みずいこお題部第二十二回より「会いたい」『SNS』
@a_yuuzora
水上はSNSをやらない。
正確に言えばアカウントは持っているが、自分からは発信しない。生駒隊のメンバーや友人がやっているのを見て、時々いいねを飛ばしてくるだけだ。なんで自分から発信しないのかと訊くと「めんどくさいねん」という身も蓋もないこたえが返ってくる。しかし周りの人間が写真をアップしたりコメントをつけているのを見るのは好きなのだという。
SNSの使い方なんて人それぞれなのだから別にあれこれ言うつもりも権利もないが、生駒は少しだけそれが不満だった。隊以外での姿、例えば学校で何をして何を考えているかとか、同級生とどこに行ったとか、そういうことをあまり知ることができない。攻撃手コミュニティで繋がっている後輩たちがアップしている写真を見て初めて学校でのイベントで水上が何をしたか知ることも多い。そのことを本人の口から聞きたかったし、そのことについて感想も聞きたかったし、写真があるなら見せてほしかった。人伝ではなく。
だって、密かに想いを寄せている相手がいつ何を考えてるか、できるだけたくさん知りたいと思うのは自然なことだ、と生駒は思っている。
だから、ベイルアウトマットで仮眠している水上の手から滑り落ちたのであろうスマホに、知らないSNSのホーム画面らしきものが映っていたときはひどく驚いた。
みんながやっている写真中心のものではない、サービス名すら初めて見るくらいマイナーな文字中心のSNS。フォロー数フォロワー数ともにゼロ。アカウント名はカスタムしてあるがアイコンはおそらく初期設定のもので、その近くにかかれたプロフィール欄らしきところには「吐き捨て」とだけ書いてあり、ホーム画面は無機質で冷たさすら感じる。
だが投稿されている文字を見ると水上の口調そのままで書かれた言葉がひらがな多めでぽつぽつと並んでいて微笑ましくなる。しゃべったまま書くと変換できひんからめんどくてひらがなになるよな、わかるで。
興味のままホーム画面をスクロールしかけて、人のスマホを覗き見するという悪行に手を染めていることに唐突に気づき、生駒は持っていたスマホを取り落とした。慌てて拾い上げてボタンを押しロック画面に切り替えてから、そっと枕元に置く。そしてゆっくりと離れてから大きく深呼吸してばくばくと鳴る心臓を押さえながら、今見たものをどうするか生駒は必死に頭を巡らせた。
一晩考えた結果、生駒もそのSNSのアカウントを作って、フォローはせず水上のアカウントをこっそりと見守ることにした。もしも隊に対する不満が書かれていたらそこは隊長として改善しなければならない……というのはあまりにわざとらしい建前で、どうやったって好奇心は抑えられなかった、というのが本音だった。
水上のアカウント名をなんとか前半だけ綴りを覚えていたのは生駒のファインプレーだった。うろ覚えの綴りでアカウント検索して見つけることができたからだ。(あとでその綴りを調べたところブロッコリーの学名であることが判明し、そのユーモア精神がたまらなく愉快でまたひとつ水上を好きになった)
水上のこのアカウントはSNSというより一言日記のような感じで使われているらしい。古い順にソートすると一番初めの投稿に『思考と感情の言語化』と書かれていた。いの一番からして生駒の頭からは出てこないタイプの投稿だ。
学校で起こったこと、会話の断片、買い物の備忘録、そういったものが雑多に書かれている。その中には生駒が知っているものもあったし知らないものもあった。そして人の名前や固有名詞などはところどころぼかされていたが、水上を知る者なら何を指しているか簡単にわかるような書かれ方をしていた。
『また面倒ごと押し付けられた 学業成績がええのと真面目なのは全くの別モンやぞ』『コンちゃんとお互い大変やなって話した』
これは多分学校でまとめて扱われることがあるという鈴鳴の今との話。ボーダー学級委員みたいなことをさせられていると話していたことがある。
『真面目やって誤解されとるんやったら今後テスト全部半分白紙でだしたろっかな』『あのひとに褒めてもらえる機会自分から投げるのも嫌やな 我慢するか』
なかなかとんでもないことを書いている。水上がテストや通知表で優秀な成績をとると(毎回のことだが)生駒が褒めるから、そのことだろうか。
褒めてほしいからテスト頑張るとか可愛いとこあるやん。他にも可愛いとこいっぱいあるけど。
『扇子壊した 最悪』『別に高いモンちゃうけど』『嫌なことってかさなんねんな』『新しいの貰った ヤバい うれしい』『ガラがちょおダサいのがええねん』『お土産ひとつで簡単にご機嫌になる俺あまりにも単純すぎひんか』
これは水上が愛用してた扇子をうっかり壊してとてもへこんでたときの話。ちょうど生駒が嵐山達と京都旅行に行く前だったからお土産に扇子を渡したらとても喜んでくれたのを思い出した。今でも大事に使ってくれている。
でもダサいとか思ってたん? ちょっとショック。
『学ランの丈が足らんようになってる気いする』『つんつるてんで卒業式出るの嫌やな もーちょいもってくれ』
お前まだ背え伸びんの? ほんま羨ましい。
『まぐれあたりでスリーポイントシュートとか出るもんなんやな』
それ球技大会の話やろ! そのスーパープレイの話、お前の口から聞きたかったわ!
