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美しきゼラニウム

全体公開 神無三十一受け 17 40 6314文字
2024-11-27 16:53:05

カルみと(+☕️さんと🐸さん)
シナリオネタバレあり(ぼいどのみ)

 

 神無三十一が縞斑狩魔と付き合い始めたと打ち明けたのは、夜も深まるリビングに帰代変と聖心だけがいるタイミングだった。

 「今までと何か変わるわけじゃないけど、ふたりには報告しておこうと思って……
 「黙っててもいいんじゃないのって一応言ったんだけど、ずいぶん君たちにはお世話になったらしいからね」

 時間遡行犯の指示によって送り込まれたアンドロイドを保護するという目的で宿舎に転がり込んでいる縞斑に、他の刑事たちはあまり馴染めずにいる。
 神無の知り合いならばと緊張は多少解いているものの、そのやり取りはぎこちないものだった。
 そんな彼らに邪推や不安を与えないためにも恋人という関係を教えるのはいかがなものかとと苦言を呈した縞斑だったが、神無はせめてずっと相談をしていた帰代と聖には伝えたいと打診したのである。

 「……そうか」
 「おめでとう二人とも、よかったじゃない。いやぁ心さんはずーっと前から二人はいつくっつくのかなーって思ってたよ」

 照れたように俯く神無と、彼を温かく見守る縞斑の姿を交互に見ていた帰代は複雑な表情で押し黙り、そんな彼の肩を軽く叩いた聖が明るい声で祝福の言葉を贈った。
 聖の言葉を聞いて受け入れてもらえたと安堵した神無は、嬉しそうに縞斑の顔を見上げる。そんな彼の頭を撫でて笑う縞斑の姿はお似合いのカップルそのもので、聖は僅かな羨望を飲み込んで穏やかに笑った。

 「……やっぱり君は反対かな?」

 俯く帰代の表情を見た縞斑が尋ねれば、顔を上げた彼は珍しく焦ったように視線が揺らいだ。
 動揺する帰代の視線はちらりと神無に注がれたが、不思議そうに首を傾げる彼を見て諦めたように目を伏せる。

 「ずっと前から反対はしてる。けど、神無がそれでもと言うならこれ以上止めるつもりはない」
 「帰代先輩……

 そう呟いて顔を背けてしまった帰代の顔色を伺う神無を見た聖は、ぱっと思いついたように顔を上げると縞斑の手を掴んだ。

 「よーし、じゃあそんな幸せ絶頂期の縞斑くんと少しだけ二人きりでお話しちゃおっかな」
 「は?」
 「ほらほら、変ママは変ママできっと可愛い娘と二人きりで話したいだろうし、その間に俺たちもお話しようよ」
 「おい聖!」

 唖然とする縞斑の手を引く聖を止めようと声を上げた帰代だが、軽くウインクして見せる聖の姿を見た彼は深いため息をついて頭を掻いた。
 止めるつもりのない帰代に神無が大いに焦り、縞斑を連れてリビングを出て行こうとする聖の袖を引く。

 「聖先輩?!先輩となにすんの?!」
 「なにって、お父さんから彼氏へのお話と……ちょっとだけ味見?」
 「味見!?なんの!?!?」
 「いやね、三十一ちゃんのお口に合うかどうか俺が責任を持って確認を、」
 「だっ!だめだめだめぇ!!先輩逃げて!!食べられちゃう!!!」

 大人しく聖について行こうとしていた縞斑の服を掴んで必死で止めようとする神無だが、縞斑は苦笑いを浮かべてそんな神無の手に手のひらを重ねた。

 「大丈夫だよ神無ちゃん、この人の冗談だから」
 「で、でも……!」
 「帰代ちゃんが君と話したそうだから二人きりにしてあげようって気遣いが素直に提案できないかっこつけなだけだよ」
 「こらそこー?心さんの分析をするのはやめなさーい」

