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罪と罰と蟹

全体公開 銀魂二次創作 15 6018文字
2025-01-31 19:09:19

最終回から五年後、蟹を食べながらお互いの心の柔らかい部分を抉り合う沖田と土方の話。沖土

Posted by @bbbcde519

 蟹が食いてェな。
 と、土方さんが書類から顔を上げずにポツリと言った。報告をしにきたついでに土方さんの部屋でごろ寝をして、一向に仕事が終わらない土方さんを三十分に一回煽っていた俺は「俺いい店知ってやす」と受けた。
「ほらいつだったか、新政府になって初めて長官賞もらったことあったでしょ。そこで一番隊で打ち上げしたんでさァ。蟹鍋美味かったなあ」
「へえ」
「土方さんがどーしてもって言うなら明日二名分予約してやってもいいですぜ」
「なんで二名分なんだよ! オメーついてくる気か」
 土方さんはわざわざ振り返って文句を言う。そのセリフをとっくに想定していた俺はヒラリと手を振って、つるつるとそれらしいことを述べてみせる。
「何言ってんですか、一人じゃ食べられませんぜ。鍋モンなんだから大体の店は二人からでさァ。だから一緒に行って奢らせてあげますよ。感謝してくだせえ」
「なんで奢り前提で話進めてんの⁉︎なんで感謝を強要されんのかわかんねーよ。お前もたまにゃ財布出したらどうだ。もう二十五だろ」
「細かいことをガタガタ言いなさんな」
 俺は起き上がって刀を拾い上げる。襖を開けたところで背後から「二十時にしてくれ」と声が追いかけて来た。
「へいへい。それまでに書類、終わらせてくだせェよ」
 調子良く返事をして俺は土方さんの部屋をあとにした。


 土方さんと二人でたまに飲むようになったのはここ一年程のことだ。
 きっかけは、いつかの朝のお目覚めテレビだった。夜勤明け、書類を渡しに土方さんの部屋に行った時、奴は私服でぼんやりと煙草を吸いながらテレビを眺めていた。その時ちょうど流れていたのは、店内の釣り堀で釣った魚を捌いてくれる居酒屋の特集だった。ちょうど落語者で骨釣りを聴いたばっかりで釣りがしたかった俺は、書類を渡すのもそこそこに見入ってしまった。
 その時土方さんがぼそりと言った。
「この店、南通りのコンビニの向かいにできたんだと」
「すぐそこじゃねえですか」
「行くか? 今日」
「行きましょう。俺ァこれから寝るんで、十八時でいいすか」
「ああ」
 行くかと言い出した土方さんの口ぶりは自然だった。それを受けた俺もまた、普通の口ぶりだったはずだ。
 土方さんと二人で飯に行くなんて別に珍しくもなんともない。見回りの合間や仕事で遅くなった時なんかにファミレスや定食屋に行くことはしょっちゅうだ。だがしかし、二人きりで改まって飲みに行くのは初めてだった。申し出を受けながら俺は、どういう気まぐれだろう、何か裏でもあるのだろうかと訝しんでいた。酒に強くない土方さんにとって俺の前で酔うなんて、パンが自分からバターを塗られに行くようなものだろう。
 結論から言えば特に裏はなかった。俺も別に何も仕掛けなかった。俺たちは普通に釣りを楽しんで飲み食いをした。事件といえば鯛を狙ったのに鯵を三匹も釣り上げてしまったので全部なめろうにしたことと(四匹目でようやく鯛を釣り上げた)、俺が調子に乗って高い伊勢海老を釣り上げて、会計時に土方さんから「お前ちっと払ったらどうだ」と嫌味を言われたくらい。ただ普通に大吟醸を飲んで普通に二人で帰宅し、屯所の入り口ですれ違った山崎から「お二人でお出かけでしたか」と言われただけだった。一番興味を持ちそうな近藤さんはその時出張中で不在だった。
 それから三回、俺は土方さんと飲みに行っている。他の奴らには今の所知られていないようだ。


