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執念が実る前

全体公開 人魚姫ドラヒナ 7176文字
2025-01-17 20:13:12

続きもので書いている、人魚姫ドラヒナのお話です。
このお話(ヒロインから、ヴィランへと https://privatter.net/p/11265641)から、そのまま続いています。
病状が進み、寝たきりになった魔女を死なせない為に、ロナルド王子夫妻の力を借りて、不老不死の薬を作ろうとするヒナイチ姫。そして、それを対価に魔女ドラルクの実家と契約したお姫様に、次の局面が訪れます。
北海の氷笑卿は、ラブカになって貰いました。自身はさほど素早くなく、顎の力がさほど強くないラブカですが、あの特徴的な歯が、餌であるイカやタコを逃がさない様に出来ているらしいですね。
2024/03/04に上げました。

Posted by @kw42431393

 ほんとにこれ、自分がやったのかな。
 封筒からも透けて見える、オレンジに輝く契約書を抱え直す。私が作った契約書だ。

 一つは、兄カズサ王と口約束したものを、ちゃんと書面に直したもの。
 これは、『陸と海を繋げる計画が完遂されてから』実行されるものだ。
 でも、明日には、この契約書は眩しいオレンジ色に輝くはずだ。

 『望郷の念というのは、たいしたもんだ。シンヨコ王国からも、連絡が来た。第1便に乗る人間になった同胞達が、とっくに押し寄せているらしい。さっき、魔女殿の使い魔が、検品・修正済みのパスポートを届けてくれた。明日、決行できるだろう。』
 『ご苦労だったな、ヒナイチ。心置きなく、蓬莱島に行ってこい。お前が不在の間は、ハンダが業務をやってくれる。ロナルド王子が不在の間も、留学から帰国したヒマリ姫が、担当すると決まった。』

 魔女、やったぞ!お前が生きている間に、結果を見せてやれる!
 だから、私達が動いてもいいんだ!

 そして、もう一つ。
 封筒から、微かな光が漏れている契約書。これは、私が初めて結んだ案件なんだ。
 夢じゃない事を示しているのは、紙に描かれた力強い『竜子公 ドラウス』『超深海層の魔女 ミラ』のサイン。そして、赤と青の血判。
 深海は、どうしても閉鎖的だ。だから、陸から来た者や表層部の我々が迷い込んだり、侵入した場合に揉め事になる恐れがある。戦争になる様では、意味がない。
 元々ドラルクに頼まれて、お父上達は、それぞれの領海の当主達と交渉してくれていた。
 兄とも何度となく打ち合わせをし、交渉してくれていたのだけど難航していたのは、想像に難くない。

 『お父上、お母上。頼みがある。冬眠中の竜大公様を、起こしてくれ。』

 深海に住まう竜竜大公は、向こうの世界で絶大なカリスマを持っている方だ。だから、彼が一言かければ、他の当主達も考えてくれるだろう。
 しかし、彼がはしゃぐと、海底火山が噴火したり、嵐が起きたりとにかく、何が起こってもおかしくないらしい。だから、皆眠りから覚ますのを、遠慮しているのだ。

 『頼む!必ず、ご子息は死なせない!そして、必ず治せる見込みもあるんだ!』
 子煩悩なのは、噂通りだった。それに、私はいつか義理の娘になる。そして、『死なせない事が出来る者』という保証付きだ。
 これが、一番大きかった。
 『ヒナイチ姫、お願いだ!息子を、助けてくれ!もし、あの子が助かるのなら私は、イナ海国に帰順してもいいとさえ、思っている。』
 『お父上、そんな軽率な事を。』
 『分かった、ヒナイチ姫。契約は、必ず果たす。長年、深海でバランサーを務めてきた、私の腕の見せどころだ。だから。』
 『勿論だ!必ず、契約は果たす。私は、深海の魔女の一番弟子なんだから!』
  
