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愚者の二人三脚

全体公開 神無三十一受け 14 33 2680文字
2025-01-18 17:09:46

カルみと
シナリオネタバレあり
リクエストより しにたくなる夜の話

  

 人が死ぬときは、なにも死にたいと思ったときじゃない。今行動を起こせば悩みから解放されるのではないかというただの思いつきだ。

 そう言ったのは確か、過去の世界で共に仕事をした心療医学に長けた刑事だっただろうか。
 全くもってその通りだ。そう考えながら細く息を吐いた神無は、空気に溶けていく白をぼんやりと見上げる。
 今夜も今夜とて上手く寝つくことができず、外の空気を吸おうと街を彷徨ううちに雨に見舞われて、雨霧の中を歩き続けてあのゴミ捨て場に辿り着いた途端、ぷつりと神無の中で何かが切れる音が聞こえたのだ。
 家電やアンドロイドが不法投棄される冷たいこの場所で一晩眠れば、きっと明日からは頭を悩ませる心配がなくなるのだろう。
 そんな名案じみた考えに従った神無は、雨に濡れる体を気にも止めずに敷地の隅で膝を支えてうとうとと微睡んでいた。

 さむくて、ひどくねむたい。
 このまま意識を手放せば、きっともう二度と目覚めることはないのだろう。あれほど不眠に悩まされていたのに、案外呆気ないものだ。
 そう神無が瞼を落とそうとしたとき、ポケットに入れたままにしていた通信端末が振動した。

 「……だれ?」 

 こんな状況でも通信機を手放せないなんて、我ながら随分な職業病だ。そう小さく笑った神無がポケットを探り画面を確かめれば、そこには見慣れた男の名前が表示されていた。
 彼の通信に応じたのは気まぐれだった。
 ただ、このまま独りで眠ることが寂しかっただけかもしれない。

 「だらだら先輩……?」
 『やぁ神無ちゃん、今平気かな?』
 「どうしたの、こんな夜中に」
 『神無ちゃんこそこんな時間に散歩?』

 マイク越しに聞こえる雨音から神無が外にいることを察したらしい縞斑の言葉に、どう答えるか悩んだ彼は口を噤む。
 勘の良い縞斑に嘘は通用しない。良い誤魔化しの言葉を探す神無だったが、結局回らない頭で思いつく言い訳は当たり障りのないものだった。

 「べつに……ちょっと外の空気吸いたくなっただけ」
 「あぁそれはちょっと分かるかも」
 「……先輩は吸いすぎだろ」
 「いやいや、これでも普段は真面目にやってるのよ?」
 「えー……?」

 軽い口調で茶化してみせる彼は、刑事の頃に比べてサボり癖が収まったとアサギリから聞いている。
 新しい環境と立場にも慣れたらしい彼は、こんな深夜にも明瞭な声色で話す程度に自身の役目を全うしているのだろう。
 自分とは大違いだ。いつも通りの縞斑の声を聞けば聞くほど、今の自分との差を痛感して惨めな気持ちになった神無は膝を抱える。

 「……先輩はさ、やめたいって思うことないの?」
 「なにを?」
 「全部」
 「アバウトだなぁ」

 定義が広すぎて困惑しているらしい縞斑の声を聞いて、神無はもう少し彼が答えやすいように言葉を砕こうと頭を回す。
 できることなら何も考えたくないが、縞斑の答えを聞くことが巡り巡って自分を救うことに繋がるかもしれないという微かな希望があった。

 「じゃあ……頑張ること」
 「頑張る?」
 「そう。頑張らなければ傷つかないって、先輩は知ってるだろ」

 縞斑が警察組織で仕事の手を抜くようになったのはきっと、これ以上自分が組織に期待をして裏切られないようにするためだ。
 一生懸命に向き合えば向き合うほど、期待通りの結果が出なかったときに絶望してしまうから。そんな失望から身を守るために縞斑は組織に向き合うことを諦めたのだろう。
 当時のことを言っているらしい神無に、縞斑は一瞬言葉を詰まらせると苦笑いをこぼした。

 「たしかに……だらだらしてる方が楽だけど、それだと顔向けできないからね」
 「それは……キョウや心ちゃんに?」
 「いいや。自分にだよ」

 きっぱりと告げられた言葉に、神無は小さく息を呑む。
 その言葉は決して今の神無を責めるものではなかったが、自分の現状を見透かされているような気分になって思考が途切れてしまった。
 そんな神無の沈黙の心境を知ってか知らずか、縞斑は静かに言葉を続ける。

 「厳密には、選択をした自分にかな」
 「……選択した自分…………
 「そう。自分を幸せにするのも、不幸にするのも、結局は自分だし……やめることはいつでもできるからね」
 「…………、」
 「やめたくなるまで、ほどほどに頑張ってみようと今は思ってるかな」
 「……そっか」

 ふと、雨が止んだ。
 膝を抱えていた神無がそっと顔を上げれば、そこには傘を差して困ったように笑う縞斑の姿がある。
 唖然と口を開けて神無がその顔を見上げていれば、彼はその表情のままこくりと首を傾げて見せた。

 「……参考になりそうかな?」
 
 鼓膜を揺らしたその声は、一瞬遅れてスピーカー越しに再び響く。
 一度雨が止んでしまえば、自身の体が冷え切っていたことをいやでも自覚してしまった。それがどうしようもなく恐ろしい考えだったと、今更になって思い知ったのだ。
 じわりと滲んだ涙を縞斑の指が掬っていく。それでも止まる気配のない涙を諦めた彼は、ふっと小さく笑って神無の体を抱き寄せた。
 背中をぽんと労うように叩く手のひらは優しくて、堪えきれない嗚咽を漏らした神無は途切れ途切れに口を開く。

 「……せんぱいじゃ、じょーずすぎて……ひ、ぐぜんぜんさんこーに、ならないっ」
 「神無ちゃんは一生懸命すぎるんだよ」
 「だって……とまるのは、こわいから……
 「はは、そう思えるだけで十分すぎる成長だ」

 泣き止まない神無の背を撫でながら、縞斑は幼い子供を寝かしつけるような穏やかな声色でゆっくりと話しかけた。
 その声は不思議と、自身の嗚咽の合間を縫うように神無の心の柔らかいところを包み込んで抱きしめる。

 「あの日から君は、間違いなく進んでる」
 「……、」
 「俺が君に『ほどほど』を分けてあげるから……だから君は、俺に『一生懸命』を分けてよ」
 「うん……わかった、あげる」
 「そうしよう。俺たちはきっと、それくらいでバランスがいいね」
 「うん……うん、」

 抱えるものは分け合った方がきっと良い。釣り合いが取れたら、きっとまた再び歩き出せるはずだ。
 そう慰める縞斑の腕の中で、神無は何度もしゃくりあげて泣き声をあげる。
 縞斑はそんな彼の冷えた体が少しでも温まるように、泣き止むまで雨粒から身を呈して守り続けていてくれたのだ。

 


 


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