カルみと
リクエストより お洗濯の話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
ぴぴぴ、とアナログの目覚まし時計のきんとした音が部屋に鳴り響いた。
「ん……むぅ…」
休日だからといって生活リズムを崩してはいけないと頭では理解しているが、仕事がある日と変わらない時間に鳴り響くアラームに全く辟易しないと言うと嘘になる。
眉を寄せてもぞもぞと身じろいだ神無は目覚まし時計に手を伸ばそうとしてふと、自身の体ががっちりと背後から抱きしめられていることに気がついた。
「ぅえ、せんぱい……?」
神無の首筋に顔を埋めてすやすやと穏やかな寝息を立てているのは、泊まりに来てきた恋人の縞斑だ。
昨晩は久しぶりの逢瀬ということもあって、恋人らしい甘い夜を過ごしたことを思い出した神無の顔に熱が集まる。
照れていた神無を現実に引き戻したのは、急かすように勢いを増したアラームの音だった。
「はっ……せんぱい、せんぱーい、おきてー」
「んー…」
縞斑の腕を軽く叩いて起きるよう促す神無だが、眉を寄せた縞斑は不服そうにぐりぐりと神無の首筋に額を押し付けるばかりだ。
昨晩は疲れて気絶するように寝てしまった神無に代わって、後始末を全て引き受けてくれたのだろう。
自分よりも睡眠時間が短いと分かっている彼をそれ以上叩き起こすことが忍びなくなった神無は、小さく息を吐くと彼の腕の中から目覚まし時計に手を伸ばした。
「せーの……ふんっ、んん…!」
不運なことに目覚まし時計は縞斑の背後にある。
必死に手を伸ばして這う神無はやがて、縞斑の上半身を乗り越える姿勢で腕を伸ばしてどうにかアラームを止めた。
「だ……だらだら山脈……」
寝起き早々の運動に上がった息を落ち着かせる神無がぽつりと呟けば、狸寝入りを決め込んでいた縞斑はふっと笑うと神無の体を抱き寄せる。
「もうちょっと寝ようよ」
「リズム崩したら大変だから」
「今日くらい、ね。昨日はたくさん夜更かしたし」
「だめだってばぁ〜……」
縞斑の甘い言葉に乗せられた神無の意志が揺らぐ。
今日だけなら一日くらい、気を抜いても良いのではないだろうか。恋人と共に貪る惰眠はきっとたいそう心地良いことだろう。
そう考えてしまった神無は、縞斑に身を任せて腕の中で力を抜こうとした。
想像よりも簡単にありつけそうな二度寝を前に縞斑は内心で拳を固め、それを表には出さないように神無を抱えたまま目を閉じる。
ところが、そんな彼らが再び微睡みに落ちようとしたその直後、窓の外でぴちちと鳥の鳴き声が聞こえた。
「……っえ!?今日ひょっとして晴れてる!?」
その声を聞き漏らさなかった神無は縞斑の腕から飛び起きると、慌てて窓の外へ目をやる。
穏やかな日差しが街を照らすのどかな朝の風景を見つめた神無は、こうしちゃいられないと身を起こして縞斑のかぶるシーツを引き剥がした。
「うぐ……」
「先輩起きて!洗濯するよ!!」
※
ごうんごうんと回る洗濯機の中身を寝ぼけ眼で眺める縞斑のそばで、神無は機嫌良く洗濯を終えた服たちを干している。
一昔前の高性能洗濯機が衰えを知ることなく絶好調に回る様を横目に神無は、からりと晴れた青空を見上げてほっと息を吐いた。
「はー良かった、ここ最近雨だったから洗濯物溜まって困ってたんだよね」
「……神無ちゃんち洗濯乾燥機もちゃんとあるのに…」
「たまにはお日様の下で干したくなるだろー?あっそうだ、布団も干さなきゃ…!」
洗濯物を置いてぱたぱたと部屋の奥へ引っ込んだ神無は、次に戻ってきたときは自分用と客用と父親用のベッドマットを抱えていた。
てきぱきと物干し竿に掛けられていくマットを眺めた縞斑は、確実にありつくことができなくなった二度寝を惜しむようにしょんぼりと肩を落とす。
