@xxxyueyunxxx
その日、黒木嵐――その正体は半永久的な生命を持つ異種族『魔族』であるランフォードは、街を歩いていた。傍らには、遥か昔から行動を共にしている同族、ジェフの姿が。
「どうしたんだね、ジェフ?」
珍しくジェフが街中で足を止めていたから、ランフォードはゆったりと横に立つ。
ジェフの視線の向かう方向を見れば、映画の宣伝が。あれは子ども向けの最新映画だっただろうか。
「下らない。何がスーパーヒーローだ」
……どうやらジェフは、映画のタイトルが気に入らなかったようだ。
「良いじゃないか、ジェフ。君にもそんなヒーローを求めた時代はあっただろうに」
「生憎だが無いな、ラン。ヒーローなんてものは存在しないと、俺様昔から思っていたからな?」
……以前から感じていたが、どうもジェフは過去に大きな絶望を味わっているようだ。それこそ、ヒーロー――英雄なんて、いないと思うほどの。
この話をここで続けても恐らく平行線になりそうなので、ランフォードはこの場を離れることにした。
少し行ったところにカフェがあったので、そこに落ち着くことにする。運ばれてきた紅茶を口にして、やっと人心地ついた。
「お前はどこに行っても紅茶だな、ラン」
この店は恐らくコーヒーを売りにしているぞ、とジェフはカップを手にした。そのカップの中身は勿論、ブラックのコーヒーだ。
「そうなのかね、ジェフ? どこからそう判断したんだね」
「簡単だ。店の中にはコーヒーの香りが染み付いている。カウンターの中の器具も、コーヒーについてのものが充実している上に、どうやら独自の豆も販売しているようだ。ここから推測されることは、この店はコーヒーを売りにしているカフェではないかということだ……というだけだぜ」
なるほど、確かに見れば挽きたてのコーヒー豆が売られている。よくそんなところまで短時間で見ているものだ。ランフォードはというと、共にいる友人の姿と、メニュー表くらいしか見ていなかったというのに。
「相変わらず、君の観察力は凄いね、ジェフ。私にとっては、そんな君はある一面で英雄なんだがねえ」
「――何を言う、ラン」
柔和な顔を更にほころばせて、ランフォードは紅茶を口にした。喉を潤してから、更に続ける。
「だからね。大きなことをした人だけが英雄――ヒーローというわけでは無いと私は考えているということだよ。私にとっては、慎重に構えて物事をよく観察し、行動をしている君も十分にヒーローだよ。それは私には無いものだからね」
「……」
ジェフから言葉は返ってこない。ただ黙して、コーヒーを口に運んでいる。
「きっと誰しもが、誰かのヒーローなんだよ。君も然り。もしかしたら私も、誰かにとってはそうなのかも知れないね」
そう――自分のことはよくわからないが、ジェフに関しては確実にそうだと断言出来る。かつて出会った、ジェフの部族、ティファレトの絵描きの青年は、心からジェフを尊敬しているようだった。あの青年にとっては、きっとジェフはヒーローも同然だろう。他にもそんな部の民は多いに違いない。集めた情報を総合してみると、ティファレトの民とジェフは、案外上手くいっているようだから。
「――俺様がヒーロー、か。また似つかわしくない称号だな。お前の方が向いているだろう、ラン?」
ゲームの勇者は大体剣使いだぞ、とジェフは笑う。ちなみにランフォードの一番得意な武器は剣である。ジェフは錫杖を使うが、それの用途は主に魔法発動のための媒体だ。
「君、ゲームをしないのにゲームのことなんて知っているんだね」
「馬鹿。商店街でゲームの話題が出るから仕方なくだ」
「たまにはやってみればいいのに。ゲームも面白いよ?」
「断る。ゲームよりも骨董の方が面白いと思うぜ?」
それは無いよ、とランフォードは笑う。ランフォードに釣られてジェフも、笑っていた。
「ねえ、ジェフ。――さっきの映画も、確かスーパーヒーローは意外な登場人物なんだよ。確かいわゆる英雄譚とは、一味違う。――今からあれを、一緒に見に行かないかね?」
「子ども向け映画を、俺様とお前で見るのか?」
「いいじゃないか。実はあの作品は、大人にも人気だという話だよ? 私の同僚でも見に行った人は結構いてね」
「――お前、同僚と話題が欲しくて行きたいんだろう」
「ばれたかね? ねえ、行こうよジェフ」
ランフォードはジェフの瞳をじっと見つめる。その鋭い、一見冷たそうにも見えるシトリンの瞳を。
「――今回だけだぞ」
普段から映画はあまり見ないんだぞ、と漏らしながらもジェフは頷く。――それもよく知っている。それでも付き合ってくれるジェフは、全然冷たくないのだ。
ランフォードとジェフは席を立つ。今から行けば映画の次の回に入れるだろう。
――ささやかなヒーローの存在くらい、君も信じられるようになったらいいんだけどね、ジェフ……。
口には出さずに、ランフォードはそんなことを考えていた。