カルみと シナリオネタバレあり
ハンバーガーと幼い頃の話
@popo_trpg_ss
「1日だけ息子の面倒を見てもらえないだろうか」
時計の秒針がてっぺんを指して定時を指した途端に窓際部署を抜け出して人の少ない裏口を通って帰宅しようとした縞斑狩魔は、偶然出会った元先輩の発言にぴたりと足を止めた。
「……はい?」
思わず縞斑が怪訝な声色で尋ね返せば、引き止めた本人は申し訳なさそうに眉を下げて俯く。
彼…黒田矢代は捜査第一課に所属していたときの上司だ。
白瀬の一件以降、不真面目な勤務態度の縞斑はまもなく窓際部署へ異動が決まった。
その後は顔を合わせることもなく、そもそも最後まで自分の能力を買っていた彼に合わせる顔もない縞斑はそそくさとこの場を離れるつもりでいたのだ。
ところが黒田は、縞斑が明日も日勤であると聞くとそう提案をしてきたのである。
「……黒田先輩、息子さん居たんです?」
「あぁ、今年で13になる」
「へぇー……」
黒田が結婚しているという話は聞いたことがあるが、息子がいるという話は縞斑も初耳だ。
足を止めたままぱちぱちと目を瞬く縞斑に、黒田は相変わらず申し訳なさそうに背を小さくして事情を説明する。
「明日は捜査の都合でどうしても家に帰れそうにないんだ。勤務時間内だけで構わないから、君の部署には私から捜査協力という形で申請を……」
「あー…まぁ、それに関してはたぶん居ても居なくても咎められないんで問題ないですけど……」
今の部署は縞斑のことを空気のように扱っているため、席に居ようと居なかろうと仕事はほとんど回ってこない。
誰からも声を掛けられることなく、暇つぶしにパトロールをするくらいしかやることがない日勤に出向くくらいなら、黒田の自宅で子供の相手をしていた方がよほど生産的だろう。
それにしてもあまりに急な提案だ。そう縞斑は考え込むように口元に手を当てた。
「日勤の時間内となると夕方までですけど……夜はどうするんですか?」
「あぁ、夜は身内が顔を出してくれるらしいんだ。その身内も明日は仕事で昼間に顔が出せそうになくてな」
「なるほど……?」
今年13歳にもなる中学生男子に対してほとんどの時間を誰かが共に過ごすのは、少々過保護ではないだろうか。
思わず顔を顰めた縞斑は、その態度を彼に悟られないように平静を装って口を開く。
「俺は仕事と称してお家でだらだらできるならやぶさかじゃないですけど、家庭用のVOIDはお世話してくれないんですか?」
「あぁ……少し事情があって、うちには家庭用のVOIDがいないんだ」
アンドロイドは現在、一家に一台はいてもおかしくないほど流通しているものだ。黒田のように真面目に勤続している人間ならば、買えないものでは決してない。
この口ぶりだと、金銭以外の理由があって彼は家庭用VOIDを買う予定が今後もないらしい。
事故という形で処理された相次ぐ子供の誘拐事件について、刑事である黒田にも思うところがあるのだろう。子を持つ親ならば警戒して当然かもしれない。
「……いいですよ、先輩の住所教えてください」
ここで拒絶して黒田の子供に何かあっても後味が悪い。どうせ出勤したところで仕事もなく暇なのだから、一日くらいなら元先輩に恩を返すのも良いだろう。
そう考えた縞斑は申し訳なさそうに小さくなる黒田に向けてそういうと、電子端末のメモ機能を起動させるのだった。
※
「……とはいえ、結構なパワハラだよなぁ」
翌朝、家の前に辿り着いた縞斑はしみじみとそう呟いた。
あのあと黒田は宣言通り、明日一日縞斑を捜査一課で貸してほしいと申請したのだ。
縞斑の現在の上司は、外聞を気にして捜査一課からの要請を疑うことなく二つ返事で応じてくれた。
「まぁ……給料出るし、あそこにいるよりましか」
そう呟いた私服姿の縞斑は、インターホンを押して扉の前で静かに待つ。
まもなく開いた扉から顔を覗かせたのは、すでに支度を済ませて出掛ける直前だったらしい黒田矢代だった。
