犯罪者花城×警官謝憐
の妄想をしたら膨らんでこうなりました。
どう足掻いても長くなるので書きたいところまで書いて(もちろんキリ良く)不定期連載にしていこうと思います。気長にお付き合いよろしくお願いいたします🙇♀️
当方は刑事ものやサスペンスを執筆することが初めてです。至らない表現が多くございますが、ファンタジーだしなぁと目をつぶってください。それが我慢ならない場合はUターンお願いいたします。
一応現代AUになるのかな。ジャンル的には。役職等も調べはしましたがフィーリングです。
それでも大丈夫。なんでも受け入れるよ、読みたいっと言う方は楽しんで貰えたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
@circus_Dragon
2×××年6月。
梅雨入りのとびきり濃い雨雲が空を覆い尽くし、滝のような激しい土砂降りの雨を降らせた朝方に其れは現れた。
毎朝欠かさず散歩をしていた婦人がいなければ見つかることは無かっただろう其れは住宅街のとある公園の広場の噴水前に鎮座していたという。酷い雨の中冷えては大変だと心優しい婦人は思い、手持ちのまだ濡れていない新品のタオルを確認すると座り続ける【人影】に歩み寄り「もし、」と声を掛けた。ごうごうと叩きつける雨音で聞こえていないのか。【人影】は一向に反応しない。
「もし、もし、そこの人、冷えてしまうわ。あちらに雨避けの屋根があるの。一緒に行きましょう」
大振りな傘を【人影】にも被せてやると雨足が遮られその全貌が顕になる。首をだらりと落とした姿勢でいるそれには大きな透明ビニールが雨具のように被せられていて、窪みに溜まった雨粒が伝ってぼとりと溢れ落ちていた。返答は愚か微動だにしないことを不自然に思った婦人は「もし、」と肩に手を置いて軽く揺すった。するとどうだろう。
其れは、あまりにも呆気なく、大した力も入れていないというのに、バランスを崩した人形のようにばしゃりと雨水を打ってその場に倒れたのだ。
「………………え?」
婦人は自身の掌と倒れた其れを交互に見遣り、次第に指先から全身に至るまでを震わせ、歯をガチガチと鳴らした。
触れた肩は、どう考えても人体のものだった。間違いなく人工物ではない。つい先日婦人は不幸なことに伴侶に先立たれていて、その体に抱きついて水分が枯れるほどに涙を流したばかりであった。亡くなった人体の感触が鮮明に残っていたのである。内側から冷水を浴びせられたように血の気が引き、体制を崩して尻餅をつく。引き攣る喉奥からか細く漏れ出た自身の声で婦人は意識を何とか引き戻して、転がるように足を縺れさせ、傘も忘れて豪雨の最中ひた走る。言葉にならぬ悲鳴を上げるその姿は傍から見れば婦人が悲しみのあまり、ついに壊れてしまったのだと映ったことだろう。
地を叩きつける雨音が、悲鳴を掻き消し、鈍色で塗りつぶした──────。
────────────
「……これで何件目ですか」
「4件目だね。今度は住宅街の公園……」
「法則性も何もあったものじゃない」
とある不審な連続殺害事件が立て続けに起きている。
警察庁の総力を上げてチームが組まれ解決の為に捜査を行っているが捜査に難航し未だその連鎖を止められないでいた。
被害者は皆見た目こそ綺麗なものだったが何かの薬物か内臓だけが根こそぎ溶けて無くなっている状態で発見された。ご丁寧に防腐加工まで施され、臓器のあった部分に真綿や詰め物がされている徹底ぶり。縫合痕も見事なもので乱れや突っ掛かりも一切なく完璧なものだった。
遺棄されていた場所は1件目が住宅街のゴミ捨て場。2件目が街の植物園。3件目が河川敷の高架下。そして今回の4件目が住宅街の公園の噴水前。何れにしても場所に法則性はなくバラバラで次の場所は愚か犯罪を未然に防ぐことすら出来ない。世間の目は厳しくなっていく一方で警察庁側の肩身も日々狭くなっていた。
「解剖しても何も無し。犯人の足取りも全く掴めない…お手上げですね」
「風信、諦めてはいけないよ」
この事件に関わる警察官、謝憐は昨年現在
