同棲みずいこ ちょい暗め
@a_yuuzora
「俺、束縛されてみたいんやけど」
そう生駒が言った瞬間、水上は暫しぽかんとしたあとこめかみを押さえて眉根を寄せた。
「イコさんの言う『束縛』って、恋人同士での、って意味で合ってます? なんかの言い間違いでなく」
「合ってるで」
「俺、かなり束縛強い方やと思ってるんですけど」
「えっ、ウソ! ほんま?」
「俺がいちいちイコさんの予定の詳細聞きたがってるのなんやと思ってたんすか」
「いや、知りたいんやなあって」
「さっきまで誰と会ってて何したかいちいち訊いてたのも」
「聞きたいんやなあって。俺も話したいことたくさんあるから丁度ええしな」
「帰る予定の時間過ぎると電話したり迎えに行ったりすんのも」
「心配なんやなあ、優しいなあ、でもちょっと過保護ちゃうかなあって」
「実はこっそりイコさんのスマホ見てたりしたんですけど」
「別にこっそりせんでもええんやで? お前に見られて困るもん特にないし」
「そ、……っすか」
そう言ったきり水上は黙り込み、生駒はうろうろと視線を彷徨わせた。
「今のが、束縛ってやつなん?」
「普通はそう思うはずなんですけどね。ご友人に俺がやってること話してみたらガチめに引かれること請け合いですよ」
「そうなんか……じゃああんまヨソでは言わんとくな」
迂闊に漏らして水上の名誉が損なわれるのは避けたい。いや、名誉が損なわれるようなことをしていると生駒が思っているわけではないが、「引かれる」とはそういうことだろう。
「俺が重すぎて耐えられへんっていうならヨソに相談してもらって構わないんですが」
「重いとは思ってへんのやから相談することも特にないねん」
「そっすか、そんならええです」
そう言って水上はクッションを抱えソファにごろりと横になった。これは水上が思考を放棄した合図で、これ以上話しても生返事しか返って来なくなる。
生駒としてはもう少しお喋りしていたかったのだが、会話する相手がこうなってしまっては続かない。少しだけ残念な気持ちを抱えながら、飲み物を探しに台所に向かった。
ソファに懐くようにだらりと寝そべりながら、安心したような気持ちと空しいような気持ちを抱え、水上はぼんやりと生駒の後ろ姿を眺めていた。
安心したのは、自分でも引くような束縛を生駒が重いとか不自由に感じていなかったから。
空しいのは、こんな束縛なんかじゃ生駒を捉えていられないと分かってしまったから。
生駒は交友関係が広いからボーダーの内外問わず付き合いがある。全てに嫉妬していたらきりがないから、せめていつどこでなにをしていたか把握していたかった。これが恋なのか愛なのか執着なのか、もう水上自身にもわからない。恋人として付き合って同棲までしても、生駒が手に入ったという実感がわかない。
愛されている自覚はちゃんとある。だが、いつか離れていってしまうだろうという不安が常につきまとっている。その「いつか」が来るのが怖い。だから束縛してしまっている。
だが、本当の意味での自由を奪いたいと思っているわけではない。生駒達人という男は自由に生きてこそ一番魅力が輝くからだ。ただ、自由に羽ばたいた後に帰る場所は此処であってほしい。そう認識してほしい。風切羽を落としたいのではなく、その脚に鎖をつけさせてほしい。
生駒のくっきりと筋が見えるアキレス腱に向かって水上は手を伸ばす。だが数メートル先にあるそれに手が届くはずもなく、右手は空を切る。自分の重さで生駒が今度こそ羽ばたけなくなる妄想をして気落ちする心を、その右手の中に押し込んでぐっと握りこんだ。
水上が時々不安そうな表情をすることに、生駒は最初から気付いていた。
それはきっと、水上にとって生駒が『唯一』で、生駒にとって水上がそうではないからだ。付き合い始めた頃、水上は生駒が「初めて好きになった人」で「きっとこれが最後」と言っていた。男が好きだとか女が好きだとかそういった自認が固まる前に、そもそも他人にそこまで興味が湧く前に、生駒と鮮烈な出逢いをしてしまって恋に落ちてしまったのだという。だからこの恋は捨てる宛もないまま墓場まで道連れにするつもりだったらしい。
そんな熱烈な愛の言葉を聞いて胸をときめかせた直後、生駒は同じものを返せないことに気付いた。生駒は当たり前に女性が好きで、幾度か幼い恋をし、全て挑む前に敗れ、そして誰かに好かれたいと熱望しながらこの歳まで生きてきた。「俺の初恋は五歳んときに終わらせてしもたわ、ごめんな」と正直に言えば「とっくにないってわかってるもんを欲しがるほど強欲やないですよ」と水上は笑ったから、そこで済んだ話だと思っていたのだけど、多分心のどこかにしこりとして残っているのだろう。
世の中に数多可愛い女性がいるなかで『一番』愛する人として水上を選んだのだから、この心意気を酌んで欲しいしもっと愛されている自信をもってほしい。生駒を強固に捉まえていい権利があると思ってほしい。高望みするなら「他の誰のことも見ないで、どこにもいかないで」と言ってほしい。一瞬たりとも迷わずにお前を選んでみせるから。
ふとソファの方に目を向けると、こちらに伸びた腕とだらりと項垂れるような握り拳が見えた。なんとなく、人間の心臓は握り拳くらいの大きさだという話を思い出す。寒々しく空中に揺れるそれを両の手で握りこんであげれば、寂しがり屋の心を少しはあたためてあげられるだろうか。