。
「それじゃあ、行こっか」
「……うん」
きっと縞斑のこんな顔が見れるのは自分だけだ。
そんな優越感に慰められた神無は、再び赤く火照る頬を隠してこくりと頷き歩き出すのだった。
終