の配属先に戻ってきたばかりである。何でも警視総監が彼をいたく気に掛けているらしく何かと世話を焼くのだという。本当か定かでは無い。何故なら彼を辺鄙な地に左遷させたのもまた警視総監である。
彼は過去に二度左遷されている。
その話は一度割愛しよう。
後輩を嗜め資料を手にすると謝憐は顎に手を当て思案する。風信の言う通り検視、解剖を行い、更には科捜研も総出で証拠を少しでも得ようと事に挑んだが驚いたことに一切の情報を得られなかったのである。凡そ人間が為せる技では無い。どんなに完璧な人間でも何かしらの綻びや隙はあるものだ。日々進化している化学の結晶を前に塵ひとつとして何も痕跡が無いという状況。
謝憐とて毎日靴底を擦り減らし、駆けずり回っているが化学の力で進展が無いものに人間が適うわけが無いのだ。皆、心做しか疲弊し、思考能力も低下しているようだった。
「なぁ慕情」
「はい」
「私にひとつ提案があるんだが聞いてくれるかい?」
直接の先輩にあたる謝憐は何かと運が悪く、突拍子もない。そして何かロクでも無いことを考え、剰え実行しようとしている時には決まって琥珀色を輝かせて視線を絶対に逸らさないのだ。目を見てしまった瞬間、慕情は白目を剥きそうになるのを眼力を駆使し何とか押さえ込んだ。
「……嫌な予感しかしないんですが」
「これだけ何も出てこないとなると私たちよりも近い思考を持った犯罪者の方からなら何か得れるかも」
ほら、やっぱりロクでもない。しかもあまりにも直球勝負。
今度こそ白目を剥いて慕情は謝憐を見遣り落胆と共に溜息を一つ吐いた。
「あのね、先輩、それは余りにも安直過ぎるのでは?」
「…それもそうか。……しかし、やらないよりはマシだ。警部に言って協力してくれる受刑者が居ないか当たってみる」
「…またそんな無責任なこと言って……はぁ…」
後輩の止める声などもう謝憐には聞こえておらず、直属の上司へと打診に行ってしまった。なんやかんや腐れ縁、長い付き合いになるので彼の頑固さと一度決めたことから梃子でも意見を曲げないところは誰よりも理解している。慕情も風信もそんな謝憐に振り回されて共に苦労をしてきているため互いにそっぽを向いて肩を落とした。
「まぁ、そんな物好き…いないでしょうけど」
「ったく。報告書だけは勘弁してくれ」
※
謝憐が無理難題過ぎる提案を上層部に掛け合って打診してから意外にも早い、二日後。
上司であり、警視総監の君吾に呼び出され、謝憐は背筋をしゃんと伸ばして敬礼をしていた。
「警視総監どの、お待たせ致しました」
君吾は珈琲を両手に持ち、片方を自身の目の前、もう片方を反対側に置いてから謝憐にその前に座るように促し、微笑みかけた。
「来たか。急な呼び出しですまなかった。まぁ畏まらずに掛けてくれ。…………仙楽のことだ、呼び出しの理由に察しはついているのだろう?」
湯気が薫るカップからは挽きたての豆の芳ばしい香りが漂って鼻腔を擽る。その向こう側で琥珀を真っ直ぐ逸らすことなくこちらに向けて身を乗り出す謝憐に君吾は諦めたように珈琲を啜った。
「ええ。……それで?受刑者の中で協力をしてくれる者が?」
「全く少しは待てないのか。そう急かすな。」
「はは……いや、早い呼び出しだったもので」
「少し、厄介な事になってな」
「厄介……?」
君吾は目を閉じ、暫し間を置いた後に重々しく口を開いて告げた。
「血雨探花、花城」
と。
「血雨探花……え?」
持ち掛けたカップをソーサーに置き琥珀を数度瞬かせると謝憐は口元をひくつかせながら恐る恐る聞き返した。
血雨探花、花城と言えば最高峰のセキュリティを誇る刑務所に一人収監されている大犯罪者ではなかったか。
「その、聞き間違いでは」
「……奴はとにかく口が上手く頭もいい。何を考えているのやら分からない底の知れない危険人物だ」
「…はぁ…それがまたどうして」
