続きもので書いている、人魚姫ドラヒナのお話です。
このお話(最後の最後まで https://privatter.net/p/11131748)で、ロナルド王子夫妻と別れてから、そのまま続いています。老獪な魔女を出し抜いて、契約に持ち込む為に、魔女の過去を調べる事にしたヒナイチ姫のお話。
魔女の手記は、露骨にバイオハザードや、サネトモワークス様の12扉の影響を受けております。
息子を案じる、『超深海層の魔女』…ミラさんのモノローグを追加しました。
2024/02/28に上げました。
@kw42431393
ロナルド王子達と別れて、私は底へ底へと潜る。
水深400m以上の岩場へ、ドラルクの元々の本宅があった所へ。
最近は、置いてきた薬剤や書籍を取りに戻る以外は使わない為、常に鍵がかかっている。けれども…そっと手を翳す。
カチリ…
ドラルクの教えを受けた私の魔力は、ここの主とよく似ているらしい。玄関の扉は、静かに私を迎え入れてくれた。
何も考えずに、何も疑わずに、ウキウキしながら通ったこの場所は、今は荒れ果てた廃墟みたいだった。
それだけ、別宅で過ごした日々が楽しかったんだ。
ここはドラルクと私とジョンだけの空間で、たまに眠っている間に、魔女の客が来ていたぐらいだった。
今思うと…確かにこの環境が負担だったのもあるが、いつも眠る前、あいつの赤い瞳が光っていた。ドラルクは、私に魔女らしい姿を見せるのを嫌う。
私が客と鉢合わせするのを、交渉している裏の顔を見られるのを避ける為に、眠らせていたんだと思う。
今の私もその魔法が使えるから、よく分かるんだ。
私も魔女らしい姿を、サンズとロナルド王子に見せたくない…そう思っているのだから。
『魔女!今日も来たぞ!!』
『いらっしゃい、今日も元気だねぇ。ヒナイチ姫。』
そう言って飛び込んだ、魔女の私室。そこまで時間が経っている訳でもないのに、何故か懐かしい。
「そうだな。ここで、いつも何か書いてたっけ。」
いつも難しそうな本が、几帳面に並んでいた机を撫でる。
引っ越したから、今は何も乗っていない…引き出しを開ける。大事な物は別宅に引っ越しする際に、持って行った。このプロジェクトが始まる前に、全て契約は終わらせている。
引き出しを探っても、重要そうな契約書もメモも、たいしたものは入っていない。
じゃあ、何故来たか…だと?
サンズが調べてくれたんだけど、ドラルクが人魚達を陸に憧れを持つ様に勧める様になったのは、9年前かららしい。
『心当たりはねーですか?この時期に、こちらの世界で事件があったとか?』
『いや、別に…ん?9年前?メンダコ、メンダコか。それに、シャコガイ…?』
ここで眠っている時に夢に出てきた、幼い頃の記憶。
パトロールの真似事をして、迷って深海に足を踏み入れてしまった私は、色んな魚達に道を聞きながら泳いでいた。そして、出会ったシャコガイが帰り道を教えてくれたんだ。
シャコガイが、日の差さない深海で生きていける訳がない。
ジョンみたいに、何か手を講じなければ…
伊達に長生きしてないヌ。ニュンの頃に、ある人と契約をして、その人と同じ時間を同じ場所で過ごせる様にして貰ったんだヌ。
坊ちゃんこそ、メンダコの男性を知らないヌ?急にヨシキリザメに襲われて、はぐれてしまったんだヌ。
あの人は、体が弱いんだヌ。
『体の弱いメンダコの男性』を探していたシャコガイは、彼と『契約』をしている。
その後に、私が助けた『ヨシキリザメ』に襲われていた、小さな『メンダコ』…ぷにぷに。
偶然だろうか…?
