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2024年ロスアルアドベントカレンダー

全体公開 ロスアル 2 9 32003文字
2024-12-25 12:41:36

大学生ロスさんとサンタルバさんの話

十二月一日

 十二月一日の日曜の朝、その人は突然やってきた。
 オレは庭で父親のいらないものを整理しており、黒いジャージを着て、手には軍手とトングを装備していた。その人はそんなオレの格好を見て、「ああようやく見つけた」とまるでしばらく脱走していたペットを見つけて安堵するような、そんな不思議な表情を浮かべた。
 シナモンを入れたミルクティーのような色をした髪の毛に、大きめな瞳、それからオレンジ色のTシャツに赤い上着を着て、カーキのズボンを履いている。足元はショートブーツという、今の季節には少し寒いかもしれないが、至って普通の格好で、容姿だって普通だ。街ですれ違っても素通りしてしまうだろう。つまりはなんの見覚えもない人だ。
 それなのにその人は、やれやれようやっと見つけた、という顔でオレを見ている。
 はて、何か火急の用事でもあっただろうか。けれども家の中はひどく平和なはずだ。リビングでは昨日深夜までカードゲームで熱中していたレイクとクレアがこたつに突っ伏して眠っているし、二階の寝室では父親が鼻提灯をこさえている。オレが納屋のがらくたを処分してもいいかと聞いたら、「うーんむにゃむにゃ」と返事をしたので起きているかもしれないが。これを返事と取るかは人による。少なくともオレは返事と取った。
 母親は少し早めに起きて、キッチンで朝食の用意をしている。普通の日曜だ。
「いやぁ、その電流マッサージ機が庭に出てなかったら気が付かないところだった」
 普段とは少し違う日曜、普段との誤差であるその人は、オレが庭に積み上げていた電気柵を指差して言った。これはたしか、十年近く前に、庭の家庭菜園を荒らすハクビシンがいるだのなんだのという理由で父親が設置したものだ。結局近所の野良猫が何度も引っかかって可哀想なので撤去してしまって久しいので捨てることにした。そういえばあの貰われていった野良猫は今どうしているんだか。
 そんな思い出に意識を逸らされつつ、「これは電気……」と訂正しかけたところで、「うんうん、知ってるよ。電流マッサージ機だ。ビリビリするんだよね。ブリッツェンとドンダーが気に入ってここでしばらく動かなくなって大変だった」とわかってるわかってると遮られてしまう。それは感電していただけなんじゃないか。そんなオレの感想も知らず、その人は続けた。
「あの時は大変だった。八年経っても忘れられないよ! ヴィクセンは畑のにんじんを食べたがるし、プランサーは庭の穴に喜んで飛び込むだろ。みんながそうやって楽しそうにしてたらコメットだって遊びたがるし、みんなしっちゃかめっちゃかに動くからソリがひっくり返って大変だったんだ」
 なんの話かさっぱりわからない。八年前。頭の中を引っ掻き回すが、冬の朝の光が何もないそこを照らすばかりだ。
 普遍的で特別感もない日曜の朝日の中、その人は笑顔を浮かべる。
「ボクはアルバ。サンタクロースだ。さぁ、お前は何が欲しい?」
 赤いジャケット以外白い髭もサンタ帽も、それからソリもトナカイも持っていないくせに、サンタクロースは自信満々に名乗った。



 十二月二日

 食堂に行こうと歩いていると、ふと鐘が鳴る音がして、振り返る。隣を歩いていたクレアが、「どうしたのシーたん」と不思議そうな顔をする。
「いやなんでもない。鐘の音がした気が」
 して。全てを言い終える間もなく、「ロス!」と昨日聞いたばかりの声が背後から聞こえてきた。振り向けばいる。昨日と同じ出立だ。
「どうやってオレの大学を突き止めたんですか。不審者さん」
「えっ、そうなの」
 オレの言葉に、クレアが驚いた顔で自称サンタクロースを見つめる。自称サンタさんは、「違う! サンタクロース!」と焦った顔で訂正してきた。サンタでも通報されるのは怖いらしい。通りすがりの他の学生たちにもジロジロみられながら、サンタさんはオレに走り寄ってきた。
「へえ、最近のサンタって若いんだな」
 クレアが走り寄ってきたサンタさんに向かって言う。最近も何も、あくまでこの人は自称サンタで、サンタと信じるには証拠がない。自分のことをサンタと思い込んでいるだけかもしれない。どちらかと言うと、その可能性の方が高いだろう。現実的に考えれば。
 サンタさんは、「色々いるよ。お爺さんのサンタもいるし。この辺のサンタはボクってだけで」とまた訳のわからないことを言った。サンタは一人しかいないんじゃないのか。
「それよりもロス。欲しいものは?」
 サンタさんは世間話もそこそこに、オレに昨日と同じ質問を投げかける。オレは大きくひとつため息を吐いて、「昨日も言ったじゃないですか。贅沢三昧できる大金が欲しいです。この世の全てを手に入れられるような」と答えた。
 自称サンタさんは、じっとこちらを見つめている。やがて、大きな、はっきりとした声で、「ちがう」と言った。
「な? サンタじゃないんだよ、この人。昨日急に家に来て欲しいものを聞いてきたかと思ったら、オレが欲しいものを言っても、違う違うって首を振るばっかりだ」
 オレが呆れてクレアに愚痴を言えば、自称サンタさんは、もじもじしながら、「いや、サンタは本当に欲しいものしか贈れないんだよ」と言い訳じみたことを呻く。
 クレアはオレとサンタさんの話をちゃんと聞いていたのかわからないが、「へえ、そうなんだ」と感心したように頷いた。そして、わかっているのかわかっていないのか、「じゃあオレはふかふかのあったかい毛布が一枚欲しい」とサンタさんに言う。
 だからこの人は本物じゃないんだ。ただ自分のことをサンタだと思い込んでいる人なんだぜ。
 そう友人を諭してやろうと思ったが、サンタさんが先ほどと同じようにクレアをじっと見つめているので、なんだか口を挟めなかった。サンタさんの瞳の中を、不思議な色が蠢く。燃えるような赤い色、深みのある緑色、それから二筋の光が過ったように思えた時、サンタさんがぱちりと瞬きをしてその色を全て覆い隠してしまう。再び瞼を開いたときには、不思議な色はすっかり消え失せていた。
「本当は十二歳までって決まってるんだけど……これはセーフかな。わかったよ」
 サンタさんはよくわからないことを呟いて頷くと、「次こそは欲しいもの、教えてよ」と捨て台詞を吐いて去っていった。



 十二月三日

 眠たくなる語学の授業で今日は終わりだ。バイトに向かおうと自転車にまたがり、道を走っていると、ポストの前で封筒をぶちまけている自称サンタさんがいた。
「何してるんですか。不審者さん」
「ロス! 不審者って言うなよ!」
 目を吊り上げてオレの言葉を否定するが、「じゃあなんで毎日会うんですか」と尋ねるとあっさり勢いを失ってしまう。最後まで抵抗した方がいいですよ。そっちの方が面白いので。
「なんか失礼なこと考えてなかったか」
「いいえ。それよりストーカーさん。何してるんですか」
 サンタさんは、「ああ。郵便を落としちゃって」と地面に落とした封筒を拾い上げる。それにしても数が多い。手に持っているものと落としたものを合わせれば、二百はあるんじゃないだろうか。
「今時郵便ですか」
 興味本位で落ちた封筒を一枚拾い上げてみれば、それは知らない言葉で宛先が書かれていた。切手はない。後納郵便のハンコがひとつ押されている。
……国際郵便は流石に後納では出せないと思います」
 オレの親切極まる忠告に、サンタさんは、「でもこればっかりは、後納じゃないと料金がわからないからね」と苦笑する。
「請求って」
「そこはまあ、サンタの力でちょっと違う請求が来る」
「サンタさんって世知辛いしみみっちいですね」
「おい、今のは明確にボクのことを馬鹿にしただろ」
 ばれていた。サンタさんはため息をひとつ吐いてから、「でもようやくサンタって呼んでくれたな」と嬉しそうに笑った。
……いい意味じゃないですよ」
 そんなに嬉しそうにされると思わず、なんだか軽口を叩いたのが気まずく思えてしまった。サンタさんはふっとさらに笑みを深くする。
「いい意味じゃないとしてもだ」
 サンタさんは郵便を全て拾い上げて、真っ赤なポストにするすると投函する。それからサンタさんがこちらをみた。瞳の中に、昨日見たような不思議な色が踊っているか気になって、じっと見つめる。サンタさんは、「何かついてる?」と首を傾げた。焦茶色の虹彩の中には、赤も緑も閃かない。
「いいえ。なんだか一方的に追いかけ回されるのもなんだかなと思って。何か弱みとか弱点とか嫌いなものとかないですか」
「おい、なんで聞きたいことが全部マイナスなものばっかりなんだ」
「やっぱり人の弱点って知っていて損はないので」
「どう考えても弱みを握って脅す気だよな⁉︎ ボクのこと!」
「脅しませんよ。ただちょっと弱みを握って、からかって、サンタさんの絶望した顔が見たかっただけです」
「どっちにしろ最悪な理由だ‼︎」
 ツッコミ疲れなのか、サンタさんがぜぇはぁと荒く肩で息をしている。なんだろう、この表情は面白い。
「サンタさんって面白いおも……ひとですね」
「今面白いおもちゃって言おうとしなかったか⁉︎」
 サンタさんは、「ボクはおもちゃを贈る側なんだからな!」とサンタらしいと言えばサンタらしく、らしくないといえばらしくない叫び声をあげていた。
 この人が本当にサンタなのか、どうか。それはまだわからないが、どちらでもいい、とそんなことを思った。