本名や経歴も全てが不明。謎多き犯罪者。一つ確実なのは彼が大量虐殺を行ったという事だけ。そして警視庁の中のリストでも上位に組み込まれ、常に危険人物と警戒される通称「四大害」。警官達が血眼になって追う4人の指名手配人の中でも花城は掴みどころがなく何をするのか分からないと、そんなことがつらつらと記されていたような。とにかく腕も立つので並の警官では彼を捕えることは愚か時間稼ぎにすらならなかった。こんな時のためにきちんと資料を読んでおくのだったと思ったところで遅いのだが。
そんな厄介極まりない花城だが、なんの気まぐれか昨年自ら出頭し、捕まりに来てあっさりと今の刑務所に収監されたのである。
「奴は誰とも馴れ合わないし、会話もまともに取り合わんので成り立たない。だが先も言った通り博識な男だ。裏社会との繋がりも深い。」
「……それで?彼はなんと言って承諾したんです?」
そこまで他者と馴れ合わない彼が一体どう言った風の吹き回しで捜査に協力することを承諾したというのか。思案し始めたところで君吾が唐突に問うてきた。
「……仙楽、お前は奴のことを知っているか?過去に会ったことは?」
「ええ?そんなことあるわけないですよ。どうしてです?彼とは面識は無い。過去にも会ったことは無いと記憶しています」
奇妙なことをと思ったが謝憐は迷いなくつらつらと答えると珈琲を一口啜って眉間に皺を寄せた。第一顔もよく知らないのだ。会っていたかどうか以前の問題だった。
君吾は重く息を吐き、「ならいい」と一言そう言った。珈琲を謝憐同様に一口啜ってから重々しく本題に入った。
「……奴は仙楽、お前になら協力してやってもいいとそう言っている。お前と話をしたいのだと」
「えっ!?」
誓って言うが謝憐に犯罪者の知り合いはいない。四大害のリストの中に親戚と同名の者がいた気もするがそれは杞憂だ。そんなまさか流石に有り得ない。
「今日の午後2時、奴の所に面会許可が降りている」
「……わかりました」
間髪入れずに即答をする謝憐に君吾はこめかみを押さえ目を細めて憐れむように見つめた。
「断っても構わん」
「いえ、私が打診したことです。それに、私なんかに危害を加えようとは警視総監曰く博識な彼ならしないでしょう?」
彼の気質をよく知る上でやんわりと止めておけと言ったがまるで通じておらず、寧ろ一層やる気にさせてしまったようで。
苦虫を噛み潰したような表情で君吾は一蹴し、何か言いたげだったがそれ以上は何も言わなかった。
────────────
「謝憐!あんた正気ですか!?血雨探花だなんて!!」
「そうですよ!奴は危険人物ですよ!何をしでかすか分かったもんじゃない!」
部署に戻るや否や後輩二人に詰められ、そりゃもうすごい剣幕で怒られてあっさり吐き出してしまった。壁際まで追い詰められ二人分の小言を浴びた謝憐は埒が明かないとじわりじわりと入口へと移動しながら後輩二人を誘導した。体半分壁から抜けたところで自慢の身体能力を駆使して身を捻り二人を足払いをしてから全力で走った。
「すまない!時間が無いので失礼する!」
「ちょっ!?……っ相変わらず足速いな!?」
「待ってください!危険すぎます!!せめて誰か付き添いをっ!」
怒鳴り声が背後で響いているが笑いながらお構いなしに駐車場まで一気に走り込むとそのまま車に乗り込み、花城のいる刑務所へとハンドルをきってむかう。
緊張していないと言えば嘘になるが、元来の性格ゆえか血雨探花、花城とはどんな人物なのだろうかという好奇心が勝って寧ろワクワクしていた。自分なんかを指名する犯罪者。それもただの犯罪者ではないのだ。不謹慎だが心踊り、にやつく口角を我慢出来なかった。
※
「謝憐刑事ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
「お世話を掛けます」
「話は警視総監から伺っておりますので」
程なくして君吾に指定された場所の刑務所に着くと、成程他の場所とは雰囲気というか警戒レベルが明らかに異なっている。
黒マスクの真面目そうな男性看守が一礼し、何やら大量の鍵とタブレット、カードキーを取り出し謝憐を誘導した。
