カップリング要素は薄めの、本編ロナルドくんの誕生日のお話です。
ドラルクさんが来るまで、ギルドに行くのも疎遠になっていた…という話から、彼の一人暮らしは侘しいものだったんじゃないかな…そう思っております。
雪解けしてからの木下家…兄の誕生日祝いに出かけた相棒を見る、ドラルクさんのモノローグを追加しました。
2024/08/08に上げました。
@kw42431393
「ただいまぁ~。」
パチリ、と電気を付ける。
依頼があって飛び出した時から、そのままの事務所。
時計を見ると、11時。
もうすぐ店じまいだが、俺達吸血鬼退治人の仕事柄、まだ依頼人が来る可能性がある。
ヴァミマの袋を机に投げ出す。簡単に片づけをしておかねえと…。
「はぁ、めんどくせえ。誰かやってくんねえかな…なんて。」
やけっぱちに言う。
こんな安い物件が見つかって、地道に地域活動にも参加して、地域アイドルとして顔も売って…同世代で一番早く独立開業出来たんだ。贅沢言っちゃいけないのは、分かってっけど。
「兄貴は、すげえよな。これで、学校行って、俺達を育てて…実力も人気も、ナンバーワンだったんだから。」
俺がバカしなかったら、今頃どうしてたのかな。
そんな事を考えながら、ポケットから携帯も出して、机に置こうとした。
その時…
「あれ?8時頃にヒマリから、RINEが来てる。気づかなかったな、何かあったか?」
高校を卒業して退治人になって、独立したらますます忙しくって…ほとんど会っていなかった、大事な妹。
心が躍らせながら、トーク画面を立ち上げる。
『ちいに た おめ』
いつも言葉を省略しがちな、無口な妹は、文章でもこんな感じだ。とはいえ、内容ぐらい分かるぜ。
「そっか。誕生日だっけ…俺の。」
時計を見る。8月8日が終わるまで、あと1時間を切った。
すっかり忘れていた…もっかいヴァミマ行って、ケーキ買ってこようかな。
「いや、めんどくせえ。明日でもいっか。」
コンビニ弁当の袋を持って、事務所からリビングに向かう。
今日は、日中から下等吸血鬼の巣を下見に行ったり、ギルドに顔を出したりしてたから、昼飯に掻き込んだカップ麺の容器とお茶椀が、そのままだ。
それらをシンクに置いて、さきに弁当を開ける。
「せめて、もっと豪勢なのにすりゃよかったか…大盛オムライスと唐揚げと、ナポリタンと。」
『こりゃ、ヒデオ。ちゃんと、サラダも食べんか。』
『ちいに めっ』
口元をケチャップで真っ赤にしながら食べた、オムライス。
レッドバレッドの異名を取った、精悍で紳士的で、モテモテなのに驕る事もなかった、イケメン兄貴の困った顔を思い出す。
まだ、幼かったヒマリのこましゃくれた顔も…
「サラダ…なんかねえかな。」
ほとんど使っていない、野菜室を開ける。
自炊をしない、ぶきっちょな俺の冷蔵庫は、基本惣菜しか入ってない。惣菜ったって、肉類とか揚げ物ばっかりだ。
一人だと、好きなものしか買わねえから…
『仕方ない奴じゃ、ヒデオは…。』
帰りたい。願っちゃいけねえ…兄貴の夢を潰したのは、俺なんだ。
時計を見る。12時を回った。
もう、店を閉めて寝よう。
明日も、日中から仕事もあるし、ロナ戦の原稿だって仕上げなきゃならねえんだから…
『にーに、ヒマリ。おやすみ~。』
『おや』
『ああ、先に寝とれ。俺は、片付けがあるからな。』
やっぱ、兄貴はすげえよな。
「若造。そろそろ、吸血ムカデの駆除に行く時間だろう?あと、帰る途中に、ロナ戦の新刊をギルドに持って行く約束だろう?ほれ、忘れておったな?」
同居人が、ペシペシと本で小突いてくる。
こう人を煽ってくるの、なんとかならねえかな。
「うるせー。お前は、俺のお袋かよ。」
「ヌフフフ。」
あれから、1年経った。
どういう巡り合わせか、勘違いで俺は、無実の吸血鬼の城を爆破し…その責任を取る形で、クソザコのおっさん吸血鬼と可愛いアルマジロのジョンと、一緒に暮らしている。
ジョンがうるうるして頼むから、仕方なく置いてやってる…そのはずの共同生活を、迷惑に思わない自分がい…
「サンキュー。じゃあ、そろそろでかけ…ぎゃーーー!!てめー、また、セロリ栞を挟みやがって!!」
「スナァ!!ピッピロピー、何も学習しないゴリラ。これで何度目でちゅかね~?」
いや、いねえよ。マジで、迷惑だわ。
退屈しないだけだわ…あと。
ため息をついて、部屋を見回す。
料理と家事が趣味のこいつと同居してからは、いつ帰って来ても綺麗な事務所。
片付けられた部屋。栄養管理された食事…そして。
「お~い、ヒナイチ。そろそろ、出るぞ。お前も来るだろ?」
床下の扉を叩く。
芋虫の監視の為に、潜んでいる…同居人の言葉を借りれば『餌付けし甲斐のある、ハムスター』。
俺にとっては…
「ちん!勿論、私も行くぞ。じゃあ、ドラルク、ジョン。準備を頼むぞ。」
「うむ、任された。」
「ヌーヌイ!」