 次の日の十九時十分、土方さんは私服で俺の部屋に現れた。俺はアイマスクを外しながら訊く。
「土方さん、仕事終わったんですか」
「終わらせたんだ」
 終わらせる気でかからないと仕事は終わらねえ、と土方さんはよく言う。この口ぶりだと無理を通してどうにかしたのだろう。
「蟹の功徳があったようで。ってことは俺のおかげですねィ」
「おめー予約しただけだろ!」
「それだけじゃねえや、丸一日問題を起こしてねえ、土方さんの仕事を増やさなかったんですぜ。十分でしょ」
 笑いかけてやると、土方さんは全てを諦めた顔で「ほら行くぞ」と俺を急かした。
 案外楽しみにしているらしい。

「よお、お二人さん」
 東新宿の店まで歩いて行くとかぶき町を通る。誰かに会いそうだなという予感は案の定で、飲み屋がたくさん立ち並んでいる道で万事屋の旦那と出くわした。早い時間から一杯やっているらしい万事屋の旦那は襟巻きに隠れた赤い顔をへらりとさせ、こちらに寄ってくる。
「や、どーも旦那」
「天下のお巡りさんが随分暇そうじゃねえか」
「夕方から呑んでる野郎に言われたくねーよ」
「うるせ、仕事帰りだからいいだろ。珍しく金が入ったんです〜」
 この旦那は相変わらずだなと俺は思った。土方さんと同じく三十代も半ばのはずだが、いつ見ても何も変わらない。飲んで食ってだらけてたまに仕事して、十回に一回くらいは何かから逃げていて、しかしいつもかぶき町にいる。
 その旦那はちょっと目を眇めて俺たちを見、「なんか、二人で私服で歩いてんの珍しいね」と妙に鋭いことを言ってのけた。首筋がヒヤリとする。俺たちが二人で出かけてたらなにか言いたくなるのは当然だ。うちの隊士共が鈍過ぎるから麻痺していたのかもしれない。俺が何も喋らないうちに土方さんが「そーでもねえよ」と軽く言った。旦那も別にこだわる節もなくそうかよ、と返す。
「んなことよりここで会ったが百年目、一杯奢ってくれよ」
「使い方間違ってるだろそれ」
「俺らこれから蟹鍋食べに行くんですぜ。いいでしょ」
「蟹⁉︎ かーっ、金回りいい奴はちげえなあ」
 旦那は頭を掻いて、「蟹なあ。食いてえけどアレみると胃が痛むんだよなあ」とごにょごにょ口の中で言った。
「なんでたまたま会っただけのおめーがちょっと行く気なんだよ」
「ま、いいや。俺は気楽に飲もーっと。じゃあなお二人さん」
 旦那は近寄ってきた時のようにあっさりと離れて行った。土方さんは特に何も言わずに見送って歩き出す。俺は早足で横に並びながら土方さんに問いかけた。
「土方さん、前みたいに旦那と喧嘩しなくなりましたね」
 土方さんは首を傾げた。
「そうか?」
「そうでさァ」
 土方さんも旦那も大人になっちゃって、と茶化してみたが、土方さんはわずかに苦笑するだけで何も言わなかった。
 変わってないようで、多分少しずつ俺たちは変わっていっている。俺も七年前なら土方さんと二人で蟹鍋なんて食べに行っていない。