十二月四日

 夜、コンビニに肉まんを買いに行くと、サンタさんがいた。
「ストーカーですか。精が出ますね」
「誤解を招くような物言いをするな!」
 サンタさんの大声に、レジにいた店員が何事かとこちらを向いた。サンタさんが「偶然だよ! 昨日も今日も」と声を潜めて続ける。
「本物ってそう言うこと言うんですね。勉強になります」
「本物ってなんだ本物って⁉︎」
「サンタでもコンビニで買い物するんですね」
 話題を変えてやると、サンタさんはころりと嬉しそうに口を歪ませた。どうやらオレにサンタと呼ばれるのが相当に嬉しいらしい。どうしてかはわからない。その上、嬉しくなってしまうのをオレに隠そうとしているようだった。
 しかしサンタさんは表情を隠すのも、嘘も下手くそらしく、顔が面白いことになっている。変な顔で面白いので、今後もそうやって呼んでやろう、とひっそりと決めて、「何買いにきたんですか」と尋ねる。
 サンタさんは、「う、うん。牛乳」と手に提げた買い物袋を持ち上げる。買い物袋は毛糸で編まれたもので、柄はひどくダサかった。赤い背景に、黄色でメリークリスマスと英字がでかでかと編まれ、その字の下でクリスマスツリーと、両手をあげて喜んでいるらしいサンタとトナカイが描かれている。
……どこで買えるんですか?」
「これはもらったんだ。去年のクリスマスに」
 ほう。どうやらサンタでもクリスマスプレゼントをもらえるらしい。オレはそれ以上手提げへの言及は避けることにした。人からの贈り物にケチをつけるなんてよろしくない。思わず凝視してしまうレベルの奇抜なセンスではあるが。
「ロスは?」
「オレは小腹が空いたので肉まんを買いに。あ、せっかくならサンタさん奢ってくださいよ」
「やだよ! なんでボクが」
「若人には快く奢るものですよ」
「それって奢られる側が言うものじゃないよな」
 サンタさんは仕方ないと言いたげにレジに向かう。どうやらなんだかんだ言いつつ奢ってくれるつもりらしい。
 幸いレジには誰も並んでおらず、すぐに注文ができた。オレは一番高いデラックス黒豚和牛肉まんを選ぶ。サンタさんは、「もう」とうめきながら、自分もあんまんを頼んでいた。サンタさんが会計を済ませ、ほかほかの肉まんとあんまんを持って外に出る。風が少し強く、コンビニの暖房で温められたはずの体が、すぐに寒さに浸された。
 一人だけ肉まんなんか食べていると、父親がいいないいなと寄ってきてしまうので、食べて帰ることにする。サンタさんもそれに倣うことにしたらしい。おいしそうにあんまんにかぶりついていた。
「そういえば、サンタさんっていくつなんですか」
 無言で食べるのも変かと思い、世間話のつもりでそんなことを尋ねる。サンタさんは眉間に皺を寄せて、何かを考えるように右斜め上を見つめた。そうして口の中のあんまんを飲み込んでから、「……お前よりちょっと年上かな。多分」と奥歯に物が挟まったような回答をした。
「なんですかそれ」
「すくなくとも八年前からサンタをしてるよ」
 サンタさんとの会話は、噛み合うようで、噛み合わない。



十二月五日

 朝から夕方までみっちり講義があり、疲れ果てていると言うのに、学校の出口で少女に捕まってしまった。
 桃色の髪の毛に、ドクロと黒い羽の髪飾りをつけた少女は、大学という場所ではよく目立つ。見た感じは十歳くらいで、白地に赤いラインの走ったパーカーワンピースを身に纏っていた。布は厚めのようだが、ダウンでも着ないと今の季節寒いんじゃないだろうか、とそこまで考えて、最近誰かに同じことを考えたな、と思う。そうだ、サンタさんだ。
「あなたがロスさん?」
「そんな名前じゃない」
 オレが否定すると、少女は、「でも前にサンタさんにロスって名前で手紙を出したじゃない」と腕組みをして胸を張った。なんだか偉そうだ。
「あー、シーたんの小さい時のペンネームだ」
 通りかかったクレアが余計なことを少女に教える。どうやらクレアも今日は講義が遅くまであったらしい。本当に間の悪い。
 確かに、クレアと少女の言う通り、オレはロスという名前でサンタに手紙を書いたことがある。その頃は、父親と一緒に聞いていたラジオの影響で、ペンネームとやらに憧れていたのだ。ただ、手紙を出すような相手もおらず、ラジオも聞くだけで満足していたので、ペンネームを考えても使う機会なんてなかった。
 それが、ある年の冬、兄であるレイクが、サンタに手紙を書こうと言うので、とうとう日の目を見た。その時一番好きだった本の戦士の名前から、ロス。けれども、ロスの名前を使ったのはそれ以降一度もない。
 そういえば、サンタさんもオレのことをロスと呼ぶ。それがあまりにも自然でしっくりくるので、今まで指摘できなかった。
 まさか本当にサンタさんはサンタクロースなんだろうか。
 呼び名たった一つで? まさか。
 オレは少女の視線に合わせるようにしゃがみ込む。
「もしかしてサンタさんの仲間か」
「サンタさん……ってアルバさんのこと? そうだよ! 私もサンタ。しかも由緒正しいサンタの末裔なんだから」
「サンタって世襲制なのかぁ」
 少女の言葉に、クレアが呑気に感想を述べる。そんなわけがあるか。以前聞いた話じゃ、サンタだって試験を受けるらしいぞ。
 そんなやりとりをしていると、遠くからバタバタと走ってくる音がした。サンタさんだ。
 いつもとは違い、オレには目もくれず、少女に駆け寄ると、「もう! どこ行ってたんだよー!」と情けない声を上げた。
「大変だよ、パパさんたらトントゥ全員にルキを探せって言うし。今トントゥの手が止まったらクリスマスに間に合わないし、だからボクが必ず探すからって説得して……
「だってクリスマスホリデーは私と遊んでくれるって約束したのに、今年はロスさんとばっかり遊んでるんだもん」
 ルキと呼ばれた少女は、サンタさんにむかって頬を膨らませている。どうやらいたくご機嫌斜めらしい。
 サンタさんは眉を下げて、「ごめんね。今年が最後だから」とルキの目の前に跪くようにしゃがみ込んだ。
 そこでようやくオレに気づいたらしい。
「あれ⁉︎ ロス! クレアさんもいたの⁉︎」
 仮にも四日間追い回している人間に、こんなに近くにいて気づかないとは何事だ。それがどうしてか腹が立って、思わず、「サタンさんってデリカシーどうなってるんですか」と呟く。サンタさんはわけがわからないと言う顔をしていたが、ルキだけは「同感」とため息を吐いて頷いた。



 十二月六日

 後期試験の勉強でもするかと近所の公営の図書館に向かうと、すっかりクリスマス色になっていた。
 小さいツリーが飾られ、特設コーナーにはクリスマスの本が並べられている。世界一有名な赤子の生誕を描いたクリスマスの絵本、実際にページから飛び出したクリスマスツリーに飾り付けのできるからくり絵本、そんなものが子供の年齢に合わせて手に取りやすいように、それぞれポップがつけられていた。
 凝っているな、と思いながら眺めていると、飾りの中に一つクリスマスに関する詩が貼られているのに気がつく。題名はサンタクロースがやってきた、という元は英語の古い詩のようだ。
「クリスマスの前の晩のこと……
「家の中はどこもかしこも静かだった、だれもかれも、ネズミさえも」
 ふと手持ち無沙汰につぶやいた詩の冒頭を、引き継ぐように誰かが隣で読み上げた。視線を横にやれば、そこには大学でよく見る女子生徒が立っている。
「こんにちは。本をお探しですか。シオンさん」
「えーと、ゼミで一緒の……
「ヒメです」
 よく覚えていない様子のオレに対しても、ヒメさんとやらはにこりと少しも気を悪くせずに答える。そういえば、大学でもなんらかのまとめ役や、誰かのフォローをしている姿をよく見る。おそらくいい人なんだろう。
「おはなし会のボランティアでちょうどきてたんです。シオンさんは自習ですか?」
「ああ。後期試験もあるしな。教えなきゃならないやつもいるし……
 オレがはっきりとクレアのことを思い浮かべながら言うと、ヒメさんも合点がいったように「ああ」と頷いた。クレアはオレより一学年上だが、未だ単位を取れていない必修授業がいくつかある。簡単な期末テストを乗り越えればおしまいのはずなのだが、これが不思議なことに毎回落ちるのだ。そのため、自分の勉強は早めに取り掛かりつつ、テスト近くになったらクレアの勉強も教える予定だった。なぜギリギリに教えるのかと言えば早めに教えても抜けてしまうからである。近所の犬の名前や、野良猫の顔は一度会っただけでも忘れないのに。
 クレアの話題には事欠かないが、そればかり話すのもよくないだろう。何か他の話題でもと、「クリスマスの本ってこんなにあるんだな」と振ってみる。
 ヒメさんは本が好きなのか、楽しそうに「そうなんです」と頷いた。
「さっきシオンさんが読んでいたのもクリスマスの詩なんですよ。サンタクロースを夜中に見かける子供の詩なんです」
 ヒメさんは小さな声で、「やっぱり子供のときって一生懸命夜中まで起きて、サンタを見ようとしませんでしたか?」と同意を求めるように言う。
 サンタさんをサンタさんと認めないオレが言うのもなんだが、ヒメさんの言うことはよくわかる。
 オレは黙ったまま頷いた。それから、「じゃあ、またゼミで」と手を振る。
 しかしそこでお別れにはならなかった。
 突然ヒメさんががしりとオレの手を、見た目からは想像できない力強さで握ったからだった。



