現実と虚構の区別がつかない方、生きているのが辛い方、犯罪行為をする予定のある方、何かにすがりたい方、殺人癖のある方、以上に該当する場合は御控え下さい。ってやつ。
@azisaitsumuri
人見広介→→Mr.リーズニング
巣鴨睦月→→金のテンタクル(?)
高田望美→→霧のミサゴ(赤のミサゴ)
田町まひる→暗所嗜好
目黒御幸→→ムカデ
上野こより→芸術学助教
大森となえ→スヴェンガリ
高島瀬美奈→夜魔の従者
言葉、男、狂気、少女、……さよなら。
思考は常にどろりとしたように粘ついている。それを多少煩わしいと思いながらも、その舐めるようなものを、不快と断じることが出来ず、快感なのかも分からない。しかし視界に入った物理的にどろりとした光沢に目を見開く。そのぬめりの中に取り込まれるように、あるいは逆にその男が取り込んでいるのか、そこで少女のようにあどけなく身じろぐ塊は、狂気の一言の言葉で終わらせるには惜しい程、妖艶で神聖だった。天使様だと思った。
目が覚めた。
どろりとした微睡は、体を起こしても粘ついて付き纏っている感じがする。
煙草を吸えば多少はすっきりする筈だ。そうして教師への道がしっかり見えるようにしなければ。
今日も教育実習が始まる。
教師の職場は、他の職業と違って誰もがそこを思い浮かべられることだろう。何せ生徒としてなら経験のある所だ。実際の仕事内容は兎も角、場所だけなら、細かいディテール迄思い起こすことが容易い。
そんな知った場所で、知らなかったような実習を終え、その報告日誌を、自分の実習を担当している教員に提出しに行った。これも毎日の実習内容に含まれている。
不在の担当教員に内心大きく安堵した。
人付き合いが苦手だ。
担当教員の席の机に日誌を置いて、さっさと職員室を後にした。
日は落ち掛けの夕暮れだ。昼と夜を、どろりと曖昧に混ぜ合わせた色。
対人は不得手だ。けれど、生徒となら、自分よりも格下なら、接することが出来るだろうか。
さて……どこへ行こうか?
煙草、吸うか。
屋上に向かった。
きっと夕暮れも近付く。
曖昧さに近付いたところで、どうとも成ら無いけれど。
屋上には先客が居た。生徒だ。霧色に一人で居る。
「おやまあ。教育実習の……先生。奇遇ですね。」
「こちらで何を?」
「煙草。」
「あらあらまあまあ。」
それでも教師を志す者ですか?となじるような言葉を、けれど可笑しそうに笑って言うさまは、どう言うわけだか快活で、そしりを感じなかった。小鳥の囀りみたいだ。
「……吸っても吸わなくても、教師は教師だ。」
教師の喫煙が文字通り煙たがられるのは、教育に悪いから、教育に悪いと言われるのは、健康を害するから。だからこれは、今もで緩慢な自殺を執行していると言うことだ。
屁理屈みたいな返事をすれば、余計に教師らしく無い。それを相手も思ってか、霧色が翼を震わせるように肩を揺らして、余計に笑う。
「一番ダメな自分は、残るんですよね。」
それに苛立ちでも叱るでも無く、好きにさせた。どうせ一人だ。
「先生は、死んじゃった鳥、見たこと有ります?」
「有るよ。」
「ほんと?」
「ほんと。」
「じゃあ、子供は?」
「……子供?」
「新しい恋に子供が邪魔って、ほんと?」
「……そんなこと無いだろ。」
「じゃあ、二人で飛び降りて、一人だけ生き残った子供は?」
具体例がどんどん解像度を増して行く。
「先生。」
「なんだ、死ぬか?」
「じゃあ、死んじゃった天使、見たこと有ります?」
思わず霧色を見遣る。
夕焼けに染められても、まだ尚霧色だ。
死んだみたいな色に、その時ばかりは安堵した。
「堕ちれば降りて来るか?」
