X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

フレンチトーストの話

全体公開 了遊 1 10 2550文字
2024-12-26 17:49:19

了遊(付き合ってない)。おいしいもの食べろ運囚、という気持ち

Posted by @d9_bond

 了見は、藤木遊作の部屋にいた。
 良く言えばこぢんまりとした、無駄な物のない、年季の入った部屋だ。窓ははね上げ式の長方形のものがふたつ、北向きに並んでいる。暗くはないがどこか寒々しいのは、ところどころ剥がれている壁や日用品があるのに生活感のひどく希薄なインテリアのせいだろう。
 ベッドと、パソコンの乗ったデスクとイス。小さなキャビネットと、おそらく食事用だろう小さなテーブルと揃いのイス──今了見がかけているものだ。あるのはそれだけで、そのどれもが何の統一感もなく佇んでいる。
 部屋の主である遊作は、了見を待たせてキッチンに立っている。
 了見は小さくため息をついた。


 了見が藤木遊作と会ったのは偶然だ。デンシティに戻っていたのは船の補給と仕事に関連した用があっただけで会うためではない。
 だというのに、ただ街中を歩いてただけにもかかわらず遭遇した。
「──了見!」
 呼ぶ声に振り返ってしまったのは、まさか、という思いからだ。振り返るまでもなく声で分かっていたのだが。
 振り返った先には案の定制服姿の遊作がいて、こちらに駆け寄ってくるところだった。大きな目を驚きで見開いて、了見と目が合うと喜色を浮かべる。
「なぜここに」
「俺の台詞だ」
 了見の前に立って遊作は、小さく首を傾げた。
「店に行くのか? 今日は休みと草薙さんは言っていたが」
 二人が遭遇したのは駅に続く大通りで、確かに了見が行く方向の先にパブリックビューイングの広場がある。了見は首を振った。
「帰るところだ」
「そうか」
 では、と了見が踵を返すと遊作はなぜか並んで歩きだした。
「ということは、この後は特に予定はないんだな」
……ああ」
「ならうちに寄らないか。港に行くなら遠回りでもないだろう」
 了見は、足を止めた。遊作も足を止めて、自分を不可解そうに見つめる了見を真っすぐに見返す。あざやかな緑の美しい、多分に期待を含んだ大きな丸い目で、じっと。


(断れば良かった)
 はあ、と了見は再度ため息をついた。口以上に物を言う眼差しに心ならずも気圧され、少しならばと頷いたのは自分だ。だが改めてこうしてひとりで現状を思い返すとどうかしていたとしか思えない。
 しかも当の遊作は、了見を部屋に招き入れると大した説明もなく席を外してしまった。
 仕方なく室内や窓の外を眺めたりで時間を潰しているが、ひどく静かなのでつい思考に沈んでしまう。
 この部屋へと歩く道すがら、遊作と大して会話はしなかった。最近寒くなったとか、元気そうで良かったとかそんな他愛のないことを途切れがちに交わしただけだ。それでも遊作は了見の顔が見られて良かったと偶然の再会を喜び、終始機嫌が良さそうだった。
 会っただけでこうも喜ばれるともはや居心地が悪いすらある。どう考えても歓迎される立場ではない。これには彼の相棒も同意見だろうが今は不在らしく、キャビネットのガラス戸の向こうに鎮座するデュエルディスクは静まり返っている。
 どうしたものかと考えたところで、いい匂いが鼻先をかすめた。
 そっと鼻を鳴らして確かめる──バターの焦げる、濃厚さと香ばしさの混じった匂いだ。おいしそうな匂いの代表と言っても過言ではない。
 小腹が空いた気がしてちらりと携帯端末の時刻を確認すると15時を回っている。まさか何か作っているのだろうか、と同時にこの物件の建付けに疑問が湧く。キッチンからここまで匂いが来るということは空調に問題があるのでは。換気扇をつけ忘れているだけかもしれないが。
 しかし不思議なもので、食べ物の香りがあるだけで室内に一気に「人の部屋」という印象が出た。
「了見、飲み物はコーヒーで良いか」
 奥からの声に了承を返す。もう少しだけ待ってくれ、との言葉に再度頷く。やはり何か作っているようだ。それならそれで最初に言えばいいものを。
 ともあれ小腹が空いている時に食べ物を用意されて機嫌が悪くなる人間はいない。
 ややあって遊作は、ふわりと湯気をたてる皿を手に階段上へ現れた。


 出されたのはフレンチトーストだった。
 白い平たい皿と、やや深めのパスタ皿らしきものに乗せられたそれをテーブルに置いて、遊作はパソコンデスクのイスを引っ張ってくると了見の向かいに座った。
 六枚切りのパンを四つ切にしたフレンチトーストは白い皿の上で折り重なっていて、ふるりと揺れる。
 とろりとした黄色のパンにまだらについたバターの薄い焦げ、その香りにますます腹が減る。二人は揃っていただきますとフォークを手に取った。
 フォークで一口を取ろうと切り分ける。ついたままの耳までさして力もいらずに分かれ、その断面はしっとり中まで卵液が沁みている。この短時間で一体何をやったのか、それとも前から仕込んでいたのだろうか。
 口に運ぶと期待以上のおいしさだった。表面はかりっと焼かれているが中はとろとろ。できたてだけあって少し熱いくらいで、優しい甘みとバターのほのかな塩味がたまらない。
「おいしいな」
 思わず口にすると、遊作は相好を崩した。
「前に、家にあるものでってAiが作り方を調べてくれた。簡単でおいしいから最近よく作っているんだ」
 言いながら遊作も一切れを口に運ぶ。
「おまえの顔を見たら、一緒に食べたいなと思ったんだ」
……そうか」
 遊作が手にしているのはスプーンで、皿が違う事と合わせてなんとなく彼のキッチンもこの部屋と似たり寄ったりなのだろうなと想像する。言葉通りこちらの顔を見ての思い付きの事なのだろう。
 了見は、無意識のうちに微笑していた。
 ゆったりと言葉を交わしながらフレンチトーストを口に運ぶ二人がコーヒーの事を思い出したのは、了見が部屋を辞する段になっての事だった。


 結局温めなおしたコーヒーを手に更なる長居をしてしまった了見は、後にこの日の事を思い返しては頭を抱えつつも同時に嬉しげな遊作の顔を思い出して「悪くはなかったのでは」などと一人煩悶することとなる。
 そして遊作は何を思ったのか顔を合わせるたびに家へ誘うようになってしまい、断ろうと思いながら誘いに乗ってしまっては更に頭を抱えることとなるのだった。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.