 なあ、魔女。すごいだろ?
 私はいつまでも、幼い人魚姫じゃないんだ。



 「魔女、ただい!」
 そして、百点のテストを見せる子供の様に、私は魔女の部屋に飛び込もうとした。
 でも、その喜びは、氷の様に冷めてしまって

 「魔女。」
 ツンと、部屋に漂う銅の匂い。乱れたシーツ、苦しんだ痕跡。それでも
 「バカだなあアハハ。こんなになっても、第2回目の抽選者達のパスポートを、検品してたのか。」
 サイドテーブルに散らばった、紫色に光るパスポート。インクに羽ペン。
 そのぐらい、私だってやるのに。
 そっと、さらに痩せこけた頬を包む。左手に感じるヒヤリとした硬い、お前の頬の手触り。
 この感触とは、もう最後なのかな。お前が温かいと頬擦りしてくれた、『これ』は明日から、硬くて冷たい『モノ』に変わるんだ。
 「ごめんなでも、いいよな?」
 胸が微かに動いている。3つの心臓は動いている。
 でも、顔を近づけると、私が好きな匂いは、銅の匂いに邪魔をされる。
 「憎たらしいな。魔女を苦しめていいのは、私だけなんだぞ。」
 だから、彼の唇にキスをした。そして、咥内の血を啜る。
 噛みしめて、滲んだ血を唾液と混ぜて、流し込む。
 この中にいるだろう、病魔達への呪いを込めてあと、わざとじゃないぞ?
 たまたまだ。たまたま、『病魔の侵攻を止める、私の血』を飲ませてしまっただけだ。だから、契約違反にはならないそうだろう?
 飛び出した喉仏が、ゴクリと動いたその時だった。

 「うぅ。」
 「魔女?」
 呻き声に驚いて、私は身を離そうとした。すると、

 シュルッ

 突然、8つの足が、弱々しく私を絡めとる。吸盤が、執念の様に私の肌に吸い付く。
 愛おしくて、私は左手を絡める触手に、キスをした。
 「魔女、起きたのか?」
 でも、瞼は閉じられたままだ。漏れる吐息は、苦しそうだ。
 タコの足は死んでいても、しばらく自我がある様に、獲物を捕らえると聞く。無意識なのだろう。
 それでも、私を認識してくれているのが、嬉しかった。
 「魔女、大丈夫だ。また、行ってくるぞ。」
 しばらくして、力尽きた触手がパタリと落ちる。私は彼から抜け出すと、勢いよく別宅を飛び出した。
 今度は、シンヨコ王国だ。

 明日決行されるなら、ロナルド王子達と準備をしなければ。
 完遂されれば、私はもう彼の元に通う必要はない。
 契約を更新してくれ、と言っても不自然ではないだろう。



 『もうすぐ、出発だってな。 ゆっくりしてこいよ!!』
 『...。...ン。』
 『気を付けて、いってらっしゃい。お土産もよろしくね。』
  『...ぅンン!!』
 いつも上陸していた海岸は、恐ろしい人だかりで... 陸の魔女達にパスポートを埋め込まれた人々が、我先にゲートの前に並び、見送りにきた彼らの家族や友人と思しき者達と、喜びを分かち合っていた。
 どの顔も嬉しそうでこれまでの苦労が、報われたと 思う。

 「おい!ヒナイチ!」
 頭上から、馬に乗ったロナルド王子の声が降ってき て、振り返る。
 「ロナルド王子!」
 「乗れ!どこの道も、渋滞だ。裏道を通って、俺の城に行くぞ!」
 「分かった!頼むぞ!!」
 彼の手を取って、馬の背に飛び乗る。 探したけれど、 サンズの姿は近くになかった。
 「いつでも実行出来る様に、俺も材料を集めてたんだよ。 サンズ姫なら、城で準備をしてる。 あとは。」
 チラリと、彼は私の左手を見る。そして、その左手をしっかりと握った。
 「覚悟は、いいか?あと、必要なのは。」
 「うん!分かってる!」
 だから、お互いしっかり握手する。
 太陽の様な友人とこの手が握手出来るのも、今日でおしまいなんだ。
 「麻酔はするけど、我慢しろよ。 切断した後、俺が治療する事になってる。」
 勿論だ、そう返事をしようとした時

『クワッ!クワッ!!!』
「わ!?何だ?カツオドリじゃねえか?ドラルクが伝令に使ってる、ウミガラスとは違う奴だな。」
 バサバサとカツオドリが、私達の前にやってきて、とおせんぼする様な仕草を見せた。足には、手紙がくくられている。
 「魔女達の協会が使っている、カツオドリだ。何か、あったのかな?」
 私が手紙を受け取ると、彼は海へ飛びだって行った。
 「...!!」
 「どうした?協会って、『契約だ、規律だ』面倒臭い連中だろ?何だって?」
 「まぁな。面倒だし、しがらみも多いがこういう面で、属しているメリットも多いんだ。」

 戻るべきだろうかいや、協会の方も現時点では、ドラルクを見捨てはしないはずだ。
 海の魔女達も、これから出発しようとしている者達にパスポートを埋め込む作業で、追われている。
 そうでありながら、私に知らせてくれて、 別宅に使い魔達を護衛に送ってくれているのだから。
 それに、『彼』については、サンズも調べてくれたが竜子公とドラルクの事を大事に思っているのは、 確からしい。ドラルクもいつだったか、こう言っていた。