こう言っちゃなんだが、実の妹以上に気の置けない、妹みたいな奴と。
この事務所で、三人と一匹と退屈しなくて、健康的な生活を送ってる。
こいつが転がり込んで、ヒナイチが来る様になって、なんかわやわやあって、兄貴が退治人を辞めた理由の誤解も解けて…ギクシャクしていた家族団らんの時間だって、取れる様になった。
そのきっかけが、こいつな訳で。
でも、それを素直に言いたくねえ。
「さあ、二人とも行った、行った!寄り道しないで、早く帰ってきなさいよ!」
「だから、お前が仕切んな!いってきます!」
「ちん、いってくるぞ!ご馳走、楽しみにしてるからな。」
気心のしれた、ヒナイチと一緒に、騒がしい夜の街に飛び出す。
これも、いつの間にか慣れた風景だ。
独立開業した直後は、一人で気負って、サテツやショットにも手伝って貰う事を遠慮していた俺だけど…今は。
「ところで、ロナルド。誕生日、おめでとう。」
「あ~、そうだった。お前、昨日からウキウキしてたもんな。ご馳走が楽しみって、人んちの食費を圧迫しやがって。」
冗談交じりに、ヒナイチを小突く。
俺に劣らないほどよく食うこいつが、エンゲル係数を上げているのは認めるが…まぁ、本気で言った訳じゃない。ヒナイチにも、分かっているのだろう。
ぷぅ…とヒマワリの種を詰め込んだリスみたいに、頬を膨らませたその顔も、怒ったものではなかった。
「んで…家主の俺に、ヒナイチも何か用意してくれてるのか?」
「うむ、ジョンの舌を信じてるからな。今回の誕生日ケーキとクッキーは、私が焼いたんだ。帰ったら、お前に一番大きいのをやるぞ!」
そっか…そういや、昨日、キッチンでドラ公と何かしてたもんな。
いちゃついてたんじゃなくて、ケーキとクッキーを教えて貰ってたのか。
「ありがとよ。そいつは、楽しみだ。」
「ちん!楽しみにしてくれ。あ、あの家だったな?」
いつの間にか、依頼があった家の前まで来ていた。
テーブルの上に並べられた、オムライスに唐揚げ、スープにシーザーサラダ…ジョンの審査が通った最高の料理が並び…〆は、ヒナイチの焼いたケーキとクッキーを、皆で食べる事になるのだろう。
「あ~あ、誕生日だってのに。でも、仕事だかんな。さっさと終わらせて、帰ろうぜ!」
「じゃあ、行ってくるわ。依頼人が来たら、連絡頼むぜ。」
そう言って、うちの幼い家主は、鏡の中を覗き込む。
本人は、特別かっこよく決めたつもりなのだろう。
何しろ、これから可愛い実妹を駅に迎えに行って、一緒に憧れの実兄の誕生日祝いをしようというのだから。
「せっかくの、家族団欒の時間だ。楽しんでおいで。」
え?どんな格好か…諸君も想像つくだろう?あのセンスは、どうにかならないものかね。
若造。君がモテないの、そういう所だからな。
「ヌッヌヌッヌイ!」
「正月だが、街の事は気にするな。お兄さんにも、よろしくな。」
うちが誇るマスコット達の声援を受けて、困った様にロナルドくんは、この事務所を後にした。
それにしても…
「私も、一度会ってみたいものだな。伝説の退治人だったのだろう?」
ヌン。礼儀正しくて、優しくて、かっこいいヌよ。ヌンも、尊敬してるヌ。
いつまで、これで通すつもりなのかね。それより、何故…
「ヒマリちゃんの誕生日は、ここで祝ったのにな。気にせず、ここに呼べばいいものを。」
あんなにそっくりな兄弟に、誰も気づかないのだろうね。あと、君んちじゃないから。ここ。
ジョンと、こっそりため息をつく。まぁ、分かったら分かったらで…いや、当時と違って、バレてもどうという事もない気がするが。
「そういえば、ヒヨシ隊長も誕生日が…。」
「ヌッ!?」
「あ~…そういえば、ヒナイチくん。そろそろ、今夜は隊長代理として、出勤しないといけないんじゃないかね?」
そうだね。もう少し、隠しておいてあげよう。あの一家は、何から何まで私に感謝して貰わなければ…。
「うむ。そうだったな。じゃあ、私もいって…おいしい。」
とどめに、可愛いハムスターの口元にクッキーを押し込む。これで、もう大丈夫。
クッキーモンスターの頭からは、『ヒヨシ隊長とロナルドの兄は、誕生日が同じなのでは?』という疑問は、すっかり消えているだろう。
「いってきます!」
そう言って、軽やかに事務所を飛び出すヒナイチくんも送り出すと、私はジョンを抱いて、リビングに足を向ける。
「やれやれ…こんな風に、あの家族がここに勢揃い出来る様になるのは、何年後の正月なのだろうねぇ?」
「ヌ~ン。」
今年…いや、もう去年になったのか。
棚に飾ってある、ヒマリ嬢の誕生日を祝った日の写真を覗き込む。
みっぴきに囲まれて、ケーキを持った彼女が仄かに笑っている、その写真を…。
「来年…は、無理かね。それでも、いつか実現してみせようとも。」
「ヌン!」
いつか、この写真の隣に飾ろう。
私が作った、最高のお節とバースデーケーキが並んだ、この席で…木下家3人と私達の笑顔が写っている、最高の写真を…。