 一番安いコースだというのに、沖田総悟の名前で予約したからなのか個室に通された。前栽の見える静かな座敷で、俺と土方さんはまず刺身と茶碗蒸しを食べ、ぽつぽつとくだらない話をした。最近入隊してきた双子の見分け方や、最近隊士の間ではボウリングとかいう遊びが流行ってるらしいとか、ここから出たら一瞬で忘れてしまいそうなことばかりを喋る。だがメインの蟹鍋が来る頃にはその会話もやや途切れがちになった。火にかけられた鍋を見つめる土方さんは酒が回ったのか、眠そうな目をしている。「徹夜でしたかィ」と問いかけると、眠気を伸ばすように目を何度か瞬く。
「いや、二時間くらい寝た」
「なんだ寝てんのか。年取ったんじゃねーんですか」
「一週間篭りっぱなしだったんだぞ、まったく……
 土方さんは酒をまた一口飲み、そろそろいいかと蟹の足を鍋からつまみ上げた。俺も同じものを取る。きっちり八本あるから喧嘩のしようがない。むっちりとした肉厚の身は味が染みて、旨いなあ、蟹食ってんなあとしみじみ思った。蟹は無言になるとよく言われるが、足はきれいに殻が剥かれているのでそのまま喋り続けられる。
「また稟議書作ってたんですかィ」
「そーだよ、お前も隊長なんだから作ってもいいんだよ」
「やなこった」
 新政府が出来上がってから数年、法律や規制なんぞも段々と出来てきた。そのせいか政府傘下の組織は、今までなあなあだった諸々をちゃんとしなくてはならなくなった。具体的に言えば、金の使い途や隊内の人事異動の指針を上に説明して承認をもらう必要が出てきた。真選組も例外ではない。だから最近の土方さんは真選組の予算やらの用途を示して上を説得する資料作りに追われていたのだ。
 足を食べ終えてしまうと、あとは身をほじらなければならない部位が残される。面倒臭いが甲羅も美味なので仕方がない。箸で身を掻き出しながら土方さんは、珍しくぼやいた。
「こう犯罪者を引っ捕えるでもテロを止めるでもねえ仕事ばっかり増えていくと、俺たちの仕事の本分が何なのか分からなくなってくるぜ」
 珍しいことを言うと俺は思った。だからいつもの調子で切り返す。
「何言ってんでィ、ボケてんですか。俺たちの仕事は今も昔も此処の平和を守ることでしょ」
 土方さんはぴたりと手を止めてゆっくりと箸を置いた。俺もつられて身をほじるのをやめて顔を上げた。土方さんはなんだか思い詰めたような顔をしてまっすぐにこちらを見つめていて、その顔はいつもの通り場違いに整っていて、こいつ本当に面の出来がいいな、と俺は思ってしまった。そういう、張り詰めた顔がよく似合う男なのだ。
……変わんねえな」
「は?」
「お前はずっとそうだった。真選組の立場なんぞよりも守らなきゃならねーもんがあると昔っから分かってた。凄ェよ」
 極めて率直に俺の胸に去来した感情をそのまま声に出すと何言ってやがんだこいつ、になる。この人にこんなに率直に褒められたのは久しぶりだった、だがどうして褒められているのか見当もつかない。
 俺は口を半開きにしただけで何も返せず、左手に赤い殻を持ったまま土方さんの顔を見ていた。この男は何か言おうとしていると、何故だか分かったから。
 土方さんは罪を告白するような声で囁いた。
「昔の俺は……江戸を護りてえなんて、本気で思っちゃいなかった。俺たちが侍でいるために、江戸を守るなんて題目を掲げてただけだ」