花城の収監されている刑務所は何重にもセキュリティロックがあり、中へ入るのも一苦労だった。君吾の申請無しでは謝憐一人だと通しても貰えなかっただろう。ここまで厳重な刑務所に入るのは流石に初めてのことで思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。必要最低限のことしか話さない寡黙な看守に案内されて奥へと進む。
「花城は、その、昨年ここに?」
「ええ。」
「彼はなぜわざわざ自分から捕まりに来たのです?」
「詳しいことは……彼の考えは本当に読めないですから」
「そうですか……」
階段をいくつも降り、その度に思い扉をパスコードと指紋認証、虹彩認証で開き進んでいく。どこまで行くのだろう、と半ば不安な気持ちで歩を進めたところで800の番号のついた大きな扉の前で漸く看守が口を開いた。
「ここです。彼と貴方の間には特殊な防弾ガラスがあります。声は通りますのでご安心を。硝子を隔てた奥に花城は居ます」
「はぁ……」
そこまで厳重なのかと謝憐は口元を引くつかせ看守と扉を交互に見た。
「それからこちらは身の安全のための装置のリモコンです。彼の首には電流を流す器具が嵌めてあります。いざと言う時にこのボタンを押してください」
「え、」
手渡された小さな黒いリモコンを受け取り、冷や汗が一筋流れる。
そんなに危険人物だというのか、花城は。
「以上です。他に質問は」
「いえ、」
「では……施錠を解除しました」
看守はそこまで言うと一歩下がってそれ以上口を閉ざしてしまった。
「……、」
ノブに手を掛けるだけで分かる重み。冷たいノブが緊張で冷えた指先を更に冷たくし、感覚が鈍る。謝憐は思わず生唾をこくりと呑み深呼吸をした。扉が分厚いせいだろう。中からは何ひとつ音はしない。それが余計に心拍を上げた。ふ、とまたひとつ、呼吸を整えると扉を強く見据えてからええいままよとぐ、と力を入れ重い扉を開ける。
中は目も眩む真っ白な部屋だった。
看守の言う通り眼前には防弾ガラスと、一脚の椅子。
そしてその奥には手首と足首を鎖で繋がれ、首にチョーカーのような器具をつけた一人の犯罪者が蕩けるような笑みを称えて立っている。
「……、き、君が血雨探花、花城…」
言葉がつっかえて上手く出てこない。恐怖では無い。では何か?
それは、彼があまりにも美しくて綺麗だったのである。
噂で聞いたことがある。血雨探花は大層な美丈夫だと。その甘いマスクに思考が鈍ってしまうのだと。
刑務所に居る犯罪者とは思えぬほど美しく艷めく濡れ羽色の髪。形の良い眉。細められた見目好い目元。黒曜石のような瞳。通った鼻筋に口角の上がった丹花の唇。服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体は見事なものだったし、囚人服の丈は彼の長い足では足りておらず足首が剥き出しだった。
人をじろじろと眺めるなど失礼だとは思ったが、それは土台無理な話であった。謝憐は初めてこれが見惚れるということだと知る。
「…ああ、漸く…、」
「え、」
そんな謝憐を花城もまた穴が空くほどにじっと見つめ、やがて聞こえないくらいの声音でぽつりと声を零した。咄嗟に聞き返すも誤魔化すように花城はまたにこりと微笑んでから足首の鎖をジャラリと鳴らしながら近づいてくる。
「いいえ。…ええ。僕が血雨探花、花城です。でもこの呼び名はあまり好ましくなくて。ねぇ、刑事さんさえ良ければ三郎と呼んでくれないかな?」
甘く蕩けた低音。ひたひたと防弾ガラスギリギリの所まで近づいて花城はそう懇願した。近くで見ると益々美しい顔をしている。先程は髪で見えなかったが彼の片目は白い眼帯で覆われている。片腕の鎖が後ろ手に忙しなく音を鳴らしているが彼の癖なのだろうか。
「…わ、私は謝憐。苗字が謝名が憐だ」
はっとして、謝憐は椅子に腰掛け資料を鞄から取り出しながら何とか答えた。
「ふぅん。刑事さんの方が歳上っぽいし、哥哥ってよんでもいい?」
こてりと小首を傾げて請われるとなんでも頷きたくなってしまう。顔の良さとは末恐ろしいものだと、謝憐は心を鬼にしてわざと堅い言葉を選んだ。
「構わない。では、お言葉に甘えて私も三郎と」
「嬉しいな」
