12歳差人間AUアジクロ
ネップリお試し用に上げていたコピー本です
お手に取ってくださった方々ありがとうございました!
@otohitoe_
「すみません」
店先から掛けられた声。店内のレイアウトを変えたくて試行錯誤の真っ只中だったクロウリーは何故か妙な違和感を覚え、一拍置いてノートパソコンから顔を上げた。
「何してんだこんな時間に」
「初心者でも育てられる植物ありますか?」
違和感の正体であるアジラフェルは、にこやかな微笑みで礼儀正しく佇んでいた。
時刻は十四時過ぎ。昨日は当直だったから、午前の外来診療が終わったら十三時には退勤し、いつもなら今頃は家で寝てるはずだ。ここは職場からの通り道でもない。
わざとらしいほど恭しい態度にふっと笑うと、アジラフェルも表情をいっそう崩して店の中に入ってきた。
「でかいやつ買わせたいとこだが、おまえに売りつけるとうちに来ることになるんだよな」
「そうなるね」
「…待った、もしかして今のって初めてここに来たときに言った台詞か?」
「かもね」
「悪いが全然憶えてない」
「だろうね」
アジラフェルは少しも気にする様子はなく…むしろ何故かうれしそうでもあった…、クロウリーが差し出した手を握った。
「あーあ勿体ねえ」
「わたしが憶えてるから大丈夫」
「今帰りなのか?」
「うん。朝方ちょっと忙しくて、外来のあとその対応があったから遅くなっちゃった」
「あんまり寝れてないんじゃないか。座れよ」
「いい、大丈夫。全然平気」
立ち上がりかけたクロウリーの肩にアジラフェルの空いているほうの手が置かれ、そのまま再び座らされる。
「上で休んでくか?」
「ううん大丈夫」
当時アジラフェルの住んでいた部屋から更に今の部屋に引っ越して、合わせてもう六年経つが、アジラフェルのいない夜などは時々この二階で過ごすこともあり、クロウリーが住まいとして暮らしていたときからほとんど変わりはない。綺麗に片付いているし、ベッドだってきちんと手入れしているからあの頃のままふかふかだ。これが駄目になったときのことはあまり考えたくない。運び入れるときは窓を外して、そう呼ぶのも憚られるほどあって無いようなベランダからクレーンで持ち上げてもらって押し込んだのだ。数少ない若気の至りのひとつ。
「帰って寝たらいいのに」
「そうするつもりだったんだけど、外に出たら良い天気だったから何となく勿体なくてちょっと寄ったんだ。今日忙しい?」
「忙しくはないが、夕方くらいに鉢取りに来る客がある」
そこに並んでるやつ、とクロウリーは指をさした。アジラフェルの胸ほどの大きさのいかにも観葉植物らしいグリーンで、もう長いこと付き合いのある小さな会社のオフィスに飾られにいくのだ。
「だからデートの誘いならパス」
「残念」
アジラフェルは小さく眉尻を下げた。本当にデートの誘いに来たのか。元気だなこいつ。まあそれくらいでなくては医者など務まらないのかもしれないが。
「車で来てる?」
「うん」
「じゃあ迎えにも来れないか…」
「帰る前に連絡するよ」
「夕食作って待ってる」
「本当に?何作るんだ」
「何にしよう。リクエストある?」
「うーん…肉かな。牛がいい。あ、香草焼きがいい。おまえあれ上手いから」
「パン粉の?」
「片面だけたっぷりのやつな」
「それにしよう。ワインも開けて」
「楽しみにしとく…って言ってもまだ時間あるな。な、やっぱちょっと寝てけよ。構ってはやれないが、上におまえがいると思えばおれもうれしい」
「そんなふうに言われると断れない」
「知ってる」
引き寄せた指の背に口づけるとアジラフェルはくすぐったそうに笑った。
「それじゃあ…そうだな、二時間だけ」
「ああ」
「何かあったら呼んで」
「何かって?」
「変な客が来たとか」
「来たことない」
「客を装って言い寄ってくる人とか」
「おまえみたいな?」
「そう。ここを通りがかるだけで簡単にきみのこと見つけられちゃうから」
「ふふ…」
「割と真面目に言ってる」
「だろうな」
「家に観葉植物を置きたくて、詳しい話をゆっくり聞きたいから食事でもどうかな?なんて言ってさ」
「指輪してるし」
「そういうのを気にしない悪い人間もいるだろ?」
「そうだな」
「そのうえすごくいい男かも。それか、ものすごい美女」
「うーん…おれはふわふわでやわらかくてかわいい男が好きなんだ」
「…ふわふわでやわらかくて、かわいい男も誘いに来るかも」
「誘ってくれるのか?」
握ったままの手を小さく揺らして見つめ上げる。アジラフェルは初めて好きだと言ってくれたときと同じ目をしていた。
「誘われてくれるの?」
「悪いが既婚だ」
「もう」
「なんだよ、こういう茶番が楽しいんだろ…」
いつまで経ってもこんな揶揄い方をさせてくれるアジラフェルがかわいくて、クロウリーはくすくすと笑いを隠さなかった。
拗ねた顔をしてみせるアジラフェルを宥めるように、手のひらにちゅっちゅっと音を立ててキスをする。それでも機嫌の悪いふりは直してくれなかったが別に構わなかった。ふりはふりに過ぎないから。
「ほら」
今度こそ立ち上がり、背後のドアを開けて中へ促す。アジラフェルは素直に従い、ドアの前できちんと靴を揃えて脱いだ。
「アジラフェル」
クロウリーが呼びかけるのとほとんど同時に、ひとつだけ階段を上がったアジラフェルは振り向いて柔らかくキスをくれた。
「言う必要ないと思うが、何でも好きに使っていいからな」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ」
もう一度キスを交わしたあと、クロウリーは階段を上る音が止むより前にドアを閉め、レジ台の脇の棚で垂れ流しにしていた古いラジオに目を遣った。古いものばかりのこの建物では上にも下にも物音がよく届く。念のため…と電源を切ろうと伸ばした手だったが、ふと思い留まった。二階で眠りに入るアジラフェルが、この届きはすれど内容までは聞き取れない音をどう感じるだろうか、と思った。
クロウリーが同じ場所にいることを感じるんじゃないかと思ったのだ。アジラフェルの存在があると思えばうれしいと、クロウリーが言ったのと同じに。
(おれも大概、かわいげってものが身についてきたな)
きっとアジラフェルから移ったのだろうけれど。
クロウリーはラジオのボリュームを少しだけ絞り、再び丸椅子に腰を下ろしてパソコンに向かった。