みずいこお題部第二十三回より「嘘つきました」【好きな色】関西弁非ネイティブのため口調は勘頼り
@a_yuuzora
昔テレビ放映されていた映画の一場面に、魔法使いの主人公とその友達が巨大なチェス盤を使って自分もその駒のひとつになってチェスをする、というシーンがあった。既に将棋に興味を持っていた幼い頃の水上は、それを見て「俺もやりたい!」と目をきらきらさせた。だが映画はフィクション、現実ではないということも理解していた。だからあくまでやりたいけども無理だということもわかっていること、であった。
あれから十年近く経って、当時の自分から見たら魔法のような未知の技術を使って、自分も駒の一つとなった盤上遊戯をやることになるなんて思いもしなかった。
駒は一チームあたり3人前後、同じ役職の駒でも駒ごとの性能はバラバラで、盤上にいても見えない駒・天から見ても見えない駒がある。なにより、この盤上遊戯は将棋やチェスのように一対一ではない、三つ巴・四つ巴なのが厄介だ。
ログを見ながら頭の中でぱちりぱちりと駒が動く。白兵戦の最前線になっているところ、ぽっかりと空間が空いている所、狙撃手に睨まれているところ、銃手が隙を埋めるようにフォローしているところ。こちらが持っている情報・持っていない情報、敵方がに知られていること・知られていないこと。
複雑に絡み合い刻々と戦況が変わるこのゲームは面白いが難しい。難しくて頭が煮える。ままならない。
生駒に誘われて隊を組んで、仲良しこよしのグループ行動なんて趣味じゃないと思っていたのに想定よりずっと楽しく過ごさせてもらって、隊長でもないのに指揮を任せてもらって。たくさんのものをもらっている、信頼もしてもらっている。もらってばかりいるのは心苦しくて、何か返したい貢献したいと思っているのに、上位の壁は厚かった。
毎度裏をかかれているというか、どうにも思考を読まれていると感じる。一対一ならこちらも思考を読み返せばいいが、相手は複数だ。裏の裏を考えている間に表から真っ直ぐ指してくる駒に虚を突かれることもある。ログを観漁ってそれぞれの隊のクセを掴んではきたが、もしこう動いていればどうなったか、ということを考えてもやっぱり先読みされているような気がしてくる。
ふーっと大きく息を吐いてタブレットから目を離す。集中し狭窄していた視界が広くなり、その端に人影が映る。緩慢にそちらに視線をやると、水上が座っていた場所から拳三つ分ほど離れた場所から生駒がじっとこちらを見つめていて、水上は思わずびくっと肩を跳ねさせた。
「随分集中しとったな」
「あ、ハイ……なんか俺に用事でした?」
「用事言うほどのもんやないけど、ちょぉ心配になってな。最近お前がなんやずっと険しい顔しとるっちゅーか悩んどるように見えたから。無理とかしてへん?」
「別に、してないっすよ」
「ほんまに?」
じっと深い翠色に見つめられて水上は僅かにたじろぐ。生駒のことは気に入っているが、この翠は少し苦手だ。隠していることも見透かされそうな気がして。
「イコさんにわざわざ相談するようなことなんて特には」
「ちょっとならあるってことやんか。ちょっとのことも相談できんくらい俺は頼りないか?」
「そういうことやないです! あー……これは俺の役割の問題なんで、俺が解決せなあかんのですよ」
「それって作戦立案とかの話?」
「……ええ、まあ」
「俺そういうの全然わからんからお前に丸投げしてもーたけど、負担が重いってこと?」
気づかわしげな声音に、水上の血の気が引く。
「ちゃいます!! いや、あの……最近勝ててへんでしょ。せっかく隊の指揮っちゅう大役任してもろてるのに、勝てるように指揮できてへんのは俺の責任やし、役割果たせてないってことやないですか。多少頭が回るくらいしか取り柄ないのに、役割も果たせんじゃ俺がここにいる意味ないでしょ」
言ってからすぐに水上は失言を悟った。この言い方はあまりにも「そんなことないよ」待ちの自虐だ。みっともない。だが心のどこかで思っていたことでもある。なんと取り繕おうかと慌てていると、生駒はいささか拗ねたように下唇を突き出してむっとした顔をしていて、水上は少し驚く。
「もしかして、お前が戦術わかるから誘ったって思っとる?」
「え、だってそうでしょ」
「ちゃうわ! 水上がそういうの得意だって分かったの誘った後や!」
「そうなんすか」
「前々から頭ええなとは思っとったよ? でもお前を誘った一番の理由は『一緒におったらおもろそう』やからな」
「おもろそう……」
「やっぱ地元とこっちじゃノリが違うとこあるやん? 俺がボケてもふふって笑って流されたりして『え、今スベった?』ってなること多くてな。そこで一番最初にスパンときれいな返ししてくれたのが水上や。もぉ、あの瞬間コイツ手放したらあかん、ツッコミ不足で死んでまう! って思ってん」
「ツッコミ要因で呼ばれたんすか俺は」
「大事やろ」
「大事ですけど」
そこは二人の共通認識としてきちんとある。
「そもそもな、負けたら水上の責任っちゅうのもちゃうやん。隊長は俺なんやから、指揮を任せた俺の責任やねん。責任感強いのはお前のええとこやけど、背負わんでええもんまで背負うなや。一人で戦っとる訳やないんやから、ちゃんと俺にも分けてくれ! この子はほんまにもぉ~!」
生駒はぐっと距離を詰めて、水上の頭をわしゃわしゃと遠慮なく撫でる。飼い犬でも撫でてるようなやや乱暴な手つきに驚くが、何故か嫌ではない。一人じゃないという言葉がじわりと染み、肩からするりと力が抜けて、ふっと楽になる。将棋は常に孤独な闘いだったが、今はそうではないことをすっかり失念していた。
そしてしばらくされるがままに撫でられて、水上は生駒の肩にこつんと頭を預けた。
「イコさん」
「ん? どうした?」
「俺、嘘つきました。知らんうちに、無理してたみたいです」
「やっぱり。お前が楽になるために、俺は何したらええ?」
「攻撃の手数が欲しいです。具体的には、攻撃手をもう一人。あと、イコさんの発想も」
「発想?」
「俺一人で作戦考えるとどうしても思考のクセが出て読まれやすくなってる気ぃしまして。そこにイコさんの発想とか直感とか入れたら、だいぶ目くらましになるんやないかなって、今思いました」
「俺に戦術理解しろとか、そういう話では――」
「ないです」
「そか、ほんなら任された。攻撃手のこともな。俺は水上がいてくれて毎日ほんまに楽しいから、お前も楽しいって思える範囲でがんばりや」
翠の瞳がゆるくやわらかな笑みの形をつくる。瞬間、水上の胸の中で何かがことんと動いた。苦手だと思っていた色が「好き」に変わる音。大きな感情が動くはじまりの音。そのことは彼自身すら未だ知らないことではあるのだけど。