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エクストリーム雪国外交

全体公開 展示用 1 21 15014文字
2024-12-19 21:35:21

狼龍夜想曲展示①:リヌ♀+召使(フリ)
要塞の番犬 vs. 執行官 feat. 被害者水龍♀

某日、パレ・メルモニアにて。
来客用のテーブルにはドゥボールの新作やら限定品、果てはオーダーメイドかと思われるようなものまで金と権力で殴ったとしか思えない様々な洋菓子類が持ち込んだ彼らの競い合いを形にしたように所狭しと置かれている。これが普通のアフタヌーンティーならばそれなりに喜ぶ者もいるのだろうに、とお茶会に目がない彼女を思い起こしながらヌヴィレットは横と目の前で勝手に謎の戦闘態勢に入っている来客らを前に溜め息を吐いた。

おや、ヌヴィレット殿の嗜好に配慮したものを手土産としたつもりだったが、口に合わないものでもあっただろうか?」
いや、色々と悩ましいことが多いのでな。いただいたものたちはどれもあまりに好みに合っていて、若干引いているくらいだ」
「そうか、それならよかった。壁炉の家は情報収集に長けた者も多い、約一ヶ月の情報収集の成果が出たのであれば光栄だ」
「能力と時間の無駄遣いが過ぎる」

そんな溜め息を拾い上げた対面の彼女、ファデュイ執行官である召使はヌヴィレットに深淵を映す目を向けて穏やかに笑む。やたらと愛想の良いその笑みを向けられたヌヴィレットは、それはそれとして真横から来るわかりやすい冷気に物理的な悪寒を感じて身震いする。ちらりと僅かに横に視線を向けると、そこにはどう見てもお客様用の表情を貼り付けただけのリオセスリがいて。前から熱視線、横から冷気という蒸発と凍結が交互に襲い来る水元素絶許パーティにヌヴィレットのストレス値は既に限界を迎えつつあるのだが、それを口にしようものならやれお前が悪いのなんのと理不尽な喧嘩になるのは見えている。仮にもフォンテーヌの首長である以上、この場でメロピデ要塞とスネージナヤの全面抗争などという誰も意味のわからない状況を許すことは出来ない。

本題に入りたいのだが、今日はどのような用件で訪問しているのか伺っても?」
「ああ、聡明なヌヴィレット殿であれば理解はしていると思うが、今日足を運ばせていただいたのは先日の贈り物の件だ」

何となく肩から腕にかけて凍傷になっていそうな気配を感じてとりあえず話をすり替えれば、召使は意味深な笑みを浮かべる。だろうな、と召使の回答を聞いて納得はしつつもそれについてはそもそもの根本的な部分を問い質したいと思っていたヌヴィレットは、なんか熱いのか冷たいのかよくわからない温度になっている紅茶を一口。

『あれ』は本当に召使殿が贈ったものか?」
「もちろん、私が自ら素材から選び抜いた特注の中の特注品だ。一緒に送った親書にもちゃんとスネージナヤの印が打たれていたはずだが」
ああ、それは確認出来ている。というかどこをどう見てもスネージナヤを通して贈られてきた公式の贈り物だったからこそ問題なのだが」

思い起こすこと三日前、シンプルながら清楚に飾られた箱が執務室に届けられた。召使からの贈り物だと聞いて若干の警戒をしていたが、箱と共に手元にきた親書には偽造でも何でもない、正真正銘のスネージナヤの印とご丁寧に透かしまで入っていて。もちろん親書は召使の直筆で、挨拶文から始まり今度訪問させてもらいたいという何一つ間違っていない公式の書面が流麗な文字で書き連ねられていた。ただそこまではよかったのだが、問題があるとすればそれは贈られてきた箱の中身の方だったわけで。

「私の目に狂いがなければ、箱の中身は女性もののお仕着せが入っていた気がするのだが」
「ほうヌヴィレット殿はなかなか古風な言い回しを好まれる。気品と風情を感じさせるその言い方も悪くはないが、ここは是非とも現代らしい愛らしさを込めてメイド服、として欲しい」
「いや、別に呼び方は何でも構わないが」
「いいや、お仕着せというとどことなく背徳感を感じざるを得ないが、メイド服というだけで愛らしさや可愛らしさが表立つ。それぞれが同じ言葉でも意味合いが違う実に趣深いと思わないか」

あ、召使ってそういう感じだったのか。と昨今の胃痛お茶会の景色が甦る感覚に、ヌヴィレットは秒速で悟りの境地へと至る。なるほど、このタイプであれば突然自分宛にメイド服一式(最高品質)が贈られたことにも悲しきかな合点がいく。