 十二月七日

 気まずい心持ちを払拭させるために、散歩でもしようと家を出る。するとここ最近は見慣れた顔が家の前をウロウロしていた。
「こんにちは。サンタさん。警察に通報されるのとオレに商店街でコロッケでも奢るのとどっちがいいですか?」
「ウワーッ‼︎ コロッケ! コロッケでお願いします!」
 サンタさんはオレの親切な提案にちゃんと飛びついた。
「じゃあ行きましょう」
 そのままサンタさんを引き連れて、商店街に向かう。サンタさんは通報と言われたのがショックなのかなんなのか、歩いている間中無言だった。視界の端で伺ってみれば、サンタさんはもじもじと手を組んだり離したりしては、時々オレの方を見ていた。視線が合いそうになると慌てて顔を逸らすので、そんなに目を合わせるのが嫌ならこちらから外してやる。視界の端で伺うこともせずに、着いてきている気配だけを感じながら歩いた。
 なんだか奇妙な気分だった。
 何か話さなければとも思うのだが、そもそも先週の日曜日から勝手にオレに付き纏っているこの人に、オレが気を遣って話を振ってやるのも変だ。
 そうやってたどり着いた商店街は、図書館と同じく、早くもクリスマスムード満点だった。ドーム型のアーケードには、サンタクロースとトナカイのバルーンアートが飾られている。クリスマスセールのチラシを配っている店もいくつかあるようだ。
「サンタだ」
「えっ」
 オレの呟きに、サンタさんが声をあげる。そうして、オレの視線の先のバルーンを見て、「風船じゃないか」と唇を尖らせた。
「でもサンタクロースですよ」
「ボクは本物のサンタだ」
 拗ねた子供のように紡がれた言葉に、思わず、「だって白髪白髭のおじいさんじゃないじゃないですか」と反論してしまう。
「読んだことありますよね。サンタクロースがやってきたって詩。あそこに確かにサンタさんが言っていたトナカイたちの名前はありました。でもサンタクロースの外見だけ、サンタさんとは違いますよね。サンタさんのどこがふっくらふとった陽気な年寄りエルフなんですか?」
「それは……確かにエルフじゃないけど……でもサンタの中では在任期間は長い方なんだよ。普通は五年なんだ。ボクは八年やってる」
 八年。確かに八年前、サンタさんはオレの家にやってきたようなことを言っていた。つまり、サンタさんが新人時代に、あの家で何かがあったのだろう。オレはさっぱり覚えていない。
 黙っているオレに、サンタさんは何を勘違いしたのか、「あっ、ルキにアドバイスされたんだよ。なんでも直球で何回も訊いたらだめだって。押してダメなら引いてみろ、だね。だから昨日今日はロスに会いに行くの我慢してたんだけど……ぼんやり歩いてたら、いつのまにかロスの家で……」と肩を落とした。
 いや、そんなことはどうでもいい、と言いそうになって口をつぐむ。どうでもいいわけがあるか。何が欲しいか一方的に訊かれて、答えても違うと否定されて困っている。
「ロス、コロッケってあそこのでいいの?」
 サンタさんの声で、我に返る。サンタさんはキョトンとした顔でこちらを見ていた。
……ええ、それを買ってください。それからひとつ、頼みがあるんですけど」
 言ってから、これは欲しいものに入ってしまうんだろうか、とそんなことを考えた。



 十二月八日

 リビングでこたつに入っていると、「え〜、電気柵と自動掘削機捨てちゃったの?」と庭から父親の情けない声が聞こえてきた。こたつから抜け出すのも面倒なので、「捨てた。ちゃんと捨てていいか訊いただろ」と返事をする。
 庭につながるリビングの窓が開いて、「それさぁ、オレ、うーんとかむにゃむにゃとか言ってなかった?」と尋ねてくる。そうだっただろうか。覚えていない。一週間前のことだ。その上、その後、サンタさんに出会ってしまった。
 こう言うと、サンタさんはかなりのインパクトをオレに与えたように思える。実際かなりのインパクトだ。サンタを名乗る人間なんて、そういない。
 父親はオレの覚えていないという返事に、「まぁ、使わないからいいんだけどさ」といいながら、靴を庭に脱ぎ散らかしてリビングに上がってくる。後で母さんに怒られるぞ、とは親切ではないので言ってやらない。
 そのままこたつに潜り込んでくるので、冷たい足とぶつかった。寒いと言ってこたつから追い出してやってもよかったが、このまま寒さで死なれても困るので、仕方なく入れてやる。
「おい、窓閉めろよ」
「はいはい」
 こたつに入ったまま、器用に孫の手で窓を閉める。これも母さんに告げ口してやろう。母親は『レイクちゃんとシオンちゃんが真似したらどうするの!』と父親を叱るが、兄もオレも、もう父親の悪いところを面白がって真似をしたりは……時々する。
 こたつのテーブルにぺたりと倒れ伏した父親は、「はぁ〜あったかいなぁ」と気の抜けた声を出した。
「でもあの電気柵、捨てちゃったのかぁ」
「使ってないんだろ」
「うん。でもあれ、思い出があってさぁ」
 こたつの温かさで、眠くなり始めているらしい。語尾が不明瞭になり、船を漕ぎ出した。
「どんな」
「覚えてない? 小さい時シーたんが、クリスマスにサンタを捕まえたいって言ってさ、庭に仕掛けたんだよ。トナカイ用の囮のニンジンを畑に植えてさ」
 覚えている。サンタクロースを捕まえようと思い、父さんとレイクとクレアと四人で、庭に考えられる限りの罠を仕掛けた。電気柵、落とし穴、囮の人参に、足を引っ掛けてネットで捕まえるようなものも。
「あれ、結局捕まらなかっただろ。サンタはやっぱりすごいんだ、魔法で罠になんかかからないんだって言ったけど、実際には夜中に何度も電気柵が作動した記録があったんだ」
 え、と父親の方を見る。
「あれ一応オレのパソコンで監視してて、作動した時にアラームが鳴るようにしてたんだぜ。でもオレはあの日すっかり寝こけて気づかなかった。それからネットで捕まえる罠だって、しっかり作動してたのに、何も捕まえられなかった。まるでものすごく足の速い生き物が、一瞬で罠の上を通り抜けたみたいに」
「おい、それって」
「だからきっと未確認生命体だと思って、接触した記念に残してたんだよぉ……
 完全に瞼が降りきり、父さんは眠ってしまった。
 あれは確かに八年前だ。罠を仕掛け、サンタクロースを捕まえられなかったのも。罠は作動しなかったと、父親から聞いていたが、これが本当ならどうだ。
 サンタさんは、本物のサンタクロースなのだろうか?



 十二月九日
 
 バイトが終わって帰ろうと店を出る。レイクの伝手を頼って働いている古物店だが、程よく暇で、程よく仕事があるので、給料はあまり良くないが気に入っていた。
 空に半月がぽっかり浮かんでいた。そう言えば、読んでいた漫画の最新刊が、今日発売だったような気がする。ふとそんなことを思い出して、コンビニに足を向けた。
 コンビニに向かう途中、街灯の少ない夜道で男がふたり、ぼそぼそ喋っているのが目に止まった。街灯が切れかかっているのか点滅しており、顔はよく見えない。
「だから……までには戻るよ」
「ちがうだろ、オレが……。今年のクリスマスは……
「まあ、いいだろ。今年までは」
 近づいていくにつれて、二人の会話がはっきりと聞こえてくる。そして、話している片方の男の顔も見えた。サンタさんだ。
 向こうもオレに気づいたらしく、顔をこちらに向けて、「ロス!」と呼びかけてくる。
「こんばんは、サンタさん。何してるんですか」
「こんばんは、ロス。ちょっとフォイフォイからの相談を受けてたんだ」
 サンタさんは、話していた男を手で指し示す。フォイフォイと呼ばれたそいつは、顔の傷が特徴的な、目つきの鋭い男だった。黒いスーツを身に纏っており、さながら社会人といった風体だ。
「サンタの工場から逃げたやつがいてよ、探してんだ」
「そう! ロス、見てない? 青い髪の女の人と、執事服着た目の下にクマのある男の人」
 サンタさんが特徴を挙げるが、そういった人物は見覚えがない。見ていたら忘れないだろう。執事服を着て外を彷徨っている人間はそう見ない。
「あいつら、自分のセクションのニッセにいいサボり方を伝授してくれやがったようでな。進まねーんだ、準備が」
「ニッセ?」
 オレが首を傾げると、サンタさんが、「ノーム、ニッセ、トムテ、トントゥ、って色んな呼ばれ方してたかな。要はサンタの準備を手伝ってくれるクリスマス妖精だよ」と説明してくれる。
 その言葉にフォイフォイは頷き、「オレはクリスマス妖精たちの副主任補佐だ」と自分を指さした。
……妖精ってもっとか弱くて小さい生き物じゃないんですか」
 オレの疑問に、フォイフォイは、「どうしてオレたちのこと小さくて可愛い生き物だと思ってるんだ? 人間ってよ」と不思議そうに首を傾げた。
「さあ。サンタも白髪白髭のふくよかなエルフだって信じてるみたいだしね」
 サンタさんは意趣返しなのか、以前のオレの言葉を利用して笑う。それからフォイフォイは、また先ほどサンタさんが上げた特徴を繰り返すと、「それがクリスマス妖精の責任者と主任だ。二十四日までに帰ってこなかった場合、次のクリスマスホリデーまでふかふかの布団で眠れるなと思うな。そう伝えておいてくれ」と言って去っていった。
……クリスマス妖精って物騒じゃないですか?」
 小さくなっていくフォイフォイの背中を見送りながら呟く。
 サンタさんは、「まあ昔からトントゥっていうのは働き者だけど気むずかし屋って言うからね」と肩をすくめる。
 責任者と主任がサボっている場合、それは働き者と言えるのだろうか、とそこまで考えてやめた。サンタクロースとクリスマス妖精が目の前にいる状況なんて、小さい頃だったら考えられなかっただろう。今もまだ、信じられていない。



