@akirenge
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戦争が始まった。すでに始まってはいたのだが、改めて、といったところだろうか。
ファウストは師匠であるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが特務司書の少女の手によってこの世界に
転生したことを見届けた。が、ゲーテの世界であった『ファウスト』はメフィストフェレスの手によって崩壊し、
ネコが犠牲となった。
「食堂はこっち。部屋の準備とかは急いでしてるらしいから、まずは何か食べて。記憶は曖昧なことがあるけど慣れるから」
「慣れていますね。貴方も戦闘後であったというのに」
「終わったら休むよ。大戦争が始まったからね。準備はしていたけれど」
師匠と徳田秋声の話をファウストは聞いている。秋声は帝国図書館の最古参文豪だ。
食堂に案内をされる。
「していたのか」
「こういうのはどれだけ準備が出来ていたかによるだってさ。料理長。新しい文豪のゲーテさんに何か作ってほしい。
かなり忙しいことになった。ファウストさんにも何か」
秋声は食堂にゲーテとファウストを通すと料理長に話して直ぐに離れて行く。食堂はがらんとしていたが人がいないわけではない。
テーブルの一つで食事をしているオムライスを食べている十代前半の少女と給仕らしい二十代の女性、そして三十代程の男がいた。
オムライスについては日本の洋食ということで知ってはいる。洋食は島国がアレンジした欧州料理だ。
「分かりました。……ゲーテさん。というとゲーテ」
「――まおーの人?」
料理長とファウストは面識がある。
結社から使いで来た時、食堂に通されたことがあるからだ。何回か料理を食べたこともあるが、
料理長の料理は食べやすい。ゲーテと呟く中、オムライスを食べていた少女はスプーンを止めて、じっとゲーテとファウストの方を見る。
少女は明るい色の制服を着ていた。
「魔王……だと師匠のことか」
「……だって、魔王。おとーさん怖いよの、魔王」
何故魔王と呼ぶのかとファウストは少女に視線を向ける。少女は魔王について話してくる。ゲーテは少女の言葉で何故魔王と呼ばれたか考える。
「私の詩。Der Erlkonigのことを言っているのですね」
「シューベルトの魔王よね。学校でやるもの。魔王」
「そうなのか?」
「知らないの?」
給仕らしい女性がファウストに疑問を向けてくる。少女の方は大きく何度も頷いていた。ファウストは給仕の女性は面識はあった。
食堂で食事をしている少女は初めて見かけたが。
「師匠のアルケミストとしての功績は知っているが」
「不思議な力を使うアルケミストなの。ゲーテって」
「そうなります」
「ゲーテというとドイツ文学界最高の作家とか言われてるのよ。音楽の授業でやったわードイツ文学の黄金時代を築いたとか」
アルケミストは給仕の女性としては不思議な力を使う者、となっているようだ。事実だが。
「お二人ともまずは席に。徳田さんが何か作ってほしいとだけ言うとなると、かなり大変なことになっているようですね」
「貴方がたは。すみません。私も来たばかりで何が何やらと」
「私はここの食堂の給仕でこっちは私の姪。許可を貰って帝国図書館の敷地内にある社員寮で一緒に暮らしているの。あっちは料理長」
料理長は慣れた様子で席に案内をしてくれた。丸テーブルに案内されて、椅子にファウストとゲーテは座る。
少女の隣のテーブルだった。
「……姪?」
「この子の母親が私の姉。姉は義兄と一緒に交通事故死したの。残ったこの子を引き取って、私もいくつかのことがあってここの給仕をしているわ」
「おせわになってます」
給仕の女性の姪であるらしい。彼女はオムライスを食べ続けていた。ファウストはオムライスについては日本発祥の食事として知っている。
関係については今聞いた。説明が終わり、少女が頭を下げる。
「誓約書は書いたので。秘密は言わないけど。ここは給料がいいし生活は大事だし」
「本、いっぱい読める」
家庭の事情があるようだ。ファウストはそれ以上は聞かないようにする。誓約書を書いているし、守る気があるようだ。
「お二人とも食事は何を。定食と……リクエストされれば大抵のものは作りますが」
料理長が聞いてくる。食事をしろとは言われているが、ゲーテによって帝国図書館の食堂は未知の場所である。
「それでしたら、彼女が食べている食事と同じものを」
「オムライス……?」
「ええ。これはどういった料理なのですか」
「ご飯をとり肉や野菜はケチャップと炒めてチキンライスにして焼いた卵を載せたもの」
「ゲーテさんってケチャップ……トマトの加工品を知っているんですかね。時代としては最古参でしょう。ポーさんより昔でしょうし」
ゲーテは帝国図書館に集う文豪たちの中では最古参に入る。
ポーはエドガー・アラン・ポーのことだ。結社が持ってきた封蔵書から転生した。有名な作家であるらしい。
「美味しいよ」
「食べてみましょう」
「貴方もそれでいい?」
「構わない」
「資料が直ぐに来ないのは珍しい。いつもなら転生した文豪がきてすぐに資料が来るのに」
料理長がオムライスを作りに厨房へと入っていく。資料について給仕の女性は口にした。
「……資料?」
「文豪が転生したら生年と没年と概要が書いてある紙が来るの、情報共有でね。忙しいから後じゃない。ゲーテさんというと魔王とか野ばらとか」
「野ばら、……ゲーテさんの資料、あるよ。学校で野ばらをコーラスで歌うから楽譜のほかについてた」
少女が思い出し、机の下に置いてある手提げかばんを掴んだ。手作りらしい手提げかばんの中身で楽譜と文字の書いてあるコピー用紙が出てくる。
コピー用紙は何枚かとめられていた。
「――『Heidenroslen』は私の作った詩です。これが日本に伝わり、翻訳されたのですね」
「高等部に行ったらドイツ語か英語でも歌わされるわよ。この子は初等部だから日本語だけど」
「見知った言い方だな」
「この子の通ってる学校を私は卒業したの。三校の一つでね。帝国図書館から少し離れたところにある女学校が三つ集まっているところ」
ゲーテに少女がコピー用紙を渡す。書いてあったのは野ばらの歌についてだ。ゲーテが産まれ、死んだ年も書いてある。
野ばらの唄は元はドイツ語であったのだが日本語に訳された。
「今年、初等部は合同で二種類歌うの。ヴェルナーとシューベルト」
「どう違う。歌詞は同じなのだろう」
ヴェルナーとシューベルトは作曲家であるようだが、どう違うのか分からない。
「シューベルトの方が、Sah ein Knab’ ein Roslein stehn,Roslein auf der Heiden,
War so jung und morgenschon,Lief er schnell es nah zu sehn,
Sah’s mit vielen Freuden」
高めの声で給仕の女性が歌った。ドイツ語で歌わされたと話していたのだが、歌詞は覚えたららしい。シューベルトが作曲した方の野ばらは速い。
軽やかで跳ねている。