「召使殿、個人的な贈り物にスネージナヤの調印を付帯させるのはよろしくない。これではメイド服が貴国の女皇に承認された私への贈り物であると勘違いされてしまう」
「無論、本件は女皇陛下も承認済みだ」
「スネージナヤは一体どうなっているのだ」

そして、私的な贈り物を公式にするなと言ったところで何故か本当にスネージナヤが公式に絡んでいるらしく、あの国の外交本当に大丈夫なのかと本気で心配になる。

「失礼、執行官殿何故急に最高審判官にメイド服を贈ろうと?」
「そう警戒されるような他意はない、が治外法権のはずの要塞の管理者である公爵殿がこの場に同席している理由を伺えるかな?」
「ああ悪いな、ヌヴィレットさんはフォンテーヌが誇る美しき象徴だ。急に膝丈のメイド服なんてものを贈ってくる相手に会わせて、何かあったんじゃあ困るだろ?治外法権とはいえ、フォンテーヌの民として自国の美しく気高い象徴を護ることに理由はいらないと思うが」
「リオセスリ殿、余計なことしか言ってない」

とりあえず空のカップに紅茶を足して生ぬるいそれを口に含んだタイミングで、今度はそれまで黙っていたリオセスリが口を挟む。明らかに意味不明な理由で同席をこじつけているが、言わずもがな召使の贈り物に難色を示して強引に居座っているだけである。せめて同席するなら静かにしておいてくれと言っていたのに、案の定横から失礼してきてしまったリオセスリに召使はゆっくりと思案深げに軽く目を伏せて足を組み換えた。

なるほど、公爵殿は膝丈がお気に召さないと?」
「悪いが俺はクラシックな方が好みなんでな」

視線が絡み合い、謎の緊張感が生まれる。いや何の緊張感か全くわからないが、下手な外交より余程空気が張り詰めていることだけはわかる。というか、何故かフォンテーヌ水没未遂の時のフリーナとのお茶会よりも緊張感の質が悪い気がする。

「見えない美しさを否定するつもりはないが、これだけの優秀過ぎる素材を全て隠してしまうなど以ての外。眉目秀麗、造形から胸元から腰への線もさながら、服を着ていてもわかる黄金比のスリーサイズや美脚なんかは隠されているというのにその美しさを際立たせている。もはやフォンテーヌの人魚姫と言っても過言ではないヌヴィレット殿の素脚が、愛らしいシルエットのメイド服とニーハイソックスの隙間からちらりと覗く様を想像しても公爵殿は膝丈メイド服の可能性をゼロだと言い切れるか?」

長い。語りがえらい長い。フォンテーヌに長く住んでいると、こういう言い回しがデフォルトになってしまうのだろうか。召使渾身の語りを聞き流しているうちに、ヌヴィレットはパンナコッタと生チョコを幾つか食べてしまう。どちらも甘さが控えめで特にパンナコッタは上のベリーソースがアクセントとなっていてとても好ましく、これで紅茶がもう少し熱ければもっと美味しくいただくことが出来たのかもしれない。

「いや?別に俺とて膝丈を否定しちゃいない。ただそれを着て素脚や肌を露出させたヌヴィレットさんを不特定多数の衆人環視にわざわざ晒す必要があるのか、という一点だけだ。美しいものは秘匿されている方が輝くことくらいあんたくらいの御仁となれば理解しているはずでは?」
「ふむ、公爵殿は些か私を買い被っているようだ。確かにヌヴィレット殿はフォンテーヌの至宝、公私の境界もないその秘匿性から生まれる美しさを帯びているのは言わずもがな。ただ、それを単一の個体が独占するのはいかがなものだろうか、と」

互いに互いの意見を否定せず、しかし論破してくれようと口論を繰り広げるがヌヴィレット的には誰でもいいから寧ろ否定してもらいたい。というか、メイド服を着る前提でデザイン性のぶつけ合いをされている理由がわからないが、どちらの肩を持っても外交問題になりそうなことや、結果的にメイド服姿にされることが決まっているのに無理矢理仲介する必要性もないので放置することにした。

「公爵殿、貴公がヌヴィレット殿を占有してその愛らしい姿を余すことなく堪能していることは壁炉の家の情報で知っている。フォンテーヌの最高審判官を占有し、愛でることはフォンテーヌの法律上禁止されているはずだが?」
「いつの間にそんな法律が出来た」
「はは、生憎その法はあくまで最高審判官の同意がないことが前提の法だ。双方同意の上でなら問題はないし、何なら私的事情を外交に持ち込んだあんたの方が余程問題だ」
「いや、だから本当にいつ立法された」