 十二月十日

 自称由緒正しいサンタクロースの末裔であるルキがやってきた。あの詩とは似ても似つかず、街は騒がしい。しかもまだ真っ昼間だ。ジングルベルやあわてんぼうのサンタクロースのみならず、冬になったら必ず耳にするような曲が街に溢れ返っている。
 その隣でサンタさんは、「久しぶりにクリスマスの街を見た」と目を輝かせていた。
「サンタのくせにですか?」
「サンタだからだよ。この季節はクリスマス準備で缶詰で」
「その割にこの頃サンタさんやクリスマス妖精をよく見ますね」
「ぅ……クリスマスホリデーと緊急事態だから……
 サンタさんは苦しそうに言い訳をした。ルキは「私はまだちっちゃいから準備まで手伝っちゃダメなんだって」と頬を膨らませている。届けるよりも、準備の方がダメなのか。オレの疑問を察したのか、サンタさんが、「クリスマスはボクのソリに一緒に乗ってるもんな」と補足した。
「こんな小さい女の子に手伝ってもらってるんですか。ずいぶん頼りないサンタですね」
「グゥ……言い返せない……
 ルキは呻くサンタさんに、「まあ色々とあるんだよね」と肩を叩いて慰めていた。サンタ側にも色々事情があるらしい。オレにはわからないが。
「それで、ヒメちゃんだっけ。お前に好きな人に贈るクリスマスプレゼントを選ぶのを手伝って欲しいって言ったのは」
 そう。サンタさんの言う通り、今はヒメさんからの依頼で街に繰り出していた。
 図書館で偶然会ったあの日、『好きな人にクリスマスプレゼントを渡したいので、アドバイスを頼みたい』と頼まれた。お世辞にもプレゼントの才能がないオレは、咄嗟にプレゼントのスペシャリストを連れて行くと言ってしまったのだ。もちろん頭の中にあったのはサンタさんだった。
 誘ったら、先日から大いに拗ねているルキもついて行くと言い張ったらしく、このメンバーになった。
「何がいいかな、プレゼント」
 アドバイザーとして半ば巻き込まれたと言っても過言ではないサンタさんは、なぜか一番ワクワクしている。
 やがて、遠くからヒメさんが歩いてくるのが見えた。あれが相談してきた本人です、と説明する間もなく、サンタさんが矢のように走って行く。思いの外速い。立ち尽くしていたオレをよそに、サンタさんはヒメさんの肩のあたりをむんずと掴み上げた。
 すると、やおら背後の空間が歪み、二人の人影が現れる。先日、クリスマス妖精だと自称するフォイフォイから聞いた特徴そのままの二人組だった。
「見つけましたよ! 何してるんですか!」
 サンタさんの言葉に、二人組は「まぁまぁまぁ」だの、「ヒメちゃんの家が居心地良くて」だの言い訳をしていたが、サンタさんは容赦なく携帯を片手に、「フォイフォイ⁉︎ 二人のこと見つけたよ」と報告している。
 後ろにつけられていたヒメさんは事態が飲み込めないようで呆然としている。しかし、それも遠くでベルの音が鳴り、一人の人物が姿を現したことで一変した。
「悪い、やっぱりヒメさんのところにいたんだな。確保してくれてありがとう」
 ヒメさんは真っ赤になって固まっている。しかし、後ろでサンタさんに捕まっている青髪の女性が「ヒュー、青春だねぇ」と囃し立てると、ヒメさんは何事か叫びながらフォイフォイに右ストレートをお見舞いしたのだった。



 十二月十一日

 気絶したフォイフォイを家に運んでやると、そのまま一日中眠りこけていた。気絶していたともいう。あの後、ルキがどういう原理かはわからないが、腕をみょいんという擬音と共に伸ばしたかと思うと、フォイフォイを診察して、「クリスマス妖精的脳震盪です」と診断した。聞いたことのない診断結果だ。
 オレの行動にはよくツッコミを入れるサンタさんは、クリスマス関連のことになると、全くのポンコツになる。ルキの診断にも「そうかぁ、困ったね。あ、ロスの家で休ませてくれない?」と呑気に言い放った。
 脳震盪は哀れではあるが、悪いがまだよく知らない人間を家に入れるのは抵抗がある。なので、サンタさんごと泊めることにした。レイクはクリスマス妖精だのサンタクロースだのというサンタさんの話が面白いらしく、昨日からそして今朝起きてからも質問攻めにしている。
「じゃあサンタになる前は何してたんですか?」
「普通に暮らしてたよ。でもクリスマスイブの日に……
 普通に受け答えをしているサンタさんもサンタさんだが、普通に質問をしているレイクもレイクだ。キッチンから母さんが、「何か食べられないものある?」とサンタさんに尋ねていた。特にアレルギーはないが、甘い卵焼きが好きなどという、どうでもいいサンタさんのプロフィールを埋めてしまった。
 そんなやりとりをしている間に、リビングにのそのそとフォイフォイがやってきた。
「ようやく起きたか」
「やけに鳩尾と頭が痛いんだが……
「鳩尾に右ストレートが入って後頭部から倒れたからな」
 オレの説明に、慣れた様子で、「ああ」と頷くのを見るに、今回のようなことは一度や二度ではなさそうだ。
「あの二人は」
「お前が倒れたのを見て、帰って行った。仕事をするらしい」
 正しくは、ヒメさんの拳の矛先が向きそうになったので逃げたともいう。
 彼女はどうやらクリスマス妖精の二人組のことを知っているようだった。それからサンタさんのことも少しだけ。
 けれども、おそらく、多分、思い人を、殴り飛ばした後の混乱状態にある彼女に話を聞くことはできなかった。うっかりすればフォイフォイよりも酷いダメージを受けそうだったからだ。
 ただ一言、青ざめて謝り倒すヒメさんから、ふと、「あれが例のサンタなんですね」と言われたことだけが気になっている。
 例のサンタ、というのはどう言う意味なのだろうか。
 じっとサンタさんを見つめてみる。以前、クレアに向けたあの不思議な赤と緑の光が踊る不思議な瞳の輝き。度々顔を合わせているが、あれ以来見たことはなかった。今もレイクの質問を面白がるように細めているが、焦茶色の虹彩は至って普通だ。
 やがて、オレの視線に気がついたのか、目が合う。サンタさんは不思議そうな顔で、「ロス?」とオレを呼んだ。
 サンタの手紙にしか書いていないオレの名前。
 オレからすれば、サンタさんの方が何倍も不思議な存在なのに、そんな人から不思議そうな顔をされるのは何か腹が立つ。オレはサンタさんに一つデコピンをお見舞いして、一限に出る準備をするために、席を立った。



 十二月十二日

 古物店の店番をしていると、ルキがやってきた。どうやら、今日はサンタさんが相手をしてくれず暇らしい。棚に陳列されているものが珍しいのか、ちょこまかと覗き回っている。
 古物店とは名ばかりで、要はリサイクルショップだ。子供が触れられるような低い棚にあるのはどれもガラクタばかりで、ビー玉やおはじきが大きさも色もバラバラに詰め込まれているプラスチックのカゴや、ブランドもわからない、どこかの誰かの手作りしたポーチやカバンなどが並べられている。ただ、そういったものは時々近所の小学生が見に来て、いくつか買って行くこともあるため、値段も良心的に設定されている。
「何か欲しいものでもあるのか」
 尋ねれば、ルキは菫色の瞳で一つのポーチを見つめて、「ううん、このポーチを欲しがっている子がいるなぁ、って思ったの」と言った。
 店の外でそのポーチをじっと見ているやつでもいただろうか、と店外を見回したが、誰もいない。十二月の風が吹き抜けて、思わず身震いをした。落ち葉も溜まってきたし、そろそろ表の掃除でもしなくてはいけない。しかし、寒さには勝てない。帰る直前くらいにやろう。掃除しないと。店主のハセガワラというやつには会ったことがないが、副店主のあの爺さんは文句を言ってくるかも知れない。そんなことを考えながらカウンターに引っ込む。
 それと同時に、入り口から一人の男の子が入ってきた。ルキより少し年上に見えるが、おそらく小学生くらいだろう。初めて入る店に緊張しているような面持ちで、ルキの見つめているポーチの前で立ち止まる。
「プレゼント?」
「え、いや、……はい」
 寒さにメガネを曇らせながら、少年は頷いた。
 ルキは、「黄色で可愛いもんね。ここに青いスパンコールが縫ってあって、キラキラしてて素敵なの」と少年に話しかける。少年も、そう言われて、自分の選んだものに間違いないと思えたのか、少し嬉しそうに頷いていた。
 やがて、少年はルキと話していた黄色いポーチを手に取り、少し悩んで黒地に赤い刺繍のされた、もう一方よりは落ち着いた雰囲気のポーチを手に取ってカウンターにやってきた。
「ラッピングはしてないぞ」
「大丈夫です。包むやつ、もう買ってあるから」
 オレの軽口に、少年が得意げに微笑む。会計を終えて少年が出て行くと、ルキがぽそりと「メリークリスマス!」と呟いた。
 すると不思議なことに店の外がキラキラと輝き始めた。
 これが魔法なのかと驚いて店の外に出れば、なんのことはない。天気雨が降り始めただけだ。店を出たばかりの少年が、困ったように軒先に立ち尽くしている。仕方がないから、ビニール傘をやった。傘を持ち歩かないので、ビニール傘ばかり増えて困っていたから丁度いい。
 カウンターに戻って少しすると、天気雨は止んだ。ルキに「魔法かと思った」と話せば、「アルバさんがサンタなのは信じてないのに、魔法は信じるの?」と軽口で返されてしまった。
 魔法があるのならば、少しは信じるかもな、と言おうとして、それはもう信じているのではないか、と考えて、やめた。