「わたしだって、たまには地上に降り立つことも、有るでしょう。」
「飛べたんだな。」
「……どうでしょう。」
間を一陣の赤が吹いた。
「……それで、下校時間の今、おまえこそどうしてここに居る。」
「……わたし」
先に訊いて来たのはそっちなのに、同じことを返したら言い淀まれた。
「……鴉が鳴いたら帰るんだぞ。」
「……なにそれ。」
霧色は弱々しいけれど一度また笑った。
悪戯っ子のようなあどけなさが有るのに、謎めいた娼婦のような妖艶さだった。
不安定、だ。
「……わたし、帰りたく無い。家だと霧にされてしまう。わたし、赤く無く成っちゃった。だから、わたしの居場所は、ここだけなんです。」
霧よりよっぽど、今自分が吸ってるヤニのほうが、この生徒を汚せると思った。
「こんなわたし、鶚じゃ無い。もう戻れ無いなら、別の人格に生まれ変わりたい……!」
霧色が、赤い夕焼けを、遠く、遠く遠く、切なげに見遣った。
少なくとも、いつ迄もここに留まって居た所で、なんにも変わら無いのは間違い無い。
「……そんなに良いってんなら」
飛んでみろ。
だから、鶚を強引に抱きかかえて屋上から落とした。
その逆さまは中空で止まった。
「気持ち良いです、先生。」
そしてまた降りていった。
「さよなら……」
言葉。
ずんずん下がって行く生徒は、かえりの挨拶をした。
見下ろせば、確かに翼は真っ赤に染まっていた。
飛び立って新しい場所にいったのだ、空では、その夕焼け色が、その色に一緒に成って飛んでくれる。
いや、けれど、飛ばす前にその翼はきちんとむしったような。
だって一緒に飛ぶんなら、こちらは羽無しなのに、不公平じゃ無いか。
けれどここに霧色は何処にも居無いから、一人で飛んで居るんだ。こっちはそんなこと出来っこ無いんだから、一緒に飛ば無くて正解だった。
これで生まれ変われる。
惜しむらくは、煙草を一緒に落としてしまったことだ。
体の脂で燃えるかと思ったら、赤い水に赤い火は消えてしまったらしい。
それはそれで残念だ。
どうせなら、さいご迄燻ってくれれば良かったのに。
煙草もなくなってしまったことだし、屋上からは立ち去ることにする。
さて……どこへ行こうか?
その儘降りて、校庭に出た。
風が何処からか錆臭い匂いを運んで来る。
それを心地良く浴びていると、目前でも気持ち良さそうに夕陽を浴びて居る先客が居た。生徒だ。猫のように暗所でも自由そうだ。
「せんせーも日向ぼっこです?」
「……似たようなモンだ。」
もう日向ぼっこという言葉が通用する時間帯はとっくに過ぎて居るがな。
「ふーん。わたしと一緒ですね。親近感を覚えますので、ここは、おにーちゃん、って呼びますね?」
「先生とは呼ば無い気か?悪い子だな。」
「いい子とかわるい子とか、よく分かりませんもん。どーでもいーじゃないですか、ね、おにーちゃん?」
どこか気怠げで影を感じるのに、甘えた声でしなだれかかってくるさまは、本人が言った通り善悪も知らない純真無垢、それからに無知蒙昧のようにも思えた。
「遊ぼ!」
しかし呆れと同時に込み上げるのは好奇心だった。なんにも知らない、自分より下の相手に。なにをすれば、どうなってしまうのか。
「……遊ばない、って言ったら?」
「えーっ!そんなつまんないのヤですよー!だめだめ!遊ぼ遊ぼ、遊びましょー!」
「……どうするかな」
「むっすー!」
むっすー、と口に出して言って居る。
「帰らなくて良いのかな、って」
「わたしが許します!」
「はは、おまえが許してくれるのか。」
じゃれ合いたいと思った。
なら、と、試しに顎の下を擽って遣れば、喉を鳴らした。
