さめしし。ワンドロのお題「あこがれ」「家族」で書きました。まだ片想いのさめ→ししで、わりと激しい恋心を自覚したさめ先生のお話。フレンズみんなで仲良くりんご狩りに行ってます。
@5_bluedaisy
「村雨、もう着くぞ。起きられるか」
運転席から獅子神に声をかけられて、私は目を開けた。
八人乗りのレンタカーは、国道を逸れて山道に入ったところだった。ちらりとカーナビの画面に目を遣って、現在位置を把握する。確かに、目的の果樹園はすぐそこだった。
すぐ後ろの席では真経津と叶が、スマートフォンを手に何かの対戦に興じている。最後列に座っている天堂は、ただ静かに外を眺めているようだった。
「……眠っていたのか、私は」
「あぁ、ぐっすりだったぜ。やっぱ疲れてんだな、オメー」
隣で前を向いたまま、獅子神が答える。ぐるりとハンドルが回され、僅かに彼の方へ体が傾いだ。
眠るフリに留めておこうと思ったのだが、首尾よく助手席に陣取ることができて安心したせいか、本当に寝落ちてしまっていたらしい。些か申し訳ない気持ちで獅子神の横顔を伺ったが、特に気にしている様子は見受けられなかった。
彼の優しさに感謝しながら、同じように前を向く。ほどなく車は果樹園に着き、獅子神は駐車場に車を止めた。
「うわー、思ったより涼しいねぇ」
「まあ、山ン中だからな。叶、天堂、オメーら平気なのか、その格好で」
「この程度の寒さ、神は問題にしない」
「オレはちょーっと、問題にするかな……そのマフラー、オレに貸してよ敬一君!」
「あっコラ! おい叶!」
獅子神のマフラーを素早く奪って、叶が受付と思しき建物の方へ駆け出していく。薄手のコートを羽織った獅子神は、やれやれという調子で肩をすくめた。
私は自分のコートのボタンをとめてから、車を降りる。獅子神が扉をロックするのを待って、一緒に歩き出した。
「オメー大丈夫か、村雨」
「ああ、問題ない。迎えに来てくれて助かった。ありがとう、獅子神」
いくら多忙で疲れていたとしても、彼らの前に獅子神を置いて、自分ひとりだけこの場に居ないなどという状況は耐え難かった。ゆえに当直明けに職場まで迎えに来てもらう形で参加したのだが、それで正解だったと改めて思う。車内で眠れたから思ったより回復しているし、その点も含めて私は獅子神に感謝した。
少し先では天堂が、そして真経津が、私の顔を見ていた。眉をひそめてみせると二人とも微笑を浮かべ、叶の後を追って歩きだす。まったく、油断も隙もない奴らだが、ある意味気楽でもあった。
私は獅子神の隣を、誰にも譲るつもりはない。適切な時期を見定めて想いを告げ、必ずや彼と契りを結ぶ。
私のその想いと決意を、彼ら三人はよく知っている。だからといって遠慮してくれるわけでもなかったりするが、その時はこちらも本気を出すだけのことだった。
「キツかったら言えよ。車開けるから、中で寝とけ」
「そうだな。その時は頼む」
「おう。じゃオレ、受付してくるからさ。ゆっくり来いよ」
私の答えで安心したのか、獅子神はぽんと私の肩を叩くと、受付のほうへ走っていった。
私が受付の建物に着いた時には、すでに彼は手続きを終えていた。果樹園の主らしい中年の夫婦が出てきていて、園内では食べ放題で、購入して帰る分はキロあたりでと値段を示し、採り方を教えてくれながら、様々な種類の林檎を試食させてくれる。ひと口大に切られた林檎を摘まみながら私達は説明を聴き、カゴと鋏を受け取った。
「ボクあっちの甘いやつがいい! 叶さん、一緒に来てよ!」
「おっ、晨君の御指名とは光栄だな! でも何でオレなんだ?」
「叶さんがいたら、踏み台も脚立も要らないもんね。高い枝でも取り放題でしょ?」
「やっぱりそうかー!」
真経津が笑いながら鋏を片手に駆け出して行き、叶がその後を追いかけていく。出遅れた私達は三人で顔を見合わせたが、私が何か言うより先に、天堂が微笑んで口を開いた。
「楽園の知識の木の実を、神みずからの手でもぎ取るのも一興というもの。さすれば愚かなる強欲の籠も、芳醇な実りで満たされるだろう?」
「……恩着せがましいぞ、マヌケ神」