「二度寝……」
「夜に干したふかふかのベッドで寝る方が気持ちいいよ」
「まぁ……この辺りは空気も綺麗だし、外干しもいいけどさ……」
後ろ髪を引かれる縞斑はのろのろと外に出ると、自分から惰眠と神無を奪った晴空を睨みつけた。
工業が発達して排気ガス問題が深刻化した現在だが、省庁や皇居のあるこの千代田区は比較的空気が綺麗で治安も良いため外干しの家庭を見かけることも少なくない。
てきぱきと手際よくマットを干して枕を括る神無をぼんやりと眺めていれば、彼はそんな縞斑に気がつくと洗濯かごを手に歩み寄った。
「先輩も干すの手伝って!」
「えー」
「アサギリに教えてたんだからできるだろ?先輩の服も一緒に洗ってるんだし」
「はいはい……」
ついでに洗おうと昨日縞斑が着ていた服もまとめて洗濯機に放り込まれているため、強くは出れない縞斑は渋々洗濯物をハンガーに掛け始める。
アサギリに家事の一通りを教えただけあってその手際は悪くない。任せたら黙々とやり込むタイプの縞斑にその場を任せた神無は、二回目の仕事を終えて誇らしげに声を上げる洗濯機の元へと急ぐのだった。
※
洗濯物を干し終えて朝食を済ませ、目覚めの良い神無に促されて部屋の掃除までやりきった縞斑は、昼食を終えたタイミングで電池が切れたようにソファに倒れ込んだ。
「もうむり……」
「情けないなぁ先輩、いつもアサギリに任せてることだろ?」
「老体にはきついから任せてるんだよ……アサギリちゃんのありがたみがよーくわかった……帰ったらお礼言おう」
「あはは、今度アサギリのこと手伝ってやんなよ」
久方ぶりの家事に力尽きる縞斑の頭を撫でた神無は、そろそろ洗濯物を取り込もうと庭へ足を向ける。
外に干してあったものたちを室内竿に移動させて、ベッドマットや毛布を部屋の隅に畳んで積み上げた神無は、一仕事終えた様子でほっと息を吐いた。
「さてと……あとはそれぞれの部屋に、わっ!?」
そうして神無が各部屋に寝具を運ぼうと気合を入れ直したとき、突然彼の腰を抱えた縞斑が干したての毛布の上に押し倒す。
「だ、だらだら先輩?!」
「んー……お日様の匂い……」
ふかふかの布団の上に倒れ込んだ縞斑は、お日様の良い匂いを吸った柔らかな感触にため息を吐く。
腕の中の神無は最初こそ抵抗しようとしたものの、家事に疲れてへとへとな様子の縞斑を見下ろすうちに気が抜けてしまった。
「はは……もー、なんだよ?」
「このまま昼寝したい……」
「えぇ?せっかくの休日なのに?」
「せっかくの休日だからだよ」
のどかな休日はふかふかの布団で昼寝をするに限る。そう言って神無を抱き枕のように抱えて目を閉じた縞斑は、ふわりと香る良い匂いに頬を緩めた。
「今日はここで干した部屋着で寝ようかな」
「なんで?」
「神無ちゃんと同じ匂いがするから」
お日様の匂いと、甘い神無の匂いと、神無の家の柔軟剤の匂いの混ざり合う優しい香りに包まれれば、またしばらく会えない日が続いても乗り越えることができそうだ。
そんな素直な気持ちを吐露してしまう程度には疲れて格好をつける余裕がなくなっているらしい縞斑を見上げた神無はくすくす笑うと、両手を伸ばしてめいっぱいに彼を抱きしめる。
「先輩可愛いとこあるね」
「……かっこいい方が好み?」
「んーん、どっちも好き」
不安げな声を宥めるように背中を撫でて笑えば、緊張が緩んだ縞斑はくあ、とひとつ欠伸を溢して微睡みへ落ちていく。
恋人の穏やかな寝息を聞いた神無は、彼の腕の中ですぅと胸いっぱいに息を吸いこんだ。
「…おひさまと、うちの柔軟剤と、せんぱいのにおいがする……」
心休まる匂いに包まれた神無は、干したばかりの布団の上で寝ている罪悪感を頭の隅に追いやって目の前の幸せを享受することにしたのだ。
終