 冷静に分析する縞斑を指摘した聖の声色に劣情は微塵も含まれておらず、彼の言う通り冗談なのだろうとようやく納得した神無は縞斑と繋いだ手を離す。

 「話が済んだら先に部屋に戻ってて」
 「……うん」
 「良い子。部屋覗いたらだめだよ」
 「し、しないしそんなこと!!」
 「あはは、行ってきます」

 唇を尖らせる神無の頭を撫でた縞斑が今度こそリビングを離れれば、そうこうしている間に帰代が冷蔵庫で冷やしていたプリンを取り出したらしい。

 背後から聞こえる明るい神無の声を聞きながら、彼らは聖の私室へと入って扉を閉める。
 それまで笑顔で神無に安心するよう手を振っていた縞斑は、扉の向こうに気配がないことを確かめると表情を消して部屋の主である聖を見やった。

 「……それで?神無ちゃんに内緒で急ぎ俺に伝えたいことってなにかな?」
 「うーん、話が早くて助かる」

 聖の縞斑を連れ出す口実は帰代と神無に話す時間を作るという自然なものだったが、縞斑の目にはこちらが本命のように見えていたのだ。
 彼の読みは正しかったらしく、からりと苦笑いを浮かべた聖は部屋に設置された棚の奥を漁りながら言葉を続けた。

 「一応言っておくと、変ちゃんが気持ちを整理する時間が必要だなって思ったのは本当だよ」
 「なるほど?」
 「けどまぁ……縞斑くんの読み通り、俺が君に話をしたほうが良いと思ったのも本当」

 やはり、犯罪組織である縞斑と新米刑事の神無が共に生きることに対しての苦言だろうか。そう身構える縞斑を横目にふっと小さく笑った聖は、棚の最奥から取り出した一冊の冊子を彼へと差し出す。

 「今からすることは、俺のただのお節介だ」
 「……?」
 「本来なら三十一ちゃんの口から告げるべきなんだろうけれど、彼は話さないだろうし……きっと今知らなかったら君は一生後悔することになるから」

 縞斑と神無が他人ではなくなり、共に生きることを選んだのであれば、縞斑には神無のとある隠し事を知る権利があると聖は考えたのだ。
 それはきっと、聖が今動かなければ神無から明かされることはない。神無の意志を尊重して口を噤むことも考えた聖だったが、あとから事実を知らされた縞斑の心中を察すると動かずには居られなかった。

 「……これからも三十一ちゃんと生きていくことを選ぶなら、一通り目を通しておいてほしい」
 「これは……紙カルテ?」

 受け取ったそれは、縞斑の時代にはもう馴染みのない紙で書き記されたカルテだ。
 医師免許を持つ聖心とはいえ、病院で保管されるような個人情報を自室に所持していることを不思議に思いながら縞斑はそっと表紙を捲る。
 そこに記された簡潔な文字に、彼は小さく息を呑んだ。

 「……神無三十一への毒薬投与とその経過…………

 縞斑の強張る指先がページを捲る。
 そこに綴られた文字は悲しいほど簡潔に、淡々とカルテの人物への毒薬の投与とその容体を語っていた。

 「投与後6時間後発熱……18時間後回復、投与直後昏倒1時間後解毒剤投与、解毒後も手足の痺れと全身を刺すような痛み………
 「少し前から、三十一ちゃんはこっちの世界に来るたびに毒薬を投与して体に耐性を作る訓練をしてた。これはその経過観察書だよ」

 聖の声は、呆然とページを捲る縞斑の耳に届いていなかった。
 毒薬を投与したあとに自然に回復したものもあるが、ほとんどが苦痛を訴えて解毒処理を施したり、その後も毒の後遺症に苦しんでいるものばかりだ。
 その日付を確かめていた縞斑は、情報共有のためにスパローを訪れた神無の顔色が悪かった日と一致することに気がつく。
 当時心配して声を掛けた縞斑に対して、神無はなんでもないと笑っていたが、そのときには貧血によって立っていることすらままならなかったらしい。

 「……誰がこんなこと許可した?」

 尋ねた縞斑の声色は、想像以上に怒りに満ちていた。
 毒に体を慣らす訓練は確かに存在する。縞斑も昔、公安に配属されてすぐにその訓練を受けた覚えがあった。
 しかし、体の弱くまだ若い神無にその負担は計り知れず、一歩間違えれば致命的な後遺症や命に関わる事故だってあり得ることだ。
 そんな危険な行為を過去の世界で隠していた理由を問い詰めるように縞斑が詰め寄れば、聖はそんな彼をまっすぐに見上げたまま口を開く。