 十二月十三日

 クレアと商店街をうろついていると、ふと赤い上着を着た人を見かけて、「サンタさん」と呟いてしまった。もちろん人違いだ。いや、それほど違うこともない。サンタの格好をしてビラを配っているケーキ屋の店員だった。
 クレアは、「ワハハ、確かにアルバくんに似てるよな」と笑う。人違いの気恥ずかしさと、笑われた苛立ちをクレアにぶつけておいた。もちろん物理で。クレアに、「肉まん持ってる時に攻撃はずるいぜ!」と非難されたが、その状態で肉まんを死守したクレアもなかなか見上げたものだ。食べ物を粗末にしないなんて偉いぞ。
「そう言えばハジマーリコンビニで、デラックス黒豚和牛肉まんってのが出てたよなー」
「それ食ったけど、普通の肉まんと変わらなかった」
「やっぱかー。パパさんも同じこと言ってたよ。レイクは美味しい美味しいって喜んでたけど」
 親子兄弟揃って同じ新商品に飛びついているのもなんだか似た物同士と言う感じがして、ちょっと恥ずかしい。オレはサンタさんが奢ってくれると言うから食べただけだが。いや、正しくは奢らせたと言うべきか。
「レイクは雰囲気で気分が上がるタイプだからな。名前と値段で美味しいような気がしてるんだろ」
 我が兄ながらそういうところがある。教育実習に行っている小学校でも、生徒たちと盛り上がりすぎて、授業に向かうのがギリギリになり怒られたという話も聞いた。しかしそんなレイクだからこそ、人に好かれやすいところはある。
「そうだ、シーたん、クリスマスは予定あるの?」
 当然ながらない。オレが首を横にふると、「実はさ、クリスマスイヴはケーキ屋さんでバイトするんだけど、バイト代プラスクリスマスケーキワンホールくれるんだって。一人で食べるのは大変だから、シーたんちでみんなで食べようぜ」と笑いながらクレアが言った。
 クレアの家は、両親が海外出張が多く、ほとんどいない。本人は慣れているし、両親と連絡もよく取り合うらしく寂しくないようだが、流石にケーキワンホールは困るようだ。
「パーティーやろうぜ。ケーキもあるだろ、それからチキンも買ってさ、アルバくんと、ルキちゃん、だっけ。みんないっぱい呼ぼう」
 会場があっさりオレの家にされているが、まず両親の許可を取らなければいけない。父親あたりはパーティーなんてやるとなったら子供達以上にはしゃぐだろうから、許可は多分簡単に取れるだろうが。
「サンタさんは忙しいんじゃないか」
「そうなの?」
「だって」
 サンタはクリスマスはずっと仕事だろう。そう言いかけて、自然にサンタさんを受け入れている自分に思わず変な表情を浮かべてしまう。
……いや、どうせ予定がないから喜ぶんじゃないか。予定がありそうな感じの人じゃないし」
 クレアは「そっかー」と笑っている。どういう意味だよ、というツッコミが、どこかから聞こえてきた気がした。



 十二月十四日

 クリスマス妖精というのはだいぶ律儀らしい。フォイフォイを見ているとそう思う。案外、サンタさんの言う、『働き者』という称号は合っているのかもしれない。
「先日は世話になった」
 そう言われて差し出されたのは、ハジマーリ銘菓の温泉まんじゅうだった。有名な温泉は特にないが、とりあえず銘菓といえばまんじゅうだろうということで生み出された特産品は、味は美味しいと評判だ。わざわざどうも、とまんじゅうを受け取り、玄関で軽く立ち話をする。
「クリスマスの準備とやらは順調か?」
「ああ。あの二人はサボり屋だが、できるんだ。仕事がな。やる気さえ出せば仕事だって進みがいいんで、いつもどんなにサボっても、クリスマスには間に合っちまう」
 それは逆説的にいえば、クリスマスに間に合うところまで計算してサボっているのではないだろうか。
「まあ、なんにせよ問題ないならよかった」
「いや、その、なんだ」
 オレが話を切り上げようとすると、フォイフォイは口ごもりながら、「ヒメさんに、買い物の邪魔をして悪かったと伝えてくれないか」と言った。
「ヒメさんに? 知り合いなのか」
「いや、ここ二、三年、あいつらヒメさんの家に行くんだ。どうにも居心地がいいらしい。今年は何度ヒメさんちに探しに行っても見つからないと思ってたら、姿を隠してやがった」
 顔を顰めるフォイフォイに、もしかしたら、あの二人はヒメさんの恋路を応援しているつもりではないだろうか、という無粋なことは言えなかった。
「それは自分で言ってくれ。オレは同じゼミをとってるだけの知り合いだから、伝言役までやるのは嫌だ」
 はっきりと断ると、フォイフォイは「そうか、そうだよな」と納得したように頷く。人の恋路を邪魔する奴はなんとやらだ。とにかくこの二人に巻き込まれないように距離をとったほうがいいだろう。サンタさんあたりは巻き込まれそうだが。
 そこまで考えて、「姿を消したら、サンタにはわかるのか?」と尋ねてみる。我ながらファンタジーじみた質問だ。
「いや。姿を消したら、気配まで綺麗に消える。少なくとも、オレが気づかないのに、サンタってだけであいつが気付けるようなもんでもない。クリスマス妖精の姿を消す魔法ってのはそれだけ特別なんだ」
 なるほど、そういうものはそういうものなりにプライドというものがあるらしい。
 ということは、だ。もしかして、サンタさんはわざとフォイフォイを呼び出させるために、あの二人組に気配をちらつかされたのではないだろうか。
「なんだ?」
 黙り込んだオレを不思議に思ったのか、フォイフォイが首を傾げる。オレは、「いや、なんでもない」と首を横に振るにとどめておいた。



 十二月十五日

「ロス」
 三日ぶりにサンタさんの顔を見て、どこか懐かしさを覚える。出会ってからは十五日、会わなかったのはたったの三日だというのに。サンタさんは不思議だ。
 家まで訪ねてこられたが、レイクに捕まるとまたサンタさんの取材が始まってしまい、会話することもままならないので、一緒に近所を散歩することにする。
 だらだらと歩きながら、オレンジ色の住宅街を歩く。クリスマス用の電飾をつけている家があり、よくやるもんだと横目で眺めていると、ふとサンタさんが口を開いた。
「ルキがお世話になったね。ロスのお店に遊びに行ったって聞いたよ」
「ええ、まあ。あんまり面白いものも置いてませんでしたが、楽しそうでしたよ」
「そうなの? ルキはいい店だって言ってたよ」
「まあ、小学生には面白いものがたくさん置いてますからね」
 ビーズの縫い付けられたポーチだの鞄だの、それから不揃いとは言えガラスでできた美しいビー玉やおはじきだの。大人から見ればガラクタだが、子供から見れば宝物にも見えるだろう。
 オレはそれが嫌いではない。
「クリスマスプレゼントを買いに来た子がいたって」
 サンタさんの言葉に、オレはあのメガネの少年を思い出す。あれがクリスまずプレゼントなのかはわからない。しかし、ルキが店にいた間、やってきた客はあの少年くらいだ。
「クリスマスプレゼントかはわからないですが……
「ルキはそういうのがわかるんだ。クリスマスプレゼントだって言ってたよ。クリスマスの奇跡もあげたって」
 サンタさんは「もちろん、小さいものだけれど」とまるで本当は大っぴらにそんなことをしてはいけないんだけれど、とでも言うように声を潜めて言った。
 オレはそれを聞きながら、キラキラと光る天気雨を思い出していた。魔法かと思った。それはあながちハズレではないらしい。
……奇跡って、綺麗なんですね」
 そんなことを呟くと、サンタさんは今までで一等嬉しそうな笑顔を浮かべた。魔法を信じたオレに喜んでいるのかと思いきや、「そうなんだよ! ルキの奇跡はすごく綺麗なんだ」と頷いている。どうやら、今の表情は同好の士に出会えたせいだったらしい。もしかしたら、サンタさんはオレにサンタだと信じてもらえるかどうかは、本当はどうでもいいのかもしれないな、とそんなことを思う。それならば、どうして付き纏うんだろうか。
……サンタさんは」
 どうして、と言いかけて、「八年前に何が合ったんですか?」と質問を変える。オレの妙な言葉の繋ぎ方に、サンタさんは気づかなかった。
 オレンジ色の夕日に照らされて、サンタさんはオレを見つめる。どこか遠くを見るような目だ。瞳の中を、赤と緑の光がよぎったような気がした。
「八年前、プレゼントを届けられなかったんだ」
……オレに?」
「そう。ロスに」
「たったそれだけですか?」
「うん。ずっと気になって探してた」
……サンタさんって変わってますね」
 オレがそう言うと、サンタさんは、「へへ」と困ったように笑う。もうその瞳の中には、あの不思議な光はなかった。



