宝石の国最終話までのネタバレが内包されているので、宝石の国読んでねぇ人類は今すぐ宝石の国を隅々まで舐めるように舐めてからこの文章を読もう
@rouzen_master
宝石の国最終巻発売!
この知らせを見た時、あぁ…遂に終わってしまうのだなぁと感慨深い気持ちに浸っていた
かなり長い間連載された作品であり、作中でも莫大な時間が流れ流され、12巻の段階でかなり情緒が狂い散らかしたのは記憶にも新しい
地獄の扉が書籍の形をしている、そのように私はかつて表現したのを覚えていらっしゃる方も居るかもしれない
あの時はマジで宇宙猫になってた、読むタイプの無量空処かよ
そんな作品である宝石の国と出会った時のことを、今でも鮮明に思い出せる
私が宝石の国を初めて手に取ったのは、もう今は存在しない札幌某所のネットカフェでの事だった
なんとなく暇つぶしにネットカフェに赴き、適当に漫画でも読んでドリンク飲んでネットサーフィンして暇潰すか~、という生産性皆無な消費者ムーブで立ち並ぶ本棚を物色していた時に
「オッなんかレアカードみたいな加工されてんなァこの漫画、女の子たくさん出てくる類の話か?」
などと思い手に取り、個室の中で軽く目を通し、なんか絵柄が受け付けねぇなぁ…だが話は面白いなぁ、と読んでいた
人が宝石になった設定も、襲ってくる月人も、今まで見たことないような設定で、表紙もきらきらしていて気に入るのに時間はあんまりかからなかった
少なくとも11巻か10巻発売前には、それまで刊行されていた全ての単行本は購入していたくらいハマった
今ではこの緻密で有機的で無機質な絵柄にものめり込み、果てしなく長い長い薄荷色の旅を見守り続け…今、最終巻が手元にある
仕事帰りにanimateに立ち寄り、初期の表紙と比べると格段にシンプルに、余分を削ぎ落とした質素とも表現出来る表紙のソレを手に取る
精神的な地獄の扉が煌びやかな書籍の形をしていた作品の終結を飾るのは、色鉛筆で描かれた草原に座り、ぼんやりと視線を宙にむけるフォスフォフィライトが印象的なソレ、詩集もついてきてボリュームのある、読むタイプの鬱病を3500円(animateポイントで端数を除去)で購入
途中のマックで適当に夕飯を済ませ、家に着いたら少し休息を挟み、Twitterの激流にクソツイを指先からひり出して、ゆっくり湯船につかり仕事と浮世の疲れをデトックス
サンダルウッドの香を焚いて、ベッドに寝そべり、長い長い薄荷色の軌跡の終結点を読み始めた
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長々と話すのも蛇足に過ぎるので端的に言うと、最終話手前まで無料公開されていた時期があったので最終話以外はネットで履修済みである
かつてフォスフォフィライトだった者の苦悩も、与えられたほのかな救いも、橋を燃やすために見送った時のセリフ等も知っている
しかし、知っているのと「改めて単行本という形で読む」のは別な話だった
頁を捲る、話を巡る、その行為に酷く心が揺さぶられていく
荒波に飲み込まれながら凪いだ海を漂うような、矛盾した感情が湧き出て言葉にならない
独りになり、独りではなくなり、そして見送りの日を迎える、知っていたはずなのに千々に砕ける情緒
多分宝石の国に情緒を破壊された回数、作中でフォスフォフィライトが砕けた回数よりも多いまであるよね、皆もそう思うよね?
多分このクソ長三十路クソホモケモナーオタク特有の感想に共感してくれる人は多いと思う、多くあってくれ
自らの望みを識り、新たな無垢の生命と過ごし、燃え盛る日輪に飲み込まれる青かった星に一人残り見送るまではネットで見た、そして単行本で改めて見た
かつてペイルブルードットやら宇宙船地球号やらと呼ばれた母なる星は臨終を迎えた、人のための宝石の国は、最後に残されてしまった、人のための神様の蒸発と共に結末を迎えたのだ
蒸発の過程で、ひとつづつ時を戻すように、かつてあった姿に回帰するフォスフォフィライトが、最後の人類の破片が日輪に溶けて無くなって
そうして、もう人類は、この作品の宇宙には居なくなった
これからようやく、本来の意味での宝石の国が始まる
そんな最終話、人の煩悩と同じ数の108話、宝石の国の最後を飾るその話
そこに居たのは、かつてのフォスフォフィライトよりも更に無垢なフォスフォフィライトだった
あまりにも無垢で、穢れを知らず、そして神でも仏でもなんでもない、背負う物も背負わされる者も無い、ただのちいさな鉱石生命体としての、ほんの一欠片程度のフォスフォフィライト
無垢だった
やっぱり欠けるオチだったが、その「欠ける」という事実すら関係ない程に、無垢であった
誰かのこころのやすらぎになれるように祈る、本当に目に見えないサイズに小さくなっても、視認できない大きさであっても一切綻びのない無垢さがあった
どこかの宇宙で彗星になっても、透き通る薄荷色はくすみひとつない美しさで、最後のあの言葉を仲間に投げかけて話は終わった
我々人類が読むことの出来る、市川春子さんの思い描く「宝石の国」は終わった、人類のための「宝石の国」も、石のための「宝石の国」も終わった
或いは、どこかで続いているのかもしれない
長く尾を引く薄荷色の彗星を見上げる幼い燐葉石の居る惑星の上で
或いは、目に見えないほどの大きさになった彼を優しく受け入れる仲間たちと共に、もう人間の装飾品ではなく、価値を定められるでもなく、研磨も加工もされないありのままの石として
最終話を読んで、爽やかな薄荷色の彗星になったフォスフォフィライトを、目に見えない小ささになっても欠片も気にしていないフォスフォフィライトを見て思った
この一瞬を、多分作者の市川春子さんは描きたかったのだと
恨みつらみ嘆き悲しみ、生きる上での四苦八苦、呪い呪われ傷つき傷つけあう、そんな人の生命と、その果てにある「次の知性体」の無垢なる清き世界
その過程、或いは対比、または継承
なんという作品だろう、やはり適切な言葉が思い浮かばない、私のようなクソホモケモナー三十路オタクニコ厨合成音声好き精神激病み独身北海道民では表現出来ない、あまりにも複雑で多彩で…それでいて、今の人類に必要な作品であった、どこまでも余分や蛇足のない、シンプルな世界に辿り着ける、そんな作品なのだ宝石の国という本は
人としての醜さも弱さも、石としての清さもすがすがしさも、2つの「宝石の国」で、余すことなく味わうことが出来た
その上で特装版にセットでついてきた詩集も読めたのだ、この詩集も味わい深すぎるのでぜひ読んで欲しい
12巻のオマケと併せて読むと、本当にデータを拾った当事者のような気持ちを味わえて実に満足感がある
さて、長くなってしまって申し訳ない、ここまで読んでくださった皆様に感謝を
こんなクソホモケモナー三十路オタクニコ厨合成音声好きUTAU音源とマイコエリリース中の実質声がフリー素材精神激病み倫理観ゆるゆるクソザコ独身北海道民のクソ散文に付き合ってくれて本当にありがとう
最後にこれだけ聞いてもいいだろうか
長く苦しみ栄華を飲み干し臨終を迎えたその国、そしてその最果てに新たに生まれた無垢と清浄に満たされたかの国
貴方は、この2つの「宝石の国」に何を見て、何を感じましたか?