私は一応言い返したが、天堂は全く意に介さずに笑みを大きくした。
「罪深き果実も、人の子の技を経て生まれ変われば、神に捧げるに足る甘味となるからな。では、後ほどを楽しみにしているぞ」
最後のひと言は、獅子神に向けられたものだった。は?オレ?、と獅子神が目を白黒させている間に、天堂は足元のカゴを取り上げて、すたすたと真経津たちが向かったほうへ歩いていった。
「礼は言わんぞ」
ぼそりと呟いたが、天堂に届いたかどうかは定かでない。
ため息をついて振り返ると、まだ狐につままれたような顔をしている獅子神と目が合った。
「……なぁ、村雨。何だったんだ今の? 天堂のヤツ、何が言いたかったんだ?」
——相変わらず獅子神は、この手の言葉回しに弱い。友人の言う事だからと特に裏も読まずに聞いているのだろうが、もう少し用心深くなった方が良いのではと思わないでもなかった。
もっとも、そんな素直なところが、獅子神の可愛らしさでもあるのだが。
今日の秋空の色と同じ、澄んだ薄青色の瞳を見つめながら、私は呆れ気味の顔を作って微笑んだ。
「林檎を山ほど採るから、帰り着いたらあなたが菓子を作れ、ということだ。それくらい分かれ、マヌケ」
「え? そーゆーコトかよ⁉︎ そりゃ作るのはいいけどよ、何でもっと素直に言わねえんだ」
「知らん。天堂だからな。期待しても仕方あるまい」
「まぁそうだけどよ……」
獅子神は顔をしかめて天堂たちの向かったほうを睨んでいたが、やがて気持ちを切り換えたらしく、こちらを見てニッと笑った。
「んじゃ、村雨先生のリクエストも聞いとくか。リンゴの菓子、オメー何が食いたい?」
「……アップルパイがいい」
「お、定番だな。りょーかい」
「それから、林檎とバルサミコ酢のソースでポークソテーも頼む」
「オイ、菓子じゃねーぞソレ。ま、いっか」
獅子神は笑顔で果樹園を見渡すと、残っていたカゴと鋏を手に取った。
「ほら、オレらも行こうぜ。そういうことなら菓子向きのと料理向きのと、両方採らねえとな」
「あぁ、頼む」
私は獅子神と並んで、果樹園の奥へと向かった。
広い敷地には数限りないほどの多くの木が整然と並んで植えられており、緩く波打つ緑の葉を生い茂らせた枝が、すっきりとした青空へ向かって伸びている。区画ごとに分かれた品種によって差はあるようだったが、今が旬とばかりに赤く色づいた林檎が、どの木にもたわわに実っていた。
畝の端には、林檎の品種名と特徴が書かれた看板が立てられており、獅子神はそれを見比べながら、楽しそうに歩みを進めていく。その姿を脳に焼き付けていると、確実に自分の心拍数が上がるのが感じられた。
私は彼らの前で、今の気持ちを特に隠すようなことはしていない。だから、私が獅子神へ抱く感情を知らないのは、当の本人の獅子神だけだ。
強欲の籠、などと天堂に当てこすられたのは癪ではあったが、獅子神と二人きりにしてもらえたのは有難いことだった。心おきなく獅子神を独占し、彼の存在に浸ることができる。
「ここの木にすっかな。いいか、村雨?」
獅子神が立ち止まったので、私は頷いた。
「あなたが選んだところでいい」
「よーし、採るぞ」
嬉しそうに笑みをこぼすと、前を開けたまま羽織っている薄手のコートの裾を翻して、獅子神は畝の間の道に入っていった。
手近な枝についている実を見比べて、色づきのよい一つを掴む。パチンと鋏の音が鳴り、真っ赤な丸い実が獅子神の手に落ちた。
「いいな、コレ。美味そうだ」
「あぁ。良い香りだ」
実際、辺りは林檎の甘い香りでいっぱいだった。爽やかに涼しい秋の風が吹いて、獅子神と林檎の匂いを運ぶ。
次々と林檎のヘタを切り、丁寧にカゴに入れていく獅子神は、実に寛いでいて楽しそうだった。果樹園の予約にレンタカーの手配、今日の車内で消費された飲み物や軽食の準備、そして運転までこなしているのに、大したものだと思う。
本当にお人好しで、真っ当で、優しく、得難い人間だ。
目を細めて獅子神の姿を眺めながら、頃合いを見計らって私は声をかけた。
「あなたは、本当に楽しそうだな。獅子神」
ちょうど林檎の一つをカゴに入れたところだった彼は、顔を上げて私を見た。
