さめしし。ワンドロのお題「肉」「おねだり」で書きました。既につきあっていて、お互いのおねだりが可愛いなぁと思っている二人です。後半ちょっとだけセンシティブ。
@5_bluedaisy
村雨のおねだりは、かわいい。
肉を焼け、デザートを寄越せ、と食事に関しての注文はうるさい。が、選り好みをしたがるからといって他の物を食べないワケではなく、むしろ最終的には何でも綺麗に平らげる。箸でもナイフでもフォークでも、扱う動作は自然で洗練されていて、周囲を不快にさせるような食べ方は一切しない。好き嫌いの無さも、食事のマ ナーも、家庭できちんと躾けられたのだろうという育ちの良さを感じさせる。
「美味かった。これは、まだ残っているのか」
空になったビーフシチューの皿を前にして、村雨がオレを見つめてくる。
「おう。大鍋にたっぷり煮込んだからな。明日の分まで余裕だぞ」
「では、おかわりを頼む。それから明日の朝食は、是非このシチューをぱりぱりのパンで頂きたい」
「そう言うと思ったから、朝用にバゲット買ってあるぜ。プレーンで焼くか、チーズトーストにするか、どっちがいい?」
「どちらも、だ」
「りょーかい。んじゃ、とりあえず今のおかわりな」
オレは自分の青汁を飲み干し、グラスを持ったまま立ち上がる。テーブルの正面に座っている村雨に近づき、空のシチュー皿を手に取った。わずかに持ち上がった唇の端と細められた目から、嬉しそうな気配が伝わってくる。
ずけずけと遠慮なく要望を——時にはいくつも立て続けに——出してくるが、願いが叶えられた時は素直に喜ぶ。それも、村雨のおねだりがかわいいポイントの一つだった。確かに表現自体は分かりづらいが、慣れてしまえば意外と簡単に見極められる。それに、はっきりと口にしないクセに一から十まで察することを求め、外したら外したで怒り出されるよりは、たとえストレート過ぎるとしてもきっちり望みを言ってくれる方がよほど楽というものだった。世の中には、そんな面倒なヤツがごまんといる。
キッチンに入り、まだ熱い鍋の蓋を開けて、一杯目と同じようにシチューをよそった。変に手加減をしたところで、文句を言われるだけなのは目に見えている。
テーブルに戻って、おとなしくワインを傾けていた村雨の前に皿を置いた。
「ほら、肉多めに入れたからな。でも、無理はすンなよ」
「ありがとう、獅子神」
笑顔を見せ、きちんと礼の言葉を述べてから、村雨は早速スプーンをシチューに差し入れる。大きな肉の塊が掬われ、村雨の口の中へ小気味よく消えていくのを、オレは正面の椅子で頬杖をつきながら眺めた。
コイツに料理を作るのは、好きだ。恋人としてつき合い始める前からそうだった。
いつも美味そうに綺麗に食べてくれて、ちゃんと自然に礼も言える。またあれが食べたい、次はこれがいい、と伝えてくれるのも、満足してくれた証と思えて作り手冥利に尽きる。
他の連中もよく食べてくれるが、やっぱりオレにとって、村雨が美味いと言ってくれるのは特別なことなのだった。惚れているから、と言えばそれまでなのだけれど。
「どうした、獅子神」
何を感じ取ったのか、村雨が顔を上げて問いかけてきた。丸い眼鏡の奥から、深紅の双眸がオレを射抜く。
「別に。ただ、お前がオレのメシ食ってくれてンの、いいなぁと思ってさ」
正直に答えて、二秒。
村雨が、ふっと口元を綻ばせる。
「そうか。では、これからも遠慮なく頂くとしよう」
「おうよ。オメーのおねだりに応えられるように、オレもまた研究しとくから」
「既に今でも十分だが。あなたの作ってくれるものは、いつも美味しい」
そう言って村雨は、するするとシチューを平らげていく。最後の肉の欠片を大事そうにスプーンで口に入れ、グラスに残っていたワインを飲み干すと、ごちそうさまでした、と手を合わせてから改めてオレを見つめてきた。
「私としてはあなたにも、もっとおねだりをしてほしいのだが」
言い方に何か含むところがありそうだったが、よく分からなかったので、オレは首を傾げた。
「オレ? でもオメーは、料理しねぇだろ?」
「そうだな。だから、料理以外のことで、だ」
村雨はひたりと視線を据えたままで、オレから逸らそうとしない。これはこれで、何か答えを出せ、という村雨ならではのおねだりだった。
仕方がないので、考えてみる。
オレが村雨に、ねだるコト。何か、あっただろうか?
