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10月31日 21:00

全体公開 神無三十一受け 7 40 5530文字
2024-10-31 21:12:30

神無さん誕生日記念
カルみと シナリオネタバレあり

 

 路地裏の洒落たイタリアンで食事を済ませた神無たちは、店を出て薄暗い空にほっと息を吐いた。

 「お腹いっぱい〜!美味しかった!」
 「なら良かった」

 大きく伸びをした神無は満足そうに腹を撫でて笑う。
 いつものことながら、縞斑が選ぶ店は従業員にアンドロイドがいない上に個室であるため落ち着いて食事ができる良い店ばかりだ。特にデザートのパンナコッタは絶品だった。
 遅れて店を出た縞斑は、神無が持つ紙袋を眺めながら首を傾げる。

 「プレゼント、本当にそれだけでいいの?結局俺が着て欲しい服だから、巡り巡って俺が得することになるけど……

 アフタヌーンティーのあと、神無は誕生日プレゼントとして縞斑に自分の服を見立てて欲しいとねだった。
 思わぬプレゼントの内容に驚いていた縞斑だったが、その後ふたりは神無に似合う服を探して街を歩き回ったのである。
 振り返った神無は笑うと、縞斑が選んだ私服一色の入った紙袋を抱きしめて笑ってみせた。

 「これがいいの!だらだら先輩が選んだ服だって思うと嬉しくなるじゃん?」
 「それならまぁいいか。今度着てみせてよ」
 「うん!次会うとき着てく!!」

 頷いた神無が通りから出ようと歩き出せば、自然な仕草で隣に並んだ縞斑は神無の手を取った。
 人目を気にする神無は日中は絶対に手を握りたがらないが、人の姿が一切ない夜の路地裏に遠慮はいらない。
 自分を気遣ってくれていることが伝わる所作に頬を緩めた神無は、その触れ合いに応えて指を絡めた。

 「このあとどこ行くか、まだ内緒?」
 「内緒だね」
 「そう言われると気になるな……
 「行けばきっと分かるよ」

 手を引かれた神無があとを追えば、奥には店を出る前に手配したらしい無人タクシーが待っている。
 手続きを済ませて座席に座った縞斑は、荷物を置いて一息ついた神無が画面に視線を向けるより早く行き先を設定するのだった。


 ※
 

 車を走らせること十数分、窓の外の景色が都心柄離れて徐々に見慣れないものに変わっていくことに気がついた神無は首を傾げる。

 「港?」
 「そうだよ」
 「ま、まさか先輩、俺のことコンクリ詰めにして海に……
 「するつもりは特になかったんだけど、されるような心当たりがあるってこと?」

 海と縞斑の親和性が全くないため思わず身構える神無だが、ドラマの見過ぎだと笑った縞斑はさっと支払いを済ませてタクシーから降りた。
 遅れて車を降りた神無がうんと伸びをすれば冷たい海風が頬を撫でる。思わず寒さに身をすくませた彼は、暖を求めて縞斑と手を繋ぎ直した。

 「こっちだよ」
 「う、うん」

 握り返された温かな手のひらに引かれて人気のないレンガ道を歩けば、やがて大きな建物がひとつ見えてくる。
 魚やペンギン、イルカの可愛らしいイラストが描かれた看板を見上げた神無は、きょとんと目を瞬いて首を傾げた。

 「水族館……?」
 「来たことある?」
 「んー……何年も前に一回だけパパと来たくらいかな」

 そこは都内でも有名な水族館だった。展示している動物の数がこの辺りで最も多く、土日には大勢の人が来館していることを神無も知っている。
 今は閉館しているため人の姿はひとりも見当たらないが、縞斑はそれに構わず施設の入り口へと歩き出した。

 「えっ、だらだら先輩?ここもう閉まってるよ?」
 「そうだね。閉まってから行くつもりだったし」
 「け……建造物侵入罪……
 「まぁまぁ、許可は一応取ってあるからさ」

 無断で閉館した水族館に立ち入ろうとしているのではないかと抵抗を示す神無だが、縞斑は施設出入り口横の関係者入り口の扉を叩く。
 中からひょっこりと顔を出した警備員は、縞斑と神無の顔を見ると何も言わずに出入り口の鍵を開けた。
 そんな警備員にひらりと手を振って礼を言った縞斑は、改めて神無の手を引いて中へと促す。

 「い、今のなに?」
 「詳細は伏せるけど昔の知り合いだよ。少しの間だけ中に入れてもらえるように手伝ってもらってね」

 天才研究者の天城圭一の一人息子である神無三十一と、アンドロイド解放組織スパローに所属する縞斑狩魔とでは、人混みに長居するのはどうにも落ち着かないのだ。
 まだ年頃の神無を、少しでも恋人らしい場所へ連れて行ってやりたいと思う縞斑がようやく見つけた方法だった。