最近最高審判官を見つめるな、写真を懐に入れるな、果ては夢で懸想するなとわけのわからない法が制定されそうになるのを水際で食い止めていたはずなのだが、どうやら何らかの抜け道を使ってきた愚か者がいるらしい。法の番人の目を掻い潜るなどそう簡単に出来ないはずだが、せめてその愚か者がこの目の前の連中でないことだけを祈るしかない。

「よろしい、私に非がないことは明白。フォンテーヌらしく歌劇場での決着がお望みなら叶えようではないか。あの原告席は、ヌヴィレット殿を下アングルから合法的に眺めることが出来る最高の貴賓席だからな」
「甘いな執行官、歌劇場はその構造上どこから見上げてもヌヴィレットさんの美しさと気高さを示すに十分な造りをしている。原告席はローアングルからの絶景だが、被告席は光の加減でより神々しく見えるヌヴィレットさんが拝めるのさ。だから俺は、負ける理由がない以上原告だろうが被告だろうがどちらでも問題はない」
「スネージナヤと要塞に強制送還されたいのか」

聞けば聞くだけ何言ってるのかよくわからないふたりだが、とりあえず外交問題云々の前に司法の国としてあらゆるハラスメントで裁いた方が良いのかもしれない。ついでに今まで歌劇場でやたらこちらを拝み倒しながら判決も待たずに過失を認めていた罪人が少なからずいた理由が微妙に見えてしまい、見晴らしの良い席も問題がありそうだとヌヴィレットは歌劇場の改装も視野に溜め息を吐いた。

「ふむ、とはいえ私とて女皇陛下に迷惑を掛けるつもりはない。外つ国の所属ゆえ、万が一でも負けるようなことがあればヌヴィレット殿に今後贈り物を渡す伝がなくなってしまう。メイド服の発注のために御用達の店を紹介してくれた女皇陛下に、そのような恩知らずな真似をするわけにはいくまい」
「私への迷惑も鑑みてくれると嬉しいのだが」
「公爵殿、ここは穏便に和解しようではないか」
「都合よく存在を無視しないでほしい」

慣れた胃痛と向き合うのも疲れて先走って常に温度が喧嘩している嫌な感じの紅茶を啜ることにしたヌヴィレットを完全スルーして、渾身のドヤ顔を見せる召使は鋭い目をしたリオセスリを見据える。

「ということで、ここは穏便に率直にヌヴィレット殿が着たい方を選んでもらうということでどうだろうか?」
「本人の意思に従うのであれば異論はない」
「私が着ないという選択肢は」
「「ない」」

ダメ元でメイド服送りを回避出来ないか粘ってはみるものの、ヌヴィレットを辱しめるという一点において謎の結束を見せるふたりを前にすれば早々に諦めざるを得ない。実はこいつら仲良しなのではないかと訝しむヌヴィレットに姿勢を正した召使が穏やかに、そして否と言わせぬ圧を以て笑みを向けた。

「私が贈ったメイド服は既に見ていただけているかと思うが、決して肌を出すからといって淫らなものではない。ヌヴィレット殿の魅力を余さず引き出すための露出、そして美しさと可憐さの両立だけを目的にフルオーダーメイドでスネージナヤの技術を全て注ぎ込みデザインされたものだ」
「逆にそこまで拘られると扱いに困る」
「俺が準備していたメイド服はヌヴィレットさんの神秘性を余すことなく際立たせ、露出を抑える代わりにレースをふんだんにあしらった愛らしさを魅せるデザインだ。ヌヴィレットさんほどになると見せないことで際立つ魅力の方が余程勝るからな」
「なんでそもそも君もメイド服を準備しているのか」

バサァッ、と双方が執務用のデスクに持ち寄ってきたメイド服を広げる。雑に避けられて隅に積み上げられた承認待ちの書類たちを横に、流石のヌヴィレットでも見ただけでわかるような上質過ぎる素材を贅沢に使われた意匠の異なるメイド服を全力でアピールしてくるファデュイ執行官とメロピデ要塞の管理者というあまりにも意味不明な状況。というか意味不明と言われれば意味不明なのだが普段からわりと意味不明な環境に置かれがちなヌヴィレットとしては、まぁいつものことだからとそう気になりもしなくなっていた。

「さぁヌヴィレット殿、貴女がどちらかを選ばなければメロピデ要塞とスネージナヤの外交問題に発展しかねない」
「外交問題には繋がらない気がするが」
「これは私にとって神の心を手にするのと同等の使命、きっと公爵殿にも同じような想いがあるのだろう。ここは是非、我々の顔を立てると思って選んでもらえるとありがたい」
「女皇陛下の崇高なる使命とやらがメイド服と並んで大丈夫なのか」

