リクエストありがとうございました!
「oneでメガ様が死にかけてて余裕ないスタスクなスタメガ」です!
この後両波がちゃんと救出してくれた。
@fao_scherzo
霞む視界に、零れていく熱、もう痛みも分からない。
こぽり、と吐き出したエネルゴンは粘ついて、淀んでいた。口の中に錆の味が広がっている。
傷口から零れていく循環オイルもまた、泥のように重く濁っていた。
指先を動かそうとするだけでギィギィ軋みを上げて、錆びついた関節が悲鳴を上げる。
傍らで喚く男の声だけが、やけにブレインに響いていた。
「──だからッ! 戦線なんざ今はもうどうでもいいだろうが!! 基地の一つや二つくれてやれ!!」
『サンプルがあるのはこの基地だけだ!! すぐにワクチンを作る、それまでは──』
「ふざけんじゃねぇ!! もう時間なんざねぇんだよ!! なんでワクチンが無い!? 何で、~~っ!!」
スタースクリームの喚き声は、やがて音を失くしてしまう。
メガトロンが負傷し、二人で逃げ込んで来たのは有機物に覆われた洞窟だった。撃ち砕かれた足は軽くリペアをして、スタースクリームがメガトロンを連れて基地に戻れば問題なかった、はずだった。
異変に気付いたのは、リペアを施していたスタースクリームだった。傷口にこびりついていた少量の錆。最近は戦闘が続いていたから、またコイツはメンテナンスをサボったのか、と苦言を口にしようとしたところで違和感に気が付いた。
──錆の量が多すぎる。流れる循環オイルの色がおかしい。
気付いた時には遅かった。傷口を覆い尽くす赤錆に、容態を急変させたメガトロン。
古くからこの惑星で戦い続けた親衛隊が知らないはずがない。
全ての機械生命体が恐れたウイルスを。
感染したウイルスは赤錆病──通称、コズミックルスト。レッドルストとも呼ばれるそれは機械生命体にとって、かつては致死の病だった。
傷口から入り込んだウイルスが機体を食い荒らし、外装も内部も侵し尽くして最後はスパークにすら浸食し朽ち果てる。
即座に原因を特定し、基地に残るショックウェーブとサウンドウェーブに状況を説明し戦線を捨ててでもワクチンを持ってこいと言ったのに。返ってきた答えは、あまりにも酷く、無常なものだった。
大昔に抗体が見つかったはずのウイルスだろう。治せないわけが、無いだろう。
それなのに──。
アイアコンから追放された親衛隊に、碌な研究施設があるわけがない。そのアイアコンでも、枯渇したセイバートロン星で、かつての技術を、研究を、引き継げているわけがない。エネルゴンが湧きだし、漸くかつての研究も再現できるようになったというばかりだ。
センチネルが研究データを潰していたのも痛手だった。プライムの功績を消し去るためか、クインテッサの指示だったのか。それとも口減らしのために細菌兵器を扱うための下準備だったのか。
今となっては分からないが、コズミックルストを始めとしたウイルス研究のデータは研究所と共に消えていた。データ自体はどこかに隠されているのかもしれないが、あったとしてもアイアコン。ディセプティコンには手が出せない。
「──くそっ!!」
何もできない無力感に苛まれ、意味もなく地面を殴りつける。本来存在しないはずの草が揺れる様が苛立たしく、引き千切って投げ捨てた。
「────」
「メガトロン様っ!」
金属の軋んだ音に、スタースクリームは我に返って顔を上げる。
腐食が進んだメガトロンの姿にスタースクリームは息をのむ。ついには倒れ込んでしまったその姿に、見る物全てを威圧したあの威光は欠片も無い。
雄々しく輝かしかった白銀は、錆に侵され醜く穢れてしまった。
既に腐食した両足は崩れ、起き上がることも儘ならない。
全身に広がった錆は内部をも浸食し、緩やかに命を奪っていく。毒を滴らせた牙を見せる蛇が這いずり回るように、泥のように濁った循環オイルが機体を巡り、体内のエネルゴンを穢していく。
流れ出すエネルゴンも循環オイルも、全てが錆に汚されていた。
嚇怒と憎悪に染まっていた赤いオプティックは、今や見る影もない。
灯された光は弱々しく明滅し、眦から錆付いた液体が滴り落ちる。
接触感染によって惑星に広がるこのウイルスを前に、スタースクリームには最早どうすることもできなかった。見ていることしかできない自分に腹が立つ。
スタースクリームの内情を察したのか、メガトロンは既に殆ど機能しない機体を無理やり駆動させる。
「すた……もう、いい──」
「…………は?」
碌に動かせない発声回路を何とか動かして、耐え切れずに手を伸ばしてきたスタースクリームを止めてやる。ここで感染を拡大してしまっては、惑星が滅びてしまう可能性すらあるというのに。そうなってしまっては、意味がないではないか。
ごぼごぼと音を立てて逆流する、オイルなのか錆なのか、よくわからない赤黒い液体を零しながら。
「また、戻る……だろ、──あとは、お前、が──」
メガトロンが死ねば、ディセプティコンは分解されるだろう。
そうなれば、再びスタースクリームが彼らを纏め上げる。そうなったら、あとは好きにすればいい。
ディセプティコンを続けてもいい。親衛隊に戻ってもいい。
解放されたら、好きに生きればいい。
言葉はまるで音にならなかったが、伝わっただろうか。
ノイズに塗れたその声に、スタースクリームには言っている意味が理解できなかった。
今、彼は何と言ったのだろう。
──解放される?
