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ぬくもりはいらない

全体公開 神無三十一受け 5 28 6271文字
2024-11-25 16:52:48

カルみと+NPCの話
シナリオネタバレあり

 

 その日は霧雨が降っていた。
 視界をけぶらせるその雨の中、傘を忘れてしまった縞斑と神無は早足で目的地へと歩いていたのだ。

 「うー……さみぃ」
 「確かに冷えるねぇ……着いたらシャワー使いな」
 「そうする……傘持ってくればよかったぁ」

 小声で話しながら彼らが目指すのはスパローのアジトである。
 警視庁がほど近いこの廃品置き場には、アジトへ向かう隠し通路が用意されているのだ。
 緊急時の避難通路として縞斑が整備したその道は、ドロ課の刑事と犯罪組織のリーダーの逢瀬を手伝ってくれている。
 そうして辿り着いた隠し通路であるゴミ箱を模したハッチを縞斑が開こうとしたそのとき、神無の耳は微かな電子音を拾った。

 「……待って先輩、今何か聞こえなかった?」
 「え?いや、なにも……

 雨音にかき消されて縞斑の耳には届かなかったが、神無は自身の聞き取ったその音に自信を持った様子で廃品置き場の奥へ進んでいく。
 そんな神無の姿を見た縞斑が慌ててハッチを閉じてあとを追えば、確かに奥から途切れ途切れの電子音が聞こえた。

 「この音……VOIDの起動音だ」
 「じゃあ、まだ壊れてないアンドロイドがいるのかも……!」
 「かもね。行ってみようか」

 起動音は弱々しく、すでに壊れ掛かっていることは確かだ。この雨の中で放置すれば、いくら防水加工が施されているとはいえ長くはもたないだろう。
 神無に袖を引かれて縞斑はその後に続く。
 アンドロイドのことを苦手だと話す彼は、それでも命の危険に瀕しているアンドロイドのことを見過ごせないらしい。そんな彼のことを縞斑は、好ましく思うと同時に生き辛そうだと心配していた。

 「先輩……あれって、」

 あたりを見回しながら歩みを進めていた神無は、ようやく音の出所を見つけて足を止める。
 見つけ出したにしてはやけに暗い声色に違和感を抱いた縞斑が彼の背後から視線の先を辿れば、そこに倒れる桃色の髪の小柄なアンドロイドの姿に目を見開いた。

 「こいつは……
 「イチハだよな……

 彼はかつてドロ課で赤星透也とバディを組み、有馬真二の命令で暗躍していたアンドロイドだ。
 彼によってスパローには悪質な偽の情報が流れ、彼の仕掛けた爆弾から神無たちを守るために赤星と白瀬は犠牲となった。
 あの事件の日、停止して廃棄されたアンドロイドたちの中にイチハの姿は見当たらなかったと神無たちは報告を聞いている。
 戦闘の最中で逃亡したらしいイチハの存在は警察組織全体に指名手配として広まっており、一時は大規模な捜索まで行われたはずだ。

 「なんでこんなところに……

 目の前の彼がどうやってここまで追っ手を逃れてきたのかは分からないが、イチハの体はひどく破損して今にも壊れてしまいそうだった。

 「お、まえら…………あのとき、の……

 神無たちの接近に気がついたイチハの体がゆっくりと持ち上がる。びくりと肩を揺らす神無の一歩前に出た縞斑は、片腕で彼を隠すように庇いながら警戒の眼差しを向けた。

 「神無ちゃん、下がって」
 「う、うん……
 
 非番の神無は武器を携帯していないため、彼を下がらせた縞斑は腰に下げていたサブマシンガンを抜いて銃口を向ける。
 そのままの姿勢で不審な動きを見逃さない縞斑だが、イチハは視覚機能が破損してそれがよく見えていないのか地面に両手をついて起き上がろうともがいていた。

 「くそっなんで、なんでだよ……この、」

 どうやらイチハは足の機能が故障しているらしい。自己修復の域をとっくに超えたそれを見下ろした彼は、忌々しげに顔を歪めて地面を叩いた。
 もはや彼には攻撃する力が残されていない。そう確かめた縞斑は、銃口を下さないままで背後の神無に声を掛ける。