凶悪な大罪人とは掛け離れた人懐っこい笑みに絆されそうになる。本当に大罪人なのだろうか、と疑いたくなってしまう。それにどうしたことか凶悪犯なら誰もが纏っている殺気や緊張感が彼からは一切感じられないのだ。あくまでも自然体でゆったりとした構え、ある種の余裕。後ろ手に手を組みジャラリとまた鎖を揺らす様はこちらの出方を伺って試しているようでもあった。経験上こういった得体の知れない者には遠回しな言い方や、織り交ぜた嘘は最もタブーで逆効果である。
というよりも──────
「単刀直入に言おう。三郎、私たちに協力して欲しい。君の知識が必要かもしれないんだ」
謝憐は嘘が付けなかった。故に物事に対しあまりにも直球だ。その正直すぎる真っ直ぐな性格のせいで過去に何度負わなくても良いトラブルに見舞わられたことか。優秀な部下2人が聞いたらまた小言の嵐だろうなと思いながら謝憐は美しい黒曜石を見つめた。一方の花城も形の良い眉を釣り上げて眼帯をつけていない左目を見開いて謝憐を見つめるとやがてくすりと吐息を零して微笑んだ。
「いいよ」
「まぁ、無理なら……………………え、」
「哥哥になら協力するよ」
花城は口端を釣り上げて、黒曜石の隻眼を細めてから
「哥哥にしか協力しません。哥哥の言うことならなんでも聞くし、哥哥に死ねと言われれば死にます」
とそれはそれはもう周りに大輪の花が幾つも咲いたように幸せそうに破顔して言うではないか。
「ちょ、ちょっと!待ってくれ!」
「僕は貴方の役に立ちたい」
「…三郎!?」
椅子を倒す勢いで立ち上がり後退る謝憐を見て花城は黒曜石を潤ませ肩を落とした。
「……申し訳ありません、哥哥に会えたことが嬉しくて」
何故初対面から好感度がこんなにも高いのか。益々花城という男のことが分からない。
「…君が思うほど私は立派でも出来た人間でもないよ」
「…哥哥が、哥哥であればそれでいい。……ねぇ、哥哥?僕をここから出して下さい。哥哥の傍において」
つらりつらりと甘い声音で紡がれる言の葉に意識が持っていかれそうになり、鼓膜が痺れて目眩がする。謝憐はキッと目を吊り上げて厳しく言い放った。このまま舐められたのでは警官としての威厳も何も無い。彼のペースに飲み込まれたら終わりだ、と。
「君は、私がちょろそうだから呼んだの?だったら見当違いだ。出たいなら罪を償いなさい」
資料の束を眼前の硝子にバシンッと叩きつけ、上背のある花城を琥珀で睨みあげる。するとどうだろう。頬が分かりやすくひくつき、余裕綽々に吊り上がっていた眉がみるみる下がってゆくではないか。
「は……、」
まるで叱られた犬のよう。そう彼を見て思ってしまった謝憐は間の抜けた声を上げてしまい暫し放心した。そしてそんな姿を見て何を思ったか花城は慌てたように首を振って必死できゃんきゃんと吠えだしたのだ。
「待って、哥哥。違う、本当に違う。出たいわけじゃない、逃げたいとかでもない、僕は、哥哥のそばに居たくてここに来たんだ。哥哥の監視下に置いて下さい、お願いだ」
硝子に掌をつき、縋りたくても縋れないもどかしさに地団駄を踏む。足首の鎖が限界まで突っ張ってガシャガシャと強い音を立てていた。あまりの必死な様子に流石の謝憐も困惑する。彼の謝憐に対する態度は異常過ぎる。全ての決定権はこちら側にあるというのに思わず謝憐は問うてしまっていた。
「何のために」
硝子に当てた掌をぐ、と握り込み下唇を噛み締めてただ一言ぽつと絞り出す。
「…哥哥といたいからとしか…ごめんなさい」
手足に付けられた鎖が彼の必死さを示すようにガシャガシャと揺れ動いている。己の早急な失言を撤回しようと今にも泣きそうな美丈夫を見て謝憐は溜息を着いて椅子を起こして座り直した。
「…わかった。一応は信用してあげる」
表情を和らげた謝憐が座るよう促すとホッとしたように胸をなでおろし、椅子に腰を下ろし、長い足を組んで向き合う。
「では三郎。まずは事件の概要から聞いてくれ」
「はい。哥哥」
一件目の事件から四件目に至るまで資料を一枚一枚提示しながら説明をすると、徐々に花城は顎に指を当て思案し始めた。
「……哥哥、確認なんだけど死体は全て同じ状態で、同じ縫合跡だったんだよね?」