 十二月十六日

 ねえ、なんか欲しいものある? と尋ねられて、まるで昨日の続きのようで、オレはびくりと肩を揺らした。
「そんなびっくりする?」
「いや、悪い。ぼーっとしてた」
 クレアは、「もしかしてクリスマスパーティーが楽しみで考えたりしてた?」と能天気だ。
 クレア発案のクリスマスパーティーは二十五日の夜に行われることになった。メンバーはクレアとオレだけだ。両親は「やっぱり若い子達だけの方が楽しいでしょ」と気を利かせたのか、二人でクリスマスディナーに出かけるらしい。レイクもその日が教育実習最終日なので、夕方は生徒たちがお別れ会を開いてくれるようだ。そのあとは同じ教育実習生たちと打ち上げに行くと言っていた。
 サンタさんは、昨日誘ったが、「クリスマスはずっと仕事だから。ごめんね」と断られてしまった。サンタらしいことわり文句だ。オレは、「今度は失敗しないように祈っておきますね」と返しておいた。サンタさんは、「もう失敗しないよ」と笑っていたが、それは八年もサンタをやっていることから来る自信なんだろうか。
「三人だけだけど、やっぱプレゼント交換もしたいよな」
「ああ……まて三人?」
「うん。ルキちゃんに会ったから誘っておいたよ。時々会うんだ。オレがバイトしてる時の格好が面白いんだって」
 クリスマスシーズンともなると、クレアは大忙しになる。ケーキ屋でサンタの格好をして呼び込みをし、カラオケやでサンタの格好をし、サンタの格好をして商店街のくじ引きのバイトまでしている。元々交友関係が広いのもあってか、忙しい時期にはいろんなところから声がかかるらしい。そのせいで、バイトがある日は常にサンタの格好をしている。
 本物のサンタからすると、サンタの格好をして物を売っているのが面白いんだろう。それから、あのペラペラの生地でできたサンタのコスプレも。
「魔法がない以外は同じだって言ってた」
「本物のサンタ服もペラペラなのか?」
「さあ……そうだとしたら風邪ひきそうだよね」
 気にするのはそこではない気がする。
 クレアは、「まあ、特にないなら楽しみにしてて。シーたんがびびっと来るプレゼントを用意しとくからさ」と次の講義へ向かった。
 欲しいもの。サンタさんに出会った時から訊かれているが、特に何も欲しいものがないような気がした。
 例えば何もかも買えてしまうような大金。
 例えばとても美味しい豪華な食事。
 例えば新しいモデルのスニーカー。
 頭の中に羅列してみても、確かに一番欲しいものではない。
 まあ、そのうち考えるさ、とオレはクレアを見送って、図書館に向かうために席を立った。



 十二月十七日

 バイト帰りに駅前の雑貨屋に寄るとヒメさんに出会った。傍には、クリスマス業務のために連行されたはずのクリスマス妖精、青髪の女性がいる。
「その節は本当に……
「いや、いい。翌日に謝りに来てくれたしな。それに、結果的にサンタさんもフォイフォイとかいうやつも探してるやつが見つかって喜んでたし」
 オレの一言に、「フォイフォイさんが」と頬を赤らめる。それをみて、隣のクリスマス妖精はニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「ヒメちゃん良かったな。フォイフォイが喜んでさ」
 彼女の一言に、ヒメさんが鋭い視線を向け、「そもそもあなたが逃げ回らなければ良かった話でしょ。毎年言ってるわよね。仕事はちゃんとしなさいって!」と文句を言った。それは本当にその通りだ。
「その上、今年は全然姿を現さないし。フォイフォイさんが探しに来たから、多分私の家のあたりにいるんじゃないかなって、ミルク粥も用意してたのに」
「ああ! ありがとうな。つまみ食いはしてたよ」
 青い髪の女性はあっけらかんと言う。
「ミルク粥?」
 なぜミルク粥を、という視線を送ると、ヒメさんが、「アレスたちクリスマス妖精を家に引き留めるために、ミルク粥をお供えするっていう言い伝えがあるんですよ」と説明してくれた。
 アレスと呼ばれたクリスマス妖精は、「まあ、私はミルク粥よりもビールとかサワーとかワインとかが好きだよ」と笑っている。本当にクリスマス妖精だろうか。妖精というよりも、ただの酒好きの女性にしか見えない。
 オレの疑念を知ってか知らずか、「でも私のお陰でプレゼント買えただろ。またクリスマスにフォイフォイを連れてきてやるから」と続ける。
「クリスマスは忙しいんじゃないのか。サンタさんはクリスマスは一日中仕事だって言ってたぞ」
「サンタはね。私たちはプレゼントの用意とクリスマスの準備までだよ。だいたいサンタの手伝いってのは期間工と一緒なんだ。クリスマス前と後の期間以外は、好きな家でクリスマス妖精をやってるんだよ。私たちは」
 アレスはそこまで言ってから、「それにアルバくんは、クリスマスで忙しいんじゃないよ」と続けた。
 なんだそれは。サンタがクリスマスに忙しいのは当たり前だろう。それ以外のことで忙しいとでも言うのか。
 怪訝な表情を浮かべるオレに、アレスは歌うように、「本人に説明させな。他人がどうこう言う問題じゃないんだ」と言い放つ。ヒメさんはオレとアレスを見比べて、困った顔をしていた。
……わかった。聞き出すのは得意だ」
「そう。でもそんなことよりも欲しい物を考えときなよ。せっかくサンタに直接会えてお願いできるんだからさ。私はビール十二ダースがいいな」
 鼻歌を歌いながら話題を変えたアレスに、ヒメさんは、「買い物に付き合ってくれてありがとう。でもそろそろ仕事しに帰りなさい」と険しい顔で言うのだった。



 十二月十八日

 問いただしたいのだが、サンタさんは来ない。
 会おうと思うと会えないなど、こんな時ばかりサンタ力を発揮しなくてもいいと思う。そう文句を垂れたところで、向け先に会えないので仕方ない。
 ルキも暇なのか、バイトの帰りがけに遭遇した。今日はおかっぱ頭の男と一緒だ。
「あ、ロスさん」
 元はサンタに出した手紙に書いた、ペンネームでしかなかった名前が定着してしまっている。隣にいたおかっぱの男も、「ロスさんというのでござるか。ヤヌアでござる」と妙な忍者言葉で自己紹介してきた。まぁいい。しかし、恐らくルキと一緒にいるということは、クリスマス縁者の一人だろうに、忍者言葉はいいのだろうか。クリスマスと忍者なんて一番遠いところにありそうだが。
「ヤヌアさんはトナカイたちの世話役だよ」
 ルキに説明されて、あの詩と、サンタさんの言葉を思い出す。ダッシャー、ダンサー、プランサー、ヴィクセン、コメット、キューピッド、それからドンダーにブリッツェン。
「八頭も一人で見てるのか?」
 オレの言葉に、ルキが「チッチッチッ」と口で言う。舌打ちはできないらしい。
「九頭立てだよ。先頭はルドルフってトナカイ。聞いたことあるでしょ。赤鼻のトナカイだよ」
 なるほど。そのトナカイならオレでも知っている。むしろそんなにたくさんのトナカイがソリを引いていた方に驚いてしまった。
 ヤヌアは、「みんな元気でいい子たちでござる。サンタの配達ルートはトナカイだけが覚えているでござるからな。トナカイがいないとサンタはプレゼントを届けられないでござる」と笑顔を浮かべた後に、少し難しい顔をして、「ただ、最近トナカイの足元をミーちゃんがうろつくんでござる……。以前間違ってヴィクセンがミーちゃんを蹴ってしまってから、癖になってしまったようで……」とトナカイとは別のところの苦労を吐露し始めた。そんなドMなやつは早いところ出入り禁止にした方がいい。トナカイたちにも悪影響な気がする。
「ミーちゃんは猫でござるからな。戸を閉めてもどこかの隙間から入ってきてしまうんでござるよ」
 人ではなく猫だった。ドMな猫なんて珍しい。オレがやや引いていると、ヤヌアは、「アルバさんの話を聞く限り、ロスさんとミーちゃんの相性はいい気がするでござるよ」と朗らかに笑った。妙なマッチングを成立させようとするんじゃない。
「それにミーちゃんは元々ロスさんちで拾ったって聞いたでござる」
「オレの家とそんなドMな猫は関係ないぞ」
「あれ? おかしいでこざるな。アルバさんはミーちゃんをロスさんちの電流マッサージ機のところで拾ったって」
 そこで思い出す。そういえば電気柵によく引っかかっていた野良猫がいた。まさかとは思うが、あの頃、わざと電気柵に引っかかりにきていたのだろうか。
……そうか。元気そうでよかった」
 ヤヌアはオレの複雑な心境に気づかず、「おかげさまでミーちゃんは元気いっぱいでござる!」と頷いた。



 十二月十九日

 その日は朝からひどく静かだった。
 早くに目が覚めてしまい、黄色い太陽の光が街を染め上げるのを、ベッドの上からだらだらと見つめる。遠くからスズメの鳴き声が聞こえていた。家中の誰もが眠りこけていて、後一時間は起きてこないことを知っていた。
 通りを眺めているとサンタさんが歩いてくるのが見えた。
 赤いジャケットにカーキのズボン。少しもサンタらしくない出立ちだ。オレの視線に気がついたのか、ミルクティーをぶちまけたような綺麗な色の髪の毛がくるりと動く。そして二階の窓辺にいるオレの方を見て、あ、おはよう、と口だけ動かす。
 あまりに静かな朝なので、他の誰にも邪魔にならないように遠慮したようだった。
 オレは足音を立てないように部屋を出て、サンタさんの元へ向かう。玄関の鍵を音を立てないように開けて、外に出る。
 サンタさんは、まだ目覚め始めたばかりの街に立っていた。
「おはよう、ロス」
「朝早いですね。夜討ち朝駆けですか」
「夜はお邪魔してないだろ」
「そういった常識はあるようで安心してます」
「もう」
 サンタさんは呆れたように笑うと、「それで、欲しいものは?」と何日かぶりの質問をオレにむかって投げかける。
「わかりません。どれを上げたって、違うって言うんでしょ?」
「心の底から欲しいものなら、違うなんて言わないよ」
 なんでも買えるくらいの大金。
「でも、それなら本当に欲しいものは、お金で買ったものなんじゃないの?」
 とんでもなく美味しい、豪華な食事。
「どちらかというと、それをボクの前で食べて羨ましがらせる方が楽しそうだな。お前は」
 最新モデルのスニーカー。
「前の二つよりは、それほど欲しくないみたいだな」
 まるで答えのない問答のようだ。こんなことを繰り返していても意味はない。
「オレはサンタさんにお願いするような欲しいものなんてないです。八年前は確かにあったかもしれない。でも今はないんです。八年前の失敗を後悔するのはわかります、でも、もう気に病む必要なんてなくて、……大丈夫なんですよ」
 オレの言葉に、サンタさんはただ小さく、「そうか」と言った。
「そうか。そうだよな」
 サンタさんはもう一度、噛み締めるように呟いた。それから、「ロスもこんなに大きくなったし」とまるで親戚の爺さんのように笑う。それがどうしてか、ひどく寂しそうに見えた。
……クリスマスが忙しいなら、その後でもいいですよ。遊ぶの。クレアはサンタさんと遊びたがってるし、レイクだってまだ聞きたいことがいっぱいあるって言ってたし、それに」
 オレもあなたと話したいことがたくさんあるような気がする。
 欲しいものがないからと言って、あなたがいなくなってもいいということではない。
 けれども、サンタさんは続くオレの言葉を待ちもせず、「ごめん。でもクリスマス後は無理なんだ」と困ったように笑って去っていった。