「……まぁ、な。悪ィ、ひとりではしゃぎすぎたか?」
「そんなことはない。楽しそうなあなたを見ているのは、いいものだ」
獅子神の頬に、仄かな赤みが差す。その柔らかそうな頬を微かに歪めて、彼は林檎畑を見回した。
「ん……そうだな。ぶっちゃけ、ちょっとあこがれてたんだよな。果物狩りって。遠足とかでも、オレは行けなかったからなぁ」
「……意外だな。あなたなら、その後誰とでも行く機会はあっただろうに」
今までの恋人とは来なかったのか、と言外に匂わせて言ってやると、半分ほどは伝わったらしく、獅子神は肩をすくめた。
「こーゆーのって、家族とかダチとかと来るやつだろ? 大勢でわいわい騒ぎながら、カゴいっぱいにするやつじゃねーか」
「……別に恋人同士で来ても、かまわないとは思うが」
「ま、そーかもしれねぇけど。生憎と、そんな風情のあるおつき合いなんてしたことねぇからなぁ、オレは」
カゴを足元に置き、コートのポケットに両手を突っ込んで、獅子神は林檎の木を見上げる。私も同じ木を見上げて、眺めた。
少しピンクがかったようにも見える明るい紅色の実が、無造作と思えるほどにごろごろと実っている。その枝も、実と繋がるヘタの部分も、思ったよりほっそりとしているのが意外で不思議だった。手にするとそこそこ重みがあるはずの林檎の実が、あの小さなヘタ一本で幾つも枝にしがみつき、細い枝はそれらの重量を支えながらも、自由にしなやかに伸びている。
林檎畑で恋といえば、有名なあの詩が思い浮かぶ。が、多くの重たい実をつける林檎の木は、詩が語るような儚げで可愛らしい光景には見えなかった。
品種改良の影響などもあるのかもしれない。当時の林檎の木であれば、また違ったのだろうか。
「リンゴ、採ってやろうか? どれにする、村雨?」
私がずっと木を見上げていたので、林檎の実を物色していると思ったのだろう。手元でかちゃかちゃと鋏を動かしながら、獅子神が声をかけてきた。
「……ああ、頼む。あの上の枝の、先端の実だ」
好意は素直に受けることにして、私は枝の先を指差した。獅子神がしっかり手を伸ばせば、ぎりぎりで届く位置だ。
「オッケー。ちょっと待ってろ……よ、っと」
ぱちん、と小気味よく鋏の音が響く。
小ぶりの美しい紅色の実を握って、獅子神が左手を差し出してきた。
「ほら。コレだろ?……綺麗だな」
「ありがとう、獅子神」
私は林檎の実を受け取り、そっと顔に近づけてみた。
甘い、馥郁たる香りが鼻腔に忍び込む。匂いを感じる嗅神経は中枢神経だから、直接に強く脳が刺激される。
これからも林檎の香りで今日のことを思い出すのだろうと考えると、少し恐ろしいような、しかし沸き立つような気分になった。
本当に、恋とはままならないものなのだ。
強固なはずの私の理性を揺るがし、簡単に押し流そうとしてくる。
「……楽しそうだな、先生?」
少し不思議そうなニュアンスで、獅子神が呼びかけてきた。
口元に林檎を当てたまま、眼だけを上げて微笑んでみせる。
「そうだな。あなたが優しく白い手を伸ばして、林檎を私に与えてくれたので」
「?……別に、普通に枝からとっただけだぜ?」
「知らんのか。マヌケ」
私が言い放つと、獅子神は唇の端を曲げて納得いかねぇ、とぼやいた。
まぁ、いい。いつかこの意味を教えて、これが私の初恋だったと伝える時も来るだろう。
その時まで、愉しみが伸びるだけだ。
「……あ、ひょっとして村雨も、リンゴ狩りってしたことないのかよ? だから疲れてンのに来たかったんだな?」
獅子神がひょいと首を傾げて、近くで私の顔を覗き込んでくる。馬鹿にするというよりは、同じように初めてであることに対する親近感が込められた言い方だったので、私は手にした林檎を撫でながら素直に答えた。
「そうだな。いちご狩りなら、子供の頃によく連れて行ってもらっていたが。あれなら手の届かない枝なども無いし、ひと口で食べやすい」
「ハウス中のイチゴ、食い尽くしてたんじゃねーだろうな」
「……あなた、私を何だと思っている。子供の頃の話だぞ」