 「最終的に報告したのは変ちゃんだけど、実際に投与と管理を行ったのは俺だ」
 「…………神無ちゃんの直属の上司は?」
 「三十一ちゃんが説得したから知ってる。相棒のアンドロイドちゃんには言ってないらしいけど」

 この宿舎で暮らす刑事たちを統括しているのは帰代だ。彼さえ許可しなければこの訓練は行われることがなかったはずである。
 そう拳を握る縞斑の考えを知ってか知らずか、聖は彼に向けて静かな声で言葉を続けた。

 「俺が言えたことじゃないけど、変ちゃんのことをあまり責めないでほしい。最後の最後まで彼はこの訓練に反対していたし、多分今も……言わないだけでずっと後悔してる」

 神無からその提案を聞かされたとき、帰代は頭ごなしに神無の言葉を否定して言い合いになってしまったのだ。
 まだ若い彼にどんな後遺症が残るとも知れない危険な行為はさせられないと断固反対する帰代を宥めて、どうしてそんな提案をしようと思ったのか理由を聞き出したのは聖だった。
 自分は公安警察である以前に命を狙われる可能性がある立場にある。そのとき、毒に多少の耐性があれば周りに迷惑を掛けずに済むかもしれない。
 そんな神無の主張を、縞斑だけは正確に理解ができた。あの事件以降天城の息子としてメディアに晒されてしまった神無はどこで誰に命を狙われるか分からない立場にあるのだ。

 「結局三十一ちゃんの説得に俺たちは折れて……彼の希望で訓練は全てこちらの世界で管理することになった」
 「……せめて医療設備が整ってる場所でやるべきだろ」
 「俺もそう言ったんだけど、あっちの世界で訓練してたらみんなに隠し通せないからって頑なでね」

 きっと神無は仲間たちに相談したらこの提案を反対されると考えていたのだろう。だからこそ、仕事として割り切ってくれるであろう過去の世界の刑事たちを頼ったのだ。
 拳を握りしめて俯く縞斑を見上げる聖は、彼の心中を察して眉を下げる。
 自分のことを大切に思ってくれていると信頼しているからこそ、縞斑に告げないことを選んだ神無の判断は正しいけれど残酷だった。

 「この話を聞いた上で黙っていてもいいし、話し合ってもいいと思う。カルテを見たことに関しては俺のせいにして構わない」
 「……随分この世界の人間はあの子に甘いね」
 「三十一ちゃんが特別ってわけじゃないよ。俺はただ、そろそろ変ちゃんを罪悪感から救ってやりたいだけだ」

 帰代が最終的に首を縦に振った理由は、神無が実際に命を狙われたことがあるという点にあった。
 自分たちより先の時代を生きる神無へ安全な世界を作ってやることができなかったことへの罪悪感から、彼はその贖罪も込めて責任を背負ったのだ。
 神無が仲間たちに言えない罪悪感を抱えると同時に、帰代もまた神無にそんな秘密を抱えさせているという罪悪感に苛まれていた。

 「……悪かった」
 「いや?恋人である君が怒るのは当然だし、むしろ怒ってくれて俺はほっとしてる」

 縞斑の神無を思う気持ちは本物なのだと確かめることができたことは収穫だと笑った聖は、縞斑からカルテを受け取って誰にも見られる心配のない棚の奥へと仕舞い直す。

 「それじゃ改めて、三十一ちゃんのことよろしくね」

 ひらりと手を振る聖には何も応えずに、縞斑は部屋を出ると真っ直ぐに神無の部屋を目指した。
 足早にたどり着いた部屋にノックと同時に入れば、ベッドで休んでいたらしい神無が慌てて飛び起きる。

