続きもので書いている、人魚姫ドラヒナのお話です。
このお話(ヒロインから、ヴィランへと https://privatter.net/p/11265641)から、そのまま続いています。
病状が進み、寝たきりになった魔女を死なせない為に、ロナルド王子夫妻の力を借りて、不老不死の薬を作ろうとするヒナイチ姫。そして、それを対価に魔女ドラルクの実家と契約したお姫様に、次の局面が訪れます。
北海の氷笑卿は、ラブカになって貰いました。自身はさほど素早くなく、顎の力がさほど強くないラブカですが、あの特徴的な歯が、餌であるイカやタコを逃がさない様に出来ているらしいですね。
2024/03/04に上げました。
@kw42431393
ほんとにこれ、自分がやったのかな。
封筒からも透けて見える、オレンジに輝く契約書を抱え直す。私が作った契約書だ。
一つは、兄カズサ王と口約束したものを、ちゃんと書面に直したもの。
これは、『陸と海を繋げる計画が完遂されてから』実行されるものだ。
でも、明日には、この契約書は眩しいオレンジ色に輝くはずだ。
『望郷の念というのは、たいしたもんだ。シンヨコ王国からも、連絡が来た。第1便に乗る人間になった同胞達が、とっくに押し寄せているらしい。さっき、魔女殿の使い魔が、検品・修正済みのパスポートを届けてくれた。明日、決行できるだろう。』
『ご苦労だったな、ヒナイチ。心置きなく、蓬莱島に行ってこい。お前が不在の間は、ハンダが業務をやってくれる。ロナルド王子が不在の間も、留学から帰国したヒマリ姫が、担当すると決まった。』
魔女、やったぞ!お前が生きている間に、結果を見せてやれる!
だから、私達が動いてもいいんだ!
そして、もう一つ。
封筒から、微かな光が漏れている契約書。これは、私が初めて結んだ案件なんだ。
夢じゃない事を示しているのは、紙に描かれた力強い『竜子公 ドラウス』『超深海層の魔女 ミラ』のサイン。そして、赤と青の血判。
深海は、どうしても閉鎖的だ。だから、陸から来た者や表層部の我々が迷い込んだり、侵入した場合に揉め事になる恐れがある。戦争になる様では、意味がない。
元々ドラルクに頼まれて、お父上達は、それぞれの領海の当主達と交渉してくれていた。
兄とも何度となく打ち合わせをし、交渉してくれていたのだけど…難航していたのは、想像に難くない。
『お父上、お母上。頼みがある。冬眠中の竜大公様を、起こしてくれ。』
深海に住まう竜…竜大公は、向こうの世界で絶大なカリスマを持っている方だ。だから、彼が一言かければ、他の当主達も考えてくれるだろう。
しかし、彼がはしゃぐと、海底火山が噴火したり、嵐が起きたり…とにかく、何が起こってもおかしくないらしい。だから、皆眠りから覚ますのを、遠慮しているのだ。
『頼む!必ず、ご子息は死なせない!そして、必ず治せる見込みもあるんだ!』
子煩悩なのは、噂通りだった。それに、私はいつか義理の娘になる。そして、『死なせない事が出来る者』という保証付きだ。
これが、一番大きかった。
『ヒナイチ姫、お願いだ!息子を、助けてくれ!もし、あの子が助かるのなら…私は、イナ海国に帰順してもいいとさえ、思っている。』
『お父上、そんな軽率な事を…。』
『分かった、ヒナイチ姫。契約は、必ず果たす。長年、深海でバランサーを務めてきた、私の腕の見せどころだ。だから…。』
『勿論だ!必ず、契約は果たす。私は、深海の魔女の一番弟子なんだから!』
なあ、魔女。すごいだろ?
私はいつまでも、幼い人魚姫じゃないんだ。
「魔女、ただい…!」
そして、百点のテストを見せる子供の様に、私は魔女の部屋に飛び込…もうとした。
でも、その喜びは、氷の様に冷めてしまって…。
「魔女…。」
ツンと、部屋に漂う銅の匂い。乱れたシーツ、苦しんだ痕跡。それでも…
「バカだなあ…アハハ。こんなになっても、第2回目の抽選者達のパスポートを、検品してたのか…。」
サイドテーブルに散らばった、紫色に光るパスポート。インクに羽ペン。
そのぐらい、私だってやるのに。
そっと、さらに痩せこけた頬を包む。左手に感じる…ヒヤリとした硬い、お前の頬の手触り。
この感触とは、もう最後なのかな。お前が温かいと頬擦りしてくれた、『これ』は…明日から、硬くて冷たい『モノ』に変わるんだ。
「ごめんな…でも、いいよな?」
胸が微かに動いている。3つの心臓は動いている。
でも、顔を近づけると、私が好きな匂いは、銅の匂いに邪魔をされる。
「…憎たらしいな。魔女を苦しめていいのは、私だけなんだぞ。」
だから、彼の唇にキスをした。そして、咥内の血を啜る。
噛みしめて、滲んだ血を唾液と混ぜて、流し込む。
この中にいるだろう、病魔達への呪いを込めて…あと、わざとじゃないぞ?