じっとりと睨んで、大きくため息をついてやると、目の前の獅子神の髪がかすかに揺れる。一瞬驚いた表情を見せたものの、それもそうか、とすぐに言って、獅子神はからからと笑った。
整えられた明るい金髪が、秋の陽光を透かしてきらきらと輝く。額に落ちる薄い影が、意志の強い眉と空色の瞳をさらに艶めいて彩る。
前髪に差す花櫛など無くても、獅子神はこんなにも美しく、そして気高い。
私が恋に落ちたのも、致し方ないというものだ。
豪放に見えて、実は繊細で。
自分の周りの大切な人々に、自分の力と時間を割くことを厭わない。
あふれる情を惜しみなく注ぎ、寛大な心で許してくれる。
そう、獅子神はきっとよく似ているのだ。私の大切な家族、かけがえのない兄に。
だから放っておけない気がするのだと、最初は思っていた。でもすぐに、違うと分かった。
誰にも渡したくない。私のモノにしてしまいたい。そんな醜いとも言えるような、激しい衝動。
これが恋というものだと、理解した。
出逢い、共に死線を戦い、友人となった。だが、足りない。
生きている間ずっと、手放したくない。
想いの丈を打ち明け、晴れて恋人となり、伴侶となって一緒に歩んでいきたい。
そう、私はあこがれたのだ——あなたと、家族になることに。
「……村雨? ぼーっとしてるけど大丈夫かよ? やっぱり、車に戻るか?」
「平気だ。さぁ林檎をもっと採ろう。次はあちらの木か? 獅子神?」
隣の畝に向かって、私は歩き出す。獅子神が地面に置いていたカゴを持ち上げて、追いかけてきて並んでくれた。
「そっちは酸味が強いヤツらしいからさ。料理には向いてるけど、オメーが食べて好きそうなのはあっちかな」
「どちらも行こう。両方、試してみたい」
あなたと一緒に。
様々なことをして、たくさんの時間を過ごしたい。
その先にいつか、家族にならないかと。そう持ちかける日も来るのだろう。
だが、それはまだ未来の話だ。今は始まったばかりのこの恋路を、ひたすら順序良く歩むしかない。
もどかしくないと言えば嘘になるが、何しろ私は初心者だ。基本に忠実に、恋を進めていくしかない。
あこがれに従って、でも慎重に。
きっとあなたも同じ恋の路を、向こうから歩いてきてくれていると信じて。
「……敬一君! 礼二君! そっちはどうだー? もう諸々アレコレ終わったかー?」
「ボクたち山ほど採っちゃったし、お腹もいっぱいだよー」
「まったく、愚か者め。この後の美味極まる祝宴にまで、考えが及ばぬとはな」
私たちのカゴが、半分ほどまで紅い果実で満たされた頃に。
立ち並ぶ林檎の木々の向こうから、騒がしい声が聞こえてきた。
私と獅子神は顔を見合わせ、苦笑してから声の方を振り返る。ほどなく畝の端の木を廻って歩いてくる三人の姿が見えた。真経津が大きく手を振り、叶が重たそうに林檎の詰まったカゴを抱え、天堂は真っ赤な林檎を一つだけ手にして、長い白髪を風に靡かせている。
「あっテメーら! 見境なくぽこぽこ採りやがって! このリンゴ全部、誰が調理すると思ってやがるんだよ!」
律儀に額に青筋を立てて、私の隣で獅子神が怒鳴る。真経津と叶は顔を見合わせてから、楽しそうに無邪気な笑顔を作った。
「そりゃ、決まってるじゃない?」
「楽しみにしてるからな! 敬一君!」
「ちったぁ手伝うとか、殊勝なコト言えよテメーら! あぁ、ったくもう!」
駆け出していった獅子神が、叶から重たそうなカゴを奪ってひょいと抱える。もう片方の手には、こちらのカゴも提げたままだというのに。
「……まったく、愛すべきマヌケだ。あなたという人は」
呟いて、私は左手をコートのポケットに入れる。最初に獅子神から受け取ったままだった林檎を取り出し、そっと歯を立てた。
しゃりっと硬い感触がして、甘酸っぱさがいっぱいに広がる。しゃくしゃくと噛み砕き、飲み込みながら、この林檎を与えてくれた手に触れ、思うさま口づける時を想像した。その時、驚きに見開かれたあの美しい瞳は、何を語ってくれるだろう。私を、ちゃんと受け入れてくれるだろうか。
期待と不安が入り混じり、甘さと苦さが口の中で増していく。
それは薄紅の秋の実の、初めて知る味だった。