カルみと(+刑事探索者たち)
シナリオネタバレあり(ぼいどのみ)
@popo_trpg_ss
時間遡行犯罪者を取り締まるために何度か過去へ移動を行なっている神無だが、公安局で創られたその時間の門は負担を伴うものだった。
なんでも、時を司るものの怒りを買わないように本来の通行料の3倍近いエネルギーを消費しているらしく、精神力の弱い人間が移動すると途中で力が足りなくなってしまうのだとか。
幸いなことに神無は移動に必要なエネルギーを持ち合わせていたが、到着直後はその負担で体調を崩すことが度々あった。
その日は特に不幸なことに都内で風邪が大流行していたため、体力の落ちた神無は予防が追いつかず高熱を出して寝込むことになってしまったのだ。
「ゔぅ〜……あたまいたいぃ……」
「うーん、まただいぶ上がってきたなぁ」
ベッドの上で苦しそうに唸る神無の額に体温計を当てていた聖は、その数値を確かめて苦々しい表情を浮かべる。
昨晩より上がっている熱を確認した帰代もまた、神無がほとんど食べることができなかったミルク粥を下げながら顔を歪めた。
「病院には行ったし、大人しくこっちの世界で療養した方がいいな」
「たしかに、今無理に元の世界に戻ったらきっと三十一ちゃんの体力がもたない」
元の世界に戻ればもっと発達した医療と安心した環境で療養ができるのだろうが、無理に帰して途中で神無が倒れてしまったら一大事だ。
頷く聖はそう言って枕元の薬袋を手に取る。
少しとはいえ粥を胃に入れたこのタイミングで食後の薬を飲ませなければならないと、彼はてきぱきと中から取り出した薬をサイドテーブルの上に並べた。種類の様々な粉薬を目にした神無はぱちぱちと目を瞬かせる。
「…こなぐすり……にがい……?」
「ん?あー……まぁ抗生物質はどうしても苦いかな、解熱剤は無味だけど」
「……おれ、にがいくすり…のめない…」
熱に浮かされながらもきっぱりとそう言った神無は、潤んだ瞳で聖を見上げてシーツを口元まで上げた。
それを見た聖は、ある程度の予想はしていたらしく眉を寄せて困ったように帰代に視線を向ける。
「そう思って錠剤探したんだけど、三十一ちゃんの立場上大っぴらな手続きができないんだよなぁ……」
「……神無、我慢しなさい」
「やだぁ…ちっさいころにそれ、げぼでたもん……ぜったいむりぃ……」
「あーよしよし三十一ちゃん、泣くと熱上がるから」
普段は心配になる程聞き分けの良い神無だが、熱によって心が弱っているらしい彼は大粒の涙を流していやいやと駄々をこね始めた。
興奮すると体に障ると宥める聖の一方、以前ディーノとの通信で神無の体調管理面の話を聞いたことのある帰代は、未来で製造されている薬は子供でも飲めるように甘い加工やシロップ化が進んでいるのだと聞いたことを思い出す。
「そんなことだろうと思って買ってきて良かった……」
呟いた帰代は買い物袋の奥を探ると、中から小さなゼリー飲料を取り出した。つられてパッケージをまじまじと眺めた聖の口から思わず乾いた笑いが漏れる。
「…変ちゃん、これはさすがに……」
「こうするしかないだろ」
それは薬の苦手な子供のために薬をコーティングして飲み込むという服薬ゼリーだった。
22歳男性を捕まえて幼児向けのゼリーを飲ませることはなかなかの尊厳破壊ではないかと半笑いの聖だが、帰代は薬を飲んでくれるならなんでもいいと支度を始める。
「神無、このゼリーに薬を包むからそれで飲め」
「ん……ちょこのあじがする…」
「そうだ。甘いからこれで飲めるな?」
「……うん…のむ……」
「よし良い子だ、頑張ったらご褒美にアイス出してやるから」
扱いが幼児のそれなんだよなぁ、という言葉を飲み込んだ聖が様子を見守っていれば、神無に試食を済ませた帰代は手早くゼリーの上に粉薬を乗せると包み込むようにスプーンで掬った。
支えられて体を起こした神無は、甘いゼリーにつられて大人しく口を開ける。
「げほ…っげほ、ぅ…ぇ……」
ところがスプーンを口に入れた瞬間、反射的にゼリーを堪能しようと噛んでしまった神無は顔を歪めて薬を吐き戻してしまった。