たまたまだ。たまたま、『病魔の侵攻を止める、私の血』を飲ませてしまっただけだ。だから、契約違反にはならない…そうだろう?
飛び出した喉仏が、ゴクリと動いた…その時だった。
「…っ…うぅ。」
「魔女?」
呻き声に驚いて、私は身を離そうとした。すると、
シュルッ…
突然、8つの足が、弱々しく私を絡めとる。吸盤が、執念の様に私の肌に吸い付く。
愛おしくて、私は左手を絡める触手に、キスをした。
「魔女、起きたのか?」
でも、瞼は閉じられたままだ。漏れる吐息は、苦しそうだ。
タコの足は死んでいても、しばらく自我がある様に、獲物を捕らえると聞く。無意識なのだろう。
それでも、私を認識してくれているのが、嬉しかった。
「魔女、大丈夫だ。また、行ってくるぞ。」
しばらくして、力尽きた触手がパタリと落ちる。私は彼から抜け出すと、勢いよく別宅を飛び出した。
今度は、シンヨコ王国だ。
明日決行されるなら、ロナルド王子達と準備をしなければ。
完遂されれば、私はもう彼の元に通う必要はない。
契約を更新してくれ、と言っても不自然ではないだろう。
『もうすぐ、出発だってな。 ゆっくりしてこいよ!!』
『...。...ン。』
『気を付けて、いってらっしゃい。お土産もよろしくね。』
『...ぅンン!!』
いつも上陸していた海岸は、恐ろしい人だかりで... 陸の魔女達にパスポートを埋め込まれた人々が、我先にゲートの前に並び、見送りにきた彼らの家族や友人と思しき者達と、喜びを分かち合っていた。
どの顔も嬉しそうで…これまでの苦労が、報われたと 思う。
「おい!ヒナイチ!」
頭上から、馬に乗ったロナルド王子の声が降ってき て、振り返る。
「ロナルド王子!」
「乗れ!どこの道も、渋滞だ。裏道を通って、俺の城に行くぞ!」
「分かった!頼むぞ!!」
彼の手を取って、馬の背に飛び乗る。 探したけれど、 サンズの姿は近くになかった。
「いつでも実行出来る様に、俺も材料を集めてたんだよ。 サンズ姫なら、城で準備をしてる。 あとは…。」
チラリと、彼は私の左手を見る。そして、その左手をしっかりと握った。
「覚悟は、いいか?あと、必要なのは…。」
「うん!分かってる!」
だから、お互いしっかり握手する。
太陽の様な友人とこの手が握手出来るのも、今日でおしまいなんだ。
「麻酔はするけど、我慢しろよ。 切断した後、俺が治療する事になってる。」
勿論だ、そう返事をしようとした時…
『クワッ!クワッ!!!』
「わ!?何だ?カツオドリじゃねえか?ドラルクが伝令に使ってる、ウミガラスとは違う奴だな。」
バサバサとカツオドリが、私達の前にやってきて、とおせんぼする様な仕草を見せた。足には、手紙がくくられている。
「魔女達の協会が使っている、カツオドリだ。何か、あったのかな?」
私が手紙を受け取ると、彼は海へ飛びだって行った。
「...!!」
「どうした?協会って、『契約だ、規律だ』面倒臭い連中だろ?何だって?」
「まぁな。面倒だし、しがらみも多いが…こういう面で、属しているメリットも多いんだ。」
戻るべきだろうか…いや、協会の方も現時点では、ドラルクを見捨てはしないはずだ。
海の魔女達も、これから出発しようとしている者達にパスポートを埋め込む作業で、追われている。
そうでありながら、私に知らせてくれて、 別宅に使い魔達を護衛に送ってくれているのだから。
それに、『彼』については、サンズも調べてくれたが…竜子公とドラルクの事を大事に思っているのは、 確からしい。ドラルクもいつだったか、こう言っていた。
『私があの髭の元にいたのは、15歳から3年間だけなのだよ。そろそろ、弟子離れをして貰いたいものだ。』
「...戻るか?ヒナイチ?」
「いや、先に薬を作ろう。 時間は、どれぐらいかかる?」
「煮詰めるから、1時間はかかるってよ。 本当は乾燥させるらしいんだが、あれは保存性と濃縮する為だ。 すぐ飲ませるつもりだから、ビンに入れて液体のままだ。直接、飲ませればいい。」
...1時間か。私自身、昨日から一睡もしていない。
私は魔女として、『あくまで』 契約に持ち込むつもりだが…『北海の氷笑卿』に、その余地があるだろうか?