 「神無ちゃん、ドロ課に通報して」
 「え……?」
 「こいつはこのまま放置すればじきに壊れる。あとの処分は然るべき方法に任せよう」
 「……う、うん」

 スパローでスタックを抜いて情報を確かめたい気持ちは山々だが、今日まで逃亡していた彼が握る情報が有馬真二の聴取で手に入れた情報に勝るとは考え難い。
 GPS機能を警戒するなら、ここで彼が完全に停止するまで見届けた方が二人にとって安全だ。そう判断して声を掛ける縞斑に頷いた神無は、サングラス型コンピュータに触れて通信を起動する。
 その数秒の待機時間、神無はちらりと地面に蹲るイチハを見た。

 「なんだよ、なんで……こんな、くそくそぉ……
 
 うまく動かない体に苛立った様子で呟く彼の体から伝い落ちた雨粒が、地面に模様を増やしている。
 その姿がまるで泣いているように見えた神無は、通信の手を止めて前に立つ縞斑の袖を掴んだ。

 「先輩、ちょっとまって……!」

 
 ※
 

 修復終了と再起動を告げる通知音と同時に、イチハの意識が覚醒する。
 どうやら自分は、見慣れない部屋の隅に設置されたアンドロイドの充電スペースに膝を抱えて座っていたらしい。

 「なに、ここ……

 呟いた彼は身を起こすと、改めてきょろきょろと辺りを見回した。
 見覚えのない部屋だ。故障していたはずの四肢や腹部は自己修復が間に合う程度に応急処置が施されているが、GPS機能は意図的に切られているらしい。
 ここは何処だろうかと辺りを見回したイチハはふと、部屋の反対側にふたつの人影を見つけて身構えた。

 「…………こいつらが……?」

 そこには、部屋の壁にもたれて身を寄せ合って眠る神無と縞斑の姿がある。
 毛布を掛けてすやすや穏やかな寝息を立てる神無を見下ろしたイチハは、咄嗟に一歩を踏み出して彼へと手を伸ばした。

 その瞬間、かちゃりと聞き馴染んだ金属音が静かな室内に響き渡る。
 反射的にぴたりと動きを止めたイチハが視線だけで音のした方を確かめれば、毛布の隙間からぽっかりと覗く銃口がイチハのことを見ていた。

 「……指一本でも触れたら殺す」

 地の底を這うような低い威嚇の声を発したのは、神無の隣で眠ったふりをしていた縞斑だ。
 視線だけで射殺そうとする怒りと苛立ちに燃える翡翠の瞳を前に、イチハは分が悪いと諦めて大人しく両手を上に上げて一歩後ずさる。

 「さすがにしないよ。僕はあいつと違って非力だから」
 「……どうだか」
 「そんなことより、ここはどこ?もしかして君のアジト?」
 「さぁね。想像に任せるよ」

 イチハに対して、縞斑は警戒を一切緩める気配がない。おおかたこの場所も、スパローのアジトから遠く離れた足のつかない空き家なのだろう。
 聞いたところで彼から情報は出ないだろうし、出たところで報告する先もないと肩を竦めたイチハは口を開いた。

 「そんなに嫌ならあの場所に置いてけばよかっただろ」
 「俺だってそう思ってた。……けど、この子がお前を見捨てるのを嫌がったんだ」

 呟いた縞斑は諦めたようにため息を吐くと、自身にもたれてぐっすりと眠っている神無の頭を撫でる。
 呆れたように、けれど何よりも愛おしげに細められたその瞳に込められた感情を理解できないイチハが黙って見つめていれば、それに、と呟いた縞斑が言葉を続けた。

 「主人のいないお前には、この子を殺す理由なんてないだろ」
 「……だとしても、お前らには僕を助けるメリットなんて何もない」
 「そうだね。ドロ課にいたらそうだったかもしれないけど、生憎今の俺はスパローのリーダーだから。路頭に迷った変異体を保護するのも仕事のうちだ」