「あぁん……くぅ……ん……」
次は腹を愛撫した。愛玩動物だから。
小動物、子猫みたい。
可愛がって遣ろうと思った。こちらを慕って、可愛いと思ったから。
「おにーちゃん、わたし、かわいいですか?」
「……可愛いけど、暗闇にまみれて居るのは、どうなんだ。」
「ねこはかわいいのがお仕事なので、ちょっとくらい汚れてても良いんですよーだ。」
この何も知らない、暗がりにちょっと爪を立てて楽しむ程度で安心を覚えるような相手のことが、知りたいと思った。
「おにーちゃんも、カワイイですね?」
気紛れで我儘でガキっぽくてなんの心配事も無いのだろう。滅茶苦茶にして遣りたい。
暗所を嗜好するくせに、その中できらきらと目を輝かせるしなやかな体は、矛盾して居るようで、そこは少しこちらを獰猛な肉食獣のようにさせると思った。
食材を切る時に俎板に押さえ付けるように、その体を鷲掴んだ。
「こら、大人しくしろ。」
それでも自分が大事にしたいと思って居るもの程この手からするりと抜け出してしまうように、よじった肢体が少し離れた。
それでも捲るようにして剥がした眼球の底にこそ、真っ暗な眼窩は隠して有った。
「分かって欲しい、堪らない程かわいいから、こんなことをしてしまう。」
「そんなこと、分かってます。かわいいのに。ぐぅ……んぐ、くるしい」
だからその暗所を引き裂いた。こっちの暗がりも、そっちの暗がりも、あっちの暗がりも、最後は全部切り裂いた。剥がした目は、別の暗所に埋め込んだ。そしたら暗所なくなった。
「さよなら……」
言葉。
鳴いた悲鳴の後に続いたものを覚えて居る。
力を込めた自分の指には、跳ね返るように小さな生き物の生命が感じられた。
炎のように煌びやかだった目は徐々に弱まり、痙攣して居た体も収まっていった。
反対に自分の気分は高揚して居た。
雨は子猫を甚振るかと思ったが、夕陽は校庭を暗がりなど何処にもなくなる程満遍なく真っ赤に塗り潰して居る。
花壇の花が赤いのは、元からなのか、名前が分からないから、分からない。
そのまま土に還れば良いと思った。
さて……どこへ行こうか?
そろそろ校内に戻るか。校庭から見えたそこに当たりを付けて、図書室に向かった。
夕焼け空はまだ赤いが、図書室の中はそれよりも仄暗かった。
まだ閉められて居無い図書室は、しかしひとの姿は無かった。否、先客が居た。生徒だ。一番角の席で本の虫と成っている。
長い手足を美しくとぐろを巻くようにして縮こまらせて、その体を上手い具合に目立たなくさせていた。
まるでそのために誂えた聖域みたいだ。
そして閉ざされた自我のようなそこに、今、足を踏み入れた。
本を読み耽って居る相手は、こちらに意を介した様子は無い。しかし本当はそうでは無い。
「……図書室に一人で居て、陰気な生徒だって、思ってますよね。」
「……おれは」
「このくらいの歳のコなのに、お洒落して街に出るなんてこともせず、獄囚みたいで。……言うことに気の利いたことも無い、つまらない、魅力なんて全然無い……。」
「そんなこと」
「わたしのこと、軽蔑して、バカにしてますよね。」
百足に巻き付かれたように、相手の自虐の筈の言葉が、こちらに同じように突き刺さる。
「いや、だから、さ……人にどう見られて居るか、そんなに気にしなくて良い。」
意識をし過ぎて、逆に身動き出来無いで居る。その体を縛るものは、何も無いと言うのに。
「わたし、そんなこと……。」
何事にも動じて居無いように見えて、その実、動け無い、それだけだ。
「無理矢理心を揺さぶられるのは煩わしいだろう?本当には動揺したく無い筈だ。」
「……それは。」