「あー……そしたら、さ。例えばなんだけど……明日の休日、買い物とかつきあってもらっても大丈夫か?」
「……買い物?」
「そ。リビングの照明、買い換えようかと思ってンだけどさ。お前もソファのところでよく本とか読むだろ? だから、光の色合いの好みとかあるだろうし、一緒に見たほうがいいかと思って」
「……」
「あ、でも、面倒とかだったら別にいいんだぜ? せっかくの休日だから、オメーがゴロゴロしてたほうが良ければ、それで」
「いや、行こう。だが、せっかくのおねだりが、そんな事でいいのか」
「……? ちゃんと料理以外のコトだろ?」
オレが問い返すと、村雨は小さく首を振った。
「……まあいい、あなたにもきっと、後で分かる」
そう言うと、テーブルに肘をつき、手の甲に顎をのせて微笑んでくる。艶やかな視線で、オレを見つめたままで。
いつも隈の消えない目元が、ほんのりと赤みを帯びて血色良く染まっている。ワインのせいなのか、ビーフシチューをおかわりして満足なのか、はたまた両方なのか、他に何かあるのか。
いずれにしても村雨が楽しんでくれているのなら、それはオレにとって、とても満足できることだった。が、しかし。
「……ほら、風呂沸いてっから。腹が落ち着いたら先に入れよ。オレは洗い物とか片付けるから」
「あぁ、そうさせて貰おう」
そう言いながらも村雨は、オレを視界に収めたままで立ちあがろうとしない。空になった皿を引き、キッチンの流しで泡を立てて洗いながら、オレは村雨が投げかけてくる視線を受け止めっぱなしになって、変な緊張と動悸に苛まれるコトになってしまったのだった。
* * * * *
獅子神のおねだりは、可愛い。
本人の努力の賜物である、よく鍛えた体を竦ませるようにして、そっと願い事を差し出してくる。臆病なまでにこちらの反応を伺い、気に障るようならすぐにでも撤回しようと身構えながら。
時として卑屈にも見えるその姿勢は、苦労という一言では到底片付けられない幼少期をくぐり抜けた、彼なりの処世術なのだろう。そこまで弱気にならずとも、と思うことが正直無いでもなかったが、本能に近いレベルで染みついてしまっているであろうことは、深く考えずとも理解できる。
だから、私は静かに聞く。やわらかく、彼の願いを受け入れる。
そもそもが全く無茶なところの無い、実に微笑ましいおねだりなのだ。たまにはもっと我儘な事を口走って、私を困らせてくれてもいいのにと思う。
そうすれば、愛おしいあなたの大胆な願いに目を丸くしながらも、叶えた時の笑顔に胸を高鳴らせ、奔走する恋人という役どころを堪能することができるのに。あなたをもっと、幸せにしてやれるのに。
お人好しで優しい獅子神は、おねだりを叶えてもらうよりも、叶えようとする方ばかりに動いてしまう。
だから、私は待ち望む。
とろとろに蕩けた彼が、遠慮という盾を失い、心の求めるままに、私に縋るひと時を。
「んっ、ふ……あ、あぁ……っ」
深夜の寝室を、抑えられた声が震わせる。
私の指に応えて、逞しい体が熱を増していく。
我慢強い彼が、少しずつ抑制を失い、深く息を吐いて快楽を受け入れ始める。ひとつひとつの刺激に身を捩り、唇を震わせる度に、こぼれる喘ぎは高く、甘やかなものになっていく。
「……獅子神」
私は優しく名前を呼び、指を這わせる。彼の隅々まで、知らぬところなど無いように。
「う、ぁあ……村雨っ……、は、やぁっ……」
つぷりと指を沈め、優しく探る。彼のあげる声を楽しみながら、ゆっくりと開いていく。
自分の心拍数が、とくとくと上がっていくのがわかった。熱が集まり、鈍い疼きを訴え始める。逸るな、焦るなと自分に言い聞かせながら、指に力を入れ、動きを早めていく。全ての眼を獅子神に向け、どんな小さな反応も見逃さないようにしながら。
早く、聞きたい。恥ずかしがる彼が、それでも求める声を。
でもその為には。まだ慎重に、たっぷりと高めて。
「我慢するな、獅子神。もっと声を聴かせてほしい」
「ん、なっ……ぁひぃっ⁉︎ や、ぁ、んあぁ……っ!」
勝手知ったる一点を押し込むと、しなやかな背が反り、腰が浮く。繰り返し同じところを撫で摩れば、あ、あ、と獅子神はさらに声を上ずらせ、ひくりと喉を鳴らした。見開かれた眼に涙が張り、薄青色の瞳が潤んでいく。
とぷりと獅子神が溢れさせた透明な雫を、私は空いているほうの手の指で掬い取った。そのまま、熱い先端に口づける。
何よりも分かりやすい、欲情の証に。
「あっ、ふぁ……っ! な、何して、むらさめっ」
「あなたが、物足りなさそうだったので。一度こちらで達しておくか?」
唇を離し、ぴんと指先で先端を軽く弾くと、獅子神はぶるりと身を震わせた。埋めたままの方の指がきゅっと締めつけられて、私も自然と昂る。
すぐにでも攻めたいのをこらえて、獅子神を見つめながら待つと、やがて濡れそぼった瞳が私を見上げ、かすれた声が囁いた。
「オレだけは、やだ……お前と、一緒が、いいから……」
「……!」
「も、我慢できねぇから……早く、きてくれよぉ……村雨っ」
上気した頬と、熱い息。
つややかな唇が紡ぐ、甘いおねだり。
「は……っ」
——それが、聞きたかった。
一瞬で、理性がたやすく吹き飛ばされる。自分の口元が、にやりと笑みの形に吊り上がるのがわかった。
ヒッ、と喉に絡む音で、獅子神が息を漏らす。
「では……獅子神。あなたの、望むままに」
顔を近づけ、乱れた金髪を梳きながら、震える彼の唇に唇を重ねた。それから指を引き抜き、待ち望んだ熱を当てがう。
「あぁ、んはぁっ……!」
あとは、もう夢中だ。
熟れたやわらかい肉に自身を埋め、飽き足ることなく貫かずにはいられない。求められる以上に、何度も、深く。その最中にも私を請う声に酔い、さらに願わせたいと思ってしまう。幾らでも私を欲しがってほしい。いつまでも、ずっと。
自分に厳しく、他人になかなか望もうとしないあなたが、気づかないうちに抑えてしまっている願望を、すべて解き放ちたい。
私にだけは、心ゆくまで、あらゆる事をねだってほしい。
私は全力で、それに応える。
獅子神、愛おしいあなたに。