 神無はイチハの破壊を嫌がった。
 スパローに連れて行くことは許可できないと縞斑が告げると、彼はスパローや警視庁から離れた場所に運んで処置をしたいと提案したのだ。
 神無の意思は固く仕方なく首を縦に振った縞斑は、反抗の意思を見せたら破壊することを約束した上で、近々撤退予定のセーフルームを仮設の治療場所として選ぶことにしたのである。
 シャットダウン中にニトを呼んであらかたの修理をして貰った後は、自己修復に任せて充電スペースに運んだらしい。
 明瞭になった思考で状況を把握したイチハは、ぎっと奥歯を噛むと金切り声を上げた。

 「僕は変異なんかしてない!!!!」

 イチハの声に滲む敵意を感じ取った縞斑が毛布を跳ね除けて身構えれば、急に感じた冷気と大声に驚いた神無が瞼を開く。

 「い、ちは……?」
 「あんなポンコツたちと一緒にすんな!!!施しなんて与えて感謝すると思った?!雑魚な人間たちが馬鹿にしやがって!!!!」

 頭を振り乱してそう叫ぶ彼の姿は、まるで感情の宿ったひとりの人間のようだった。
 まだ襲い掛かる力はないようだが、このままではいつ神無に手を出すか分からない。
 危険だと判断した縞斑が約束通りサブマシンガンを構えれば、びくりと肩を揺らしたイチハの瞳が恐怖に揺れた。
 その一瞬を見逃さなかった神無は、慌てて手を伸ばすと縞斑の袖を引く。

 「っ待って先輩、まだ」
 「……神無ちゃん、」

 イチハは壊れることに恐怖を覚えている。それは立派な変異の証拠であり、これ以上の刺激は自己破壊の原因になるだろう。
 まだ様子を見ようと縞斑を引き止める神無の姿が癪に触ったらしいイチハは、きっと神無を睨むと怒鳴り声を上げた。

 「お前のせいだ!!お前が大人しく死んでたら!赤星のバカがちゃんと絞め殺してたら!!こんな惨めな思いなんかしないで済んだのに!!」
 「お前!!」
 「先輩!だめ!!」

 縞斑の瞳が怒りに染まり、咄嗟に引こうとした引き金を神無が腕を掴むことで制する。自分は気にしていないと語る瞳を目にした縞斑は、仕方なく舌を打った。

 「……警察に追われて、命令もないし……わけわかんない、こんなにめちゃくちゃにするくらいなら、いっそ壊してくれたらよかったのに」

 何度も地面を殴ってそう声を上げるイチハの姿は、まるで親と逸れた子供のようだった。
 彼の根底にあったのは人間への悪意ではなく、人間への悪意をもった主人の意思だったのだろう。
 それを当たり前として飲み込んで生きた今、周囲から主人や自身の存在が否定され続ける現状はイチハにとって耐え難い苦痛だった。
 どこで間違えたのかすら教えてもらえない。そもそも、間違いと正解を嗅ぎ分けて選ぶことすら出来なかったのに。そんな彼の救いは何処にあるのだろうか。

 「僕は……あの場所で満足だったのに、」

 赤星を贔屓する主人のことは気に食わなかったが、主人の自分に対する扱いは嫌いじゃなかった。
 主人の細かい生い立ちなど機械の自分には関係ない。自分を効率の良い機械として割り切ったその姿勢は一種の敬意や羨望のようなもので、自身の存在意義を確かめるには十分だった。
 蹲って動かないイチハの元へ、神無がおそるおそる一歩を踏み出す。縞斑は咄嗟に彼の肩を掴んでその歩みを引き留めた。

 「神無ちゃん……
 「分かってる……けどこのままじゃ、誰も幸せにならない」

 呟いた神無は縞斑の手を取ってそう説得すると、今度こそイチハのそばへ歩み寄る。
 膝をついて目の前にやってきた気配にイチハが顔を上げれば、恨みとも怒りとも違う、哀しみの滲む静かなアメジストの瞳がそこにあった。