 十二月二十日

「ひどいと思わないか」
 開口一番文句を言うオレに、クレアが、「珍しーね。シーたんが人にずっと怒ってるの」と笑った。
 笑い事ではない。あれでは本当にサンタさんはただ八年前の自分の失敗から、オレへの負い目でオレに会いにきて、目的が果たせないならもうどうでもいいみたいじゃないか。
「でもさぁ、シーたん。八年前に失敗したから、その埋め合わせがしたいです。でも相手はもう本当にそんなのいいです、ってなったらさー、いえいえそれでも埋め合わせをさせてください、なんて言えなくない? それに、向こうはそれが目的で来てたわけだろ? シーたんが欲しいものがどうしても思いつかないって言うなら、アルバくんがもう会わないってのも仕方ないんじゃない?」
 それもまた正論だ。だが、それだけでは寂しい。それ以外のやり取りだって、それなりにしてきたはずだ。
 オレの不満そうな表情に気づいたのか、クレアが、「じゃあそれをそのまま言いなよ。アルバくんだってシーたんの気持ち全部無視して、じゃあさよなら、なんて言わないよ。きっと」と言う。まるでオレよりもずっとサンタさんのことがわかっているような口ぶりだ。
「妙に仲良いな」
「実は時々、シーたんの好きなものが何か相談受けてた」
 ピースするクレアに腹が立って後頭部をペシンと叩く。クレアは元気よく、「痛いぜ!」と叫ぶ。オレの行動に慣れきっているのか、それともそもそも痛覚が鈍いのかはわからない。
 オレは大きくため息をつく。サンタさんのことについて昨日からずっと考えていて疲れてしまった。クレアの言う通り、次に会ったら、何を言ってやろう。欲しいものはないけど、サンタさんで遊ぶのは楽しいです、とか。そうだ、それが一番オレらしい気がする。むしろルキに言って、サンタさんを呼び出すか、とっ捕まえてもいい。
 次にすることが決まると、安心感からか腹が減ってきた。今日の授業も終わったし、クレアとラーメンでも食べて帰るか、と学校を出る。
「夕飯あるんじゃないの?」
「夕飯も食べる」
 よく食べるねぇ、と言うクレアの声を聞きながら、横断歩道で信号が変わるのを待っていた。隣では、小さなクリスマスツリーを買ったらしい親子が、帰ったらどんな飾り付けをするか話している。女の子が、「星は私が飾ってもいい?」と母親に尋ねていた。もちろん、と母親が答えるのと、信号を無視して横断するサラリーマン風の男が女の子にぶつかるのは同時だった。
 女の子は横断歩道に投げ出されるように転ぶ。男は謝りもしないで走り去っていった。
「あぶない」
 クレアがそう呟いて、女の子の元へ駆け寄る。
 ヘッドライトが二人を照らす。甲高いブレーキ音と女性の叫び声。鈍い金属と肉がぶつかる音があたりに響いた。



 十二月二十一日

 パイプ椅子に座ってじっとしている。
 組んだ両手の指先を見つめていたが、何を考えられているわけではなかった。単調な電子音が部屋に響いている。
 昨日、女の子を助けて車にぶつかったクレアは、丸一日眠っていた。突然人が飛び出してきたことに驚いた車は、ちゃんと急ブレーキを踏んでくれたらしい。女の子を抱え込んだクレアは、大きく跳ね飛ばされることはなく、骨も折っていなかった。
 ただ、人を庇っていたせいか、車と接触した際に自分の身を守るところまでできていなかったようだ。頭から後ろに倒れたクレアは、打ちどころが悪かったのか、そのまま気絶してしまった。そのまま目を覚まさず、今日に至る。
「大丈夫だよ、シーたん」
 一緒に見舞いに来たレイクがオレの背中を叩く。
「そんなに心配してない。けろっとした顔で今に起きてくる」
 不貞腐れてそう答えたが、レイクは、「またまたぁ」と素直ではない子供を揶揄うように笑った。
「シーたんが優しいのはみんな知ってるからね」
「優しくない」
「拗ねないで」
「拗ねてない」
 昔もこんなやりとりをしたことがあった気がする、とそんなことを思った。
「喉乾いたろ。お兄ちゃんがジュース買ってきてやるからな」
 そう言って、レイクはオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でると、病室から出ていった。
 一人になってから気がついた。心臓がばくばくと鳴っている。このままクレアは目を覚まさないんじゃないか。クレアが咄嗟に道路に飛び出した時、オレが首根っこをひっつかんで歩道側に引き寄せられたら違ったんじゃないか。
 耳鳴りがする。クレアの鼓動を表す電子音が遠くなっていく。じっと見つめている自分の手の輪郭が解けて、意識が遠くなって、そのせいで考えがまとまらない。
 オレが、なんとかできたんじゃないか。
「ロス」
 そう呼びかけられて、我に返る。隣にサンタさんが立っていた。心配そうにオレを見つめている。
「サンタさん」
「お見舞いに来たんだ。レイクくんから聞いて」
 この間家に泊まった時に連絡先を交換したらしい。いつの間にオレの周りに浸透してるんですか、サンタさんという存在は。そんな軽口を叩こうとして、気分じゃないのでやめた。
……気絶して寝てるだけです。そのうち起きると思います」
「そうか」
……起きますよね?」
 自分でそう言ったくせに、サンタさんに同意を求めるように、咄嗟に言葉が漏れてしまった。サンタさんはクレアをじっと見つめている。それから椅子に座るオレの足元に跪くようにして、オレを見上げた。
 瞳の中に、いつかと同じように緑と赤の光が混ざり合って輝いていた。いつか図鑑で見た、星雲の写真のようで、思わずぼんやりと見つめてしまう。
「願って」
 サンタさんはただそう言った。
「願って。ボクはサンタだよ? 頼れよ、ロス」
 願って何になるんだろう。あなたが叶えてくれるとでも言うのか。
 そう心の中で考えているのに、オレは、「サンタさん」と口を動かしていた。
「クレアの目を覚まさせてください」
 サンタさんの瞳の中に、流星が流れる。それらは一つの瞬きの後に消えて、サンタさんはただ、「もちろん」と目を細めて笑った。
 それからクレアの手をぎゅっと握る。光はなく、ただ意識を失った友人を心配するような握り方だった。
 そして、「クレアさんが起きたら、一緒にパーティーできなくてごめんねって、謝っておいて」と少し寂しそうに笑うと、そのまま病室を出ていってしまった。
 しばらく椅子に座ったままクレアの閉じた瞼を見つめていた。クレアに何か変化が起こったようには見えない。やっぱり、魔法も何もなかったのだ。サンタさんはオレを元気づけようとしただけなんだろう。
 そう考え始めた時だった。
 クレアの瞼が震えたような気がした。
 サンタさんの、『願って』という声が聞こえた気がした。
 目を覚ませ、と心の中で呟く。
「クレア?」
 呼びかけると、今度こそはっきりと瞼が動き、うっすらと目が開く。青い瞳が覗き、オレの方を見た。
 そうして、「シーたん?」と不思議そうな声で呼ばれて、オレはようやく安堵のため息を漏らした。



 十二月二十二日

「へー、そんなことがあったんだ」
 目を覚ましたクレアは、呑気に病院で出たデザートを食べている。頭を打って昏睡状態になっていたとは思えないほどに元気だ。検査結果が出て、問題ないことがわかれば、明日には退院できるらしい。
「火曜の必修のテストは落とさないで済みそう」
「もういい加減落とすなよ。卒業できなくなるぞ」
「マジかよ、ヤベーな」
 本当に冗談ではなく。オレが、「サンタさんに頼むの、毛布なんかじゃなくて単位にした方が良かったんじゃないか」と言ってやると、クレアは、「でもいい毛布が欲しいんだよなー」と真剣な顔をして言った。
「シーたんちの三軒隣の家の、ほら、ブルテリアがいるだろ? あの子が年明けくらいに子供が生む予定なんだって。なんかあげたくてさ。お産の時にふかふかの毛布があった方がいいかなって思ったんだよ」
 サンタさんの、『本当は十二歳までって決まってる』という言葉を思い出す。もしかしなくても、犬の年齢が十二歳未満だったから、そのルールの目を掻い潜れるという意味だったのだろうか。
「多分、いい毛布が手に入るんじゃないか?」
 なにせ、クレアの目は覚めた。
 クレアは、「そうだな。アルバくんにお願いしたからね」と少しも疑っていない顔で笑う。
「そうだ、アルバくんにもお礼言わなくちゃ。アルバくんが目を覚させてくれたんでしょ?」
 クレアが自分を指差して言った。まあ、正しくはオレが願い、サンタさんがそれを叶えてくれたのだが、そんなことは言う必要はない。クレアにはただ、サンタさんが何かしたようだ、とだけ伝えていた。
「携帯に……って外に出なくちゃ使えないか。オレ一応検査の結果待ちだけだけど、ベッドにいた方がいいのかな」
「いい。オレがひとまず電話しとく」
 仮にも頭を打った人間がその辺をちょろちょろ動き回って良いわけはないだろう。オレはクレアの携帯を借りて、病院の外に出る。
 サンタさんの連絡先をタップして、コール音を聞きながら、そういえばサンタさんにこちらから連絡を取るのは初めてだな、とそんなことを考えた。
 なかなか出ない。まさかこちらから連絡は取れない存在だ、なんてそんなことはないだろうな。もしそうだったら苦情を入れてやる。もちろんサンタさんにだ。
 十コール目で、ようやくぷつりと音がして、誰かが出た。
「あ、サンタさんですか」
 少しの間の後、電話の向こうから声が返ってくる。
「もしもし、ロスさん?」
「ルキか? サンタさんは?」
 オレの問いかけに、ルキはまた少し間を空けてから答えた。
「アルバさんはいないよ」
「席を外してるのか?」
「ううん」
 ルキは、「明日時間ある? 駅前にオリジニアコーヒーがあるでしょ。あそこで会おう。ちゃんと説明するよ」と言って、一方的に電話を切った。
 電話の切れたツーツー、という音を聞きながら、オレはしばらく立ち尽くしていた。