 「わっ先輩!?びっくりしたぁ、聖先輩と話終わったんだ?」

 笑みを浮かべる彼の顔色は、部屋の薄い灯りで見れば青白かった。
 神無は縞斑がこちらの世界に来る数日前から滞在している。カルテによれば、ここに来た初日に投与した毒の後遺症がまだ残っているため安静を命じられていたらしい。
 これまで浮かれていて気が付かなかった自分の愚かさに唇を噛んだ縞斑は、大股で神無に歩み寄るとその体を抱き寄せた。

 「えっ……せ、せんぱい?!」
 「……君の体調のこと、全部聞いた」

 恋人からのスキンシップにわたわたと照れていた神無は、縞斑のその言葉を聞いた瞬間ぎくりと体を強張らせる。
 悪いことが見つかってしまったかのように青い顔で俯く神無は、咄嗟に縞斑の腕の中から逃れようとしたが、彼はそれを許さないというように腕の力を強めた。

 「せんぱい、あの……っ」
 「…………逃げないで」

 呟いた声は思いの外弱々しくて、驚きに目を瞬いた神無の肩に額を預けた縞斑は浅く息を吐く。

 「責めたりしない……君の覚悟を汚したりなんてしないから、」
 「……せんぱい?」
 「お願いだから、隠さないでほしい。……心配することだけは許してくれ」

 消え入りそうな声で懇願する縞斑を見上げた神無は、はっとしたように息を呑む。
 彼のためを思って黙っていたことだが、それがかえって彼をより一層傷つけてしまったのだ。
 恋人になって尚更伝え難くなった訓練の内容を、おそらく聖が縞斑に打ち明けたのだろう。あとから全てを知った縞斑が今以上に傷つくことのないように。

 「……ごめん、なさい……おれ、」
 「謝らなくていい。君は悪いことなんて何ひとつしてないだろ」
 「でも……先輩のこと、きずつけた」
 「……それも神無ちゃんのせいじゃない。ちょっと浮かれて気付かなかった自分に落ち込んでるだけだから、気にしないで」
 「気にするよそんなの……

 言葉通り肩を落とす縞斑の背を撫でる神無は、申し訳なさそうに眉を下げる。
 命を狙われる可能性があること、それから自分なりに身を守る方法として神無は最善を選んだつもりだ。今だってその選択を間違っているとは思わない。
 けれどその選択は、自分を大切に思う縞斑のことを傷つける選択だった。縞斑のためだと言ったが、本当は傷ついた彼の顔を自分が見たくなかったからだ。
 最初は打ち明けた聖のことを内心で責めた神無だったが、このまま打ち明けることなく嘘で隠し通して、あるときふと縞斑に知られてしまった未来を想像してぞっとした。
 深く傷ついた彼はきっと、それまで気付かなかった自分を責めて距離を置いてしまうに違いない。神無がどれだけ悪くないと言っても耳を貸してくれないだろう。

 「……ごめん、次からちゃんと伝えるから」
 「そうしてくれると嬉しい」
 「うん。……心配かけてごめん」
 「……俺こそ、気付かなくてごめんね」

 縞斑の腕に抱かれた神無はそれまで覚えていた気だるさを隠すことをやめて体から力を抜いた。くたりと自分に身を任せる彼を支えた縞斑は、心配するようにその青白い顔を覗き込む。

 「ちょっとだけ体がつらくて、だから……えと、」

 言葉を選ぶ神無を見た縞斑は、彼の意図を理解した様子で頭を撫でてベッドに柔らかく倒した。

 「じゃあ、一緒に寝ようか」
 「……!うん!」
 
 素直に甘えたい気持ちを受け止めてもらったことが嬉しい神無は、ぱっと表情を明るくして横になった縞斑の胸に顔を埋める。
 隠し事をしていたという罪悪感から解放された彼は、ほっと息を吐いて縞斑の腕の中で意識を曖昧にしていた。

 「……せんぱい、ありがと、」
 「うん。起きたら……こっちの世界の先輩たちにも伝えてあげようね」
 「ん……

 こくりと頷いた神無が寝息を立て始める。
 白く冷たい頬を撫でた縞斑は、勇敢な彼が一日でも早く全快することを祈ってその体をそっと抱きしめるのだった。




 


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