みずいこお題部第二十四回より「また明日な」『卒業』【その日の空の色】
関西弁非ネイティブのため口調は勘頼り
@a_yuuzora
流石にまだ桜は咲かんな、と水上はもう何度見上げたか分からない空を見る。張り巡らされた細い枝に蕾はついているが上空を覆うような花になるまではまだ遠く枝越しに透ける空が寒々しい。三月の頭などそういうものだが。
『せっかくやし一緒に帰ろ』『校門集合でええ?』『すまん遅くなる』
これも何度見返したかわからないメッセージアプリの画面。
先に帰っていいとは言われていないから待ち続けているが、そろそろ待ちくたびれた。暇つぶし用に持ってきた本も読み終わってしまったし、スマホの充電も心許ない。今日は卒業式。在校生も半日で帰れると思ってモバイルバッテリーも持ってこなかった。
読み終わった本をもう一度頭から読み返そうかと思って鞄の中を探っていると、ようやく待ち人たる生駒がやってきた。
「ほんっっっまごめん! めっちゃ待たせてもーたよな」
「まあ、そっすね。遅れるって連絡あったんで別にええですけど」
「そこは流石にな? ほんじゃ早よ帰ろっか」
生駒が大遅刻したせいで、卒業生も在校生もほとんど下校を終えた時刻になっている。放棄地帯の中心にある本部に近づくにつれて徐々に人気がなくなっていく昼下がりの道を、二人はのんびりと歩く。
「そんで、大遅刻の理由ってなんだったんです?」
「なんや嵐山への告白行列が急遽できてもーてな」
「告白行列……」
なんとも聞きなじみのない単語に水上は思わず復唱する。
「ほら、やっぱ卒業式って告白のチャンスやん? このタイミングで告ろって思った女の子たちがたくさん嵐山んとこに詰めかけてな、人だかりみたいになってもーたから『一人ひとり順番な』って並ばせたら人目引いたみたいで『卒業して会えなくなるまえに嵐山くんとお話したい!』みたいな子ぉまで集まってきて、なりゆきで列整理とか剥がしとかやっててん」
「ちょっと! 俺が待ちぼうけしてる間にそんなおもろそうなことやってたんすか! 呼んでくれたら手伝ったのに」
「あー後輩呼ぶって発想なかったわ……俺らが列作らせてもーたから俺らでどうにかせなあかん思って。あんな、アイドルの握手会みたいになるとも思わんかったしな。嵐山、ファンサの鬼やで」
「うわー、めっちゃ見たかったわぁ……俺らんときはそんなん到底見れそうにないし。いや、六頴館行けばワンチャンあるか」
水上と同世代だと、犬飼が嵐山に次ぐくらいのモテ男である。
「どうやろなあ。嵐山多忙でなかなか学校にもこれへんレアキャラってのもあったかもしれん」
「なるほど」
「握手会になってんのはなんかおかしいな思ったけど、卒業式の日に好きな子に告白って、やっぱ青春やなーって見ててときめいたわ」
「青春ねえ……」
「水上はそういうのあんま憧れん感じ?」
「憧れんっちゅーか、卒業式の日に告白なんぞしても意味ないやろって思いますね」
「ええっ!?」
「そんな驚きます? いや、だって、卒業式って別れの日ですよ? そんな日に好きですって伝えたところで関係が続かんでしょ。これから新生活が始まって自分事で手一杯ってときに、新しくできた恋人のことなんて構ってる暇なくて疎遠になる未来しか見えなくないです? 恋人になる目的がなくてただ伝えたいだけ駄目で元々、って魂胆なら完全に自己満足で相手にゴメンって言わせる負担かけるだけやしなあ」
「そ、そんなこと考えたこともなかったわ……漫画とか映画の一場面みたいやなとしか」
「ワンシーンだけ切り取ればそりゃあエモーショナルでしょうけど、人生はその後も続いていくわけですし。そもそも卒業式なんてタイミングでせんでも、もっと前から告白しとけば、もしかしたら在学中に気軽に放課後デートとかだってできる目もあったやないですか」
「放課後デート! うわあ、ええなあ、めっちゃ青春やん! 俺もしてみたかったわぁ、今更高校生活でやり残したことができてもーた」
「イコさんイコさん、言っときますけどデートっちゅーのはお相手がおらんとできんのですよ。カノジョもおらんのにやり残した言うてもしゃーないでしょ」
「おう、ウン、わかっとるわそんなん……寂しいこと言わんとって」
「それはすいません」
「でもやっぱ、水上は先の先とか今できることとか色んな可能性考えとるんやなあ、俺はその場でええなって感じたもんに流されてまうから」
「日常のいろんなことに感動できるのは、俺には無い、イコさんのええとこやないですか」
「ほんま? 嬉しいわ。でも俺、シチュエーションのエモに乗っかってお前をがっかりさせてまうかもしれんこと今から言うんやけど」
「がっかり?」
「今日一緒に帰ろって誘ったの、告白するつもりやったから、って言うたら幻滅する?」
