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その風情のある音

全体公開 トワスト 2 2207文字
2024-12-28 19:07:58

第19回トワスト、テーマ「また来年ね」制作作品です。制作時間は約55分です。

「ママ。お蕎麦まだー?」

「まだよ。もう少し待ってなさい」

「はーい」

 ぱたぱたと、娘のソレイユがリビングを出ていく。その賑やかな音を耳にして、ソファに座っているランフォードは柔和な顔をほころばせた。

……とはいえ、私もそろそろお腹が空いたね。遅いなあ、ジェフ。君が打ち立ての蕎麦を持ってきてくれると言ったから頼んだのに、もうこんな時間だよ」

「誰が遅いって、ラン?」

 突然、背後から低い声が響いた。その声は出会った頃と変わらず美しい響きを持っている。魔法を使ってここに直接『転移』したな――毎度のことながら、表情には出さずにランフォードは呆れた。

「君だよ、ジェフ。遅いよ。私はもうお腹が空いたんだよ」

「悪かった。蕎麦打ちに思ったより手間取ってな」

「え? 君が打ったのかね?」

「そうだ。前もって蕎麦を四人前注文しておいたんだが、いざ取りに行ったら手伝えと来た」

 注文が予想以上に多かったらしいな、とジェフは肩をすくめた。

「海老天も持ってきたから、それで帳消しにしてくれ。――奥方はどこだ?」

「ああ。サティナならあっちだよ」

 ランフォードが示した方へ、悠然とジェフは歩いていく。しばしすると、ふたり分の話し声が聞こえてきた。どうやら、蕎麦の仕上げを手伝うか否かで揉めているようだ。

「ランフォード。あなたからも言って下さい。ジェフ様に手伝っていただくわけにはいかないと」

「おい、ラン。お前も奥方を説得しろ。遅れた手前、手伝うのは筋だろう」

 どっちの味方をすれば良いのやら。どちらにも言い分がある場合には。やれやれ、とランフォードは立ち上がるとキッチンへと向かった。

「ねえ、サティナ。君はジェフに手伝わせるわけにはいかないと思っているんだね?」

「当然です。ジェフ様はティファレトの長である方ですよ? そのような尊い方のお手を煩わせるわけには」

 ふむ。一理なくはない。ここが魔界――ランフォードたちの部族、ビナーの領域なら、ジェフのような違う部族の長に手伝いなど到底させられるものではない。とんでもない非礼に当たる。

「で、ジェフは手伝うのが当たり前だと思っていると」

「当然だろう、ラン。遅れたのは俺様だ。ここから奥方に、ひとり黙々と仕上げをさせるわけにはいかない。手伝うのが筋だ。ここは人間の世界、あちらでの身分はこの際置いておけばいいものだ」

 これも一理ある。確かにそのとおりだ。――ここは人間の世界だから。

「で、ランフォードの意見はどうなんです?」

「そうだね、サティナ。二人ともの意見に言い分があるね。ジェフの手をわずらわせたくない君の意見もわかる。でもジェフの言う事にも一理あるよ。ここは人間の領域だ、だから向こうの身分は置いておいて手伝おうというのも」

 ランフォードは固唾をのんで自分の顔を見つめるふたりの顔を見回すと、ひとつ頷いてから続けた。

「だから、第三の意見を採用しないかね。――みんなで作業をする、というね」



 結局ランフォードの意見が通り、全員で蕎麦の支度をした。

 少し遅くなったが、熱々の海老天蕎麦を、みんなで揃って啜る。

「すごーい! 打ち立てのお蕎麦って、スーパーのと全然味が違う! 海老天もサクサクだし」

「ソレイユ。口にものが入ったまま話さない!」

「はーい、ママ。でもとってもおいしいし」

「でも、本当にさくさくだねえ。ジェフ、まさかこれも君が揚げたんじゃないよね?」

……その、まさかだな」

「君はいつの間にか、天ぷらまで上手く揚げられるようになったんだねえ。いっそ骨董品屋をやめて、日本料理の店でも開いたらどうだね?」

「断る。あの店が俺様、存外気に入っていてな」

 そのとき、外から梵鐘の音が聞こえてきた。よく響く、独特の音が。

「あっ、除夜の鐘! もう始まってるんだ!」

 しばしすると、更にいくつもの音が聞こえてくる。

「あの音は良いものだな、ラン。風情がある」

「そうだねえ、ジェフ。結構長いことこの時代にいるけど、この音はどこの地方に行っても、良いものだよ」

 そう――まるで、心まで洗われるかのような音だ。鐘によって微妙にその音は違うが、どの梵鐘も聞いていると、それぞれの風情がある。その昔は各地の梵鐘の音を中継する番組があったほどだ。

「君も良いと思っているなら、来年は除夜の鐘をつきにいかないかね、ジェフ? 一度くらい実際に体験しておいてもいいと、私は思うよ」

「それも、悪くないな。また来年の音は、現地で聴くというのも」

 それなら来年の蕎麦はお寺でいただこうとか、どんどん話は弾んでいく。また来年――何と言う良い言葉だろうか? 先の約束があることほど、幸せなことは無い。

「そうそう、ジェフ。来年の除夜の鐘の前に、来年の初詣だよ。君ともまた行きたいんだけど、いつ行こう?」

「別にいつでも――ああ、三日以外だ。そこ以外なら、いつでも良いぜ」

「あれ? 何かそこは予定があるのかね?」

「ああ。大事な、先約がな――

 ジェフは目を閉じると、口元だけで笑んだ。――きっとジェフ自身も、その約束が楽しみなのだろうね。

 梵鐘はまだ、なり続けている。時計の針は、もうすぐ十二の文字を、指そうとしているところであった。


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