「来てくれてありがとう」
「いいえ、お邪魔します」
彼に促されて玄関に足を踏み入れた縞斑がブーツを脱いでいると、廊下の奥からぱたぱたと小さな足音が聞こえて彼は顔を上げる。
そこに立っていたのは、ブロンドの髪の少年だ。不安と警戒を織り交ぜた丸く大きな紫の瞳をじっと自分に向ける少年のその美しさに、縞斑は思わず言葉を失った。
「三十一、彼が昨日話したお兄さんだ」
「……こんにちは、縞斑狩魔です」
黒田の声を聞いて我に帰った縞斑が視線を合わせて挨拶をすれば、三十一と呼ばれた少年はさっと黒田の影に隠れてしまう。
ぎゅっと服を掴む三十一を見下ろした黒田は、頼られる喜びと心配の入り混じる複雑な表情で笑うと彼の頭を撫でた。
「すまないな、少し人見知りで……ほら三十一、挨拶しなさい」
「…………みといです、よろしくおねがいします」
「三十一くんね、よろしく」
小さな声で挨拶をした三十一に応えれば、こくりと頷いた彼は黒田の後ろから少しだけ顔を覗かせる。
このくらいの年齢であれば、父の知り合いとはいえ初対面の人間を強く警戒して当然だろう。挨拶をしただけで十分素直な子だと縞斑が特に気分を害すことなく顔を上げれば、彼らのやり取りを安堵した様子で見守っていた黒田がぱっと腕時計に視線を落とす。
「それじゃあ縞斑くん、後を頼むよ」
「はーい、お任せあれ」
「いってらっしゃいパパ!お仕事がんばってね…!」
「あぁ…いってきます。縞斑さんの言うことをよく聞くんだぞ」
一転して明るい表情で笑う三十一の頭を撫でる黒田は、警視庁で目にする厳格な雰囲気など何処にも見当たらなかった。
息子を溺愛する一人の親として柔らかく笑った彼は、名残惜しそうに何度も縞斑に頭を下げて三十一に手を振りながら車に乗り込む。
走り去っていく車に手を振っていた三十一はその姿が見えなくなると、ちらりと縞斑を見上げて言葉を探すようにもごもごと口ごもった。
「あの、ええと……」
「……とりあえず、家に上がってもいい?」
縞斑の問いにこくりと頷いた彼は、縞斑が靴を脱いで廊下に上がるのを待つとリビングへ歩いていく。
その背を追って縞斑が部屋に顔を出すと、彼はそわそわと落ち着かない様子でダイニングテーブルの席についた。
テーブルの上に広がる問題集と参考書に気がついた縞斑は、首を傾げて三十一のそばへ歩み寄る。
「宿題してたの?」
「ううん。学校あんまり行けてないから、授業に置いてかれないようにパパに買ってもらったの」
問題集に視線を落としてペンを握る彼は、どうやら不登校気味らしい。
黒田が彼を一人にすることを心配していた理由はここにあるのかもしれないと納得した縞斑は、特にその話題は掘り下げることなく反対の席に腰を下ろした。
「分からないところがあったら見ようか?」
「え……いいの?」
「これでも警察学校では結構成績優秀だったからね」
顔を上げた三十一は迷うように縞斑の顔と問題集を交互に見つめると、やがて意を決した様子で開いた問題集を縞斑の方へ向ける。
「ここ、わかんなくて」
「はいはい?」
三十一の指差す問題を覗き込んだ縞斑は、思わずその内容に目を丸くした。
それはおそらく、高校生が解くような難解な数学の図形問題だ。今年13になる中学生が解くような難易度の問題では決してないだろう。
辛うじて自分の分かる難易度だと内心胸を撫で下ろした縞斑は、不思議そうな三十一に何でもないと告げると図形を指差した。
「そうだな……まずは寂しそうだなって思ったところに補助線を引いてみようか」
「んー……ここ?」
「お、良い着眼点だ」
縞斑の話を聞いて図形に線を引いた三十一はやはり、地頭が良く飲み込みも早いらしい。
勉強が遅れているどころか、これでは学校に行っても分かりきったことしか話さない授業が退屈で仕方がないだろう。
縞斑の説明を少し聞いただけで解き方に気がついたらしい彼は、その後は縞斑の補助がなくとも応用問題まで危なげなく解いていく。