 俺と土方さんの間で鍋が煮える音が鳴り続けている。
 土方さんの言葉は意外でもなかった。正直に言えばなんだそんなことかとも思った。土方さんは勘違いをしているようだが、俺だって確固たる信念を持って江戸を守っていたかと問われたら「いや別にそうでもねえけど」と答えたくなってしまう。これは俺が捻くれているからなのかもしれない。
 命を賭して江戸を守る、それが侍の、真選組のあるべき姿だと素面で本気で口に出せるのは近藤さんくらいで、それはあの人のいっとう輝く美点なのだ。だがそれだけでは飯は食えない。土方さんは近藤さんの理想を真選組という形に収めて金に変えた。近藤さんの理想を信じてついて行くよりも余程難しいことをやってのけている。俺を羨ましがる必要なんてないはずなのに。
 分かんねえなあ、と心中で呟く。
 なんでこの人は俺の前で急所を晒すような真似をするのだろう。
 沈黙はとても長く感じたが、実際には一瞬だった。ほぐした蟹はまだ少しだけ熱を持っている。
「土方さん」
「ああ」
「蟹が冷めますぜ」
 散蓮華で鍋の汁を掬い、身をほぐした蟹にかけて食べると、土方さんも同じようにした。この男がマヨを付けずにものを食うのは珍しい。柔らかい蟹の身と温かい出汁が口の中で広がる。火を緩めて、煮えた鍋から大根と白菜を拾い上げてまとめて口に運んだ。
 七年前なら、と思う。俺はもっと、心底腹を立てていた。人なんてもっとどろどろに煮詰まって落ちない汚れような感情がたくさんあって然るべきなのに、この男には頑張れば食べられそうな焦げしかないのだ。そんなものを後生大事に自分の罪としていそうな土方が気に食わなくて、うっすらと妬ましかった。
 じゃあ今は?
 大根を飲み込んで俺は土方さんをまっすぐ見据えた。土方さんは静かに見返してきた。
「俺ァ、コレが人に言えねー最高レベルの秘密だと思ってそうな土方さんには結構ムカつきますがね」
 別にそれ以外はどーでもいいんじゃないですかと俺は続けた。本心ではあった。
「内心がどうあれあんたの来し方が変わるわけじゃないでしょ」
 土方さんは一瞬だけ目を閉じた。何を考えているのか、毛ほども俺には分からなかった。俺は生涯この男を理解できないままなのかもしれないという、漠然とした予感だけがある。
 目を開いて天井に昇る湯気を眺め、土方さんは「そうだな」と言った。
「土方さん、アンタ俺に弱みばっかり見せて早死したいんですかィ」
「うるせえよ」
 土方さんは鍋から里芋を取ってマヨをかけて勢いよく口に入れた。ちょっとは調子を取り戻したと見える。だから俺は軽口のつもりで言った。
「ま、これからも俺に奢ってくれりゃ、寿命も伸びるんじゃないですか」
 驚くべきことに、土方さんは最後の一つだった甲羅を俺の取り皿に入れてくれた。もしかしたらこの男は俺に許されたがっていたのかもしれない。先ほどの予感が確信に変わる。やっぱり俺は土方のことを理解できない。
 だが差し出された蟹はありがたく食べた。
 さっきの蟹より余程美味かった。



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 さらば真選組篇での「近藤さん 正直にいうよ」からはじまる土方さんの独白はそのまま彼の胸に秘められたと思うんですが、それを口に出すとしたらどういう状況になるのか、という友人との会話からできた話です。何年経ってもうっすらお互いを眩しく思っている二人だけど大人になって少し関係性が進みそうな気配をさせたくて書きました。
 土方さんが沖田くんの正義感を尊く思っていること、この話の土方さんは自分の罪悪感を曝け出す形で沖田くんに甘えているように見えるけど、沖田くんは土方さんに甘えられてるとあんまり分かってなさそうなところが萌えポイントです。



 今まで書いた沖田+土方と真選組の短編を再録と書き下ろしを加えた本を5/3スパコミで頒布する予定です。A5 二段組64〜70ページ前後、800〜1000円、書き下ろし13〜?ページ予定
(もしかしたらもう一冊沖+土または沖土本が出るかもです)

 沖土本ですが、話の傾向としてはほとんど沖田+土方の話になります。この話が一番沖土度が高いです。
 再録される話はこちらから読めます。 https://privatter.net/category/90413
 銀魂では初めて本を出すので、部数アンケートにご協力いただけたら大変助かります!(ログインは必要ない設定にしています)
 まだ仕様もフワフワで大変申し訳ないのですが……どうぞよろしくお願いいたします。

https://forms.gle/XVZJ7yLuXC8e8h7w5

アンケート停止しました。ありがとうございます!


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