 「……なん、」
 「俺は……お前のことを許せない」

 あの時、施設に侵入した神無たちを迎え撃った者が赤星だけだったなら、彼も白瀬も死ぬことなどなかっただろう。
 赤星の変異や感情を受け止めて正面から向き合う時間の余裕を与えられたなら、今神無が抱える後悔などなかったはずだ。

 「けど……憎んでも、恨んでも……お前を壊しても、透也は戻ってこないから」

 失われた命が蘇ることはない。魂の在処が違うアンドロイドだって、スタックを失えばそれは同じだ。
 あの爆発に赤星の体が耐えられるはずもなく、何度も行われた瓦礫の中の捜索でもついに彼の欠片すら見つけることは叶わなかった。
 有馬や自分自身を恨んだことは数知れない。彼の元で動いていたイチハに矛先が全く向かないほど聖人にはできていない神無だが、ひとりで生きる苦しみを経たイチハに自分からこれ以上制裁を与えるのも間違っている。

 「……だからもう、自由に生きてほしいよ」
 「…………なんだよ、それ」
 「何が悪いことで、何が良いことなのか分からないだろうけど……それは俺たち人間だって同じだから。生きたいと思う限り生きててほしいって今は思ってる」

 廃棄を免れてここまで生き延びたイチハにせめて、残りの時間を自分らしく生きてほしい。そんな当たり前の生き方は、赤星がどれだけ願っても叶えられなかったことだと思うと胸が痛むけれど。
 神無の言葉を聞いたイチハは目を見開くと、わなわなと肩を震わせて俯いた。

 「……そんなの綺麗事だろ。僕のこと壊して、憂さ晴らしでもなんでもすれば良いじゃん」
 「そんなことしても、虚しくて哀しいだけだ」

 『復讐は何も生まない』という言葉には、きっと大きな誤りがある。
 復讐によって満たされる心などたかが知れていて、それ以上に自分の手を汚してしまったという事実と、それでもなお埋めることのできない喪失感に苛まれることになるのだ。

 「……むかつく」

 刑事として、人として懸命に正しく有ろうとする神無の姿を呆然と見上げていたイチハは強く奥歯を噛むと、そばに置かれた目覚めたイチハのために用意していたらしいカップを叩き割った。
 破砕音に怯む神無を前に散らばる破片の一つを握りしめたイチハは、手のひらが青に汚れることを気にも止めず神無に向けて切先を振り上げる。

 「ッ、神無ちゃん!!」

 咄嗟に応戦が間に合わないと判断した縞斑は神無の腕を引き、イチハから庇うように自分の背後へ回した。
 前へ出た縞斑は攻撃を避けることなく、神無にその被害が及ばないようにイチハを睨みつける。
 その切先が縞斑の胸を貫く寸前、ぴたりと動きを止めたイチハは目の前で行われるやり取りが理解できずに額を押さえた。

 「……なんでだよ、意味わかんないよ…………

 自分が殺されるかもしれないこの状況で、何故縞斑は神無を庇ったのだろうか。その行動に一体何の得があるのだろうか。
 どれだけ頭を回しても分からないその答えによろめいたイチハは、手の中からかしゃんと破片を落とすと彼らとは反対側の窓際へ駆け寄った。

 「イチハ……!」
 「きらい」

 引き止めようと手を伸ばした神無は、きっぱりと告げられた拒絶の言葉に足を止める。
 ゆっくりとこちらを振り返ったその表情には、出会った当初の憎しみの代わりに困惑と哀しみが滲んでいた。

 「人間なんて……僕よりあったかいやつなんて、みんなみんな大嫌いだ」

 羨ましいだなんて、温かいだなんて、絶対に認めてやるもんか。そうでなければ、先にその感情を手に入れていた赤星に劣ってしまうから。
 縞斑が銃口を向けるより早く、窓の向こうへ飛び出したイチハはその姿を闇夜にくらませてしまう。
 翻るカーテンの向こうに広がる変わらない街の景色を、神無はしばらく呆然と見ていることしかできなかった。




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