人見知りの激しい子供を相手に一時はどうなるかと身構えた縞斑だが、静かに勉強をしている手の掛からない彼を見守るだけならお安い御用だ。
「また分からないところがあったら言って。俺もここにいるから」
「あ……う、うん」
まだ懐いてはいない様子だが、ひとまず警戒はある程度解いてくれたらしい。
こくりと頷いた三十一が再び問題に集中する姿を見送って、縞斑は鞄から取り出した本を開くことにした。
時々縞斑を呼んで質問を投げていた三十一の勉強が、いつの間にか数学から英語に移り変わった頃。
高校受験生も顔負けの長文を読んでいた彼の腹が、きゅるるる、と小さな声で鳴いたことに縞斑は気がついた。
「ん……あぁ、もうそんな時間か」
音に釣られて見上げた部屋の古い壁掛け時計は、いつの間にか正午を指している。
そろそろ昼食にしようと三十一に視線を落とせば、彼は真っ赤な顔で恥ずかしそうに腹を押さえて俯いていた。
「ご、ごめんなさい、あの……えっと、」
「謝ることないでしょ、もうお昼だし」
「………うん」
「ほら、お昼何食べたい?」
申し訳なさそうに眉を下げた三十一は、うろうろと視線を彷徨わせながら言葉を探す。
そんな彼の年齢にそぐわない遠慮する姿に僅かな違和感を覚えた縞斑が首を傾げれば、ごくりと唾を飲んだ三十一はますます赤い顔で蚊の鳴くような声を上げた。
「……ハンバーガーとポテト」
その言葉を聞いた縞斑はぱちりと目を瞬く。
顔色を伺うようにちらりとこちらを見上げる三十一に、彼は先ほどの違和感は杞憂だったのかもしれないと小さく笑った。
「奇遇だね、俺も同じこと考えてた」
※
十数分後。黒田邸の広く明るいダイニングテーブルの上には、宅配サービスを利用して購入したジャンクな匂いの漂う品々が並んでいた。
「はい。こっちが君の」
「ありがとう……あの、お金……」
「パパからちゃんと貰ってるから気にしなくていいよ」
真面目なことに彼は、縞斑に自分の食事分の金を払わせてしまったことを心配していたらしい。
あらかじめ昼食代として黒田から十分すぎる金額を受け取っている縞斑が安心するよう声を掛けてやれば、改めて安堵した彼は受け取った紙袋を物珍しそうに眺めた。
「このお店、頼んだのはじめて……」
「へぇ、ハンバーガーといえばこの店だと思うけど」
「うーん……クラスの子もそう言ってたから、この前パパに行きたいってお願いしたんだけど……」
呟いた彼は紙袋を開くと、揚げたてのポテトと温かなハンバーガーの包みを取り出す。
確かめるようにその包みを両手でくるくると回した彼は、不思議そうに首を傾げて縞斑を見上げた。
「その時のハンバーガー、パイナップル乗ってた」
「……ハワイアンバーガー?」
「フォークとナイフで食べるの難しくて、なんか違うなって思って」
「あー……確かにあの人ジャンクフードとは縁がなさそうだから分からないだろうなぁ……」
今朝の溺愛ぶりを見ただけでも、ハンバーガーが食べたいという三十一のおねだりを聞いてホテルの最上階にあるような立派なレストランを予約する黒田の姿が縞斑の目に浮かぶ。
食べ盛りの若者には、高級ハンバーガーよりも過剰に塩分の多いジャンクフードの方が喜ばれるだろうに。
今度会ったときは子供心について助言すべきかと考える縞斑の一方で、三十一はハンバーガーの紙包を前にしておろおろと首を傾げる。
「えと……これ、どうやって……?」
「あぁそっか、ちょっと貸してごらん」
食べ方が分からず困惑する三十一の手から紙包を一度受け取った縞斑は、中身を軽く押さえてから包みの半分を解いて手が汚れないように形を整えてから彼の手の中に返してやった。
「これでそのまま、がぶっと」
縞斑が言いながら手本を見せるように自分のハンバーガーに齧り付いて見せれば、それを見た三十一はおそるおそるハンバーガーの端を食む。
