さめしし。ワンドロのお題「メール」「楽しみ」で書きました。かずにき一家公認のつきあっているさめししで、メールを書くうちにある計画が持ち上がるお話です。12/13のお題で書いたクリスマス話の、その後になります。
@5_bluedaisy
書斎の椅子に座り、パソコンを立ち上げた。
起動を待って、メールソフトを開く。仕事用ではないほうのフォルダを選び、一番上のメールを表示させる。既に何度か読み返しているそのメールをもう一度読んでから、返信の画面を開けた。
宛名、簡単な挨拶、前回の向こうの話に同意する旨。その辺りまでは何も考えずに、すらすらと書いていける。が、本題に入ったところでいきなり言葉に詰まってしまった。
何から始めればいいのか。いや、むしろ締めくくりをどっちに持って行けばいいのか。
とりあえず、わかっているところから文字を打ってみる。材料をずらっと書き並べて、数字を幾つか置いて。頭の中で自分がその料理を作るつもりで再現しながら、手順を書き始めてみた。
鍋に湯を沸かしながら、玉ねぎをみじん切りにする。フライパンに油を引いて、玉ねぎを炒める。でも、これは鍋の大きさから書いたほうが良いんだろうか? そもそもキャベツを茹でるっていう、そっちの説明を先にすべきだろうか?
「あぁー思ったよりも難しいな⁉︎ 自分以外に説明すンのって……」
がしがしと頭を掻き、椅子の背に体重を預けて天井を睨んだところで、コンコン、と半分開けているドアがノックされる音がした。続けて低い声が被さってくる。
「ここに居たのか、獅子神」
風呂から上がった村雨が、パジャマにカーディガンを羽織った姿で部屋の入口に立っていた。
「村雨」
「仕事の急用だったか? すまない」
「いや、違うからだいじょーぶ」
入ってきていいぜ、というニュアンスを込めて言うと、村雨は軽く頷いてこっちに近づいてきた。
オレの隣に立ち、パソコンの画面に目を走らせる。
「……兄貴か?」
「そ。メールの方が便利なことも多いからさ、この前アドレス教えてもらって……ダメだったか?」
「そんな訳ないだろう、マヌケ」
村雨は笑みを含んだ声で言うと、こんとオレの頭の横を小突いてきた。
「いてっ」
「あなたが兄と仲良くしてくれているのは、大変喜ばしい。要らん遠慮をするな……で、これは何だ? レシピか?」
「そういうこと。一希さんから相談されてさ。奥さんに料理作ってやりたいんだけど、何がいいだろうって。で、何度かやりとりしてるうちに、ロールキャベツはどうかなって話になったンだけど」
オレは言葉を切って、村雨の表情を窺った。目が合った村雨は、特に感興を示すことなく無言で続きを促してくる。
「キャベツの茹で方とか包み方とか、いろいろコツっていうか、ポイントがあるだろ? ちゃんと伝わるかなーと思って、考えてて……なぁ村雨、一希さんって料理する人?」
「仕事で多忙にしているし、兄嫁があの通りのてきぱきとした人なので、普段は彼女に任せっきりだろうな。しかし、実家にいる時は何かと母を手伝っていたし、元々器用な男だ。問題なくこなすと思うぞ」
「そっか……じゃあ、あまり細かく言わなくてもいいのかなぁ……」
動画を検索して送るという手も勿論あるのだが、伝えたい事を網羅してくれているやつを探そうと思うと、それなりに手間な気がする。いっそ自分が目の前で作ってみせることができれば、レシピもコツも伝えることができて、一希さんの練習にもなって一石三鳥くらいになるのに、と考えていたら、隣に立っている村雨がにやりと笑った。
「呼べばいい」
「へっ?」
思わず間抜けな声を出してしまってから、理解する。コイツ、またオレの心を読みやがった。
「呼べば、って……一希さんを、オレん家にか?」
「他に何処がある。私の家に呼んでも、調理の練習にはならんだろう」
「そりゃそうだけどさ。でも」
答えながら、どくりと心臓が跳ねるのを感じた。胸の奥が鈍く痛み、胃がきゅっと縮み上がるような感触に襲われる。
一希さんを、オレん家に?