幾ら熱弁されても自分がメイド服を着る着ないで外交問題に発展する理由はわからないが、それ以上に神の心を手に入れることと同等の使命と考えている方が余程問題な気がする。スネージナヤ本当に大丈夫か、と思いつつ、メイド服を公式で贈ってくるのだから大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば大丈夫ではないのだろう。そしてその謎の熱弁の横で鷹揚に頷いているリオセスリにも最早何を言っても通じなさそうな気配しかなく、この場に味方はいないと察したヌヴィレットは死ぬほど面倒そうな顔でデスクに広げられたメイド服に視線を向けた。

念のための確認なのだが、私がどちらかを選んだことで双方謎の武装蜂起をしてフォンテーヌで全面抗争を勃発させるようなことはないと?」
………当然、そんなことは無いと約束しよう」
……ああ、そんな大人げないことはしないさ」
「その信憑性が皆無な間はなんなんだ」

ヌヴィレットにその感性は到底理解出来ないが、恐らくふたりにとってこのメイド服問題がとんでもなく重要性の高い問題であることくらいはわかる。となると、この選択次第でそれこそ外交問題が引き起こされるのではないかと恐る恐る確認してみれば、案の定何とも言えない回答が返ってきて。

「大丈夫、俺もそこまで子どもじゃあない。あんたもそうだろう、執行官殿?」
「もちろん、私はそんな物騒な解決法など考えてもいない」

こいつら、自分の目が笑ってないことを理解しているんだろうか。それっぽく弁明はしているが、要するに互いに自分はそんな阿呆な真似はしないが相手が何をするかは定かではないと言っているも同じである。ヌヴィレットは今まで様々な責務の重さをこの肩で支えてきたが、こんな重責は他になかったと思う。というか、自分の服の好みで抗争が勃発しかねない現状がおかしいし、何ならどちらを選んでもどちらかが機嫌を損ねるという詰みとしか言いようがない状態。ここから入れる保険なんかありもしなくて、一週間ぶりくらいの大ピンチに晒されたヌヴィレットは窮地に立たされる。因みに一週間前の大ピンチは目の前の飼い犬に執務を止めて寝るか、起きられなくなるまで抱かれるかの二択を迫られた時である。どちらを選んだのかはご想像に任せよう。

「さぁ、ヌヴィレット殿」
「どちらを選んでも悔いはない」
「ふたりとも武器を仕舞え」

ガントレットと鎌を構えるふたりを前に、もうこの場でサクッと制圧してしまおうかとさえ思える。ただ鬼火力のメインアタッカーしかいないこの場で誰が暴れてもパレ・メルモニアの大規模修繕は免れないし、何より非力なメリュジーヌたちが巻き込まれるようなことがあってはならない。何を選んでも恐らく武力制圧待ったなしの理不尽過ぎる選択肢にヌヴィレットが暖かい海に還りたい気持ちを覚えていたその時、執務室の扉が勢い良く開かれた。

「ご機嫌よう!ヌヴィレット、君は今日もフォンテーヌを流れる水のように清らかで美しうえええええええええええ?!」

何処からか聞こえてくる謎のオペラと謎のスポットライトを浴びながら現れた第三勢力、もといフリーナ。誰もいないとでも思っていたのか、入った先によりによってこのふたりが火花を散らしているのだからノックしない方が悪いとはいえ多少同情する。

「ご機嫌よう、フリーナ殿」
「お元気そうで何よりだな」
「ご、ご機嫌よう

そしてまだ何もしていないのにふたりから熱かったり寒かったりする視線を受けて固まっていたフリーナだったが、ふとデスクに広げられたメイド服を見付けると足早にそれに近付いていく。

「ふーんどちらも生地は良質、肌触りと立体感を両立させつつ着心地の良さにまで気が配られた最高品質の仕立てだ。きっと着る人の気持ちに配慮して作られた素晴らしい品なんだろう」

さら、と生地に触れながら職人のような目付きでメイド服の品定めを始めたフリーナを前に持ち込み主のふたりは何処となくご満悦そうにしている。そのまま縫製や裏地を繁々と眺めていたフリーナは、バッと振り向きざまにそんなふたりを指差した。

「コホンッ!このメイド服は実に良い品だ、生地も縫製も一級品で文句なし!ただそれぞれに良し悪しがあることは理解しているかい?!」

カツンッ、と杖を打ち鳴らして召使のメイド服を手に怖気付くこともなく本人を見据える。

「まずはこっち、これは全体的に洗練としたシルエットで部分的な露出から来る抗えない色っぽさをぼかすことでヌヴィレットの肌をより美しく映えさせようとしていることはわかる。膝丈スカート、こちらも大いに結構!ちゃんとパニエもしっかりと作り込まれていて、チラリズムに対しての配慮もされているのは素晴らしいよ。ただね、この服は局所的にあるレースの透け感に贈り主の思惑も透けてしまっているんだ

