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ヒイラギの観察眼

全体公開 神無三十一受け 9 38 4127文字
2025-01-23 16:52:58

カルみと 隠す話
シナリオネタバレあり

 
 「38.3℃、平熱を大幅に上回っています」

 朝から気怠さと寒気が治らず、回復することを祈ってソファに寝転がっていた縞斑の顔を覗き込んだアサギリの第一声がそれだった。
 薄く瞼を開いた縞斑は、部屋の弱い明かりすら目の奥をつきりと刺すような痛みに襲われて呻き声を漏らす。

 「正確な数字を口にしないで……
 「口にせずとも同じでしょう」
 「自覚するともっと具合が悪くなる……

 熱があるのだと自覚をした途端、ますます重くなる体に嫌気が差した縞斑が唸ればアサギリは、そういうものなのか、と不思議そうな表情で首を傾げた。

 「本日は午後から神無さんとの情報交換の日ですが、リスケの連絡をいたしますか」
 「……いや、大丈夫」

 今日は、神無と定期的に行っているスパローとドロ課の情報交換や支給物資の手続きの日だ。
 特に変化がなく共有する情報がなかったり、物資に余裕があったなら休むことも考えたかもしれないが、今回は先日起こったアンドロイドの違法改造事件についてドロ課の見解を聞く予定だった。
 加えてその調査の最中に負傷したアンドロイドたちの治療によってブルーブラッドの補充パックが枯渇しているため、物資についての交渉も考えなければならない。

 「予定を合わせ直すのも大変だし、話すだけなら平気」
 「神無さんが知ったら怒ると思いますよ」
 「大丈夫大丈夫。今日はディーノちゃん連れてこないはずだし、神無ちゃんだけなら気付かないって」

 アサギリと同じくスキャンによって体温を即座に計測することができるディーノがいたら隠し通すことは不可能だが、本日の彼は定期メンテナンス中だと聞いていた。
 その上スパロー内では、神無にはコンピュータ型サングラスを外して行動するように伝えてある。
 それは自動的に神無の視界を映像として保管しているその機械が、意図せずスパローの機密情報を保存してしまうことを防ぐために最初に神無と決めたことだった。
 もちろん神無が自分たちの情報を売ることなど考えていないが、万が一不正アクセスによって情報が漏れるような事故は避けなければならない。

 「これでも元公安刑事だよ?隠し事は大得意だからさ」

 神無のサングラスによってスキャンされる心配もないのであれば、多少の体調不良を隠し通すくらい容易いことだ。
 起き上がってへらりと笑う縞斑の姿は確かに、スキャンして体温測定を行わなければ普段と何も変わりがない。

 「……話が終わったら必ず部屋で休んでください」
 「はいはーい、アサギリちゃんは過保護だなぁ」

 へらへらと笑った縞斑はふと、入り口の見張りをしていたアンドロイドから神無が来たことを報せるメッセージが届いていることに気がついた。
 いつものように応接室に案内するよう頼んだあと、彼はアサギリに手を振って部屋を出ていく。

 「……私はちゃんと止めましたからね、マスター」

 ぱたんと閉じた部屋の中、諦めたように目を伏せたアサギリはそう呟くと、自身の仕事を一度切り上げて寝室の準備を整えるために動き出すのだった。

 ※
 
 「……と、共有事項はこれくらいかな?」

 一通りの話を終えた縞斑は、痛む頭を思わず押さえたくなる腕をぐっと堪えて向かいの席に腰掛けた神無へ声を掛ける。
 それまで資料に視線を落としていた神無は、その声を聞くと顔を上げてこくりと頷いた。

 「うん。あとは物資についてだけど、青木に相談して廃棄のブルーブラッドをいくつか流せないか融通してみるよ」
 「ありがとう。あぁでも、いつも言ってるけど……
 「分かってる、足がつくような無茶なことはしないって。もしものときは俺の名義で買うだけだし」
 「いやーいつも悪いねぇ」

 慣れた様子で受け答えをする神無は、以前より随分頼れる顔つきをしている。
 縞斑がスパローで日々奔走しているように、神無もまた少しずつ経験を重ねて成長を続けているのだろう。
 大きくなったな、なんて親戚のおじさんのようなしみじみとした言葉が喉まで出かかった縞斑は、自分が思った以上に熱に浮かされていることに気がついた。

 「それじゃあ、今日はこのあたりでお開きにしようか」
 「ん……なんか用事でもあるの?」
 「あぁ、このあとちょっとね」

 あと少しだけ騙し通せと気を張った縞斑は、どうにかこの後の予定を仄めかして部屋から出て行こうとする。
 いつもなら情報共有を終えたあとはアサギリの用意した茶菓子を食べながらプライベートの近況や世間話を交わしているため、神無は少しだけ意外そうに頷くとフルーツタルトの最後のひとかけらを口に運び立ち上がった。
 ソファから立ち上がった瞬間、くらりと視界が揺れる。気合いで体の揺らぎを堪えた縞斑だが、いつものように施設の出口まで神無を見送るのは無理かもしれない。