本当にはその身を縛り付けて居るものは何も無いのに動かせ無い体、それなのにそれとは逆に揺り動かされる心。
近くに置いて有った、本を束ねるための紐を手に取る。
霧散しそうなその体を実際に縛って、そこにきちんとした理由付けをすれば良い。消えるなら、こちらも消えよう。
「……なにを……?こんな、こと……」
長い肢体を、自ら折り畳んで本を読まずとも、縛り上げられて体の動きを止められたその心は、ばらばらに成りそうに成っていることだろう。しかしその心を繋ぎ止めて居るのも、紛れも無くこの縛り紐なのだ。
周囲を気にしてひとを寄せ付けず、頑なな外殻を物静かに知らしめて周りを拒絶する、そんな相手に触れて居る自分は、唯一許された存在に成ったのかも知れない。堅牢な殻の中身は、力強くぴくぴくと脈動するルビー色。ぐちゃぐちゃと柔らかく、湿った暗いなかは、浸っていれば心地良い。雨に濡れて居る。
「さよなら……」
言葉。
どうしたかって、そりゃ、縛った肢体の頭を図書室の机に叩きつけて叩きつけて叩きつけて叩きつけて叩きつけて叩きつけて叩きつけて叩きつけて叩きつけて叩きつけて叩きつけて叩きつけて。
さて……どこに行こうか?
廊下を進んで居ると、換気のためか、それとも大きな絵や彫像でも動かしたのか、廊下側の扉や反対側の窓も、全てが大きく開け放たれて居る美術室に通り掛かった。
開かれていても独特な空気感を抱いて居た教室内は、先客が居た。生徒だ。芸術を楽しんで居るようだ。
自分が学生だった頃、周りに背が低いだの女男だの言われて、勝手に女生徒ばかりの美術部へ入部届を出されそうに成ったことが有った。
「いらっしゃい。」
「……一人で居残り部活か?」
「だぁって。……期待、されちゃって。」
「……期待?」
美術部員は意味深に自分の胸元を焦ったく撫で下ろした。
「わたしなら賞取れるよ、なんて周りは勝手なこと言って来て、なのにその同じ連中が、わたしが誰彼構わず誘ってるって言うんですよ?」
今わたしはこうして居残ってるのにね?って。おどけたように言う仕草すらも、そう期待されて居るからそう振る舞って居るかのようだ。
「この教室に良く出入りしてるからって、美術用具の整理とか掃除とか、ちょっと手伝ってくれって、良いように使ってくれますよね?」
扉や窓が開いて居たのは、換気は換気でも、作品制作が要因では無いのかも知れない。
「……なんて。みんな、わたしのこと、よってたかってイジメてくれちゃって。調子良いですよね?」
「なら断れば良いじゃないか。」
「断れ無いことも世の中有るでしょう、大人なんだから、分かりますよね?」
「……そんな。そんなこと言ったって。……おれに何が出来るってんだ。」
「そのやって卑屈を見せてくる。傲慢。分かります?」
卑屈に成って見せれば、慰めを余儀無くされる。今話して居た、断れ無いことの内に含まれる。逆のことをやっているのだ。相手を強いている、傲慢だ。
何が出来るって、卑屈を見せびらかして、何もしない前置きをせっせと描く前に、自分に出来ることだけをやれば良いのに。
「……うるさいな。」
「あらあ。正論言われたら逆ギレするんですかあ。開き直ってるんですねえ。だからお話に成ら無いんですよ。」
相手は話しながらも、もう作業をする気は無いのか、澱み無く片付けを進めて居る。こちらは内心に澱みが溜まる。大きいものから小さいものへ、徐々に片付けが進んでいく。
「……おまえのほうが教師みたいだな。」
「ええ?そうですかあ?」
とぼけたように返すさまはこちらの神経を逆撫でするが、言っていることの内容は、何かを教えるようだった。感謝の念が浮かぶ。だが、殺してやる、と思う。
