さめしし。つきあっている二人で、ポッキー&プリッツの日のお話です。
かまってほしい気分のししさんが、ちょっと頑張ってみました。
@5_bluedaisy
細い指が、細い菓子の先端を摘まむ。ピンクのチョコに包まれた反対側の端っこを、形の良い唇がぱくりと咥えた。
視線は手元の論文に向けたままで、村雨は先ほどから同じ動作を繰り返している。切子の細長いグラスにざっと立てて置いてある、一箱分のポッキー。噛み砕いて飲み込むたびに、実に的確に手を伸ばして次の一本を掴む。そして、いちご味のチョコの側が唇に挟まれると、さくさくと口の中へ消えていった。
もちろん、視界の端で一瞬捉えるなり何なりはしているのだろう。それにしても、動作に全く躊躇やズレがないのは大したものだった。
ふと見れば、一緒に置いておいたコーヒーのカップはもう空になっている。オレは村雨がポッキーを飲み込むタイミングを見計らって、声をかけた。
「お前、それまだ続く? コーヒーの二杯目、要るか?」
「あぁ」
「カフェオレにする?」
「いや、ブラックで頼む」
相変わらず眼は文字を追っていて、手は自動的にポッキーを摘まんでいったが、村雨はちゃんと返事をした。一応、聞いてはいるらしい。
「りょーかい」
オレは自分のノートパソコンを閉じて、立ち上がった。キッチンで湯を沸かし、ドリップの準備をしながら村雨を眺める。
こうして集中している村雨の姿を見るのは、どちらかといえば好きだ。あの凄ぇ頭脳を全開にして、目の前の為すべきこと、自分の思考の中だけに没入している。きっと一人で居る時には普通にそうしているんだろうし、ある意味無防備なその姿をオレの前で見せてくれるのは、気を許してくれている証拠だと思えた。
ただ、今日は。もう少し構ってほしい気分だった。
オレにだって、そういう時もある。
ヤカンが蒸気の音を鳴らし始めたので、オレは火を止めた。いつもの手順通りにコーヒーを淹れ、カップを持ってキッチンを出る。
ソファーで論文に取り組む村雨の隣に立ち、口の中に消えていくポッキーを見つめた。村雨は本当に綺麗に動作を反復するから、よく見ていれば難しくないはずだ。
こくりと喉が動いて、ポッキーを飲み込む。
左手が動き、細い指が切子のグラスへ向かう。
——今だ。
オレは上体を屈め、ローテーブルにそっとコーヒーを置いた。その間に村雨の指はポッキーを摘まみ、口元へ運ぶ。
いちご味のチョコがかかった先端を村雨が唇に咥えたのと同時に、オレはごく自然な、ジャストなタイミングで、少し強めに声をかけた。
「村雨っ」
「……ん?」
案の定、村雨は反応した。咥えたポッキーをそのままに、顔を上げて間近でオレを見る。
オレは大きく口を開けて、素早くそのポッキーの大半を一気に齧り取った。
「……⁉」
ぱっと甘い味が広がった。いちごの香料の華やかな匂いが、一気に鼻腔に上がってくる。ざくりと奥歯で噛みしめたプレッツェルからは、これまた香ばしい味が湧き出てきて、いちごチョコの甘さと溶け合って喉から脳に広がっていった。
久しぶりに食ったせいなのか。すごく美味いと思った。
それとも、村雨から奪ったからなのか。
「……」
少しだけ残った先端のピンクの部分を咥えたまま、村雨は半ば呆然としているように見えた。眼鏡の奥で、美しい深紅の瞳がオレの姿を映している。
「……へへっ。どーよ?」
思ったとおりに不意をつけたのが嬉しくて、どうしても口元が弛んでしまう。声をかけると、ぴくりと村雨の瞼が震えた。
「油断大敵、ってな? オレだって、たまには……」
「……続きはどうした」
ぞくっとするほど低い声で、村雨がオレを遮った。
「え……」
「続きはどうした、と訊いている」
ぎらりと光る眼でオレを見据え、不気味な気迫を漂わせて、村雨がじりじりと顔を近づけてくる。思わず後ずさろうとしたら、ぐいと腕を掴まれてソファーに深く腰掛けさせられた。
「つ、続きって」
「あなたの振舞いで思い出したが、確かそのような戯れのゲームがあったな? 二人で両側から食べていって、キスしたら勝ちになるのだったか」
「微妙に違わねぇかそれ⁉」
確か、ポッキーを途中で折ったり口から離したりしたら負け、だったはずだ。結果としてキスするはめになるのを楽しむゲームではあるだろうが、それが勝ちの要件じゃない。
最も今そんなことを言ったって、完全に目が据わってるコイツの耳に入るとは思えない。両手でオレの肩を押さえつけ、間近で眼を覗き込み、唇の端に器用にポッキーの残りを咥えたままで、村雨は実に楽しそうに言葉を紡いでいた。
「仕掛けた悪戯は、完遂するのが筋というものだろう。さあ、この残りもあなたの唇で奪って、私に堂々とキスするといい」
「いや、別にそーいうつもりじゃ……ただちょーっと驚いたりしねぇかな、って……」
「私を驚かせて、タダで済むと思ったか?」
「う……」
まあ、済まないだろう。でもオレとしては村雨にこっちを向いてほしかったのだから、つまり目的は達したワケで。
思ったよりデカい反応が返ってきて、びっくりしたけれど。
後は、甘んじて受け入れれば。
「……村雨」
できるだけ期待が滲む声になるようにして、囁いた。オレの気配が変わったのを悟って、村雨の力が緩む。
片手で白い頬を包んで、引き寄せる。いちごチョコを纏う残りの欠片を奪いながら、やわらかい唇にキスをした。
「……これで、オレの勝ちな?」
唇を触れ合わせたままで言ってやると、村雨は可笑しそうに目を細めた。
「何を言う。続きはこれからだぞ」
「お前、勉強の途中じゃねーの? 大丈夫か?」
「論文は後からでも何とかなるが、あなたからの誘いは今だけかもしれない。逃すわけにはいかない」
村雨が真面目に主張するので、オレは苦笑した。
「別に、ンなことねーけどなぁ……」
おまえがオレに、教えてくれたから。
愛されて、安心してしまえること。
一緒に気持ち良くなって、甘えてもいいんだってこと。
だから、これからは。もっとこうしていけたらいいと思う。
オレからも甘えて、我儘も言えたらいいなと思う。
「……来いよ、村雨」
軽く袖を引いて、視線を合わせる。そのまま体を横にずらすと、村雨がぐっと体重をかけてオレを押し倒してきた。
ソファーに仰向けになりながら、細い体を抱きしめる。
いちごの香りが残る甘い唇を重ねて、深く舌を絡ませ合って溶けた。