 「ここなら人目を気にせず歩けるし、水族館といえばデートスポットかなと思って」
 「それはそうだけど……ほんとにいいの?」
 「さっきの知り合いは無愛想だけど口は固いやつだから安心していいよ。少しの間だけ警備のアンドロイドも止めてくれてるらしいから」

 恋人と出掛けることは神無にとって憧れだ。けれど同時に、それが出来なくても構わないと思えるほど縞斑のことを大切に思っている。
 一度も口にしたことなどなかったが、縞斑はそんな神無の気持ちを汲み取って今日という日を計画していたのだ。
 願ってもない展開にこくりと唾を飲んだ神無は、縞斑の手を握り返して一歩を踏み出す。
 自動扉を通ればそこには、薄暗く人の姿のないひっそりとした水槽が広がっていた。

 「……夜の水族館なんて初めて入った
 「流石に俺も初めてだなぁ」
 
 館内に木霊するのは、互いの靴音と水槽に浮かんでは消えていく泡の音だけだ。
 淡い光が水に反射して揺らめく廊下を手を繋いで歩いた彼らは、ひとつひとつの水槽を覗きいて回った。
 近くまで泳いで来たイルカにはしゃいだり、寝ているペンギンを観察したり、ふわふわと流れるくらげを眺めたり、誰の目を気にする必要もないふたりきりの時間は穏やかに過ぎていく。

 「あの魚、青くて早いからディーノに似てるかも!」
 「じゃああっちの大きい真顔の子はアサギリちゃんかな」

 大水槽の前に設置された椅子に腰掛けたふたりは、泳ぐ魚たちを指差して相棒に似た魚を探し始めた。
 海の底のように静かな景色の中、照明に照らされてゆらゆらと揺蕩う水と眠たげな魚たちに目を輝かせていた神無はぽつりと呟く。

 「……綺麗」
 「気に入ってくれた?」
 「うん。好きな人とこういうとこ行くの、ずっと憧れだったからすごく嬉しい」
 「ならよかった。いつも我慢させてごめんね」

 神無の口から改めて我慢していたことを聞いた縞斑が、少しだけ眉を下げて申し訳なさそうに笑った。
 神無は慌てて首を横に振ると、縞斑と握った手にきゅっと指を絡めたまま言葉を続けた。

 「あ、あの……先輩、そうじゃなくて……
 「あーうん、大丈夫、わかってるよ。ついないものねだりしただけ」

 神無が真っ当な恋愛を捨ててでも構わないと縞斑を選んだことも、神無の未来を潰すリスクを伴うと覚悟の上で伸ばしたその手を縞斑が取ったことも、彼らが下した選択だ。
 自身の選択に相手が遠慮をする必要はないし、きっと神無は縞斑にそんな後悔を抱えて欲しくなどない。
 恋人らしい時間を与えてやることのできない未練を抱えているのはおそらく、神無ではなく縞斑の方なのだろう。

 「……世間一般とは程遠いかもしれないけど、俺たちは俺たちなりの形で一緒に居れたらそれでいいよ」
 「神無ちゃんは強いね。これも若さか」
 「後先顧みない若者に引っ張られた方が上手くいくこともあるかもしれないだろ?」
 「ははそうだね。その点においては、俺もすっかり君に絆されちゃったかもしれないな」

 得意げに笑う神無に穏やかな笑みを返した縞斑は、鞄から手のひらほどの小さな箱を取り出すと神無に差し出す。

 「はい、誕生日プレゼント」
 「え?もうたくさんもらったよ?」
 「あれは神無ちゃんが欲しいもので、これは俺が渡したいと思ったものだから別にしたんだ」

 手渡された箱をまじまじと見つめていた神無は、開けるね、と一言断ると包装をそっと解いていく。
 そうして蓋を開けばそこには、一枚のカードキーが入っていた。無意識にサングラス型コンピュータで分析を掛けると、そこには都内のマンションの情報が詰まっていることに気付く。

 「マンションのカードキー……でもこれ、先輩の家のじゃないよね」

 縞斑の家は顔面認証や暗証番号で開く最新型であったはずだ。
 一昔前の設備らしいそのマンションが誰のものなのか分からず神無が首を傾げていると、縞斑はカードの端を指で軽く叩きながら口を開いた。

 「新しいセーフハウスの鍵。神無ちゃんにも渡しておくよ」
 「え……?」
 「スパローに呼ぶとどうしても仕事の話をしちゃうし、自宅だと周りの目が気になるだろうから、気にせず会える場所が欲しいなと思ってね」