「あ、これだ。ええっと…」
やっと見つけた、9年前の魔女の日記。
ドラルクの場合、日記が野帳を兼ねている所があって、実験結果を書き込んでいる事がある。だから、配合も載っているかもしれない。
それに…意中の相手と公言して憚らないのに、何故か、私はドラルクの事をあまり知ろうとしなかった。
ただ、あいつといると楽しいから、安心するから。他の者にどんな事をしていても、私には優しかったから。
選ぶ理由は、それで十分だ。
サンズには理解されないけれども、何人手にかけていても、私は気にならない。
だから、調べなかったんだけど…これからの私は、あいつを出し抜かなければならないんだ。
『なぁ、魔女。お前が飲んでいたあの薬…』
『サンズ姫から聞いたんだね?私の事、軽蔑してる?』
『ううん。お前だったら何をしても、軽蔑しない。だから…』
手を差し出そうとした。そのまま喰い千切っても構わない、と言おうとした。
だけど、お前は私の手を両手で包みながら、血相を変えてこう言った。
『それ以上、言ってはダメ。いいね?私はそれを望んでいない。ダルマザメにかじられた程度で済まないのだよ。いいや、元々そうしようと思って、貴女に声をかけたのだ。でも、今の私は、貴女にかすり傷さえつけたくない…そんな事をするぐらいなら、死んだ方がマシだ。だからこそ、こちらに全てを賭けたのだ。』
『魔女…でも!!』
『私の意志で、自分の命を賭けたのだ。そして、サインした…許しておくれ。もっと早く終わらせて、この体を治すつもりだったのに。せめて、完遂だけは、見届ける。そうでなければ、死んでも死にきれない。』
『魔女、酷いぞ!自分勝手過ぎる!私だって、それを望んでいない!』
その時は、泣いて怒ったけれど…私自身ジョンに助けられて、ドラルクの代理として、会合に参加すればするほど…この世界の業の深さを、身をもって知る羽目になった。
じゃあ、私に出来る事はただ一つ…新しく契約を更新するんだ、あいつを『死なせない』為に。
時間さえあれば、我慢して貰えば、その間、どんなに苦しかったとしても。
同意の上で契約さえ結べば、あいつはそれを恨む事さえ、後悔さえしないはずだ。
人間達には理解されないだろう。でも、それが今の私も属している、魔女の世界だ。
その為には、相手の事をよく知る必要がある。
それは、魔女の望む私の姿だろうか?
『お前がどんなに変わっても、執着心の強いあいつは、『ヒナイチ』を選ぶはずです。』
いや、迷うな。くノ一として各国を回って、私より大勢の者達を見てきた、サンズの言葉を信じよう。
ドラルクに嫌われたくない私は、事実を知っても『無邪気で食いしん坊な人魚姫』で通してきた。
だけど、それを辞めて『王子様を助けるヒロインではなく、悪い魔女を助けるヴィラン』になると決めたんだ。
「いつだったかな…夏だった気がする。」
パラパラとページを捲る。記憶だって朧気で、正確な日時が分からない。
でも、突然現れた異質な文字に、私は手を止めた。
『今回作った薬は、成功に近いと思ったのに。浅い場所に来ると苦しくなって、動けなくなった。もう少しで、死ぬ所だった。また、失敗だったのだ。でも、無駄ではなかった。大きなヒントを見つけた。』
どちらかと言えば、神経質で丁寧な魔女の筆跡と明らかに違う、筆跡の強く、書き殴った様な字。
興奮していたのかもしれない。
そして、そうか…
「やっぱりお前だったんだな、ぷにぷに。」
お城に持ち帰ろうとした、小さなメンダコ。
そもそも、魔法であいつはどんな姿にでも変身出来る。メンダコは、容易かったはずだ。
『私をヨシキリザメから助けてくれた、人魚の少年。その子は、イナ海国の王女だったらしい。無遠慮に掴もうとしてきたので、驚いて嘴で噛んでしまった。それから、半日以上経つが…胸の痛みに襲われる事はない。ジョンと合流するまでに、口にしたものは何もない。あるとしたら、その子の肉片と血だけだ。』
そこから、魔女の軌跡を辿っていく。どんどん内容は不穏になっていく。恐ろしくはない。
深海の者は、執念深い…ただ、兄の言葉の意味をひしひしと感じる。
『武勇に優れ、知能の高い彼らを襲って、肉を手に入れるのは無謀だ、何より違反行為だ。あくまで、合意の上でなければ。彼らは、好奇心が強い。だから、何か気を引くものを…』
『陸に憧れた人魚を一人、シンヨコ王国に送る。お人好しの多いあの国ならば、面倒を見て貰えるだろう。合意の上とはいえ、私との契約が露見するのはまずい。念の為、対価として声を奪っておいた。』
『捨てて行った下半身の肉を喰らう。時間制限があるとはいえ、痛みも苦しみもないというのは、なんと素晴らしい事か。ただ、あのお姫様ほどは美味しくない。奪った声で、あの子が歌った子守歌を歌う。全然、彼女には及ばない。どうにかして、もう一度聞きたい。』
そうか…だから、初めて会った時、歌声を対価に求めたのか。他の者達から、声を奪ったのか。
その後、通う様になってからも、『お礼に歌って欲しい』とねだる事があった。
『魅了される事はないから、安心し給え』とも…ぷにぷにに歌ってやった時に、既に魅惑にかかっていたのだから、関係なかったのだろう。
『どうやら、肉だけより骨と血液もあった方が、効果はあるらしい。もっと健康でいられる時間が、伸びないものだろうか。何か、効果を増幅する添加剤を探さなければ…。』
『逆に、海の世界に憧れた人間が人魚になった場合、その肉には、効果があるだろうか?そうなれば、材料はもっと増える。』
『人魚と人間の混血児の肉ならば?どういう訳か、混血児は成長が早く、数年で成人になる。それにも効果があるならば、もっと人間達も誑かすべきだろう。』
『どうやら、純潔の人魚でなければ効果はないらしい。そろそろ、残り少なくなってきた。新たに獲物を…』
『いつまでも、このやり方は続けられまい。濃い血を持つ王族の人魚なら、完全に治す事が出来るのでは?しかし、住む世界が違う。近づく方法を…』
ヒナイチ姫?どうしたヌ?