袖や部分部分にある目立たないながらに設けられたレース生地の肌が透ける部分に触れながら残念そうに呟いたフリーナは、次いでもう一着の方に手を伸ばす。

「そしてもう一方のこっち、こちらは今度は素肌の露出を限界まで削ることで見せない美しさを引き出そうとしているんだろう。シルエットも少しゆったりさせることで身体の曲線も隠し、素体とその雰囲気が醸し出す神秘さを存分に味わえるようにしているのが見て取れる。そう、それゆえに滲み出てしまっているんだよこの布地の下の素肌を決して見せないという独占欲がね」

そこまで捲し立てて、はぁ、と溜め息をこぼす。
静まり返った部屋には途中から完全に飽きて書類を片手にお茶を啜っていたヌヴィレットの紙を捲る音だけが響き、話しが終わったのかと一瞬顔を上げるも恐らくまだ終わっていないと解釈して再び書類に視線を落とした。

ふむ、確かにフリーナ殿の審美眼は疑う余地もないらしい」
「ああ、同感だな」

ちょっとは反論するのかと思っていたが、ものすごい納得しているふたり。超遠回しにむっつりスケベと言われているも同然だというのに、何も否定しないってどういうことだと無意識にツッコミそうになる気持ちを何とか抑えてヌヴィレットは無関係を貫くことに専念する他ない。というか、もう自分は逆にこの環境にいない方がいい気さえする。

「というか、そもそも僕から言わせてもらえば誰にも縛られず優雅に海を揺蕩う姿こそ至高であるヌヴィレットに、誰かに跪かせる衣服を纏わせて自由を奪うこと自体がナンセンスだと思うけど?如何にヌヴィレットを美しく、気高く、そして愛らしく飾り立てるのか!本来服すら無用の長物でしかない彼女に服という枷を嵌めるんだ、そこに君たちの下心が入り込めばたちまちヌヴィレットの美しさは翳ってしまう!それを理解しているのかい?!」

多分、ヌヴィレットに下心で変な服を着せるなと説教してくれているかもしれないが、何だか一言一句に意味不明な熱意を感じてしまう。おまけに、その熱意が何故かむっつりスケベのふたりを黙らせてしまっているのだからどうしようもない。長年の経験で触らぬフリーナに祟りなしということは理解しているヌヴィレットは、いつの間にか目の前に置かれていた手土産の琥珀糖を口に含む。見た目は乾燥していて好ましくない気配があったが、前に一度食べてみてもらいたいと言われて口にしてからはお茶に合う優しい甘さをわりと気に入っている。

「そう!ヌヴィレットに必要なのは枷ではなく自由!陸という鎖を結わえられたその姿は元より儚く憂いを纏うその気怠げな耽美を決して殺すことなく、けれど曇らせることもない彼女がその素肌に身に着けるものは自由と不自由のアンチノミー、それを体現したものであるべきなんだよ!」

目には目を、面倒なやつには面倒なやつを。意外と公爵と召使を黙らせるにはそれ以上にヤバいやつを置けばいいのかと気付きを得ていたヌヴィレットを他所に、フリーナは自らが持参していた箱から踊るように取り出したそれを翻した。

「さぁ見給え!白を基調としたブラウスは同系色のレースとフリルをあしらい、目立たせず、けれど質素過ぎずに花を添える!ボタン同士の距離を近付けることで開襟しても控えめの露出、もちろん全て閉めていても苦しくない設計さ!袖もベルスリーブにして空気が通りやすく、尚且つ袖口にもレースを入れて手元もより美しく魅せる!そしてAラインのスカートは、髪の銀色と服の白とのコントラストを意識して敢えて落ち着いた紺色からラグーンブルーの淡いグラデーション更にミディ丈にすることでパンプスでもショートブーツでも足元が映える!どうだい!!これこそが!!フォンテーヌが誇る!最高審判官の穏やかな休日コレクション!!!!」

スポットライトの下で決め切った風なフリーナの姿に辺りは静まり返り、そして疎らに拍手が起こる。

「ふむミディ丈でもストッキングとパンプスを合わせれば美しい脚をさり気なくアプローチしつつ、他の隠された部分との対比でより艶やかに見える流石はフリーナ殿、否の打ちようがない」
「袖口を開くことで風で服が舞った時だけ手首が見えるってことかフリーナさんのセンスには敵わないな」

何か知らないが感銘を受けたらしい召使と公爵の様子に、フリーナは満足そうに頷く。類友でしか分かり合えないこともあるのだろうか、欠伸を噛み殺している張本人を前に謎の一体感を生み出している三人。