「そんなことより、まともに話も出来無いくせに、いつ迄そこで棒立ちして突っ立ってるつもりです?」
「居ちゃ悪りぃかよ。」
「わたしは、良いですけどお。……ここに居たら毒、ですよ。」
確かに絵の具を筆頭に、毒を材料にして居る用具も有る。
「……そうだな。画材は、ひとに危害を加えることの出来るものも、有るな。」
まだ片付けられて居無かったペインティングナイフを掴んで、芸術作品みたいな顔に突き立てた。
「さよなら……」
言葉。
石膏像が倒れて大きな音を立てたが、意外にも毒の無い台詞を言ったのは、はっきりと聞こえた。
キャンバス布を裂くような感触とも、粘土を差すような感触とも、違うものを感じた。なんだろうな、これ。そんなに不快じゃ無い。
拍子に筆洗いバケツでも倒れたのか、水分が広がった。真っ赤な色水が。
けれど丁度片付けて居た所なのだし、邪魔しちゃ悪いだろう。いつ迄もここに居座る理由も無い。
そう言えば、夢でみた妙な内容、一応、保健室に行って相談してみるか。確か催眠術師が居た筈だ。
保健室なのに、そこの養護教諭はパイプをふかして居る不良のようだった。スモーキングタイム。
「吸います?」
「……今は、やめておく。」
そ。とさして気にした風も無い、羽織った濃紺のガウンの影響か、緩んだ対応だ。
その態度に、逆に緊張が薄れて、夢の話をした。
「へえ。まあ、顔色は悪いですね。」
教育実習で疲れて居るのだろうか。きっとそうなのだろう。そう、そのせいだ。教育実習さえ終われば。
「うーん。そうですね。例えば。気になってるコとか、居無いんですか?好きなコとか?」
気になる。気になっている。いつだって、気になって仕方が無い。
めちゃめちゃにしたく成る。自分の手で壊したく成る。
それを好きと言うのだろうか。
「……居ません?」
「え?あ、い、居る。沢山。」
「沢山?」
「ああ。天使とか、屋上の小鳥みたいな鶚とか、図書室の本に夢中の百足とか、校庭の子猫みたいな暗所とか、美術室の説教して来る芸術作品とか、あと、天使とか。」
「……ふうん」
相槌にしては意味深な音だった。
そこで、保健室の扉、廊下が見える窓から。
「今の……天使……なんです?」
絶対に違う!
天使であって天使ではない。
それはおれの妄想に過ぎ無い。
「そうだ。おれの畏敬する天使様だ。」
その儘どのくらいの時間が経っただろう。
「……あの、第五人格ってゲーム有るじゃないですか?」
「は?」
パイプを咥えた口を突いて出たのは突拍子も無いもので、世間の認知度がどうかは分から無いが、少なくとも自分は知って居たから、疑問の音は発しながらも、たどたどしく首肯して見せた。
それだけの反応で満足したのか、相手はその前振りの儘話し出した。
「持ち物で特殊能力を発動させて、ロケットチェアで飛ばされてゲームオーバー……。」
「……それがどうかしたのか」
「脱法ドラッグの、それを体に取り込む遣り方知ってます?」
「は?知らない。」
「まあ色々有るんですけどね、それなりの器具が入用だったりするんですよ。」
相手は芝居掛かった身振り手振りで話して居る。
「電気椅子ってね、そりゃ電気流されるワケですから、トびますよね。」
その踊るような仕草を目で追って居た。
「自分の敵として追い掛けて来る怪物……。」
「サバイバーがジャンキーだって言うのか?元々アドベンチャーみたいな御伽噺じゃないか。」
「……で、ゲームの目的ってなんでしたっけ?」
「タスクをクリアして脱出……だろう?」
「そうなんですよね……」
「条件を満たしてゴールに向かう。謎解きの有る昔話に良く有る展開だろう。騎士道精神は無いかも知れないが、王道じゃないか。」