 顔を上げた神無が驚いて目を瞬けば、縞斑はそんな彼の呆けた顔を少しだけおかしそうに笑って話を続ける。

 「示し合わせて落ち合ってもいいし、なんとなく誰かの気配が恋しいときに使ってもいい。寝泊まりできる程度には整えてあるから、俺も神無ちゃんも好きに使おうよ」

 縞斑の話は神無も以前から考えていたことで、スパローのアジトで顔を合わせるとそのまま仕事の話をしてしまうことが多々あった。
 神無の自宅は警察組織に登録していることや、幼い頃からの近所付き合いもあるため、縞斑が家に出入りするところを見られないように気を配らなければならない。
 二人が恋人として会うには時間を作るだけではなく場所を選ばなければならず、神無もその点について頭を悩ませることがあったのだ。

 「……でも、いいの?その維持費とかあるじゃん」
 「もともと刑事の頃に登録してたところをひとつ潰したから、新しい場所を確保しようって話は進めてたんだよね。だから気にしないで」

 公安局の所属が長い縞斑は、都内と郊外にひとつずつセーフハウスを持っていた。
 警察組織に申請をしてある程度の支援を受けながら維持をしていたため、スパローに所属した時点でその場所は解約したらしい。
 代わりの場所を探そうとアサギリと共に物件を見ていた彼は、セキュリティや諸々に工夫を施せば二人の会う場所を確保することも可能なのではないかと考えついたのである。

 「……アサギリ怒らなかった?」
 「私的利用ですって呆れてたけど、アサギリちゃんとしてもスパローに神無ちゃんを呼ぶのはお互いのリスクが高いって気にしてたみたいだからね」
 「な、なるほど……

 相棒の許可を取って縞斑が手に入れた、二人が気兼ねなく会える場所への鍵を握った神無はまだ実感が沸かない様子でこくりと頷いた。

 「ありがと、なんか……ひとりで寝るのがつらいけど、さすがに今から先輩に会いたいって言えないなってときがたまにあるから」
 「うん、」
 「そういうときに、先輩が居たって分かる場所……もしかしたら会えるかもしれないし、そう思える場所があるってだけで、安心するかも」
 「それなら良かった。正直家の鍵とか重過ぎるんじゃないかって気にしてたから」
 「あはは。確かに、世間一般からは早速程遠いけど、俺にとってはちゃんと欲しいものだよ」

 今でも神無は時々、あの広い家でひとり過ごすことがどうしようもなく心細くなるときがある。
 その度に縞斑を呼んで甘えるわけにはいかないと、いつも神無はぐっと唇を噛んでベッドの中で丸くなって無理やり眠りについていた。
 けれど、この場所に行けば縞斑が暮らした形跡が残っている。偶然にも彼に会うことだってできるかもしれない。そう思うことができるだけで、神無は少しだけ心が強くなれるような気がしたのだ。

 「まぁ……これを渡した以上、俺も簡単に死ぬわけにはいかないから、覚悟とか腹括ったって意味も込めてね」
 「ほんとだよ。この場所までひとりにしたらほんとに怒るからな」
 「分かってる。そうならないように頑張るからさ」

 自分が縞斑のこの世への未練になれたことが嬉しい神無は、じわりと滲んだ涙を拭って笑う。

 ふたりはその後もゆったりと時間を掛けて水族館を堪能してから外へ出た。

 「さてそろそろ帰ろうか。家まで送るよ」
 「……まだ一緒にいたいんだけど」
 「でも神無ちゃん、明日は非番でしょ?」

 非番とは公休とは扱いが微妙に異なって、有事の際には招集を掛ける可能性があるためいつでも連絡が取れるように待機していなければならない。
 外出をするなとは言われないが、すぐに職場に向かうことができる範囲で行動を行うように伝えられているはずだ。
 そう嗜める縞斑だったが、ぷくりと頬を膨らませて唇を尖らせた神無は繋いだ指にきゅっと力を込める。

 「さっき先輩が教えてくれた部屋、都心からそんなに遠くないし、呼び出されたらすぐ向かえるだろ」
 「……それは、」
 「そもそも!昨日電話で確認してたし、俺が言い出したら行く予定だったんだろ!!まだ1日が終わるまであと2時間もあるんだけど!?」

 一日を譲ってほしいといったのなら責任を持って最後まで貰うべきだと抗議する神無を見つめた縞斑は、やがて根負けした様子で小さく笑った。

 「……わかったよ、行こうか」
 「ん!」

 神無は機嫌良く頷くと足取り軽く縞斑の手を引いて歩き出す。
 その横顔を眺めた縞斑はというと、果たしてこれは夜の誘いとして受け取って良いのだろうかと複雑な表情を浮かべたまま後を追うのだった。




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