「うわ!?ジョン!!ど、どうして…!!?」
突然、聞こえたジョンの声に飛び上がる。
まずい…バレた!いや…隠す必要があるのか?
もう、魔女は悪事を隠していない。堂々と、聞くべきだろう。
「ジョン。どうして、ここに?」
魔女達のネットワークを、舐めちゃ駄目ヌよ。だから、ヒナイチ姫が別宅に来ないで、本宅に向かっているのを、他所の使い魔から教えて貰えたヌ。実は、うちにドラウス様がやって来て…ヒナイチ姫に会いたいって。シンヨコ王国に行っていないって言ったら、これを渡して帰って行ったヌ。
小さなその手には、血の様に紅い…
「鱗…か。冬眠中の竜大公、ドラルクのお祖父様のものだな?」
ジョンから、鱗を受け取る。どちらにしても、ドラルクはもう動けない。
調合するのは、私かサンズになるだろう。
いや…これから私がやろうとしている事を考えて、正確に調合できるサンズになる。
ヌン。竜大公様が起きたら、また大騒ぎになっちゃうヌ。だから、こっそり採ってきてくれたヌよ。
「ドラルクは、どうした?出てきて、大丈夫なのか?」
よくはないヌけど、お使いを頼まれたヌから。ドラルク様は、ずっとパスポートのチェックと修正作業をしてたヌよ。他の魔女達も慣れてないヌから、失敗は仕方ないヌ。でも、少しは他人に任せて欲しいヌよ。
確かに、背中のカバンから、色んな物が見えているな。
「何しろ前代未聞の計画だからな。記載ミスは、相手の命に関わる。本当は、ヴィランが似合う奴じゃないんだ。優しい奴だから、自分で責任を取りたいのだな。」
手の中の鱗を撫でる。これで大方材料は揃った。
あとは、明日か明後日にでも実行されるだろう…陸と海の者達が、移動するのを待つだけ。
そして、ロナルド王子達と計画している事を実行して、三人で蓬莱島に行くだけなんだ。
ドラルクのお父上か…彼が私に頼みたい事は分かる。だから、彼と私の間で契約を結べないだろうか。
一番強いカードは、私自身だ。
「なぁ、ジョン。ごめんな。気づいてやらなくて…とっくに、私達は会っていたのに。」
手に持っていた日記を見せる。いつも優しい使い魔は、クスクスと笑った。
遅いヌね~、というより、『ぷにぷに』は思い出してくれたのに、ヌンを忘れてるなんて、酷いヌよ?こんなに可愛いシャコガイ、他にいないヌに。
「アハハ。だから、謝ってるじゃないか。」
いいヌ、許してあげるヌ。だって、ヌンが負けても仕方ないヌ。ぷにぷには、ドラルク様ヌから。
そう言って、彼は背を向けた。
じゃあ、ヌンはまだお使いがあるヌ。あとでヌ。
その時…ハラリ、と貝の間から何かが落ちた。呼び止めたが、ジョンは振り返りもせずに、暗闇の中に消えて行く。
「ありがとう、ジョン。」
紫に光る紙を開く…本当に、ありがとう。
本宅を飛び出すと、今度は一気に浮上する。ほんの少しの時間も惜しい。
水面に顔を出すと、私は口笛を吹いて、伝令用のウミガラスを呼んだ。
「クゥ?」
「急に呼んですまないな!これを、ロナルド王子達に渡してくれ!」
彼の足に、魔女のメモをくくりつけると、私は夜空を見上げる。
いつの間にか、日付が変わっている。
まだ、出来る事をしよう…まずはイナ海国へ。そして、竜子公の元へ。
「待っててくれ、魔女。もう少しの辛抱だからな。」
もう一度、水中に身を沈める。
見え始めた希望に、疲れは少しも感じなかった。
「え~ん。結局、ヒナイチ姫に会えなかったし、ドラルクにも何も言えなかった。瀕死の我が子に何も出来ない私は…。」
「ドラウス。それは、もうよせ。君が悪いんじゃない。それに、息子がそうする理由は…よく分かる。」
私とて、魔女だからな。
自身の命がかかっていても、契約を死守する理由も分かる。なにより…
「あの子が、『自身を治す』という執着に取り憑かれた時から、こうなる事は決まっていたのかもしれない。」
元々、ドラルクが領主としての生き方もあったのに、魔女となって、そして、私達に迷惑をかけまいと自活を始めた理由も…忙しくて側にいてやれなかった私でも、分かる。