レタスとバンズの味しかしないハンバーガーに対して意を決してもう一口齧り付いた彼は、口の中に広がる初体験のジャンクな旨みに目を瞬いた。
「おいしい…!」
「ならよかった」
育ちが良い故にこういったジャンクフードには今まで触れてこなかったのだろう。教育に悪いことを教えてしまっただろうかと微かに心配を覚えた縞斑だが、目を輝かせてもふもふと機嫌よく小さな口でハンバーガーを齧る三十一は見ていて悪い気がしない。
慣れない食べ方を懸命に続ける三十一は、口の端についたケチャップに気が付かないまま子リスのように食べ進める。
そんな子供らしい彼の姿にふっと笑った縞斑は紙ナプキンに手を伸ばすと、小さな唇の端についたそれを拭ってやった。
「ついてる」
「ん、んむ……むっ」
「はは、誰も取らないからゆっくり食べな」
こくこくと頷いた三十一は、少しだけ恥ずかしそうに頷いて慎重に食べ始める。そんな彼の様子を眺めながら、縞斑は自分のハンバーガーに視線を落とした。
考えてみれば、誰かとこうして食事をとるのは一年ぶりかもしれない。白瀬恭雅が失踪以来、縞斑は誰かと深く関わることを辞めてしまったのだ。
「……美味しい?」
「んっ!」
誰かと食べた方が美味しいなんて綺麗事だと思う程度には冷めている縞斑だが、嬉しそうに頷く三十一と囲む不思議な食卓に彼は自然と笑みを溢していた。
※
「こら三十一、縞斑さん困ってるだろ」
「い〜や〜!今日はかるまお兄ちゃんといっしょにねる!!」
夕方、黒田の身内が交代して家にやって来る頃には、三十一はすっかり縞斑に懐いていた。
駄々をこねて腰に抱きつく三十一の頭を撫でた縞斑は苦笑いを浮かべて、玄関に立つ渋い顔の赤髪の青年に視線を向ける。
「テーブルの上にいただいた昼食代があるので、黒田先輩に返してもらっていいですか?」
「あぁ、わかりました。面倒見させてすみません」
「いえいえ、三十一くん手が掛からなくてとても良い子でした」
眠気と空腹も相まってぐずぐずと離れることを渋っている三十一を見下ろした縞斑は、膝を折って彼と視線を合わせると穏やかな笑みを浮かべて見せた。
「また遊びに来るから」
「……ほんと?」
「本当。俺はできない約束はしないよ」
「……んー…うん、わかった」
こくりと頷く三十一は相変わらず物分かりがいい。
そんな彼の頭を撫でて立ちあがろうとしたとき、ふといつの間にか玄関を降りた赤髪の青年が至近距離に立っていることに気がついた。
「……?」
気配に気がつかなかった縞斑が顔を上げる一方、三十一の手を引いた青年は笑みを浮かべたまま彼の顔を覗き込む。
「楽しくてよかったな、三十一」
ーーけどそれは、忘れなきゃいけない記憶だ
青年の言葉が玄関に木霊すると同時に、きんと周囲の空気が張り詰めた。
肌に感じる嫌な予感に従った縞斑が咄嗟に三十一と青年を引き剥がそうと手を伸ばせば、それよりはやく青年の腕の中で三十一は意識を失う。
「お前何を……!!」
児童誘拐事件はまだ解決していない。
連れ去られた大切な少女の背中が重なった縞斑は、なりふり構わず三十一を取り戻そうと手を伸ばす。
そうして伸ばした手のひらを、顔を上げた赤髪の青年は片腕で絡め取った。
「な、」
「咄嗟にここまで動くか。やっぱり黒田さんが見込むだけあるな、縞斑狩魔」
温度のない赤の瞳が自分を見据える。
振り解こうとした腕は、骨が軋むほどの力で押さえつけられていて抵抗すらままならない。
目の前のこの青年は一体何者だ。
青ざめる縞斑に向けて、青年は形の良い唇をゆっくりと持ち上げた。
今日のことは全て忘れろ
お前は今日、神無三十一には出会わなかった
「はじめて食べる……」
デリバリーで届いたまだ温かい紙袋から揚げたてのポテトとハンバーガーの包みを取り出した神無は、ぽつりとそう呟いて確かめるようにその包みを両手でくるくると回した。
向かいの席に腰を下ろして同じように紙袋を開いていた縞斑は、その言葉に思わず手を止めて首を傾げる。
「え、ハンバーガーを?」