 『私があの髭の元にいたのは、15歳から3年間だけなのだよ。そろそろ、弟子離れをして貰いたいものだ。』



 「...戻るか?ヒナイチ?」
 「いや、先に薬を作ろう。 時間は、どれぐらいかかる?」
 「煮詰めるから、1時間はかかるってよ。 本当は乾燥させるらしいんだが、あれは保存性と濃縮する為だ。 すぐ飲ませるつもりだから、ビンに入れて液体のままだ。直接、飲ませればいい。」
 ...1時間か。私自身、昨日から一睡もしていない。
 私は魔女として、『あくまで』 契約に持ち込むつもりだが『北海の氷笑卿』に、その余地があるだろうか?
 彼はドラルクの師匠でありながら、自身は強大な力と権力を持つが故に、親友家族の為なら協会の決定に反する事もありその圧力をねじ伏せる事が、可能な のだ。
 人ならざる者で、協会に属する魔女である私は、あくまで契約を結んだ上で彼を救うつもりだが氷笑卿は、どうだろう。
 人間でありながら、竜子公の力によって竜の血族に入り、深海に来た彼は『深海の者らしくあろう』とする癖がある、と聞く。
 しかし、追い詰められた時、我々の様に『命に関わっていても規律に縛られる』のではなく、人間特有のイレギュラーな行動も辞さないだろう、とサンズは言った。

 『北海近辺のある領海で、ある人魚の貴族令嬢が行方不明になった。『探さないで欲しい。 自分の身に何が起こっても、これは自分の意志だ。』という書置きを残している。そして、時を同じくして、 ラブカがそちらに向かうのを確認している。 北海の氷笑卿だ。 気配が普通ではなかった、気を付けられたし。』
 カツオドリに結びつけられた、手紙にはそうあった。
 『彼は、極度の人間嫌いだそうですよだから、弟子がロナルド王子とつき合うのを、よく思っていなかったらしいです。竜子公夫妻は、『病気で永くない息子の、好きにさせてやりたい』と思っていたのですが、『ドラルクは竜の血族の嫡孫で、危険から身を守る為にも、身を固めさせるべきだ』と見合い話を持ってきて、実家に連れ帰る様にしていたと、聞いてるです。』
 サンズの調べが正しいならそこまで親友家族に執着している彼が、 『自分の弟子が人魚の肉を食い尽くし、死に瀕している』と聞けば、どうするか。
 『あれ』 を行うのであれば、その女性はただでは済まない。
 ドラルクも私に言ったが、『ダルマザメにかじられた程度』では、済まないのだ。
 私の肉なら、一度で彼を死なせない体に出来るが、 他の者では『全ての骨肉を使って、1年持つかどうか』 だろう。
 何人犠牲にしても、終わらない地獄が待っている。 何より、私がもう他の者の肉を、あいつに食べさせたくない。
 私も場合によっては、彼と荒事も辞さないつもりだ。

 「出血もしているだろうからな。 休憩は必要だ。」
 「そういう事を、しれっと言うなって。 分かった俺達も一緒に行く。」
 ありがとう...そう言おうとした時、背後で歓声が上 がった。

 パスポートを埋め込まれた人々が、次々に海に向かっていく。
 故郷が近い者は、そのまま人魚の姿となって泳いでいき、遠い者はシャチやイルカに曳かれた橇に乗って、故郷に向かっていく。
  そして、見送りの者達が手を振っている。
 「やったぜ!見せたかったなぁ、あのタコに!!それに、見ろよ!お前の持ってる、契約書!!!」
 鞄から漏れる、オレンジの光そうだ。 私が兄と交 わした契約は、完遂されたんだ。
 それは、ドラルクと私の執念が実った瞬間でもある。
 
 「魔女!!やったぞ!私達は、これでお互い運命共同体になったんだ!お前 『も』、私のものなんだ!!」



 「ジョン。お使い、ご苦労様。疲れただろう?」

 そんな事ないヌ。 途中で協会から連絡があった時は、驚いたヌ。本当に、困った髭ヌね。

 「念の為、頼めるかね?長い間、足糸を使っていな かっただろうけど。」
 「ヌン。」

 せっせと処置をしてくれるジョンの頭を撫でる。180年連れ添った、私の半身。小さな体で、本当によく頑張ってくれたと、誇らしくなるよ。
 だから、私もギリギリまで、出来る事はやりたい。 次の抽選者に配るパスポートを、チェックしていたのだ。
 具合が悪くなってからは、他の者に丸投げしていた直前に記載ミスに気付いた時は、肝を冷やしたね。
 「ジョン。ヒナイチ姫は、ここに来ていたかね?」

 どうかヌ。ヌンが来た時は、会わなかったヌよ。

 そうだろうか。 あの子が帰ってきていた気がする。
 何故なら気が付くと、ベッドテーブルは綺麗に片づけられ、私は寝かしつけられていた。
 気を失う前に、胸の苦しみに一人で暴れていた記憶がある、大量に青い血を吐いた記憶がある...そのはずなのに、今は少し気分がいい。
 口内に、自分の吐いた血がなかった...むしろ、微かに鉄の味がする。
 何より...シュルリと、自分の触手を近づける。
 「微かに、お姫様の味の記憶があってね。」
 ああ、無理にでも起きておくのだった。 だって、これから...