「公爵殿、我々もフリーナ殿を見習う必要があるようだ。彼女の言う通り我が強く出た服などヌヴィレット殿の美しさを翳らせるだけ甘やかさと艶やかさは両立され、尚且つ神秘性を内包した服でなければヌヴィレット殿には相応しくない、そうだろう?」
「そうだな、その点においては執行官殿の言う通りだ。ヌヴィレットさんはそれこそこの水の国に相応しく如何様にもなれるその美しさは特定の枠で区切られるものであってはいけない。俺もあんたもまだまだ発展の余地がある、ってことだな」

そしてよくわからないが、固い握手を交わして仲直りしてる召使と公爵。如何様にもなれるってそういう解釈ではない気がするというツッコミは、本人が多様性の時代だからと諦めてしまっていた。

「うんうん、ヌヴィレットを美しく着飾りたいという気持ちは人類共通の願望だからね!切磋琢磨することで新しい可能性も生まれるし、このメイド服たちだってまだまだ使い勝手はあるはずさ!」
「人類、それで大丈夫なのか」

軽いステップでヌヴィレットの元にやって来たフリーナは、その肩に手を置きながらメイド服を見てにっこりと微笑む。

「ところでヌヴィレット、今日はこれから公爵とちゃんとした会議なんだろう?」
予定は既に十五分押しているが、その後は君とのお茶会だけなので問題ない」
「ふむふむ、であれば――

す、と流れるように髪を掬って口付ける素振りをしながら耳元で囁かれた提案にヌヴィレットは少し考える素振りを見せたあと、フリーナの方に視線を向けた。

君の望みを聞こう」
「僕の?うーんもし聞いてくれるのなら、今回持ってきた服をお茶会の時に着てほしいかな。もちろん初めての時じゃなくていいよ、そこは譲るさ」

いたずらっぽくウィンクをしたフリーナの言葉に肩を竦めつつ、了承の代わりに彼女の差し出したチョコレートをひとつ抓む。その返答に満足したフリーナはパンパン、と手を叩いて意見交換をしていたふたりの元に舞い戻った。

「さぁふたりとも、楽しいお披露目会もそろそろお開きだよ!公爵はヌヴィレットと仕事の話しがあるんだろう?僕らはお暇させてもらうよ」
「ああ気付けば随分と長居をしてしまったようだ、私もお暇しよう。フリーナ殿、良ければこのまま壁炉の家にどうだろうか?メイド服の改善案を聞きたいし、何より子どもたちの中には君の熱心なファンも多いんだ」
「はぇ?!ぼ、僕なんかが行って大丈夫なのかい?」
「安心していい、私とてヌヴィレット殿の前で君を危険に晒すような愚か者ではない」

既に時間は予定の外側を行っているのだから仕事もへったくれもないが、フリーナの鶴の一声で各々帰路に着こうと準備を始める。召使から壁炉の家に遊びに来ないかという誘いを受けてぎこちなく悩んでいた様子のフリーナも、こんな公の場で危険な誘いはしないと言いくるめられて結局誘いに乗ることにしたらしい。少し心配なところはあるが、召使が言う通りヌヴィレットやリオセスリの前である以上危険な真似はしないと見ていいのだろう。

「さて、じゃあ僕は召使と壁炉の家に行ってくるよ」
「ああ、気を付けて行くように」

フリーナの挨拶に鷹揚に頷いて返したヌヴィレットは、ものすごいどうしようか悩みに悩んだ挙げ句溜め息紛いの息を吐きながら召使に目を向けた。

召使殿、此度の贈り物については一応、受け取らせてもらったと女皇にもお伝え願いたい。後程ささやかながら壁炉の家に返礼の品を届けさせる」
「返礼など気にされずとも。メイド服姿の写真をいただければそれで」
「返礼の品で勘弁していただきたい」

何だかんだスネージナヤからの公式の贈り物を受け取った以上、外交に支障がない程度のやり取りはしなければならない。メイド服に対する返礼品なんて何にすればいいのか皆目検討も付かないが、召使の写真という提案に部屋の温度が少し下がった気がしたのでとりあえず返礼品を贈ることで無理矢理納得してもらうことにする。若干、いやかなり写真じゃないことに不満は持っていそうな顔はされているが、ここで妥協すると部屋が冷凍庫になりかねない。というか国同士の返礼品にブロマイドを要求される意味がわからないのだが、何故だか普段から写真を求められがちなヌヴィレットには彼らと似たような感覚なのかもしれないと思うしかなかった。

「それではヌヴィレット殿、また近いうちに」
「次回はぜひ、手土産はなしで」
「スネージナヤの外交使節として礼儀を欠かない程度には」

とりあえずもう手土産いらないから、と念押しはするもあの顔は間違いなくリベンジするつもりの顔である。スネージナヤは外交相手を着せ替え人形とでも思っているんじゃなかろうか。あの国に関して本当に何考えているのかわからないが、敵対するよりマシだと結論付けて召使とフリーナを見送った。