「なんで噛んだ?!」
「あらあら、洗面器洗面器」
「ゔー……ぜりーまでにがくなったぁ……」
口の中に薬が広がってびえびえと泣き出す神無の口をすすがせた聖は、ゼリーの分だけ飲み込む量が増えて今の神無には負担なのだろうと肩を竦める。
考えていた手段が失敗した帰代はがしがしと頭を掻くと、深くため息を吐いて鞄の中を弄った。
「……かくなる上はこれしかないな…」
そうして彼が取り出したのは病院に頼んで念のため譲ってもらった座薬だ。
薬袋を目にした聖は、そういえば神無の診察を終えた後、やけに帰代は薬局から戻るのが遅かったなと納得の声を上げる。
「確かに座薬なら苦い薬とか関係ないか」
「ただこれは…神無の尊厳を破壊するんじゃないかと避けてた最終手段だが……」
「おくすり飲めたね使った時点でもうズタズタだよ」
「………せんぱい、ざやくってなに?」
首を傾げる神無が不安げに聖の袖を引いた。
おそらく神無の生きる時代では、もうほとんど使われていない薬なのだろう。
頷いた聖は、神無の頭をあやすように撫でてやりながら努めて穏やかに声を掛けた。
「座薬っていうのはね、お尻の穴から入れるお薬だよ」
「えっ」
「お前……」
その声色は穏やかだが、説明内容はあまりにも端的だった。隣の帰代が呆れたように声を上げ、ベッドの上の神無がぱちくりと目を瞬く。
言葉の意味が理解できなかった神無はおそるおそる伺うように帰代を見上げた。嘘だと言ってくれと訴える潤んだ瞳に罪悪感は募ったが、彼は目を伏せて首を横に振る。
その仕草だけで聖の言葉が冗談ではないと察した神無は息を呑むと、ベッドから飛び起きて端まで這って逃げだした。
「やだ!ぜったいにやだぁ!!」
「まぁまぁ三十一ちゃん、でもこれって案外合理的なのよ?粘膜からの方が薬って良く効くし。そうでしょ、変ちゃん?」
「……どういう意図で俺に話を振ったのか次第ではお前の命は無いものとする」
「あはははは」
「いいかたもやだぁ…ひ、いやぁっ!」
額に青筋を浮かべて手を鳴らす帰代からすっと目を逸らして誤魔化し笑いを漏らした聖は、神無の逃げる足を掴むとベッドに押し倒す。
「ほーら、諦めて大人しく俺に尻を向けなさーい」
「やだっ!やだやだぁ!!はなしてひじりせんぱ、ぅひゃあっ?!」
寝間着のズボンを剥かれた神無は悲鳴を上げると、手足をじたばたと動かして全力で聖に抵抗した。
高熱があるのに、やはり若さだろうかと呑気に感心した聖はほうと声を上げると一歩離れた場所で見守っていた帰代を呼ぶ。
「元気だねー。変ちゃん、ちょっとこの子の腕掴んで」
「はぁ……許せ神無、お前のためだ」
「や、っきじろせんぱい?!なんで…っやだよぉ!!」
暴れる神無の腕を帰代が拘束すれば、泣きべそをかいた彼は味方がいないこの状況に耐えきれず、パニックを起こしてここには居ない恋人の名前を叫び始めてしまった。
「だらだらせんぱいたすけてぇ!せんぱい、せんぱい…!やだぁっ!!」
「なんか強姦してる気分になるなぁ」
「お前が言うと洒落にならんから黙ってろ」
「俺だって合意じゃなきゃヤんないって。はーい三十一ちゃん、お尻にお注射むちゅー」
「ぅ、あぁッ…うぇえ…ん……」
押さえ込まれて座薬を入れられた神無は、暴れて熱が上がったことも相まって声を上げて泣きながらベッドに倒れ込むのだった。
「……ん、神無ちゃんから?」
事務仕事に追われていた縞斑はふと、通信端末に神無から秘密通信が届いていることに気がついた。
彼は現在、過去の世界に出張しているはずだ。互いの時間軸が違う状態での通信はリスクを伴うため、よほどの緊急時でない限り連絡は取らない約束である。
何かあったのだろうかと縞斑が慌てて通話を開けば、スピーカー越しに聞こえたのは小さく鼻を啜る神無のか細い声だった。
『ぁ……せんぱい…?』
「神無ちゃん…?どうしたの、一体なにが」
嫌な予感を覚えてじっとりと背中に冷や汗をかいた縞斑が事情を尋ねようとすると、恋人の声を聞いて安堵した神無は緩む涙腺をそのままに口を開く。
『ご…めん、せんぱい、ごめん…っおれ、せんぱいいがいの、いれちゃって、』