「ああ、そうだ。けれど指紋は愚か、微小な繊維や塵すら検出されなかった」
「…………そいつは相当完璧主義だね。悪質なまでに」
花城は心底不快だとでも言いたげに吐き捨てると今度は三つ編みを弄り出した。
「……?どういうこと?」
「つまりね、哥哥。そいつは必要な内臓を取った後は全部無かったことにしたかったんだ。内臓一つ無くなればパズルと同じで欠けてしまうでしょう?奴はそれが気に食わなかった。だけれど、取り出すには処理が面倒……」
「溶かせば……その手間が省ける……?」
「流石哥哥。……縫合にしたってそうだ。資料を見る限り寸分の狂いも無い。犯人は間違いなく医療の知識があって且つ、気味が悪いくらいに優秀……いや、違うな……猟奇的かな……?この場合。このスリルと快感にのめり込んでいる」
黒曜石を細め硝子越しにトン、と資料を指差し、くるりと円を描く。
「……近いうちにまた殺しが起きる。見る限り価値のありそうな内臓ばかりが抜かれている。売っても高値にならないものはどぷん、だね。十中八九裏と繋がってる」
この短時間でなんという頭の回転の速さ。微量な情報から犯人の人物像までプロファイリング出来てしまう直感力。
「……三郎、なぜ内臓が抜かれている、と?」
内臓は溶けている。資料への明記はそれのみだ。謝憐が疑問に思い問うと花城はあっさりと答えてみせた。
「ああ、これ、空っぽの体に詰め物をしているでしょう?取り出した内臓の所だけきちんとその大きさの綿が詰めてある。溶かした所は緩衝材みたいに無造作だったから」
「……たまたまなんてことは」
「奴は完璧主義って言ったでしょう?どうでもいい部位なんて奴には再現する価値がない」
そこまで聞くと謝憐は背もたれに身を預け、息を深く吸って吐いた。想像以上の収穫である。
「……ヒントは残っていたってこと?」
「残っていた、というか。僕に言わせれば詰めが甘い。現にこうしてバレているわけだ。完璧主義だけど自分にとって満足のいく完璧が欲しいのであってその他は割とどうでもいい、興味すらないタイプ。僕なら……そうだな……敢えて何も詰めないかな。始末したモノに興味がわかないから」
「三郎……君、好んで人殺しをするタイプではないな?寧ろ嫌悪してるだろう」
「……なぜ?」
「なんとなくだよ。私の勘」
資料を整え、鞄に仕舞いながら謝憐はくすりと笑う。
「哥哥の勘」
「そう。意外と当たるものだよ。最初こそ君のことを警戒したけれど……存外わかりやすいタイプみたいで少し安心した」
捨てられた犬みたいな顔するんだものとは敢えて言わないでおいた。
「……もう帰ってしまうの」
ジャケットを羽織り、帰り支度を始めると先程まで饒舌に動いていた花城の口がしおしおと萎んで回らなくなった。かわりに行かないで、と訴えかけるように真っ直ぐに見つめられる。
「……今日は初日だから、設けられている時間がそもそも長くはないんだ。でもそうだな……今日だけでも調べるべき範囲を少し狭めれたことは大きい。必ずまた近いうちに君に会いに来るよ」
頭を撫でるように硝子に手をやってから謝憐はにこりと微笑んだ。
「君はどうやらいい子らしいから。」
「こんな所にいて?」
「んー……どうだろう。私は、人付き合いは気が合うかどうかで判断していてね。君は確かに犯罪者だけれど話は合いそうだ」
隻眼を大きく見開いてからやがて、白い喉をくっと鳴らして花城が笑う。
「そう?」
「ああ。本当だとも。気が合わない警官だっているしね。」
トン、と硝子越しに指を差して花城が先程やったようにくるりと円を描いてみせると今度こそ立ち上がってから「次までいい子で待ってて」と言い残して独房を後にした。
謝憐が独房を後にしたあと、完全に扉が閉まり、施錠の冷たく硬い音が室内に響き渡るのを確認した花城はその場に崩れ落ちた。ガシャンッと鎖が硬い床に叩きつけられ冷たい金属音を鳴らす。
上がる口角が止まらない、身体中の血液が沸騰して心臓が破裂して死んでしまいそう。
「…………哥哥…………漸く貴方に会えた」
絞り出した声音は興奮と喜色で震え、掠れていた。
続く