@xxxyueyunxxx
「待たせたな!」
テレビの中から、威勢のよい台詞が響く。
今週の悪役の前に、ヒーローが立ちふさがった。ここからはヒーローの見せ場がはじまる。クラスでも大人気のアニメの画面を、朝恵はじっと見つめていた。
今週ももちろん、ヒーローの勝ちだ。アニメの中では必ず悪役は負けるのだ。明日の休み時間も、このアニメの話題でもちきりで決まりだ。来週の予告が終わると、朝恵はテレビの電源を切った。
「あしたのじゅんび、してくるね」
両親に声をかけてから、朝恵はリビングを出る。自分の部屋に入ると、長い息を吐いた。
明日の時間割を確認して、ランドセルの中の教科書を入れ替えると準備は終わりだ。もう宿題も終わっているし、今日の勉強もやってしまっている。これからは自由に過ごして良い時間、ということで朝恵はヘッドフォンをするとお気に入りのデジタルオーディオプレーヤーの電源を入れた。
音楽が流れ始める。このプレーヤーに音楽を入れてくれたのは朝恵の両親の営む衣料品店の隣で骨董品屋を営むお兄ちゃん、ということでここには朝恵にはわからない言葉で歌われている歌ばかりが入っている。言葉は全然わからないのだが、ときにアニメの曲よりも好きな曲があるのは不思議だった。
大好きな音楽に耳を傾けながら、朝恵はぼんやり考える。先程見ていたアニメは大人気のアニメで、決め台詞を発していたヒーローはクラスの女子の中で大人気のキャラクターだ。顔もその性格もかっこいいと。だが――朝恵はあのヒーローを一度もそういう風にかっこいいとは思ったことがなくて、話を振られるといつも困るのだ。
机の上の写真立てを手に取る。そこに写っているのは朝恵自身と、朝恵がこの世で一番かっこいいと思っている人――隣の店のお兄ちゃんだ。夏休みに科学館に連れてもらったとき撮ってもらったこの写真は、朝恵の一番の宝物なのである。
そう――朝恵がテレビの中のヒーローよりもずっとかっこいいと思っているのは、このお兄ちゃんで。交通事故に遭いそうだったところを助けてもらって以来、朝恵にとってお兄ちゃんはヒーローも同然なのだ。
空想の中で、朝恵はお兄ちゃんにあのヒーローの決め台詞を言わせてみる。すらりとした肢体に高い身長、長いウェーブのかかった黒髪に鋭いシトリンの瞳――と見た目もとてもかっこいいお兄ちゃんにはあの台詞もばっちり決まりそうだ。きっとあのヒーローよりも、ずっと似合う。
「――ううん。おにいちゃんはあんなこと、ぜったいいわないね」
空想のシャボン玉はぱちんと弾ける。様にはなるが、お兄ちゃん本人があの台詞は絶対に言わないだろう。少なくとも、あんな風には言わないはずだ。朝恵は小さく笑った。
そろそろ、寝る支度をしないと。
明日はお兄ちゃんに会えるかな――毎日でも会いたいその人のことを思い浮かべながら、朝恵はプレーヤーの電源を切った。
翌日も、学校が終わると朝恵は真っ直ぐ店へと向かう。まだ小学一年生の朝恵は、一人で留守番はさせて貰えないのだ。
「――朝恵ちゃん。今帰りか?」
「うん、そうなの。――こんにちは、おにいちゃん」
もうすぐ店の裏口というところで、朝恵は会いたかった人に会った。
お兄ちゃん――隣の骨董品屋『清遊堂』店主である黄真雅は、朝恵の姿を見ると鮮やかに笑う。
「おにいちゃんはなにをしていたの?」
「俺様か? そこの紅葉を見ていたところだ。いい色でな」
真雅の長い指が色付いた紅葉の木を指差す。その枝の葉は、美しい紅になっていた。
「とてもきれいだね、おにいちゃん。おえかきしたら、たのしそう」
「良いんじゃないか? 描いてみたら。何なら俺様と一緒に描くか?」
「いいの、おにいちゃん? わたし、おしごとのじゃまをしていない?」
「大丈夫だ。今日は俺様の店は休みだからな。夜にランと約束があるが、まだまだ時間はある」
ランとは、お兄ちゃんの友達のおじさんのことだ。朝恵も何度か会ったことはある。
思いがけず、とても楽しい約束が出来てしまった。早く宿題を片付けなければ。
今日の宿題には、いつもより身が入りそうだった。