「俺以外……?」
『おしりきもちわるい……もうやだぁ…せんぱいごめん、ごめんなさいぃ……』
「……神無ちゃん落ち着いて。最初からゆっくり話してくれる?」
混乱した神無の説明は要領を得ず、縞斑は慎重に話を聞き出そうと言葉を選んで話しかけた。 神無はその言葉を聞いても落ち着く様子がなく、すんすんと啜り泣く声が聞こえるだけの通話に縞斑は焦りを覚える。
「神無ちゃん、ひとまず今すぐこっちに帰って……」
『あ!?何してんだ神無!!』
ひとまず顔を合わせて話を聞いた方が良いだろうと縞斑が帰還を提案したとき、通話越しに扉の開く音が聞こえると同時に流石鈴風の声が聞こえた。
ぱたぱたと足音が響いて神無の声が遠ざかり、代わりに通信端末を取り上げたらしい流石の声が縞斑の耳に届く。
『大人しくしてろって!スマホ没収!!』
『さすがせんぱいかえしてよぉ…!おれ、せんぱいにあやまんなきゃ』
『ちょっと聖に尻触られたくらいでピーピー泣くなつってんだろ!!』
「え?」
流石の言葉は縞斑に向けたものではなかったが、彼の大声が幸いして鮮明に聞き取ることが出来た言葉に縞斑は絶句する。
立ち尽くす縞斑の耳から神無と流石の声が遠ざかり、代わりに共に居たらしいアキラの声が縞斑に向けて届いた。
『ハロー狩魔、悪いな。ちょっと三十一のやつ混乱しててさ』
「……一体何が起こって、」
『わぁああ!アキラ!!神無が吐いた!!』
『へ?!うわーっ!!鈴風!タオルタオル!!』
『まだ無理すんなって言っただろバ神無!!!』
ばたばたとスピーカー越しの声は騒がしくなり、その拍子に指先が切断に触れてしまったらしく会話は強制終了となった。
沈黙する通信端末を耳に押し当てたまま、縞斑はその場に立ち尽くして思考を巡らせる。
縞斑以外のものを入れた。
尻が気持ち悪い。
聖に尻を触られた。
それらが導き出す答えは、つまり。
「…………は?」
低く唸った縞斑の手の中で、みしりと力を込められた通信端末が大きく軋んだ。
翌朝。緊急事態だと相棒のアサギリを説得した縞斑は、積まれた仕事を全て蹴飛ばしてドロ課に駆け込み過去へと移動した。
連絡もそこそこに神無が寝泊まりをしている刑事宿舎に駆け込めば、マスクをつけた潔高廉士が驚いた顔で出迎える。
「……座薬?」
彼らの案内で神無の部屋まで案内された縞斑は、その道中に抱いた違和感とベッドに寝込む神無の姿を見て、ようやく合点がいって額を押さえたのだった。
「あー……悪いね縞斑先輩、うちの子たちが紛らわしいことしちゃったみたいで…」
「……紛らわしいという点においてはお前の人となりも相まってるだろ、絶対」
「えぇー?俺今回はあくまでも医療行為で神無ちゃんのお尻触ったんだけど……いでっ」
再びあらぬ誤解を招きかねない発言をこぼす聖の頭を叩いて黙らせた帰代は、後日報告するつもりでいた神無の細かい体調変化についてを縞斑に共有する。
症状を見て改めてただの風邪だと納得した縞斑は、脱力感に項垂れると額を押さえて深いため息をついた。
「事情を説明してくれたら薬だけそっちに届けたのに……」
「でもほら、処方箋は4日以内有効だから」
「お前はなんでそこだけ律儀なんだ……?」
医療知識があるが故のこだわりを見せる聖に、思わず帰代も頭を抱えて唸る。
ベッドの端に腰掛けた縞斑は、熱が下がった様子ですやすやと穏やかに眠る神無の頭を撫でた。
「……ご迷惑をお掛けしました…回復したら連れて帰ってちゃんと叱っとくから」
「まぁ…その、今回ばかりはなんというか、お前も苦労してるんだな」
勘違いとはいえ神無の言葉を聞いて仕事を投げ出してまでここへやってきた縞斑の心中を思うと、流石の帰代も毛嫌いしている縞斑相手だが優しく接してやりたいと同情を抱いてしまう。
言葉を発さなくとも部屋の前からこちらを見守る他の刑事たちの寄せる眼差しにも同情の色が見て取れて居た堪れなくなった縞斑は、何も知らずに眠る神無の頬を指で突くのだった。
元を辿れば真っ先に紛らわしい発言をした彼には、あとできつく言っておかなければならない。
終