……………

そして、ようやく訪れた静寂。
そういえば最初はこれくらい静かな部屋で仕事をしていたはずなのに、気付けばお祭り騒ぎになっていたわけで。はぁ、と来客用のソファに座って一息吐いたヌヴィレットは次いで目の前でいつの間にか稲妻伝統の土下座をしているリオセスリに脚を組み替えながら視線を落とした。

私は、ただ黙って座っていろと言ったはずだが」
「はい」
「何か申し開きがあるなら聞こう」
「いえ何もありません

このタイミングで他人が入ってくると何かしら誤解を招きそうな状況ではあるが、わりと珍しくない状況なだけにヌヴィレットもそこまで意識が回っていないらしい。完全に叱られた犬と同じ様子のリオセスリを前に怒るに怒れなくなるのも定石なのだが、こういう時にしっかり叱っておかないとすぐ調子に乗ってしまうのだからと心を鬼にしてヌヴィレットは素っ気ない態度を取る。

「そもそも本来多忙なはずの君が、この場に居合わせていることさえも要塞の管理を放り出してきているのではないかと思っているのだが?」
「いや仕事と趣味は両立出来るタイプなんで」
要塞の管理を怠らずに私の元に通っていると?」
「やることやってからヤると決めてる」

とりあえず公務を放置して遊びに来るのはやめるべきだと諭そうと思ったのに、やることはやった上で遊びに来ているらしい。当たり前のように言っているが、あの要塞の管理をたったひとりでやっていて暇なんてあるのだろうかと甚だ疑問は残るも、ヌヴィレットは人間のモチベーションが引き起こす無限の可能性にまでは理解が追い付いていないので、それはそれでまぁいいかと引き下がることにした。

とはいえ、最近若干常軌を逸している部分が見受けられるので少し罰を与えようと思う」
「そんな今日だってあんたに変なもの贈り付けてくるやつとふたりっきりにするのが憚られたからで」
「結局ふたりしてその変なものを私に着せる着せないで外交問題まで引き起こそうとしていたことをもう忘れたとでも?」
「すみませんでした」

正直リオセスリの行き過ぎた愛情表現は今に始まったことではないものの、だからといって公私混同の境界くらいは見極めてもらわなければ何れ本当の問題に繋がりかねない。プライベートではそれなりに甘やかしているつもりなのだから、公の場でくらいはある程度の威厳を保ってもらいたいし、こちらも威厳やら尊厳やら多少なり担保したい。

「此度の件は下手をするとフォンテーヌとスネージナヤの外交問題に発展しかねない事態であり、私としても非常に事を重く捉えている。ゆえに君には相応の罰を受けてもらう」

怒られてすっかり尻尾が下がっているような状態のリオセスリに何かよくわからない良心が痛むのを振り切って、脚を組み変えながらヌヴィレットはデスクにまとめられたメイド服たちに視線を向ける。

「一週間、私への接触を禁じる」

そして、まるで歌劇場で判決を下すように冷静に告げたその言葉にリオセスリの表情が目に見えて曇っていく。元々歌劇場の審判ですらも雨を降らせまくるタイプのヌヴィレットは、そんな悲しげな表情を直視出来ず目線を逸らした。

一週間我慢したら、何してくれる?」
……何故罰に褒美がつく前提なのだ」
「確かに外交問題にしかけたのは俺の責任もあるから罰は受けるが、とはいえ俺が止めなければあんたは外交相手の面前であられもない格好をさせられてあんなことやこんなことをさせられていたんだぞ?それを止めた分くらいの酌量の余地はあるはずだ」
「その言い方やめて欲しい」

可哀想なことをした、と良心が痛んでいたのも束の間、わりと図太いリオセスリがこの程度で引き下がるわけもなく。事実上の禁欲宣言に対してそれ以上の対価を求めてくるその姿勢に、彼がメロピデ要塞での地位を確立するに至った才能の片鱗を垣間見た気がした。

どうせ一週間したら我慢した分の鬱憤を晴らされるのは目に見えているゆえ、一応最終日の翌日は休みにしておこうという配慮くらいはしているのだがそれでも不満だと?」
「あーなるほど、ご配慮痛み入るがそれはあくまでヌヴィレットさん自身への配慮でもあるだろう?」

彼の我慢に対するこれでもかという妥協案を提示したつもりだったのだが、それでも要求事項に届いていないらしい。立場的にはこちらが説教をしているはずなのに下からの圧の方が強い現状に困惑気味のヌヴィレットの前で、リオセスリは先程まで視線が向けられていたメイド服たちを一瞥する。