 「神無ちゃんごめんね、アサギリちゃんに見送りを頼むからこのまま部屋で待って……

 そう呟いた彼は神無に待機するよう伝えると、アサギリに後を任せようと通信端末に手を伸ばす。

 「……ちょっと待って、先輩」
 
 しかし、その手は端末を手に取る前に神無の手に捕まってしまった。
 慌てて視線を下に落とせば、すぐそばまで駆け寄っていた神無が不安げな瞳を自分へと向けている。
 いつの間に近くまで来たのだろう。どうやら彼の気配すら察せられないほど、自分の意識はすでに曖昧らしい。
 そっけない縞斑の態度を見て怒っているのではないかと不安に思ったのだろう。安心させようと縞斑が口を開くより早く、神無は縞斑の腕を引くと背伸びをして額同士を重ねた。

 「へ、」

 伏せられた長いまつ毛を唖然と眺めた縞斑が、神無に一体何をしているのか尋ねようと迷っていれば、ぱちりと開いたアメジストの瞳が至近距離でゆらりと揺れた。

 「……やっぱり熱い。先輩、たぶん熱あるよ」

 きっぱりとそう口にした神無は、ちょっとごめん、と一言断って縞斑の手から端末を取り上げる。
 表示されていたアサギリへの発信をそのまま行うと、神無はスピーカーを耳に当てて間も無く応答した彼へ声を掛けた。

 「あもしもし、アサギリ?だらだら先輩熱があるみたいだから、ごめんけど次の先輩の予定なんとかずらせない?」

 慣れた様子でやり取りを交わしていた神無は、数度相槌を打って礼を言うと通話を終了させる。
 そうして彼はにこりと笑うと、唖然とその場に立ち尽くす縞斑の手を取って一旦ソファへ戻るよう促した。

 「アサギリがこの後の予定は空けてくれるってさ。急ぎじゃなくてよかったな!」

 アサギリのスケジュール管理能力を褒める神無だが、もともと縞斑には予定がないのだから当然のことだ。
 縞斑の嘘を察して瞬時に口裏を合わせてくれたらしい彼には、あとでしっかりと礼を伝えておかなければ。
 そうぼんやりと考えていた縞斑だったが、あれよあれよと彼に導かれて寝室へ案内されようとした辺りで我に帰り神無の腕を掴んだ。

 「いつ気づいた?」
 「え……つ、ついさっき?」
 「どこを見てそう思ったんだ?」
 「どしたの先輩、急に怖い顔して……

 縞斑の勢いに押されてたじろぐ神無だが、彼が真剣な様子を察すると自身の記憶を遡るように神無は言葉を続けた。

 「ええと……話してる途中、先輩の目がちょっとだけ泳いでることに気付いて……いつもより反応も遅いなってあぁ、て言ってもほんとに一秒未満だけど」
 「…………、」
 「確信したのは歩き出したときかな。歩幅が狭かったから、熱で体が痛いかだるいのかなって思って」

 神無の連ねた言葉はどれも縞斑が意識していなかったことだ。縞斑ですら意識ができないような微々たる変化や違和感を全て拾い集めて、神無は見事に不調を言い当てて見せたのである。
 口を開けて唖然とする縞斑を見下ろした神無は、その反応を自分に言われるまで不調に気が付かず驚いているからだと解釈したらしく、困ったように笑って縞斑の顔を覗き込んだ。

 「ったく先輩は自分のことに無頓着だなぁ。もう少し自分のこと大事にしてよね」
 「……神無ちゃんってひょっとして………天才?」

 その笑顔を目を丸くしてじっと見つめていた縞斑は、思わずぽつりと口を開く。
 突然褒められた神無は驚いたようにぱちくりと目を瞬くと、自分の観察眼が正しかったのだと嬉しそうに笑った。
 
 「そうだよ、今気づいたの?」
 「いや……うん、ただの見栄っ張りなガキだとばかり……
 「え?喧嘩?」

 得意げな神無の顔が悔しくて軽口を叩けば、冗談っぽく神無は拳を固めて見せる。神無なりに縞斑の照れ隠しだと理解しているのだろう。
 いつの間に刑事としてここまで成長したのか、それとも自分が神無の前で無意識に弱みを見せるようになってしまったのか。
 そう考える縞斑は神無の手を取ると、体調を隠すことをやめて素直に謝った。

 「ごめん、ちゃんと休むよ」
 「よろしい!ほら、ベッド行こ!」

 潔く不調を認めた縞斑を前に満足そうに頷いた神無は、改めて縞斑の腕を引き寝室へと歩き出す。
 その背を追って歩き出した縞斑は、いつもと立場が逆転したことに少しだけ気分が良いらしい神無を見下ろして小さく笑った。

 「子供みたいなことするね」
 「そう?だって先輩が倒れたら大変じゃん」

 きっとその仕草や気遣いは、神無が幼い頃に自分がしてもらったことなのだろう。過保護な彼の養父と兄ならば、隠そうとする神無の不調に真っ先に気付いて問答無用で寝室に連行しかねない。
 べそべそと泣きながら寝室に連れて行かれる幼い神無の姿を勝手に想像してくすりと笑った縞斑は、繋いだ手をそっと握り返して小さく呟いた。

 「ありがとう、神無ちゃん」

 いつまでも子供だと思っていた彼がこんなにも立派に成長しようとしていると思わぬ形で知ることができたなら、この気だるさも悪くないかもしれない。




 


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