彼はドラルクの師匠でありながら、自身は強大な力と権力を持つが故に、親友家族の為なら協会の決定に反する事もあり…その圧力をねじ伏せる事が、可能な のだ。
人ならざる者で、協会に属する魔女である私は、あくまで契約を結んだ上で彼を救うつもりだが…氷笑卿は、どうだろう。
人間でありながら、竜子公の力によって竜の血族に入り、深海に来た彼は…『深海の者らしくあろう』とする癖がある、と聞く。
しかし、追い詰められた時、我々の様に『命に関わっていても規律に縛られる』のではなく、人間特有のイレギュラーな行動も辞さないだろう、とサンズは言った。
『北海近辺のある領海で、ある人魚の貴族令嬢が行方不明になった。『探さないで欲しい。 自分の身に何が起こっても、これは自分の意志だ。』という書置きを残している。そして、時を同じくして、 ラブカがそちらに向かうのを確認している。 北海の氷笑卿だ。 気配が普通ではなかった、気を付けられたし。』
カツオドリに結びつけられた、手紙にはそうあった。
『彼は、極度の人間嫌いだそうですよ…だから、弟子がロナルド王子とつき合うのを、よく思っていなかったらしいです。竜子公夫妻は、『病気で永くない息子の、好きにさせてやりたい』と思っていたのですが、『ドラルクは竜の血族の嫡孫で、危険から身を守る為にも、身を固めさせるべきだ』と…見合い話を持ってきて、実家に連れ帰る様にしていたと、聞いてるです。』
サンズの調べが正しいなら…そこまで親友家族に執着している彼が、 『自分の弟子が人魚の肉を食い尽くし、死に瀕している』と聞けば、どうするか。
『あれ』 を行うのであれば、その女性はただでは済まない。
ドラルクも私に言ったが、『ダルマザメにかじられた程度』では、済まないのだ。
私の肉なら、一度で彼を死なせない体に出来るが、 他の者では『全ての骨肉を使って、1年持つかどうか』 だろう。
何人犠牲にしても、終わらない地獄が待っている。 何より、私が…もう他の者の肉を、あいつに食べさせたくない。
私も場合によっては、彼と荒事も辞さないつもりだ。
「出血もしているだろうからな。 休憩は必要だ。」
「そういう事を、しれっと言うなって。 分かった…俺達も一緒に行く。」
ありがとう...そう言おうとした時、背後で歓声が上 がった。
パスポートを埋め込まれた人々が、次々に海に向かっていく。
故郷が近い者は、そのまま人魚の姿となって泳いでいき、遠い者はシャチやイルカに曳かれた橇に乗って、故郷に向かっていく。
そして、見送りの者達が手を振っている。
「やったぜ!見せたかったなぁ、あのタコに!!それに、見ろよ!お前の持ってる、契約書!!!」
鞄から漏れる、オレンジの光…そうだ。 私が兄と交 わした契約は、完遂されたんだ。
それは、ドラルクと私の執念が実った瞬間でもある。
「魔女!!やったぞ!私達は、これでお互い運命共同体になったんだ!お前 『も』、私のものなんだ!!」
「ジョン。お使い、ご苦労様。疲れただろう?」
そんな事ないヌ。 途中で協会から連絡があった時は、驚いたヌ。本当に、困った髭ヌね。
「念の為、頼めるかね?長い間、足糸を使っていな かっただろうけど。」
「ヌン。」
せっせと処置をしてくれるジョンの頭を撫でる。180年連れ添った、私の半身。小さな体で、本当によく頑張ってくれたと、誇らしくなるよ。
だから、私もギリギリまで、出来る事はやりたい。 次の抽選者に配るパスポートを、チェックしていたのだ。
具合が悪くなってからは、他の者に丸投げしていた…直前に記載ミスに気付いた時は、肝を冷やしたね。
「ジョン。ヒナイチ姫は、ここに来ていたかね?」
どうかヌ。ヌンが来た時は、会わなかったヌよ。
そうだろうか。 あの子が帰ってきていた気がする。
何故なら気が付くと、ベッドテーブルは綺麗に片づけられ、私は寝かしつけられていた。
気を失う前に、胸の苦しみに一人で暴れていた記憶がある、大量に青い血を吐いた記憶がある...そのはずなのに、今は少し気分がいい。
口内に、自分の吐いた血がなかった...むしろ、微かに鉄の味がする。
何より...シュルリと、自分の触手を近づける。
「微かに、お姫様の味の記憶があってね。」
ああ、無理にでも起きておくのだった。 だって、これから...