溜め息を吐くように吹き出したパイプの煙が。
「わざわざパズルを用意することが」
こちらの視界を白く染めて来る。
「本当に必要なんですかねえ……」
「ゲームのギミックがプレイヤーを楽しませるものだって大人の事情が分から無い歳じゃ無いだろう」
「必要だとしても、それを解けば本当に怪物から逃げられるのかどうか……」
それきり相手は黙り込んだ。今迄のお喋りが嘘のようだ。歳の話をしたのが気に障ったのだとしたら、それこそ大人げ無いことだ。
ともあれ、こんな話はくだらない。
サバイバーがどうしたと言うのか。だいたい。ああ、そうか。
相手がパイプを吸い終わって、始末を付けたところだった。
「妄想だとして、サバイバー自身が妄想してるわけじゃ無いだろう?」
「へあ?」
「探偵の妄想で、サバイバーに責任は無い」
「いや、だから。プレイヤー、探偵はサバイバーに」
「だったら誰が操作してるんだ」
「え?」
「俺がサバイバーなら、誰かが操作してる筈なんだ!」
「……なんでそっち側なんです」
勢い込んで養護教諭に詰め寄る。
「なにを……」
押し倒してるのはこっちなのに、嫌な汗ばかり流れて来る。
苦手だ、こいつ。
どこか後ろめたくて、遣る瀬無い。
垂れた汗を拭われて、思わずびくりとした。その冷たい手を目で辿る。
「脱げば良いですよ。」
しなやかで、煙臭い指。
「わたしのガウンを貸してあげます。ほら、わたしはおまえを害さないでしょう?」
濃紺の生地が、薄い肩から落ちた。
「焦らさないで……でも、強くし過ぎちゃだめですからね」
その言葉に添えたかどうかは、良く覚えていない。
「行かなきゃ。」
「は……?行くってどこへ行くんです!」
殺す。おれの邪魔をする、全てを。
駆け出した先に、罰すべき相手は居た。
「……置いて有ったの、見ました。」
実習報告のことだ。
「空欄が目立ちますね。もっと……そんなに難しく考え無くて良いんです。普通で。」
「……普通」
「……思ったこととか、今日有った出来事とか。ですよ。」
「思ったこと……出来事……」
「……兎に角、お疲れ様です。初日。どうでした。」
「……どう」
「……そうですね、まあ、最初ですからなんとも言えませんか、最初ですものね、まだ……」
逆に自分に言い聞かせるように担当教員は言った。
自分の担当している実習生が目に見えて何か学んで身に付けているほうが、そりゃ、担当としては、そういうのを望んでいるだろう。
ここで、今渡したのがその報告日誌だ、と告げることが嫌味になることくらいは分かる。
しかしひとと関わることは得意では無い。
正直実習報告を手渡すだけでも対面することに忌避感が有るし、その際に担当者の機嫌を取れるような気の利いた一言なんて添えられないし、それどころかわざわざ話を振られてもまともにこたえられ無い。
憂いを見せるような教師の姿は白く、小さく落とした息が、そのレースのような襟を揺らした。
「……新郎の衣装みたいだ。」
「は?」
今のこちらの一言で、担当の溜め息はまた増えることだろう。脈絡無いと、唐突だと、不躾だと、そう思われるのだろう。そういうことしか出来無いのだ、自分には。
「え、ああ。いや。そう、ですね。いえ、もし揃いの新婦衣装を纏っている相手がいたとしても、わたしはきっと、その従者のようなものですよ……。」
自称従者は、慌てたようにこちらの言った意味の分からないことを無理して拾い上げて、なのに冗談めかしつつ、下手に出るような返事をした。そういうことが出来ることを披露している時点で、なんにもしたてではない。