 「あの魔女様。」
 その時、ヒカリキンメダイが、おずおずと入ってきた。
 彼もかつて私と契約して、命を拾った者だ。この子には、見慣れない者が来たら知らせる様、言い付けてある。
 「...来たか。」
 「ヌン。」
 「あ、あの見た事もない、ウナギみたいなサメが...すぐそこに。」
 「ありがとう、坊や。 こっちへおいで。」
 私はその子を呼び寄せると、魔法で予備の尾鰭を付け直す。病気で腐ってしまったので、移植した義鰭が、そろそろ替え時だったのを、思い出したのだ。
 「魔女様、ありがとうございます!」
 嬉しそうに回るその子を、指で撫でる。
 こういう依頼だけ、引き受けていればこうは、ならなかったのだろうか。
 「...あと、ヒナイチ姫に『今日は来ないでいい』と、伝えておくれ。」
 「はい!」
 外に飛び出す、その子を見送る。
 その姿は、いつも元気に飛び出していくヒナイチ姫を彷彿させた。

 『じゃあな、魔女!また、来るぞ!!』

 会いたい、会いたいよ。 せめて、貴女の太陽の様な笑顔が見たい。だから、ギリギリまで命を温存してきたのに
 「阿漕な真似を続けたツケなのかね?こんな状態で会うのが...」
 「ヌン。」
 真っ暗な廊下の先に、視線をやる。ヒヤリと凍る様な、海水が流れ込んできた。
 「いい加減に、弟子離れして欲しいものですね...師匠。」
 凍る様な目に、細かい反しのついた鋭い歯 ...ラブカが、ゆっくりと部屋に入ってきた。   
 そして、そのおぞましい姿は、髭を蓄えた赤い瞳の男性に、姿を変える。実父の親友で、私に魔術を教えた師匠北海の氷笑卿だ。



 「そんな事を言ってる場合か。だから、何度も言っただろう。奴らは、信用ならん。 人間や表層の者共とつき合うからだ、不肖の弟子よ。」
 「人間の頃の貴方に、何があったかは、聞きませんよ。 この惨めな姿は、自分の命を賭けた契約に負けただけの事。だからって、私の大切な者達を、悪く言わないで頂きたい。」
 人間の頃は、余計だったか。目つきが、凄みを帯びる。そして、次に何を言いたいか私には分かる。

 「とにかく、私と共に来い。 ドラウスは甘いから、『好きにさせてやってくれ』と言うが、私はそうするつもりはない。人魚の肉は、用意してある。 絆されて出来なくなったなら、これからも用意してやる。 容態が落ち着いたら、 ドラウスの元に
 「ちゃんと契約した訳では、なさそうですね。それに、 貴方は私一人生かすのに、 何人犠牲にしなければならないのかご存じでは、ない。その人魚と交わした契約書を、見せて頂きたい。魅了を使って書かせた契約書は、 無効ですよ?」
 「協会の連中が決めた規則など、どうでもよい。 あのお方の嫡孫のお前を、死なせる訳にはいかんのだ。 その口をこじ開けてでも、生かさなければならん。」
 分かってないね、師匠。 貴方は、やっぱり
 「どちらにしても、貴方が私を連れて行く資格は、ありませんよ。無理矢理、食べさせる資格もない。貴方は、私の元家庭教師それだけです。」
 「今も、そうだ。 不肖の弟子よ。」
 だから、私は手を差し出した。
  貴方の逆鱗に触れる 覚悟で枕元の契約書を見る。 カズサ王と交わした、契約書を。
 それは、まだ光っていない。完遂していないのだ。少しぐらい光ってくれたら、もう少し、スマートに追い返せたかもしれないのに。
 いや無理か。

 「だったら、契約書を見せて下さい。 私を一生面倒見る師匠だ、というのであれば。 私を連れて行って、人魚の肉を食べさせるのであれば契約をして下さい。 もっとも、私はサインした記憶も、これからサインするつもりもありません。」
 ピキピキと周辺の海水が、妙な音を立てる。
 私もそうだが、この氷化の術は精神にかなり影響される。図星をさされて、怒っているのだ。

 「やっぱり...貴方は、人間なんですよ。私が貴方なら契約出来なければ、手を引いたはずです。 黙って、泡になったはずです。 仮に、その相手がお姫様であったとしても。」


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