「とっくの昔にこうなって、おかしくない子だった。それが、208まで生きたのだ。自分の手を汚しながらでも、必死に…それは、誇りに思っていいはずだ。」
『おとうさま、おかあさま。こわいです。そばにいてください。』
発作を起こすたび、震えながら、私達夫婦の手を掴んでいた、幼い息子を思い出す。丈夫な体に生んでやれずにすまないと…何度、懺悔した事だろう。
生き物が恐怖から逃れる為に、取る方法はいくつかある。
あえて、その対象に近づいて快楽に変えるか、対峙して戦うか、逃避するか…息子は、『戦う』道を選んだのだ。そして、実家に迷惑をかけまいと独立開業し、深海の魔女として、名前を轟かせていた。
全ては、死の恐怖から逃れる為に。
その運命を、屈服させる為に。
「うんうん…分かっているよ、でも。やっぱり、諦められなくて、ヒナイチ姫から説得をして貰えれば…と。」
それは…無駄だろう。ドラルクも、魔女として染まり過ぎた。仮に、ヒナイチ姫が「死んで欲しくない」と、肉を差し出しても口にはすまい。
騙して飲ませたとしても…それからの二人は、それまでの二人と、同じでいられるだろうか。
「それも、無理だろう。ただ、一つの方法を除いて…」
我々、人ならざる者達…そして、私も含めた魔女達の体も心も縛るには…どんな理不尽も受け入れるには。
「契約を…君より、それは私の方が適任だ。」
私が、イナ海国に赴くべきか…そう思った時だった。
『竜子公様、ミラ様。夜分に失礼致します。』
「…何事だ。こんな時に。」
『イナ海国の姫君が国境に。至急、お二人に話があると…。』
「何!?い、今すぐ、お連れしろ!ここに!」
扉の向こうから動揺した衛兵の声がした、そして…
「ドラウス、その必要はない。彼女なら、もうここに来ている。」
「へ?だ、だって、国境からここまでは…それに、この部屋には、ミラしゃんの結界が…。」
そうだ…ここは、我々夫婦の私室。
中に入れるのは、私とドラウスと…そして。
「はあ、はあ…ドラルクのお父上、お母上!ご無礼は重々承知の上でっ…こ、ここに!じ、時間が…。」
「うわっ!こ、これは…っ!?」
そう…目の前に現れた、オレンジに輝く魔方陣から、一人の少女が滑り出してきた。
彼女からは、あと一人入れる『ドラルク』とよく似た魔力を感じる。
『お姫様には、私の知っている事を全て教えている所です。全てを終えたら、改めて…本当に一生懸命で可愛い、私の一番弟子なんですよ。』
惚気た息子の顔を思い出す。結界を破る為に、無理をしたのだろう。髪も服装も乱れたその姿は、痛々しかった。
「はあ…はあ、イナ海国の第一王女、ヒナイチと申します。お父上、先ほどは留守にしていて…ってうわ!?」
「えーん!ありがとう、ありがとう!ドラルクの為に、ここまで来てくれて!パパ、嬉しいよー!」
困った事だ、ドラウスには分からないらしい。ヒナイチ姫がここに来た、本当の理由に…
「ヒナイチ姫、よく来られた。我々も、貴女に会おうとしていた所だ。」
「お母上…私こそ、頼みを。」
悲壮な光を宿した、翡翠の瞳を覗き込む。安心した、彼女も本気なのだ。
しかし…息子を任せるからには、少し言っておくべきかな。
「ウフフ。落ち着きなさい。まずは、こちらへ。慌てて来たのだろうが…契約書を忘れたな?手ぶらで来るのは、減点だぞ。」
「あっ!?しまった!!」
苦笑いして、書斎に向かう。
私は、引き出しから魔力を帯びる前の契約書と羽ペンを取り出すと、彼女の目の前に突きつけた。
「さあ。表層より来た、我らが義娘よ。君の望みを、聞かせておくれ。」
改めて、その翡翠の瞳を覗き込む。
まだまだ、甘い点はあるが…そのひたむきな想いの強さに免じて、及第点としておこう。
「貴方達と同じ望みの為だ…大切な人を『死なせない』為に。その為に…お父上達と契約する為に、ここへ参りました。」