──誰が?
──何から?
不思議と、ブレインは急速に冷えていく。
これだから、ガキは困るのだ。
そんな中途半端な覚悟で、親衛隊が、スタースクリームが、この印を刻みつけたわけが無いだろう。
見縊るな。
我らの忠誠心を、他ならぬ貴方が穢してくれるなよ。
「ふざけんじゃねぇ。テメェ、何言ってんのかわかってんのか?」
「────」
接触感染だというのもお構いなしに、スタースクリームは腐食したメガトロンの機体に掴みかかって押し倒す。腐食したパーツが、地面に叩きつけられたと同時にボロボロと崩れ落ちた。
「オールスパークになんざ行かせない。プライマスになんざ奪わせない。アンタのスパークは、ディセプティコンの物だろうがッ!!」
未だ錆びつくことなく、変わらず胸に抱かれたインシグニア。
その奥にあるスパークを握り込むように、スタースクリームはインシグニアを鷲掴む。
「勝手に置いて逝くなんて、許さねぇ……ッ!!」
スパークを軋ませる程の想いと共に告げられた星の慟哭に、メガトロンは僅かに目を見開いた。
──ああ、そうか。こいつらは、俺がいないとだめなのか。
脅迫しているようでいながら、泣いて懇願しているように聞こえてしまったその声に、何故だか酷く笑いたくなった。
全く、仕方のない奴だ。本当にこれが、かつて羨望し憧れた親衛隊の姿か?
いつもいつも、ガキだなんだと貶して来るくせに。これではどちらがガキだかわかった物じゃない。
日和見主義で、いざとなれば保身に走る臆病者が。致死のウイルスも構わず掴みかかって泣き喚く。既に肩を掴んだ指先から錆が拡がり浸食しているというのに、スタースクリームの手は離れない。
機体の奥深くに潜り込んだウイルスが配線を伝い、スパークを蝕むような不快感も感じているはずなのに。
これが、彼らの言う忠誠という物なのだろうか。
もしそうであるならば……ああ、いいともさ。応えてやろう。
それが、自らを選んでくれた彼らに対する誠意になるのなら。
軋みを上げて、崩れていく装甲も構わずに、ブリキのようにぎこちない腕を持ち上げる。
触れられることを拒んだくせに、今度は迷わず彼の頬に手を添えて。今にも泣きだしそうなその顔に、情けないと笑ってやった。
「ならばお前がついて来い。ディセプティコンで在り続けろ」
頬に摺り寄せられた、錆の塊となったその指を、スタースクリームは躊躇なく口にする。噛み砕かれた指先に痛みは無い。
確かに飲み下された欠片を見守り、メガトロンは告げてやる。
「ディセプティコンが在る限り、俺が死ぬことはないのだから」
錆 の塊となったそれは、二人を繋ぐ甘露であった。
スタースクリームには最早感染などどうでもいい程に、メガトロンを失うことなど考えられなかった。
自らの命を賭してでも、必ず救うと誓いを立てる。たとえオールスパークに還ったとしても、喰らった繋がりを縁に連れ戻そう。
「アンタは絶対死なせない。死んでも必ず連れ帰る」
崩れる機体を搔き抱いて、逃がさないと抱きしめる。接触した箇所から錆が浸食していくのもお構いなしに。
航空兵の矜持である翼が錆びついても一切構わなかった。
「当然だろう。お前達 は、俺の物だ」
錆に侵され朽ちた機体であるにも関わらず、彼の白銀は健在だった。ざらつき崩れた機体でも、輝きは微塵も失われてなどいない。
雄々しい白銀は何者にも穢せないと示してくれる。
再び灯された鮮烈な赤に、スタースクリームは満足気に笑うとそっと唇を重ねていた。
貪るように、喰い尽くすように。互いを求めて咽びながら狂い啼く。
──それはまるで、誓いの口付け。
穢れたオイルが滴り落ち、絡み合いながら濁った輝きを放っていた。蝕む毒の苦さすら、甘美な美酒として味わい尽くす。
錆びついた口付けは、甘く腐敗した蜜のように濃密で、舌の奥へと絡みついて逃がさない。
赤黒く濁った鎖が、燃え盛るスパークを締め上げ、二人を永遠に繋ぎ止める。
最早彼らの命は自らの物ではなくなった。
ディセプティコンはメガトロンの物で。メガトロンはディセプティコンの物。
互いに互いを所有する。
ディセプティコンが在る限り、メガトロンが在る限り、彼らに終わりは訪れない。
死ぬことすらも許されないそれは、破滅へ導く甘美な誓い。
それでも構わないと、共に堕ちることこそが、彼らにとっての救いなのだと信じていた。