 十二月二十三日

 駅前のコーヒーショップに、ルキはキャスケット帽に上下セットアップのワンピースという、少し洒落た出立ちで現れた。オレが服を見ているのに気がついたのか、ルキが「へへへ」と笑う。
「アルバさんと遊びに行く時に着ようと思ってたんだけど、着る機会がなさそうだから」
……いないからか?」
 オレの質問に、ルキは「そうだよ」と少し寂しそうに頷いた。
「どこに行ったんだ。サンタさんは」
 土曜まではいたのだ。その時は何も言っていなかった。オレに何も言わずに消えてしまうなんて、少し薄情じゃないか。いや、オレにだけではない。クレアにもレイクにも何も言っていないのはどうなのか。いや、その二人だけに連絡して、オレには何も言っていないというのでも腹は立つが。
 ルキはオレの問いに答えず、ルキは「サンタは期間制なんだよ」とファンピーを一口飲んで言った。
「まあ、サンタの仕組みをもうちょっと説明すると、地域ごとの担当とか色々あって、アルバさんはこのエリアの担当だとかあるんだけど、ちょっとそこはおいておいて。基本的にはサンタが働けるのは五年までなんだ」
「働けるのは?」
 五年間の契約ならわかる。しかし、ルキの今の言い方だと、サンタ自体をできるのが五年までのようだ。
 ルキは、「そう」と頷き、先を続けた。
「サンタになるにはいろいろ適正とかあるんだけど、一番は魔法が使える力だね。それがある人をスカウトしてるんだよ」
 サンタさんの瞳の中に踊る赤と緑の光を思い出した。二つの流星も。あれが魔法を使っている瞬間だったのだろうか。
……サンタさんは八年サンタをやってるって言ってたよな?」
 オレの疑問に、ルキが頷く。
「そう。魔法の力は、本当はみんな持ってるんだ。サンタになるためには、それを使うことができるってだけ。魔法の力は——
 ルキが自分の胸を指差す。やや左寄りの位置にあるのは。
「魔法の力はその人の生命力。サンタになれる人は、みんな人よりそれが少し多くて、そして使うことができる。減る一方じゃなくて、少しずつ回復したりもするしね。でも、毎年使っていれば、回復するより減る方が大きくなっちゃうの」
 ルキはストローでコップの中身をくるりと掻き回した。
「だから五年。五年以上サンタをすれば、クリスマスの魔法を使い続ければ、やがて消えちゃう」
 コップの中の氷が少し溶けて、からりと音が鳴った。
 頭が真っ白になる。
「消えるって……
「そのままの通りだよ。消えちゃうの。体も残らない。魂も残らない。透明になって、霞みたいに」
 ルキはただ静かに、「アルバさんから聞いて、私は今年がそうだろうとは思ってた。少し早くなっちゃったけど……、でも、ずっと覚悟してたから、私は大丈夫だと思ってたよ」と呟いてから、少しだけ顔を歪ませた。
……でもちょっと、寂しいね」
 その湿った一言で、サンタさんがこの世のどこにもいないことを知る。
 十二月一日に突然やってきたサンタクロースは、来た時と同じように突然消えてしまった。
 クリスマスも待たずに。



 十二月二十四日

 サンタに手紙を書いている。
 二十歳にもなって何をしているのか、とも思うが、オレもこんなことをして何になるのかわからない。ただ、あの人が正真正銘サンタだと言うなら、この手紙も届くだろう。
 八年前、サンタさんが失敗したクリスマスの夜。
 オレはサンタを捕まえようとしていた。
 あの頃、今でこそ元気に暮らしているが、母さんが病気がちで、入退院を繰り返していた。毎日父さんと見舞いに行く中、オレはずっと不安だった。このまま母さんがいなくなってしまったらどうしよう。退院できなくなってしまったらどうしよう。そんなことばかりを考えていた。
 決して口には出さなかったが、レイクもオレも不安そうにしているのがわかったのだろう。
 クリスマスが近づいたある日の見舞い帰り、父さんが突然、「今日のお見舞いで、ママに魔法をかけてきたんだ。元気になるようにってね」と宣言した。
 もうオレは魔法を信じる年ではなく、何を言い出すんだこいつは、と思っていた。けれども、兄であるレイクは、「魔法かぁ。じゃあ大丈夫だねシーたん」とオレの両手をとってぶんぶんと揺らした。
 幼いオレにでもわかる。二人はオレを元気づけようとしていた。それから、母さんがこれから元気になると、自分自身にも言い聞かせていた。
 オレはもう、魔法がないことを知っていたし、サンタクロースだって信じていなかった。毎年、明け方に父さんが忍足で枕元にプレゼントを置いてくれていたのを知っている。やがてそれが無くなることも。
 魔法もサンタも信じていない。けれども、魔法を信じてみたかった。
 今にして思えば、荒唐無稽にも思えるが、オレは本物のサンタを捕まえることができれば、魔法も信じることができると思っていた。なぜなら、サンタと魔法は同じくらい非現実的で、サンタがいるのなら魔法だってあるに決まってると思えたからだった。
 だから、その年のクリスマスイヴ、父さんとレイクに相談して、庭にありったけの罠を仕掛けた。
 電気柵に畑には囮の人参、それから落とし穴に捕獲用の網。でも、それらは全て空振りだった。
 結局、オレはサンタを捕まえることはできなかった。
 まさか、本当にあの日、サンタがオレの家にやってきていたとも知らずに。
 あの時は、サンタを捕まえられずに、サンタなんていない、魔法だってない、とがっかりしていたが、今なら。

 今ならサンタも魔法も、少しだけ信じている。



 十二月二十五日

 ベルの音が遠くから聞こえてきたような気がして目が覚めた。
 まだ空も暗い深夜だった。家の中はひどく静かで、窓の外からは風の音さえ聞こえてこない。まるで、この夜中、音を立てていいのはサンタだけだと言うように。
 暗い部屋でまだ目が覚めきらずにぼんやりしていると、ふと部屋の中で物音がした。そちらを見ると、誰かが立っている。
 サンタ服を着ている。顔は見えない。暗い部屋の中、表情も見えないが、なぜかサンタさんだと思った。
……クリスマスプレゼントの配達ですか」
 人影は答えない。ただ、植物がそこにあるだけのように。不気味さはなかった。
 昨日書いた手紙は、封筒に入れずに机の上に並べてあった。書いたはいいが、どこに出せばいいかわからなかったからだ。
 ルキの言葉通りなら、サンタさんはこの世のどこにもいないから。
 暗くて顔の見えない人影は、どうやらそれを読んでいるように見えた。
 オレは起き上がり、ベッドの縁に腰掛ける。サンタさんはすぐそばにいるのに、影のように気配が薄い。
「サンタさん」
 オレは今にも消えそうなサンタさんに呼びかける。
「八年前、配達が失敗したのはオレのせいです。庭に罠を仕掛けたのはそうなんですが、あの時クリスマスプレゼントで欲しかったのは、ものじゃなかったんです」
 もしかしたら、誰もが失敗したんじゃないだろうか。
 素敵なおもちゃも、格好のいい靴も、何も必要ではなかった。
「あのクリスマスの日、欲しかったのはサンタクロースだったんです」
 オレは影のように気配の薄い、サンタさんの手を掴んだ。冷たくも温かくもない。空気を掴んでいるようだった。
「今年のクリスマスプレゼントは、叶うなら、サンタさんが欲しいです。白髪白髭の、太ったエルフのサンタクロースじゃなくて、八年もオレを探してくれていたサンタさんが」
 窓の外が白み始める。夜が終わる。クリスマスの朝が来る。
 光が一筋部屋の中に入ってきた。サンタさんの手に少し力が入る。顔にかかっていた影が薄くなる。目を閉じて、眠っているようだった。
「サンタさん」
 オレはもう一度呼びかける。願って、というサンタさんの声を思い出した。
「クリスマスに、サンタさんがもらえますように」
 日が上る。朝が来た。クリスマスイヴは終わり、子供達がプレゼントを笑顔で開ける朝だ。
 サンタさんの手がいつの間にか温かくなっていた。顔はもうはっきりと見えている。サンタさんの瞼が震える。
 朝日と共に、サンタさんの目が開く。
……ロス?」
 サンタへの手紙にだけ書く、オレの名前がはっきりと、呼ばれた。


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