俺は別に、他人の目に触れるものでなければ執行官殿の持ち込んだ服も満更嫌いなわけではないんだ」

その言外に含まれる意味を察してしまったヌヴィレットの表情がわかりやすく面倒だと言わんばかりのものに変わり、普段感情を表に出さない彼女が気を許してくれているのだろうと勝手に役得感を噛み締めるリオセスリは、あくまでヌヴィレットからの言葉を待つつもりで微笑んだまま口を閉ざす。

いつも奉仕のようなことはさせられないと言って頑なに断ってくるというのに、この服飾のひとつでそこまで信念が揺らぐものなのか
「基本はあんたを満足させたい気持ちの方が強いからな、そういうプレイと思えば悪くないんだよ」
「人間というのか君の性的欲求に対する理解はこのフォンテーヌの法を全て理解するよりも難儀だな」
「ははっ、それは光栄なことだ」

俗に言う苦虫を噛み潰したような顔をしているヌヴィレットだったが、何を言っても恐らくこれ以上の妥協はさせてくれないのだろうと悟ると諦めたように肩を落とした。

はぁ一週間ちゃんと我慢出来た暁にはメイド服だろうが何だろうが君の遊びに付き合おう。これで満足か?」

妥協案の更に妥協案という最早交渉の域に達していない案を提示して、満足そうな表情のリオセスリを目の前になけなしの威厳を呈して目を細める。

「その代わり、一週間のうちに君が私に触れるようなことがあれば約束は無しだ」

妥協案とは言ったものの、あれだけ隙あらば触れようとしてくるリオセスリが一週間も我慢出来るのかと言われると恐らくノー、ここまで約束をしていれば少なくともメイド服ご奉仕プレイは免れるだろうと想定していたヌヴィレットにリオセスリは不敵な笑みを浮かべて。

「ああ、もちろん俺から触ることはないように善処しよう」

す、と手にしたデスクの羽根ペンの羽根の部分を胸から首筋、そして頬へと撫でるように柔らかく滑らせていく。ぞわりと背に這う擽ったい感覚と共に嫌な予感を覚えたヌヴィレットの表情が、徐々に苦々しげなものに変わる。

……リオセスリ殿、」
「おっと、別に『俺は』触っちゃいないだろ?」

その瞬間やられた、と彼の言葉遊びに巻き込まれたことに気付いて無意識に唇を噛み、愉しげに笑ったリオセスリがその唇を羽根でつついた。

「約束通り『俺は一週間あんたに触らない』が、会えないのは寂しいからな。毎日暇を作って会いに来るし、懲りずにその耳元で愛を囁くよ」

そしてその羽根に軽く口付けると、それをヌヴィレットの頬から唇に再び滑らせて。

「だからあんたは触れたい時に、触れればいい」

わざとらしく肩を竦めたリオセスリの言葉に一瞬固まるヌヴィレットだったが、次の瞬間にはその透き通る美貌に見惚れる微笑みを貼り付けてそっとリオセスリの頬に手を添えると、僅かに身を乗り出して油断しているその唇に軽く口付けた。

――ならば私は、君に触れて愛を囁こうか」

突然のアプローチに意表を突かれたリオセスリは暫し呆然としていたものの、すぐに気を取り直し口角を持ち上げて挑発的な表情を浮かべる。

「ははっ、根競べなら負けない自信があるぞ?」
「生憎、私とて伊達に長生きをしているわけではないのでな。我慢というものには慣れているのだ」

すい、と羽根ペンで顎を掬ったリオセスリの挑発を受け流すように、ヌヴィレットの指先も彼の顎を撫でて。

「愛らしい私服デートからのメイド服ご奉仕プレイ、楽しみにしてるよ。俺の愛しい水龍さま」
「ああ、残念だがメイド服はクローゼットで埃を被るだろうが私服でのデートは喜んで受けよう。私も楽しみにしている、我が最愛の番よ」

この瞬間、もし誰かが部屋に入ろうものならその場で卒倒してしまうのではないかとさえ思えるほどの謎の気迫で互いに愛を囁き合い、かくしてフォンテーヌのトップふたりによるあまりにも意味不明な禁欲生活我慢比べ一本勝負が誰にも知られることもなく静かに幕を開けたのだった。

結局、大人気ない煽り合戦を繰り広げたせいで三日目くらいにふたりして我慢の限界が来てしまい、原因不明の体調不良とその看病ということでふたりがどっかに消えて丸一日帰って来なかったのは言うまでもなく。贈呈されたメイド服は一度クリーニングに出された後に、人目に着かないクローゼットの奥の方に丁寧に片付けられたのだとか何とか。


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