さめしし。ワンドロのお題「同意」「噛む」で書きました。つきあってる二人で、珍しくししさんを怒らせたさめ先生と、結局優しいししさんのお話。同じお題で書いた詩(https://privatter.net/p/11254152)の、その後の場面になります。
@5_bluedaisy
「……すまなかった、獅子神」
いつになく神妙な顔で、村雨は謝った。確か、これで五回目だ。
コトを終え、村雨の行動に対する文句をひと通り述べてから、オレは一度も口をきいてない。当然シャワーは別々に浴びたし、明日の朝食のリクエストも未確認だ。村雨が風呂場にいる間に汚れた寝具を急いで取り替え、枕元の小さな明かりだけにして、先にベッドに潜り込んだところだった。
正直なところ、最初に感じた反射的な怒りはもう収まっていた。どのみち自分が許してしまうのも、わかっている。でも、我慢がならない点があったのだということは、ちゃんと示しておきたかった。
でないと村雨は、許されたと思って、すぐに同じコトを繰り返す。
「私が悪かった。ちゃんと謝りたいので、話をさせてもらえないだろうか」
低い声が、降ってくる。オレは掛け布団から顔だけ出して、村雨を見上げた。
髪を乾かし、いつものネイビーブルーのパジャマを着た村雨は、本当に困ったようにベッドの傍に立ちつくしている。別に風邪をひかせたりしたいワケではないので、オレは無言のままでぽふぽふと自分の隣を叩いてみせた。
「……ありがとう」
わずかに口元を持ち上げて、村雨が呟く。眼鏡を外してサイドテーブルに置き、オレの隣に入ってきた。
いつもなら、そのまま腕を回してくるところだ。が、流石に遠慮がちな指先が手の甲に触れただけだった。
オレは体の向きを変えて、細い体を抱きしめる。
ほぅっと温かい息が胸にかかり、こわばっていた肩の力が抜けるのがわかった。
「獅子神……」
「お前、案外ヘタだよな。謝るの」
「……そうかもしれない。すまない」
「もういいって。でも、次からは勝手にすんなよ。身構えてなかったから、わりと痛かったんだぞ」
村雨はしばらく考えを巡らせるようにじっとしていたが、やがて腕の中で顔を上げた。
「わかった。またこうしたくなった時は、何がなんでも、どんな策を講じてでも、あなたの同意を取りつけてからにすると約束する」
「いや、それはそれで怖ぇんだけど……」
思わずため息が洩れる。が、村雨は真剣な眼でオレを見ていた。
仕方がないので、これ以上のツッコミは諦めて頷いてみせる。どうせその時オレが絆されてしまえば、それまでのことなのだ。
「……ま、それでいーわ。ほら、もう寝るぞ。オメー明日も仕事だろ」
枕元の明かりを消そうと、手を伸ばす。
しかし村雨が、それを止めた。
「何だよ。まだ何かあったか?」
「逆に、尋ねたいのだが」
深紅の瞳が、じっとオレを見つめる。全く揺るがなくて、意図が読めない。
そしてオレが心の準備をする間もなく、村雨は質問を繰り出してきた。
「あなたは、私を噛みたいとは思わないのか?」
「は?」
一瞬、聞き間違えたのかと思った。何つうことを訊くんだ、コイツは。
「いや、ンなコト言われても……考えたことねえよ。オメーに痛い思いとか、させたくねえし」
「質問が極端すぎたのなら、もう少し一般化しよう。あなたは私に、あなたの痕を残したいとは思わないのか?」
「あー……」
さっきより、わずかに意気込んだ口調。少しだけ不満そうに、下向きに曲げられた唇の端。
これなら、オレにでも分かる。
「痕って、キスマークとかそういう事か」
「そうだな」
「お前、つけてほしいの? オレに?」
「そうだ」
村雨があまりにも堂々と言うので、オレは頭を抱えた。
「恥ずかしくないのかよ、オメー……」
「特にないな。あなたが頑張ってくれたと思うと、むしろ嬉しい。彼らに見せびらかしても良いくらいだ」
「オレは恥ずかしーから! それ、絶っ対にするなよ!」
「では、見せなければよいのか」
「……っ」
相変わらず深紅の双眸は、ひたりと上目遣いにオレを見つめている。村雨お得意のおねだりモードに入っていて、こうなると滅多なことでは引き下がらない。
オレが躊躇しているのを見て、村雨はさらに言い募ってきた。
「私もしてしまったことだし、痛くされたとしても気にはしない。噛むのでもキスマークでも、される側の私が同意しているのだから問題ないだろう?」
「する側のオレが同意してねーんだから、問題だろ⁉︎ 村雨、オメーそういうとこだぞ⁉︎」
つい、声が大きくなって。止まらなくなりそうで。
代わりに腕の中の村雨を、もう一度ぎゅっと抱きしめた。頭を胸に抱き込むようにして深紅の視線を逃れ、オレも瞼を閉じる。
村雨のことは大好きだし、望まれていることはしてやりたい。でも、時々わからなくなる。
コイツがあまりにも自信たっぷりだから、ついていけないオレが悪いんじゃないかと思ってしまって。
自分を見失いそうで、それでも好きで、わからなくなる。
「……獅子神、腕を」
とんとん、と胸を指先で叩かれた。
慌てて腕の力を緩めると、村雨が小さく息をつく。手が背中に回ってきて、包むようにオレを撫でた。
「謝罪に……なっていなかったな。すまなかった」
オレの胸に顔を押し当てたままで、村雨が言う。そのせいで声がこもっていたが、落ち込んでいる様子なのは伝わってきた。
「いや、オレも。大声出して、悪かった。こっち向いてくれよ、村雨」
ゆっくりと、村雨がオレの顔を見た。
白い頬を手で包んで、そっと語りかける。
「あのな、オメーのしてほしいことは、してやりたいんだよ。でも、オレはオメーほど器用に開き直れねぇんだ」
「……」
「だから、今回に限ったことじゃねーけど……少し、オレに時間をくれよ。オレが心を決めて、同意する時間をさ。そしたら、ちゃんと頑張れっから」
「…………なるほど」
村雨はひとしきりオレを見つめてから、こくりと頷いた。
「確かに私は、あなたのペースというものを蔑ろにしてしまっていたようだ。私も……あなたには、教えられてばかりだな」
目を細めて、ふわりと微笑む。
「では、楽しみにしていよう。あなたが同意して、事を起こしてくれるのを」
「……おう」
「それと、明日の朝はホットサンドが食べたい」
「えっ? は?」
「すまない……眠気が、もう……あいしてる……ししがみ……」
呆気にとられているオレをよそに、村雨が重たそうに瞼を閉じる。そのまま、すやすやと寝息をたて始めた。
どうやら、既にいろいろと限界だったらしい。きっと事が一段落するまではと思って、意地で起きていたんだろう。
「いや、そーゆーのは顔に出せよ……わかんねぇだろ……ていうか、寝落ちながらでも朝食のリクエストはするのな……? ったく、このお医者サマは……」
何とも平和な寝顔に向かって、ぶつぶつと文句を言ってみる。でも、いつの間にか頬が緩んで、笑ってしまっていた。
そんな妙に真面目なところも好きだから、怒れない。
やっぱり、大好きだ。
「おやすみ、村雨」
そっとやわらかい唇にキスをして、枕元の明かりを消す。村雨の腕が痺れてしまわないように位置を調節してから、この温もりに感謝して、目を閉じた。