「いや……うーん、厳密にはハンバーガーは一度だけ食べたことがあるんだけど、このお店で頼むのは初めてかな」
「へぇー……今日日この店のハンバーガーを食べたことない若者がいるなんて思わなかったな」
養父である黒田の過保護ぶりを思えば分からなくもないが、甘いもの以外には食に無頓着な神無自身の性格もあるのかもしれない。
開け口を探してくるくると手の中のハンバーガーの包み紙を回しながら、神無は当時の記憶を振り返って遠い目になった。
「パパにハンバーガー食べたいって言ったらさ、次の日の夜に三つ星レストランに連れてかれたんだよね」
「三つ星レストラン」
「中学生が普通は入れない店で、木のトレーみたいなのに乗ってピックで刺したハンバーガー出てきたっけな……パイナップルも入ってた」
「中学生にハワイアンバーガー……確かにあの人ジャンクフードと縁がなさそうだから分からないか……」
幼心に『何か違う』ということは分かったものの、神無が口にしたわがままを最大限に叶えようとレストランを予約した黒田の好意に当時はそれ以上何も言えなかったことをよく覚えている。そんな黒田の熱心な姿が鮮明に想像できた縞斑は、思わず苦笑いを浮かべた。
そんな会話を交わしながら縞斑は神無の手から紙包を一度取り上げると、中身を軽く押さえてから包みの半分を解いて手が汚れないように形を整えてから彼の手の中に返してやった。
「はいどうぞ」
「ありがと!このまま食べていいの?」
「そうそう、これでそのままがぶっと」
縞斑が言いながら手本を見せるように自分のハンバーガーに齧り付いて見せれば、それを見た三十一はおそるおそるハンバーガーの端を食む。
レタスとバンズの味しかしないハンバーガーに対して意を決してもう一口齧り付いた彼は、口の中に広がる味にぱちりと目を瞬いて視線を落とした。
「この味、知ってる……」
「ん……食べたことあった?」
どこか既視感のある味に首を傾げた神無は、そのままもぐもぐと不思議そうに食べ進めていく。
改めてまじまじと包み紙や紙袋を確かめる神無だが、やはり彼がジャンクフードに触れたのは今日がはじめてであるはずだ。
「いや……そんなはずないんだけど、なんかちょっと懐かしい……学校帰りに寄り道とかしたことなかったのに」
「神無ちゃん友達いないもんね」
「はぁ!?今なんつった!?言っていいことと悪いことも分かんないのかよ!!」
「あ、図星だったんだ。それはほんとにごめん」
へらりと笑ってハンバーガーを齧る縞斑の足を机の下で二度三度軽く蹴った神無は、気のせいだろうと諦めて目の前の食事を味わうことに専念した。
慣れない食べ方を懸命に続ける神無は、口の端についたケチャップに気が付かないままリスのようにもふもふと食べ進める。
そんな子供っぽい彼の姿にふっと笑った縞斑は腰を浮かせると、唇の端についたそれに自らの唇を寄せた。
「む、ッん?!」
ざらりとした舌先が唇を舐めて、小さなリップ音を残して離れていく。
思わず口の中のものを吹き出しそうになった神無が目を丸く見開いて縞斑を見上げれば、彼はケチャップを舐め取った唇を満足げに撫でて笑った。
「ついてた」
「な……な、なん、な…?!」
「誰も取らないんだからゆっくり食べな」
真っ赤な顔でぱくぱくと口を開閉していた神無は、何かを言い返そうとして子供っぽさを披露してしまった今は彼に敵わないと思い直す。
赤い顔でこくこくと頷いた彼が次は慎重に食べ進める様を、縞斑は向かいの席で頬杖をついてにこやかに見守った。
「美味しいね、神無ちゃん」
「……うん」
「そんな照れること?」
「当たり前だろ!?急にあんな恋人ぽいことされたら……!!」
「はは、いい加減慣れてほしいんだけどなぁ」
唇を尖らせて怒る可愛い恋人を笑った縞斑は、彼と囲むことが当たり前となった平和な食卓にふっと笑みを溢した。
その姿がほんの一瞬だけ、幼い子供と若かりし自分に重なったような、そんな気がしたのだ。
終