「あの…魔女様。」
その時、ヒカリキンメダイが、おずおずと入ってきた。
彼もかつて私と契約して、命を拾った者だ。この子には、見慣れない者が来たら知らせる様、言い付けてある。
「...来たか。」
「ヌン。」
「あ、あの…見た事もない、ウナギみたいなサメが...すぐそこに。」
「ありがとう、坊や。 こっちへおいで。」
私はその子を呼び寄せると、魔法で予備の尾鰭を付け直す。病気で腐ってしまったので、移植した義鰭が、そろそろ替え時だったのを、思い出したのだ。
「魔女様、ありがとうございます!」
嬉しそうに回るその子を、指で撫でる。
こういう依頼だけ、引き受けていれば…こうは、ならなかったのだろうか。
「...あと、ヒナイチ姫に『今日は来ないでいい』と、伝えておくれ。」
「はい!」
外に飛び出す、その子を見送る。
その姿は、いつも元気に飛び出していくヒナイチ姫を彷彿させた。
『じゃあな、魔女!また、来るぞ!!』
会いたい、会いたいよ。 せめて、貴女の太陽の様な笑顔が見たい。だから、ギリギリまで命を温存してきたのに…
「…阿漕な真似を続けたツケなのかね?こんな状態で会うのが...」
「ヌン。」
真っ暗な廊下の先に、視線をやる。ヒヤリと凍る様な、海水が流れ込んできた。
「いい加減に、弟子離れして欲しいものですね...師匠。」
凍る様な目に、細かい反しのついた鋭い歯 ...ラブカが、ゆっくりと部屋に入ってきた。
そして、そのおぞましい姿は、髭を蓄えた赤い瞳の男性に、姿を変える。実父の親友で、私に魔術を教えた師匠…北海の氷笑卿だ。
「そんな事を言ってる場合か。だから、何度も言っただろう。奴らは、信用ならん。 人間や表層の者共とつき合うからだ、不肖の弟子よ。」
「人間の頃の貴方に、何があったかは、聞きませんよ。 この惨めな姿は、自分の命を賭けた契約に負けただけの事。だからって、私の大切な者達を、悪く言わないで頂きたい。」
人間の頃…は、余計だったか。目つきが、凄みを帯びる。そして、次に何を言いたいか…私には分かる。
「とにかく、私と共に来い。 ドラウスは甘いから、『好きにさせてやってくれ』と言うが、私はそうするつもりはない。人魚の肉は、用意してある。 絆されて出来なくなったなら、これからも用意してやる。 容態が落ち着いたら、 ドラウスの元に…」
「ちゃんと契約した訳では、なさそうですね。それに、 貴方は私一人生かすのに、 何人犠牲にしなければならないのか…ご存じでは、ない。その人魚と交わした契約書を、見せて頂きたい。魅了を使って書かせた契約書は、 無効ですよ?」
「協会の連中が決めた規則など、どうでもよい。 あのお方の嫡孫のお前を、死なせる訳にはいかんのだ。 その口をこじ開けてでも、生かさなければならん。」
分かってないね、師匠。 貴方は、やっぱり…
「どちらにしても、貴方が私を連れて行く資格は、ありませんよ。無理矢理、食べさせる資格もない。貴方は、私の元家庭教師…それだけです。」
「今も、そうだ。 不肖の弟子よ。」
だから、私は手を差し出した。
貴方の逆鱗に触れる 覚悟で…枕元の契約書を見る。 カズサ王と交わした、契約書を。
それは、まだ光っていない。完遂していないのだ。少しぐらい光ってくれたら、もう少し、スマートに追い返せたかもしれないのに。
いや…無理か。
「だったら、契約書を見せて下さい。 私を一生面倒見る師匠だ、というのであれば。 私を連れて行って、人魚の肉を食べさせるのであれば…契約をして下さい。 もっとも、私はサインした記憶も、これからサインするつもりもありません。」
ピキピキと周辺の海水が、妙な音を立てる。
私もそうだが、この氷化の術は精神にかなり影響される。図星をさされて、怒っているのだ。
「やっぱり...貴方は、人間なんですよ。私が貴方なら…契約出来なければ、手を引いたはずです。 黙って、泡になったはずです。 仮に、その相手がお姫様であったとしても…。」