そんなまるで、親しいダチか親戚みたいなこと、しちまってもいいモンなんだろうか?
「いや、さすがに図々しいっつーか……畏れ多いだろ、ソレ」
オレが呟くと、村雨はじろりと横目でこっちを睨んできた。
「何故そう思う」
「だって、オレ……別に何でもねーだろ。一希さんの」
「あなたは私の最愛の恋人で、既に兄とも何度も会っている。あちらの家に招かれたこともあるし、家族とも楽しく過ごした。これ以上何が必要だ?」
「じゃ、じゃあせめて、お前も一緒にいてくれたほうが」
「そうしたいのは山々だが、あなたと兄貴の普段の生活パターン、兄嫁が怪しむことなく自然に兄が外出する時間帯、と考えていくと、おそらく平日の昼間であなた達は合意するのではないか? だとしたら、言うまでもなく私は仕事だ。ここに来るのは無理だな」
「うぅ……」
さらさらと述べ立てられて、オレは頭を抱えた。確かに、村雨の言うとおりだろう。
だからといって、村雨の休みに合わせて来てもらうというのも違う気がするし。いったい、どうすれば。
「……獅子神」
村雨の腕が、オレの頭を抱き寄せた。
頬に、村雨が着ているカーディガンのやわらかい毛糸が当たる。胸元に包まれて、そっと頭を撫でられた。
「考え過ぎだ。前にも言っただろう。あなたはただ、自然に振る舞えばいい。兄はそれで気分を害するような人ではないし、本当はあなたもそうと分かっているはずだ」
「村雨……」
「世界を広げることに怯えるな。あなたには、十分にその資格があるのだから」
村雨の言葉は、あたたかくオレの体を震わせた。
細長い指が髪に潜りこみ、優しく頭を撫でていく。
「あなた達が仲良く調理に勤しむ様子を、直接眺められないのは残念だが……その日の晩は、必ず此処へ帰ってくる。あなた達が作ったロールキャベツを食べるのが、今からとても楽しみだ」
早くも村雨が期待を隠さない声で言うので、オレはくすくすと笑ってしまった。本当に食欲に一途というか、何というか。
でも、コイツのこういうブレなさは、本当にありがたくて。
オレは村雨の胸から顔を上げると、立ち上がって村雨を抱きしめた。
「ありがとな、村雨。なんか……オレも楽しみになってきたわ。一希さんと料理すンの」
「それは良かった」
「ちゃんと、メールに書くよ。よかったらオレん家で一度作ってみませんか、オレで教えられる事なら教えますよ、って」
言いながらオレは、近々来るその時のことを想像してみた。
材料とかは全部こちらで準備するつもりだけれど、気を遣う一希さんは、きっと何か手土産を携えてきてしまうんだろう。事前に丁重に断っていてもたぶん同じで、オレは恐縮しながら受け取って、彼をリビングに招き入れる。ひとまずお茶を飲んでリラックスしながら、大体の手順を説明して、それからいよいよ実践だ。
料理の経験はあるみたいだし、話にきちんと耳を傾けてくれる人だから、村雨に教えるよりはずいぶん楽だろう。コツさえ掴めば、すぐに綺麗にキャベツも巻けて、美味しいものができるに違いない。後で村雨が平らげに来ますよと言ったら、一希さんも喜ぶだろうか。
「——獅子神」
村雨がそっと腕を廻してきて、オレの背中を撫でた。
「私は幸せ者だな。大切な恋人と兄が一緒に作ったロールキャベツで、満腹になる未来が約束されている」
「ん……オレも幸せだよ、村雨」
視線が合って、自然に唇が重なる。メール書いちまうからちょっと待っててな、と告げると、村雨は深紅の眼を細めて、優しく微笑んでくれた。