「……はあ、わたしが、教育係ですって?結構ですとも。その代わり、大人しくしてて下さいよね、全く。」
教育実習の担当教員だというだけの浅い関係の相手に、何故ここ迄一々物を言われなければならないのだろう。
「おれに命令するな。」
昔は好きだった。憧れてた。
「だめです。だめなのに。うそ。そんな。」
「今更遅い。」
さて……どこに行こうか。
あの悪夢は、天使がみせて来たんだ、おれに助けを求めて。
だから教室に向かった。
そこに居た生徒は、窓の外を見て居た。
こちらに向けられる気配が無いので、同じものを見ようとする。
雑木林が有って、大きな木が有った。
「天使の樹、って言うんですって。」
初めて聞く話に、けれどその呼び名から、何か幻想的な謂れが有ることは見当が付いた。
「……行くのか?」
「……ええ。あの、こう言ってはなんですが、あなたには救われたんです。」
「救った……おれが……?」
「はい。申し訳ないことだとは分かって居るのですが……」
天使を救わなければと思っていた。
天使が助けを求めたのはおれだと思っていた。
天使が求めたのはおれなんだと思っていた。
「わたしがつらくて。あなたに会って、せんせい、って呼んでしまった時。あなたを見て、わたしよりも、その、つらいひとが居るってことに、自分はまだ頑張れると思えるように成って。」
どろりと薄い背中から広がった光沢は翼だった。
夕焼けの光で黄金に輝いて居る。
「少し、待ってくれないか」
「……ええ。」
えずいて血を吐いた。
「待っています。おわるまで。」
天使が帰るのを邪魔して居たのは、おれだったのに。
天使の肢体にべたべたと懐いて居た怪物は、おれだ。
怪物に悪意が無くとも、天使には。
耐えられず背を丸めて跪くと、天使は真っ直ぐと宙ぶらりんに成って、天使の樹に吊られた。
醜悪な怪物、だから天使は樹に隠れた、いや、樹に成った。
そこから伸びて伸びて伸びて、そして天に届く。
空飛ぶ者と地を這う者の境界線として樹木はそのために有る。
「……それじゃあ、退院します。」
「さよなら……」
いつか聞いた言葉。いつも聞いた言葉。おれが聞きたかった言葉。おれが望んでいた言葉。最後の言葉。最期の言葉。あの艶めきがさよならのカタチを描いて、金属のように強張る。
全ては終わりを告げた。
自己破壊。
いつの間にか止まった血と静寂を取り戻した木々の中で、根が生えたようにただただ立ち尽くして居た。
だから天使はもう居なかった。
代わりに夜空に向けてゆっくりと昇って行く丸い黄金を、いつ迄も、いつ迄もいつ迄も見て居た。
けれど陰は怪物のように黒くて、伸びた枝木の姿は翼を広げた天使だった。
とうとう夜が訪れる。今日と言う日が終わるのだ。全てが。全てが終わる。
おれは高らかに笑う。
おれはさめざめと泣く。
おれはずっと救われたかった。
そこから校舎でもなんでも無い、なにも意味の無い建物に入る。
無意味なのは嫌だ。
救う、するべき務めが無いのは嫌だ。
死ぬべき理由が無いのは嫌だ。
おれは、おれには意味が……。
入った建物は病院だ。
「先生。」
「ああ、おまえ、戻って来たんですね!なんです、やっぱり煙草吸いますか?」
「病院でなんてこと言ってんだ」
「え……わ、分かるんですか!?」
「なんの話だ?おれはおまえの見習いなんだから、指示を貰わないと患者に何も出来無いぞ。」
「……患者」
こうして今日も忙しくて退屈なインターンとしての一日が始まる。それでも無意味では無い。
天使は夢じゃ無かった。ましてや妄想なんかでも。
けれどおれの患者の一人には確かに黄金の輝きが有る。
言葉を贈って、おれに、さよならを教えてくれ。