「告……? え、誰が」
「俺が」
「誰に」
「水上に」
「イコさんが、俺に……?」
ぱた、と水上が歩みを止める。数歩先でそれに気付いた生駒が振り向くと、水上が見たこともないようなぽかんとした顔で立ち尽くしていて思わず笑った。隠していたことを思いきって口に出してしまってどこかすっきりした気持ちで、困惑している水上を見る。
こういうの、青天の霹靂って言うんやろなあ。
幸い三門の空は気持ちのいい晴天で雨の一粒も降る気配はないが、水上の頭の中では衝撃で雷鳴が轟いているのかもしれない。
二人の間でしばし無言の時間が流れたあと、大混乱をどうにかいなした水上が喋り始めた。
「え、だって、イコさん女の子好きや言うてたやないですか」
「言うてたな。でも俺ん中では、女の子好きやな可愛いなって思う気持ちと、水上好きやなずっと一緒にいてくれへんかな恋人になりたいなって思う気持ちって、なんも矛盾してへんねん」
「こッ……い、びと、に、なりたいん、ですか」
「そりゃあもちろん。お前が無理ってんならすっぱり引き下がるけどな」
「そ、すか……いやほんまに予想外すぎてなんの覚悟もしてへんかった。だって、卒業式の日に告白なんてシチュエーション、普通在校生から卒業生にするもんでしょ」
「……! 確かに!」
「いや気付かんで言うてたんかい。――だから、イコさんが可愛い女の子に告られてお付き合いするようになるかも、くらいのことは覚悟しとったんですよ。そんでそれをみんなでお祝いして、彼女さんと二人でおるとこを多くで見ながら俺はゆっくりこの恋を諦めるつもりでおったんですよ」
「え!! それって」
ぱっと目を輝かせる生駒に、みなまで言うなと水上が視線で制し、ぐっと唇を引き結んでからためらいがちに口を開く。
「俺も、イコさんのことが、好きです。でも恋人になるとかそういう心積もり全くしとらんくて、ちょっと待ってもらっていいっすか」
「待つって何を!? 俺はお前が好きで、お前も俺が好きで、お付き合いしましょう、ハッピーエンド! でええやろ」
生駒は数歩空いてた距離を一息に詰めて水上の両手をぎゅっと掴んだ。本人は手を握ったつもりでいるが、身動きがとれないようなその掴み方は、水上の手首を生駒の手で手錠している形に近い。
「ちょ、ちょ、待ってくださいよほんま、近い近い、めっちゃグイグイくる……すっぱり引き下がるとか言ってた殊勝なお口はどこいったんすか」
「それは勝率ゼロのときの話やんか。勝ち目があるなら俺はガンガンいくで!! 俺に何も言わんと諦める気ぃでおったお前に一人で考える時間やったら、どんな後ろ向きなこと考えだすか分かったもんやないわ」
「思った以上に勘が鋭い。――イコさんは引き下がるつもりも諦めるつもりもないんですね」
「お前が『好き』って言うたの、ちゃあんとこの耳で聞いたからな!」
「あー……ほんなら俺も腹括ります。俺を、イコさんの恋人にしてください」
「うん、これからよろしくな。ほんま嬉しい」
生駒は拘束していた水上の手を片方解放し、もう片方で手を繋いだまま歩き始め、水上はそれに歩調を合わせて追う。
「うーん、なんや安心したら腹減ってきたわ」
「そういえば嵐山さんらと卒業祝いパーティする言うてませんでした?」
「それは夕方からやな。今ここで水上にフラれとったら卒業祝い兼失恋ドンマイパーティになるとこやったわ」
「今日のこと同いの人らに共有しとったんです? 知らんとこで勝手に槍玉にあげるのやめてくださいよ」
「結果的にそうならなかったんやからええやん。それともお前も来てお付き合いおめでとうパーティにする?」
「それ俺どんな顔で行ったらええんですか。行きませんよ、結構です」
「そう? 一応成功報告だけしとこかな。――あ」
「どうしました?」
「全然スマホ見とらんかったから気づかんかった、荷物置いたら六頴館集合して弓場ちゃんと写真撮ろって連絡来とったわ」
「方向全然ちゃうやないですか、もう本部すぐそこですよ」
「うん、結構待たせてもーてるかも」
「ほな俺がイコさんの荷物作戦室に置いときますよ。卒業証書と財布とスマホだけ持ってったらええんちゃいます」
「任せてええ? ほんまありがと」
繋いでいた手を解いて鞄を預け、なんとなしに見つめ合う。さっきまで話していたのに、手も繋いでいたのに、どうにも離れがたい。人を待たせているのにもう少しここに居たくて動けない。
生駒の逡巡を悟ったのか、水上はふっと微笑んで生駒の背中を押す。
「イコさん、それじゃ、また明日」
「……! せやな、また明日! いや夜に多分また連絡するわ」
「それはどっちでもいいですから、ほら早よ行かな」
「ん、行ってくるわ」
駆け出す生駒の背中を水上は見送る。その足元に、春を告げる早咲きの桜の花びらがひとひら舞い落ちた。