『冬の夜勤が一番好きかもしれへん 寒くないから』『冬は星がよお見える』
水上、冬はずっと換装してたい言うてるよな。俺も夜勤中に見る冬の星空好きやで。そんな話、前にしたっけ。
『夜中にラブレター書くなゆう意味が心の底からわかった 書いたのここでよかったわ 紙に残しとったら末代までの恥』
「えっ!?」
過去の投稿に心の中で相槌をうっていたところに爆弾発言が出てきて生駒は思わず驚きの声をあげる。この投稿の前後を見てもラブレターらしきものはない。夜中に投稿して、翌朝我に返って消したようだ。水上がラブレターを書くような相手がいたとは思ってもみなかった生駒は、だらだらと冷や汗をかく。口がからからに乾いて、ごくりと唾をのんだ。
相手が誰か、推測できそうな情報は今のところ見つからない。というよりは、動揺で目が滑ってこれ以上読めそうにない。生駒は諦めて続きは翌日以降に回すことにした。
『ポカリにウチの部屋うるさすぎんかって言われた 賑やかって言えアホ』
『静かなのも嫌いやないけど心の底では賑やかなのをもとめとるのかもしれへん』
『そーいや落語ヘビリピするようなったのこっち来てからやったわ 話し声が好きなんやな』
『あのひとに拾われてほんまよかった』
『戒め 夜勤明けにもラブレター書くなドアホ』
文字の山の中からまたラブレターというワードが出てきて、どきりとする。今回もまた書いた後に消したらしい。相手の手がかりらしきものは今回も見つからない。
それ以降の投稿は、いつも通りの投稿の中に時折『しんどい』『苦しい』という言葉が紛れだしている。そして、また何かを書いては消したと思しき自責の投稿。
『叶わんってわかっとるのに諦めれへんの脳みその深刻なバグでは?』
『シンプルにただ好きなだけでいられたらよかったほんま』
『捨てれるもんなら捨てたいわこんな感情 うまいこと記憶封印とかでどうにかならんか』
そんな思いつめたような投稿まで混じりだして、自分の恋心や水上の想い人のことよりも水上自身の精神状態が心配になる。そこまで悩んでいるのに微塵も気付かせない振る舞いができているのは流石自他ともに認める嘘つきだ。
しかし本人が隠しているとはいえ知ってしまったからには放ってはおけない。いつも通り作戦室で会いたまたま二人きりになったタイミングで、何か悩み事はないか、助けになれることはないかと聞いてみたが、最近少し寝つきが悪いくらいだとしか話してもらえず、逆に急にそんなことを訊いてきた生駒の方を心配されてしまった。別に、自分が喉乾いたから「喉乾かない?」って話しかけるみたいな迂遠な方法で心配してほしかったわけではない。
頼りにされなかったことに少し寂しさを覚えながらも、別になんもないならええねん、と話はそこで切り上げて、いつも通りの雑談をしながら帰路につき、玄関の前で「また明日」と言ってそれぞれの部屋に戻った。
さっさと風呂に入って寝支度でもしたほうがいいのは分かってはいるが、なんとなくスマホを見、すっかり慣れた手つきで水上のアカウントを見る。最後に見た時から投稿は増えていない。さっきまで一緒にいて喋っていたのに、何故か胸のあたりがすうすうとして物寂しい。もっと一緒にいたかった。というより。
「会いたい」
『会いたい』
生駒がぽろっと呟いた言葉と全く同じ言葉が画面に現れて、一瞬音声入力がオンになってしまったかと慌てる。しかし現れた言葉は水上の投稿だった。そこからぽつぽつと言葉が続く。
『たった今まで一緒におったのに会いたいって何? 欲深すぎる』
『恋ってこんなに強欲になるもんなん? アホやろ』
『好きな人に心配されて申し訳ないのにうれしいのほんまなんなんやろな』
『あかん ラブレターモード入った 明日消す』
立て続けの投稿に生駒は「あわわわ」と意味のない言葉をあげながらスマホを握りしめる。この投稿はつまり、たった今まで一緒に居た人物に恋をしていると示しているわけで、それは生駒以外にありえなかった。思い返せば、水上が何かを書いては消した痕跡があった日は一緒に任務をした後であることが多かったような気がする。もしかして、いや、もしかしなくても。
生駒は意を決して、握りしめたスマホから通話画面を呼び出した。
「――もしもし、水上? あのな、ずっと言いそびれてたことがあって、今から話に行きたいんやけど、会いにいってええ?」